古龍が去った後日談   作:貝細工

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明けの凱旋

あるときに、白い世界のまんなかに五匹の竜と人々が暮らしていた。

竜たちが島に姿を変えてしまったわけをたずねようとした青年は空に浮かぶ青い星を頼りに冥い海を渡った。

白い風が吹いて、質素な外套が靡いた。

 

島には誰もいなかった。青年はいなくなった竜たちの遠い残響を探し求めた。

すると、どこからともなく竜の声が聞こえた。

 

「つまらないなんて思わないでおくれ。

これは僕たちが作った世界なんだよ」

 

青年は涙を流しながら竜たちのかけらを拾い上げた。竜たちのいる世界が大好きだったからだ。

そして何も言わずに自分の手で顔を拭って、青い星の輝きを頼りに人々のもとに帰った。

それから、人々に五匹の竜のかけらを分け与えた。

 

人々は塔を作って白い世界を抜け出した。

青年から受け取った五つのかけらを使って陸と山、湖と森を作った。

たったひとつ空に浮かぶ星の孤独が紛れるようにと、空に青く輝く月を作った。

 

「灯りさす 火を求れど 射干玉の――」

 

世界のはじまりの夜。

 

〜氷山

 

鋼龍と謎の龍の争いは壮絶だったことだろう。

巨大な雪山を氷漬けにして、氷山へと変えてしまったのだから。

 

二頭の神による戦争の影響を知るために、私は単身氷点下の中に赴いた。

私はモンスターと戦うハンターの端くれとして、鋼龍が戦った相手が何者だったのか知りたかったのだ。

 

少し歩くと、足元に大きな魚影のようなものが見えた。寒冷地のことを勉強していた私はすぐに気付いた。透明で分厚い氷の下をザボアザギルが泳いでいることに。

 

氷から飛び出して襲いかかってくるのではないかと身構えたが、どうやら腹は減っていないようだ。刺激しないように静かに座り込んでその動きを観察した。

氷の張った土地といえばザボアザギルだ。

化け鮫の異名で知られるこの両生種は異名の通り三種類の姿に返信して戦うことで知られる。

私の知る限り、もっと強力な両生種だ。

 

ザボアザギルの幼体はスクアギルと呼ばれる。

成体同様、碇のように尖った頭で土や氷の中を掘り進んで移動することができる。

体は小さいが性格は凶暴だ。

ジャンプして相手に齧り付いてからワニのデスロールのように体を捩り、外皮に穴を開けて生きたまま肉を喰らう。

食糧が少なく気温の低い寒冷地帯では、飢えや寒さを凌げるように甲殻ではなく脂肪や毛皮に覆われているモンスターが多い。

ポポやガウシカといった草食種からドドブランゴのような牙獣種、フルフルやギギネブラなどの飛竜種などが好例だ。

スクアギルは自分より大きなモンスターの柔らかい表皮を切り裂いて食べるのだ。

 

成長したザボアザギルは実に大きい。

スクアギルは人間より小さいが、ザボアザギルは大型飛竜にも引けを取らない体格の持ち主だ。

体内でガスを発生させて形態変化すると、シャープだった体型は巨大な水風船のように膨れ上がって更に巨大化する。

 

寒い地方では氷上のベリオロスと氷の下のザボアザギルに気をつけろという。

化け鮫はそれほど凶暴なモンスターなのだ。

音に敏感な化け鮫がいる時は歩いてはいけない。

化け鮫は縄張りを持つモンスターだが行動範囲は広く、いつまでも同じ場所に居座ることはない。

視覚ではなく聴覚に頼った狩りをするため、化け鮫が離れてから歩き出せば安全だ。

この個体は腹が減っていない様子だったが、もし万が一のことがあっては命が無いので化け鮫が遠くへ行くのを見届けてから再び歩き出した。

 

鯨のような体躯でイルカのように泳ぐ鮫のような両生類というと、不恰好なキメラのようだ。

しかし、実際に見てみると化け鮫は美しいフォルムのモンスターだ。氷の床の下を過ぎるザボアザギルは本当に美しい。

歩きながら何か目を引くものがないか見渡すと、遠くの方に巨獣が見えた。

二十メートルを超える体躯で、更に大型飛竜の全長ほどの体高を持つ巨獣ガムート。

ザボアザギルとは敵対するモンスターと考えられているが、実はそうではない。

体重が重く氷の上を歩くことに適さない巨獣は、水の上に氷が張った環境を好む化け鮫とは行動範囲が一致しないのだ。

おまけに巨獣ほどの体躯を持つモンスターを化け鮫が襲うことは滅多になく、巨獣の幼体も親と共に行動するため化け鮫の縄張りには侵入しない。

寒冷地のモンスターで巨獣に対抗出来るモンスターは数少ない。

そのため、巨獣の主な敵はポポを狙って出現する轟竜ティガレックスくらいのものだ。

 

とにかく、平坦な場所にいては肉食竜に見つかった時が思いやられるので傾斜のきつい中心部の方へと進むことにした。

 

そこで私は、恐ろしいモンスターを見た。

 

狼のような顔をした濃い青色の竜が、まるで人間のように座り込んでいたのだ。

月を眺める佇まいに知性すら感じさせるその竜は、まるで人形のように不気味だった。

口元に覗く犬歯は肉食動物特有の鋭さを持ち、私はそれが噂に聞く氷狼竜だと気づいた。

氷狼竜ルナガロン。

 

エルガドの辺りでは王域三公と呼ばれ恐れられている牙竜種だ。

氷属性の扱いに長けているモンスターで、口から白煙状の冷気を吐き出して攻撃するほか、氷の鎧を身に纏って戦うことも出来る。

最大の特徴は体術の巧さだ。

体内の冷却をやめることでバンプアップして重心を変え、二足歩行での活動を可能とする。

強力な前脚を腕のように使った戦闘スタイルは非常に強力。氷を纏い強化された爪を高速で振り回して相手を切り刻むその実力は超帯電状態の雷狼竜と肩を並べる。

 

黄色い目を光らせて唸った。

手持ちの武器はハンターボウ。勝ち目は無い。

 

「勘弁してくれよ」

 

四足歩行で地を駆けたかと思えば、一気に飛び込んで爪を伸ばしてきた。

サイドステップを踏んで回避して閃光玉を用意したが、今度は霧状の冷気を吹きかけてきたので中止して範囲外に逃れた。

飛びかかりを起点にした危険な連続攻撃だ。

 

足の速い牙竜種から逃げる時は背を向けて逃げても間に合わない。相手の方を向いて余裕を保ち、じっくりと距離を取ることが重要だ。

さもなくば胴体と頭が切り離される。

何より四肢動物特有の瞬発力が恐ろしい。

安定した姿勢から一瞬で繰り出される攻撃は出入りが速く、人間の反射神経では対応しきれない。

 

特にこの氷狼竜は運動能力が高いので、少しの距離の間違いがそのまま死へと直結する。

なるべく距離を取ることで攻撃が届くまでに時間差を作り、相手が攻撃を当てるために接近を始めた時点で側面に回り込んで回避する必要がある。

前脚の届かない距離は必ずキープしなければいけないということだ。

 

寒さが体力を奪う寒冷地において、相手の僅かな隙をザクザクと突いてくる氷狼竜の戦い方は確かに有効だ。

しかし爪による高速の攻撃で攻め立てつつ、攻撃範囲の広いブレスを挟むことの圧を利用しているのならば、ブレスにだけ気をつけて他を最低限の動きで回避するまでだ。

 

そう考えて立ち回りを変えると、勘づいたのかすぐに戦い方を変えて、距離を詰めながらの様子見を軸にした戦法を取ってきた。

こちらの反撃に気をつけながら足早に接近し、近距離から前脚を振って攻撃してくる。

体が小さく非力な我々人間にとって、最もやられたくない動きだ。

相手に合わせて戦い方を変えられるモンスターとは珍しい。

側面に回り込むことを見越して左右の爪を不規則に振って攻撃してくるが、強引に距離を取ろうとすればブレスを合わせられてしまう。

このまま避け続けることはできないので、氷狼竜に回避を意識させなければならない。

バックステップで爪のリーチを外しながら、頭部に向けて何発か弓を打ちこんだ。

弓矢は全て命中したが、硬い甲殻に阻まれて全く刺さらない。しかしダメージは感じているのか、嫌がるような動きを見せた。

 

氷狼竜は尾で薙ぎ払いながら飛び退いて、中距離から飛び込みで攻撃を仕掛けるスタイルに戻った。矢を当てた手応えで、正面からやりあっても敵わない相手だとはっきりした。

そして腰が引けていて攻撃のキレが無い。

氷狼竜は見たことのない生物に対して恐る恐る攻撃を加えているだけで、その気になれば私など簡単に殺されてしまうだろう。

氷狼竜をうまい具合に威嚇しつつ、命の危険を感じさせないことが重要だ。

 

再び弓を構えると、突如乱入した何かの突進によって氷狼竜が吹き飛ばされた。

氷狼竜は空中で氷ブレスを放ち、その反動を利用して着地。乱入してきたモンスターに飛び掛かって押し倒して噛み付いたかと思うと、今度はそれをこちらに向かって投げ飛ばしてきた。

投げ飛ばされたのは氷砕竜ボルボロス亜種だ。

なんとか氷砕竜の下敷きになることは避けられたが、氷狼竜を見失ってしまった。

不意打ちを受ける前に周囲を見渡すと、氷砕竜ボルボロス出現の衝撃を上回るものを目撃した。

氷砕竜の向こう側で氷狼竜が威嚇する相手は絶対強者こと轟竜ティガレックスだった。

氷狼竜の咆哮で音を立てたとはいえ、ここは大型モンスターが多すぎる。

 

それより、轟竜が現れたということは―

 

轟然。山々を超えて響く戦慄の音。

すぐに耳を塞いでしゃがみこんだ。

苛烈な音の衝撃波が大地を震わす。

氷の大地を砕く音の爆発が炸裂する。

距離を取って耳を塞いでいるというのに、頭が割れそうな音量だ。

氷狼竜が手足をジタバタさせながらダウンした。

岩石すら破砕する爆薬のような咆哮だ。熟練のハンターなら奴の声を聞いて恐怖が込み上げないものはいないだろう。

 

轟竜は氷砕竜に襲いかかると、屈強な前脚で横から頭と腰を抑え込んで押し倒した。

そして分厚い甲殻に覆われた胴体に齧り付くと、バリバリと音を立てて甲殻を噛み砕き捕食を始めた。

 

方向の衝撃から立ち直った氷狼竜が背後から轟竜を突き刺そうとすると、轟竜は突然振り向いて氷狼竜に噛みついて投げ飛ばした。

轟竜に噛みつかれたダメージで倒れたままの氷砕竜の影に隠れて決着を待つことにした。

雷狼竜と轟竜が戦ったという報告は耳にしたことがあるが、氷狼竜と轟竜の戦闘は聞いたことがない。

 

ダイナミックな氷飛沫をあげて飛びかかる轟竜と尾を振り上げながら飛び退く氷狼竜。

着地の瞬間、轟竜の前脚の爪が氷をバターのように切り裂いた。

飛竜種の中でもトップクラスのサイズを誇る轟竜の爪は発達した四肢の力と合わさって絶大な攻撃力を発揮する。

大きく発達した前脚は骨槌竜の突進を正面から受け止める程の怪力を持つ。

後脚が生み出す推進力や回転力も脅威だ。

分厚い毛皮を持つモンスターが多数生息している氷雪地帯でも、轟竜の爪牙による攻撃に耐えることができるモンスターは数少ない。

 

対する氷狼竜は牙竜種らしい鋭い爪を持つが、サイズは大きくない。

手数の多さを武器に無数の切り傷を与えたり、スピードを活かして弱点を一突きすることに特化している。

パワーとスピードを兼ね備えた二頭だが、そのファイトスタイルは全く異なっている。

 

氷狼竜は轟竜に氷ブレスを吐きつけて視界を塞ぎ、ブレスを目眩しに接近して轟竜の頭に噛み付いた。体格で勝る轟竜が前に出て組み伏せようとすると、組み合いには付き合わずに前に跳躍。

轟竜を仰向けにひっくり返した。

組み伏せるために前足を浮かせた轟竜は呆気なく倒れたが、氷狼竜は乗りかからずに轟竜の外側から首に噛み付いた。

両前脚で轟竜を抑えて起き上がるのを妨害している。弛んだ皮に牙が食い込んだが致命傷には至らず、轟竜は片腕で氷狼竜を殴り飛ばして起き上がった。

 

もし氷狼竜が轟竜に乗り上げていれば、体勢を入れ替えられた時に噛みつかれる危険性があった。

轟竜は長く食い込ませる牙は持たないが、その口には小さく鋭い牙がびっしりと生えている。

これで外敵の喉元に噛みつき、首と顎の力を使ってノコギリのように肉を千切るのだ。

 

凶暴性と攻撃力を活かして常にプレッシャーを掛け続けるティガレックスは、他の大型飛竜種からも恐れられるモンスターだ。

警戒を怠れば残虐な一撃を受けて命を落としてしまうが、警戒を続けていては先に疲弊して食い殺されてしまう。

そんな轟竜に対して氷狼竜は相手の武器を封じる戦法を取った。

 

腕力の強い轟竜が得意とする組み合いに持ち込ませない。平たい体の轟竜が苦手とする上下の動きを多用する。

攻撃の警戒が必要な様子見の時間を作らず、常に自分が有利な体勢を作って攻撃をさせない。

攻撃が空ぶった轟竜を冷たい爪が斬りつける。

 

近距離と中距離の時間を減らして、遠距離から一気に距離を詰めて攻撃する。

氷狼竜の戦略に轟竜は翻弄されて、一方的に攻撃され続けた。

知能の高さも氷狼竜の大きな武器だ。

相手の得手不得手を分析して戦う氷狼竜は、体格で勝る剛纏獣すら無傷で圧倒するという。

次第に轟竜の突進の頻度が減っていった。

今度は逆に氷狼竜が轟竜に圧力をかけている。

 

轟竜は爪で地面を削り、氷塊を飛ばした。

巨大な氷塊が三十メートル程も飛んで氷狼竜の元へ向かう。

氷狼竜はこれを容易く掻い潜って轟竜の懐に潜り、鋭い爪で一太刀浴びせてすぐに離れた。

だが、轟竜はその動きを学習して突進を繰り出して遂に攻撃を命中させる。

悪名高い轟竜の突進の威力は噂に違わぬ威力だ。

直撃を受けた氷狼竜がケルビのように跳ね飛ばされて、受け身も取れずに落下した。

やはり、一撃の重さでは轟竜に軍配が上がるようだ。さらに追い打ちをかけるように轟竜は前脚で抑え込んで繰り返し噛みつこうとしたが、氷狼竜は上体を前に屈めて回避。

この時に頭を逸らして口に冷気を溜めこみ、向き直ると同時に吐き出して轟竜を下がらせた。

 

そして、体を震わせながら立ち上がって体の筋肉を隆起させた。

更に大量の冷気を放ちながら氷を纏い、鎧を着た狼男のような姿で月に向かって吠えた。

 

危うく氷狼竜の不気味さに引き込まれそうになったが、轟竜の存在を思い出してハッと我に返って轟竜の側面に回りながら耳を塞いだ。

 

二度目の咆哮は死刑宣告。

氷狼竜のオーラを一発で掻き消すほどの圧縮波は氷砕竜の纏っていた雪を引き剥がし、直視すら出来ない程の原始的な恐怖を放っている。

怒りによって血流が増加し、その甲殻に赤い紋様を浮かび上がらせた。

 

轟竜の突進と氷狼竜のタックル。

真正面からの激突は勝負にならない。

氷狼竜は轟竜に轢かれた。

筋力を増加させた氷狼竜は足腰の力を活かして、組み合いで轟竜を制圧しようとしたが、それは間違っていた。

体温を上昇させた轟竜は筋力が増加してそれまでとは比べ物にならないほどの突進力を発揮した。

ただでさえ岩や氷柱を粉砕するほどの突進が威力を増して、氷狼竜は流血しながら撥ねられた。

体を覆っていた氷の衣は見る影もなく、当然のように倒れ伏す氷狼竜が氷上に血を滴らせる。

 

これが轟竜の陸戦能力。

本性を表した牙竜すら寄せ付けない圧倒的な力。

絶対強者の二つ名に相応しい強さだ。

氷狼竜は四足歩行の態勢に戻り、白煙状の冷気を吹き付けて轟竜を攻撃した。

しかし轟竜の迫撃はもう止まらない。

霧を掻き分けて突き進み、回避や反撃もお構い無しに怒涛の連続攻撃を繰り出す。

牙。爪。牙。爪。交互に襲い来る凶刃の嵐。

その場でスピンしたかと思えば、なし崩しにターンして突進。もはや生きた殺戮兵器だ。

反撃など考えられない程の間隔で絶え間なく攻撃し続けている。

氷狼竜は手のつけられなくなった轟竜に吠えて、なんとこちらへ向かってきた。

怒れる轟竜をぶつけられては一溜りもない。

すぐに来た道を引き返した。

 

殺気立つ轟竜の眼前に氷砕竜が起き上がり、お返しとばかりに頭突きした。

轟竜はよろめいたが、血管の浮かび上がった剛腕で氷砕竜を力任せに薙ぎ倒し、すぐに首を噛みちぎって殺した。

大型飛竜達は縄張りに轟竜が侵入すると嵐が過ぎ去るのを待つように我慢してやり過ごすというが、今の轟竜の有様を見れば納得だ。

 

氷狼竜の攻撃に気を配りながら轟竜から逃げる。

斜面も段差も破壊しながら突き進む轟竜から逃げるのは容易ではない。

時速五十キロを超えるとされる轟竜の突進からは真っ直ぐ走っても逃げきれないが、野生のケルビのようにジグザグとした軌道で走り続ければなんとか躱しながら逃げ続けることは出来る。

しかし闇雲に逃げていても氷狼竜か轟竜の攻撃に被弾してやられてしまう。

どうすれば無事ここから生きて帰ることが出来るのか考えた。

轟竜も氷狼竜も非常に強力なモンスターだから、覚悟を決めて戦うなんてもってのほかだ。

こうなるくらいなら、二頭が戦っているうちに閃光玉を使っておけばよかった。

今閃光玉を使ったとしても、二頭同時に眩ませることが出来なければ視力の残ったモンスターに追いつかれるだけだ。

そんなことを考えていると、私は閃光球の他に音爆弾を持っていたことを思い出した。

音爆弾は大きな音を発生させてモンスターを驚かせるアイテムだ。自ら大轟音を生み出す轟竜には効果がない。氷狼竜に使った試しはないが、もし効かなければ余計に刺激してしまうだけだ。

 

長い間走っているうちに、透き通った氷の地面を思い出した。

 

「分かったぞ!」

 

私は真下に向けて音爆弾を放り投げてから、真っ直ぐ走った。

高周波の快音が小気味良く鳴り響く。

興奮状態の轟竜と音に刺激された氷狼竜が同時に私に接近したその時。

轟竜と氷狼竜の足元の氷に亀裂が入った。

どうやらこの二頭は、寒い地方の鉄則を知らないようだ。

氷上の歩き方を間違えた者には、強烈な制裁が待っている。

寒冷地で注意しなければいけないのは、氷牙竜ベリオロスだけではない。

足元に忍び寄る巨大な影に追いつかれたら最後。

 

二頭の足元が水飛沫を立てて盛大に打ち砕かれて、水飛沫と氷の破片がキラキラと輝いた。

呆気に取られた二頭はパニックになりながら水中に放り出される。

化け鮫ザボアザギルのお出ましだ。

陸上では無類の強さを誇る轟竜と氷狼竜だが、水中ではどうだろう。

化け鮫の牙がギラリと輝く。

 

三頭が揉み合う光景を背後に、私は凍った雪山の探索を断念して帰還した。

雪山には異常な個体数の大型モンスターが生息していたが、その原因は分からず終いだ。

せめて鋼龍と戦ったモンスターの正体を突き止められれば良かったと嘆きながら帰路に着いた。

ふと空を見上げた。

大きな龍が、宝石のような氷の粒を降らせて飛んでいた。

 

〜ハンターズギルド 極秘研究室

 

焦げた後と灰が残る研究室。

メモも書類も焼かれて、何も残っていない。

黒い服を着た男とギルドナイトが一人ずつ入ってきた。

一人はしゃがみこんで、かつてディオレックスと書かれたメモが添えられた石板を眺めて独り言を呟いた。

 

「お前と同じ特徴を持つ荒鉤爪の出現は偶然か。それとも必然か」

 

石板を灯りで照らしながら黒服の男が言った。

 

「塔の付近で爆破属性を扱う大轟竜が目撃されたそうだ。塔には棘竜の亜種がいるという噂が立っている。

ギルドは棘竜と恐暴竜を戦闘させて棘竜の撃退に成功したようだが亜種が居たなら話は別だ。

そう。また新たな実験の必要がある」

 

ギルドナイトが険しい顔をした。

 

「棘竜と恐暴竜を戦わせたのか?」

 

黒服の男が部屋の奥を照らすと、そこには恐暴竜にへし折られた棘竜の角が置いてあった。

 

「あるものは全て使えとのお達しだ。まったくハンターズギルドらしい方針だ。

次は金獅子を使おうか?」

 

「多層樹林の深層から移動した棘竜によって、どれだけの人が命を落としたか知っているのか?」

 

「知っているさ。だがこれも塔の真実に近づくために必要なことだ」

 

黒服の男はそういうと、複数のモンスターのスケッチが書かれたノートを取り出して照らした。

 

「塔で文献が発見されている未確認のモンスター達だ」

 

舞雷竜ベルキュロス。

峡谷と呼ばれる地域に君臨する雷属性の飛竜種。

飛竜種でありながら古龍に匹敵する実力を持ち、『峡谷の絶対者』の異名を持つ。

 

暴鋸竜アノルパティス。

極海と呼ばれる地域に君臨する氷属性の飛竜種。

同地に出現する砕竜を差し置いて極海の生態系の頂点に君臨すると目される通称『極海の帝王』。

体温を維持するためにあらゆる生物を餌と認識して襲い掛かる獰猛なモンスター。

 

星竜エストレリアン。

『災いの前兆』と噂される分類不明の赤い竜。

ギルドに滅星竜と呼ばれる希少種が鏖魔と激闘を繰り広げたという記録が残っている。

一説では古龍に近い生物といわれている。

 

「そして樹海の頂点に君臨するモンスターが棘竜エスピナスだ。ギルドが取った記録では、君達もよく知るあのイビルジョーに対して正面切って激闘を繰り広げたとされている。

棘竜は戦いの途中で観測員に標的を変えてそのまま飛び去ってしまったが、もし死を覚悟して恐暴竜とぶつかり合っていたらどうだろう」

 

「通用したのか?あのイビルジョーに」

 

「特に毒が効いたようだ。戦いが終わった後も強毒に苦しむ姿が目撃されている。棘竜の毒は一滴で周辺の草食種を全滅させる程の猛毒だ」

 

そういうと黒服の男は、巨大な赤い角を見て少し黙ってから呟いた。

 

「その力を人間が手にしたら、素晴らしいとは思わないか?」

 

「自分の言っていることが分かっているのか?」

 

「舞雷竜。暴鋸竜。星竜。雷轟竜。そして棘竜。

各地に君臨する最強のモンスター達の力をハンターズギルドが管理すれば、民が守れる。

その為には塔を良く知る必要がある」

 

「お前は民の元に怪物を放とうとしている」

 

「見解の相違だな」

 

「次の目的はなんだ?」

 

「幻獣キリンの確保だ。金獅子の誘導に必要になる。既に氷山に武装した捕獲チームを配備している。大砲やバリスタの設置も完了した」

 

黒服の男はそう言い残すと、戸を強く閉めて部屋を出ていった。

灯りのない部屋にギルドナイトが一人残されて、座り込んで考えた。

しばらく考え込んでいると、突然部下が走ってきて戸を強く開けた。

 

「緊急事態です。氷山に炎王龍と幻獣が同時に出現しました。雪と氷が溶けています」

 

〜氷山

 

二頭の古龍種の出現により、雪山を覆っている氷が溶け出した。

冰龍が鋼龍との戦いで傷ついた時期を見計らい幻獣キリンが来訪。

冰龍がこの地を立ち去って気温が上昇した。

さらに幻獣出現の報を受けたギルドが捕獲チームを派遣してキリン捕獲のために兵器を設置。

更にキリンの誘導とモンスター除けのために古龍骨を設置。

すると大砲の弾に含まれる良質な火薬と古龍骨が放つ古龍の生態エネルギーに惹かれて炎王龍が降臨した。

 

その息吹は炎爆。

見る者を圧倒する業火の王は、金属の炎色反応で口腔を青く輝かせながら灼熱の火炎を吐き出す。

翼から振り落とされる粉塵は爆発を発生させ、その爆風は獄炎の龍鱗から放たれる熱気を高熱の熱波として拡散した。

荒れ狂う火属性のエネルギーは地面を覆う氷を溶かして、薄く張った水を青白い電流が伝播する。

地上から立ち昇る水蒸気が炎王龍の吐く火炎で紅に染まっている。

 

炸裂音と雷号が交錯する地獄絵図に巻き込まれた人間達は、ただただその神性に圧倒されている。

雷を司る神格キリンは古龍種の中では小柄だが、神経系統を流れる電気信号を自在に操ることで生物離れした身体能力を発揮する。

瞬間移動と遜色ない神速で炎王龍が放射する獄炎を回避しながら、光速で地を駆ける稲妻を発生させて邪魔なガブラス達を一掃した。

 

暗雲の群れを引き連れた幻獣は氷山に闇の帳を落としたが、その闇を獄炎の王が煌々と照らし尽くした。

全身から高熱を放つ炎王龍は外気との温暖差によって風圧を発生させ、ボウガンやバリスタの弾速を減衰させて無効化する。

電気信号による刺激で全身の筋肉を硬化させた幻獣にも矢弾の類は通用しない。

二頭の神が放つ熱気や稲妻は神格以外の接近を許さず、龍達は無敵の執行者として力を振るう。

 

神出鬼没の幻獣を何としても捕獲したいが、古龍種の中でも並外れた凶暴性を持つ炎王龍の存在がそれを許さない。

塔に近づいたことでつけあがり、身の程を弁えず神に手を出した人類への神罰か。

 

「大砲用意!」

 

「出来ません!炎王龍に火薬を食べられました!」

 

「武器庫の警備員はどうした!」

 

「生存者居ません!」

 

「撃龍槍の準備はまだか!」

 

「炎王龍のブレスで破壊されました!」

 

突然幻獣が嘶き、光速の電流によって見張り台が倒壊した。白い立髪が熱風に吹かれて激しく靡いている。炎王龍は氷と雪を溶かして地に降り立ち、水を蒸発させて地盤を燃焼させた。

肌寒かった氷山から火柱が立つ。

幻獣と炎王龍は縄張りを主張して争っている。

荒ぶる炎王龍は飛行して幻獣の突進を回避すると滞空したまま粉塵をばら撒き、牙を打ち合わせて生じさせた火花で粉塵爆発を起こした。

熱によって空気が膨張して衝撃波が駆け抜ける。

爆風は山を切り崩し、幻獣に岩石が降り注ぐ。

地中の鉱物が強い電気に反応して地面が青く光り、地上から突き上げるように発生した無数の稲妻が岩石を粉々に砕いた。

 

岩が砕けて塵埃が視界を塞ぐ。

塵が内側から青く光る様子をホバリングしながら眺めていた炎王龍が突如として滑空して炎を纏った爪で幻獣に襲いかかると、幻獣は四方向に伸びる電流を発生させて狙いを分散させた。

そして発生させた電流の内の一つに紛れて神速で移動して爪の直撃を免れたが、接近した時に受けた熱で表皮が炙られてしまう。

その直後に幻獣は蒼角に電気を纏わせ、幻獣自身を中心に塵埃を消し飛ばずほどの落雷を発生させて炎王龍をその巻き添えにした。

 

リング状に吹き抜けた塵埃の中心に佇む二頭。

 

雷鳴を背にした炎王龍は全身から熱風を放ちながら振り返り、灼熱の息を吐きながら両角の先端を赤く輝かせた。

角の輝きに呼応するように塵埃に忍ばせた粉塵が爆発して、幻獣は全方位を爆炎に囲まれる。

天高く垂直に跳躍して火炎を避けると、その動きを先読みしていた炎王龍が燃えたぎる牙で襲い掛かる。幻獣は全身に青白い雷を纏い、疾風迅雷の勢いで地上に降りてこれを回避。同時に炎王龍の口内が青く輝いて、地表を獄炎が包み込んだ。

万物を焼き焦がす炎が雪山を襲う。

反抗するかのように青い雷の槍がそこら中から打ち上がり、無数の光線となって天を貫いた。

 

神々の争いが熾烈を極める中、ギルドの捕獲チームは矢継ぎ早に物資を運ぶ。

 

「今が正念場だ。古龍達がお互いに気を取られている間に出来る限りの策を出し尽くせ。

後悔するなよ」

 

「ところで――」

 

「ああ、分かっている。早く終わらせよう」

 

それはまさに絶望の凶音。

冰龍の退去は幻獣と炎王龍を呼び寄せただけではない。

地の底から分断されるような地響きは神々すら氷結する絶対零度の産声。

古龍ならざる者にして、もう一つの神格。

 

〜ギルド

 

「まずい。このままだと予言が外れる。直ちに捕獲チームを連れ戻せ。一人も死なせるな」

 

「まずは他の地方のギルドと連絡を取るんだ。それから、近隣の国家に協力を要請しろ。

これから始まるのは戦争だ。古龍観測所に人員を送って全ての古龍の動向を予想しろ」

 

「火山で詳細不明のモンスターが出現しました。

現在雪山に向けて進行中です。近隣地域に避難勧告を出していますが、いくつかの集落は既に壊滅している模様。現在救助チームが生存者を捜索しています」

 

〜火山麓の村

 

若い男が二人、人混みの中を歩いている。

 

「この村にも避難勧告が出たらしい。なんでも恐ろしいモンスターが現れたという噂だ」

 

「俺たちが生まれ育ってきた村を見捨てろというのか!?」

 

「仕方ないだろ!早く避難するぞ!」

 

「お前達が先に避難しろ!俺は見張り台から状況を伝える!」

 

男の一人がそういって梯子を登ると、双眼鏡を構えて遠くを眺めた。

 

「火山の様子はどうだ!何が見える!?」

 

「黒い巨大なモンスターが隣村の方を...」

 

突然突風が発生して、誰もが目と耳を覆った。

見張り台に登っていた男が息を切らしながら慌てて降りてきて、ひどく動揺した様子で言った。

 

「と、とにかく隣村が破壊された。あいつは一体何者なんだ。ここも危ない。早く村を出るぞ」

 

「隣村がやられたのか?」

 

「何かを吐いたと思ったら、隣村が突然爆発したんだ」

 

雪山と火山。二つの離れた地域に同時に発生した巨大地震は史上最大級の脅威を伴った。

事態を重く見たギルドは二頭のモンスターの出現をスーパーボルケーノや氷河期の到来に匹敵する世界規模の危機と発表。

天彗龍。滅尽龍。冰龍。霞龍。鋼龍。金獅子。恐暴竜。爆鱗竜。そして鏖魔。

各地の超災害級生物達が異変を感じとった。

 

惑星規模の巨大災害の影響は神域となった海底火山にまで到達した。

世界の破局を前に、最大勢力の一角が目覚める。

ニアリーイコールドラゴンウェポン?まさか。

 

それは神をも恐れさせる最強の古龍である。


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