古龍が去った後日談   作:貝細工

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夜渡る月に星の紛れを

見つけた事実は積み重なるけど、天井の真実には、まだ届かない

 

〜新大陸調査団三期団の期団長の発言より引用〜

 

霧の張った樹海の奥深く。

薄紅色の鼻唄とマボロシチョウがふわりふわりと軽い空気の中を浮遊していた。

蝶は体の大きな竜の鼻先に止まり、揺蕩う。

暖かい息が薄い酸素に溶け出せば、そこは夢の外。青く冷たい月が震えて、そよ風が白いうぶ毛をそっと撫でた。

 

あれから、十年以上の月日が流れた。

雑踏、喧騒を掻き立てる事件は未だ尽きない。

隠遁者はもう少し月光に紛れていようと思った。

ここでは色んなものを見ることができた。

巨大な竜が竜大戦以前の時に鎖で繋がれ、苦しみに捻れ曲がって現れた事もあった。

華美な光に飾られた白銀の太陽と黄金の月が愛し合うのを見て、彼らは偽物だと思った。

ここでは皆、生身の心臓に過去から伸びた棘が刺さっている。

銀の王が気高き非道を退け、金の女王が鋼の龍を叩き出したから、ここは偽りの王の居城だ。

月の出ている間に輝きを増すから残酷だ。

生態系の破壊者も、生態系の超越者も、ここに訪れる事を謁見と呼ぶ。

渡りの真相が新大陸にあるというなら、私はここに残って世界の真相を解き明かすつもりでいる。

 

そのためには、真実を覆い隠す偽物達の平穏を壊さなければならない。

内なる輝きを放つ、黄金の太陽を指差して。

 

〜山岳地帯 渓谷

 

かつて、蛇の王と呼ばれた巨大龍がこの地で息絶えたのだという。

起伏の激しい山岳地帯は地を這うあらゆる外敵の侵入を阻む天然の箱庭だ。

千にも及ぶ剣で削られたような地形には轟竜すらも滅多に立ち寄らない。

放浪者たちに手をつけられない豊富なエネルギーを求めて飛竜種や牙竜種が集まり、日夜縄張りを争っている。

特にこの地帯は大きな山に囲われており、それぞれに別の支配者が君臨している。

渓谷は、そんな支配者達の前線ともいえる特別な環境だ。

 

各地の支配者の中でも、近年この辺りに姿を現した千刃竜セルレギオスは非常に強力な飛竜種だ。

北方の山々を支配する空の奇術師は天地問わず魅惑的な蹴技で相手を圧倒する。

相手を置き去りにする程のスピードで飛翔する猛禽のようなモンスターで、全身を覆う黄金の鱗は獲物の体内に突き刺さって破裂する。裂傷を引き起こして死へ至らしめる凶悪な武器だ。

闘争心と縄張り意識の強い性格で、各地で大型モンスターとの激突が絶えない凶暴な種だ。

 

黄金色の鱗が美しい千刃竜だが、山中にある小さな村の人間達には忌み嫌われていた。

忌み嫌われていたといっても、千刃竜程の大型竜に攻撃する気概のある者はいなかった。

それに、可食部が少ない人間をわざわざ狙って食べる程エサに困ってもいなかった。

 

ある日、千刃竜が腐肉を漁っている所に人間がきたので、追い払う為に鱗を逆立てた。

松笠のように見える嵩張った鱗は人の目には酷く醜く映ったらしく、人間は酷い顔をして村に逃げ帰っていくのだった。

逆立てた鱗はブツブツとした小さな物の集まりだから、どうしても苦手な者もいるそうだ。

しかし千刃竜は威嚇された人間が恐れをなしたとばかり思ったものだから、得意になって吠えた。

鳥類のような甲高い鳴き声は大きな図体に似つかわしくないから、格好悪いと嫌われた。

 

それからさらに日が経った。

山は豊かで、千刃竜はすっかりここを気に入って棲みついた。

瑞々しく擦れる草木の音を聞きながら、心地よい眠りにつこうとした時のこと。

翼の付け根の辺りで何か奇妙な感触があった。

大型飛竜といえど野生動物だ。

異変をそのままにして眠ることは出来ない。

鬱陶しく思いながら肩の方を見ると、二足で立つ小さな動物が居た。

 

「なあ、お前金火竜だよな?爺ちゃんから聞いたぞ。すっごいんだな!」

 

食べるには小さく、泥が付いていて不味そうだ。

何よりこの山は豊かで、腹が減って居なかった。

 

「俺の村だとさ、リオレイアってすっごい人気なんだぜ!村のみんなに合わせてやるから、着いてこいよ!」

 

人間の言葉が分からない千刃竜だったが、変な生き物が勝手にどこかへ歩いていくので、安心して眠ろうとした。

暫くうとうとしていると、またあの動物の鳴き声が眠りを妨げた。

 

「おーい!なんで着いてこないんだよ!」

 

驚いた千刃竜は飛び起きて、鱗を逆立てて威嚇した。しかし相手はあまりにも小さく、それに加えて丸腰の人間だ。

展開した鱗を元に戻しても、小さな動物はそのまま立ち尽くしていた。

 

「か...」

 

「か...か...」

 

「か...か...かっこいい!お前すっごいな!これやるよ!俺の宝物だから、大事にしてくれよ!」

 

そういうと人の子は、どこから採ってきたのかアイテムポーチの中から小さな紅蓮石を取り出すと千刃竜の前に置いて帰っていった。

火に強い千刃竜には紅蓮石の熱は効かない。

なんだか良くわからないが、キラキラ光っていて面白いので巣に持ち帰った。

 

次の日、また同じ場所で昼寝をしようとしていると、頭に響く高い声が耳に飛び込んできた。

 

「おーい!また寝てたのか!お前の鱗って金ピカですっごい綺麗だな!」

 

泥まみれの手でベタベタ翼の鱗に触れて、それでも光沢を失わない黄金の鱗に目を輝かせている。

泥が付くのが嫌だったので翼の手入れをして、その拍子にいくつか古い鱗が落ちた。

それを見た少年は落ちた鱗を拾い上げて、目を丸くして千刃竜の顔を見上げた。

 

「こ...これ...もしかして俺にくれるのか!?」

 

言葉が分からない千刃竜だったが、この生き物は危害を加えてこないと侮って、相手にせず眠りについた。

すると少年は一枚の鱗を、壊れないように大切に袋の中にしまって村に帰っていった。

その晩、少年は持って帰った鱗を父と母に見せると、危険な物を持ち帰ったといわれてこっぴどく叱られたのであった。

その頃千刃竜は、少年から貰った紅蓮石を使って爪を研いでいた。やはり少年の言葉は分からないものだが、それでも使える物を貰ったことはちゃんと分かっていた。

 

次の日、千刃竜は狩りを終えると、少年と会う為にいつもの場所に降り立った。

いつも能天気な顔をしている小さな動物は、不満げな表情をして先に待っていた。

 

「父ちゃんも母ちゃんも、ちっとも分かってくれない。お前は優しいモンスターなのに」

 

千刃竜の爪先に付着した獲物の血が少し垂れて、草花を濡らした。自分の事で頭がいっぱいになっている小さな生き物は、そんなことも知らないで金色に輝く硬い頬を撫でた。

 

「お前、金火竜じゃなくてセルレギオスって名前なんだろ?みんなお前を不気味がってる」

 

言葉は分からないが、優しく頬を撫でる目の前の人間が敵ではないということは理解していた。

優しい目つきが伝わったのかもしれない。

異形の怪物は小さな子供を食べることなく、頬を撫でられたまま心地よさそうに寝息を立てた。

 

〜西方の山

 

深緑に落ちたような深い森の中。

異彩を放つ者あり。異彩も異彩。

王族の末裔にして、王の一族と敵対する異端。

山を覆う木々からこの葉に止まる昆虫まで、生命という生命が同調して溶け合う自然の中。

彩りを加えるドレスを纏う異彩。

波乱の人生を送った乙女を見守り続けたという伝説を持つ陸の女王。

 

桜火竜 リオレイア亜種

 

殺伐とした自然界には相応しくない桜色の火竜。

息を呑むほど美しい、まさに紅一点の存在。

珍しい体色は警戒色でも保護色でも無く、元より目立つ桜色のまま淘汰されずに残った証である。

美麗な外見とは裏腹に性格は獰猛。

その強さは雌火竜を大きく上回り、猛毒の尾を巧みに使った地上戦で真価を発揮する。

華やぐ視界に見蕩れたが最後、大型竜であろうと尾の一閃により絶命を強いられる。

 

千刃竜が飛来する以前のこと。

桜火竜は蒼火竜リオレウス亜種と共に、山々を統一する最大勢力として君臨していた。

火竜と雌火竜に馴染みのない辺境の村では、リオレウス亜種を火竜リオレウスと呼び、リオレイア亜種を雌火竜リオレイアと呼んでいた。

当時からこの辺りに生息する雷竜ライゼクスとは犬猿であったが、蒼と桜が揃えば雷竜すら追い払うことが出来た。

 

しかし、やがて栄華を極めた飛竜の王国を真っ向から覆すものが現れた。

 

奇襲燎原、爆鱗竜バゼルギウス。

ギルドが特に警戒している超危険生物だ。

金獅子や恐暴竜にさえ伍するだけあって、次元の違う強さを見せつけた。

例えるなら数の暴力さえ上回る暴力性の塊だ。

王国に侵入した気高き非道は地上から放たれる攻撃の数々をものともしない。

楯突いたモンスターは巣ごと焼き焦がされ、上空を影が通り過ぎた後には死者しか残らなかった。

 

爆鱗竜の襲撃には節操がない。

近年では人里に姿を現すこともあるが、あまりの強大さに対策法が確立されていない。

爆鱗竜は上空を音も無く移動するため、事前に見つけることは難しい。

もし見つけられたとしても、体全体が円錐状になっている関係で矢弾を弾いてしまうため、地上からの射撃は有効ではないことが分かっている。

熱や衝撃に強い外殻には爆発がまるで効かず、火薬を使った攻撃も成果を挙げられていない。

ところ構わず出現しては、数発で金獅子が吹き飛ぶほどの破壊力の爆鱗を大量にばら撒いて瞬く間に周囲を焦土と化してしまう。

 

爆鱗竜の脅威は、自然を生きる竜達にとっても計り知れない程強大だった。

戦う度に爆鱗の影響は色濃く残り、それまでは植物で潤っていた山々のいくつかが禿山になった。

 

そして遂に、恐れていたことが起きてしまう。

爆鱗竜に戦いを仕掛けた蒼火竜が命を落としてしまったのだ。

飛行する爆鱗竜を追って毒爪で攻撃を試みたところ、大量に撒き散らされた爆鱗に被弾。

直後に起きた大爆発に飲み込まれ、火達磨の焼死体が金粉のような火の粉を放ちながら落下した。

桜火竜は怒りに我を忘れて飛び立った。

愛しき王との死別を美しいと称賛する人間共には目もくれず、無我夢中で飛び立った。

そして、地上を焼き尽くして悦に浸る爆鱗竜の頭部に渾身のサマーソルトを叩き込んだ。

 

突然の奇襲に意表を突かれた爆鱗竜は、即座に反撃に出ようとした。

しかし、そこで頭部に激痛が走る。

桜火竜の尾先には毒を含んだ棘がある。

雌火竜の毒より濃縮された必殺の隠し武器だ。

桜火竜はサマーソルトの強打で甲殻の隙間から棘を突き刺し、強力な猛毒を爆鱗竜に流し込んだのだ。

夜空で両者の悲痛な叫びが交わされた。

さしものバゼルギウスも強毒に耐えかねて、遥か遠くへと飛び去ったのだった。

熱波に靡く翼膜が火に照らされている。

人間達の喝采が夜通し鳴り響いた。

死んだ蒼火竜が帰ってくることは無かった。

 

北や東の山々と違って、西方の山はカラッと乾いた気候が特色だ。

火を扱う火竜の一族にとってこの気候はまさに相性抜群だ。

土の窪みには朽ちた植物などが堆積し、可燃性の油だまりがある。この油だまりに桜火竜の爆炎が点火すると炎は途端に燃え広がるので、火を恐れる小型の鳥竜種は寄り付かない。

光に集まる習性を持ち、鳥竜種を天敵としている甲虫種たちにとっては西方の山は楽園だ。

 

湿度が高い東方の山にも虫は多数生息しているが、個体数はこちらの方が遥かに多い。

西方の山には雷竜ライゼクスという大型の飛竜種が生息している。

雷竜は翼を震わせて電磁波を発生させることがあり、この電磁波を浴びた昆虫達はたちまち気絶してしまう。

動けなくなっている隙に、雷竜や鳥竜種が虫を捕食するので個体数が増えにくいのだ。

 

そんなこともあって、この山には珍しい甲虫種が営巣していた。

それは女王虫 クイーンランゴスタだ。

名前の通り、ランゴスタの女王である。

人里離れた山奥の巨木の中に篭り、日々産卵に勤しんでいる女王虫。

胸部の背中側にティアラのような形状の突起物があることからもその高貴な身分を感じられる。

通常のランゴスタと比べてはるかに巨大で、その体格に恥じない強さを持っている。

その全長は6メートルを上回り、腹部の毒針を突き刺して敵に麻痺毒を注入する。

毒針から酸性の液体を吹きかけて獲物を溶かすこともある。

さらには親衛隊と呼ばれる強力な個体のランゴスタを常に付き従えていて、配下のランゴスタに特異な飛行で命令を行うことも出来る。

 

そんな女王虫の悩みのタネは、やはりライゼクスだった。外敵によって群れの個体数が減少すると、女王虫は親衛隊と共に外敵の排除に赴く。

しかし雷の反逆者のライゼクスが相手ではそうはいかない。

迸る電気を纏った翼で殴りつけられてしまえば一巻の終わりだ。

雷竜が翼を震わせただけで親衛隊のランゴスタもたちまち気絶してしまう。

いくら女王虫といっても、強大な大型飛竜には全く歯が立たない。雷竜が相手なら尚更だ。

その点、ここを支配する桜火竜の主食は鳥竜種や草食種の肉だ。そんな桜火竜の縄張りに足を踏み入れる恐れ知らずの鳥竜種も中々いない。

桜の女王の威を借りて、安全な木の中で日々産卵に勤しんでいるのだ。

 

桜火竜はランゴスタの事を不快に思っているようだが、ライゼクスと違ってわざわざ一匹ずつ殺して回ることはなかった。

千刃竜が縄張りを張る北の山では人間達が毒煙玉を使って甲虫種を退治するのでランゴスタ達に残された家は西方の山だったのだ。

 

一方セルレギオスは、大きな翼で風を掴んでいつもの場所に足繁く通っていた。

 

「おーい!セルレギオス!元気か?」

 

「この前はお前に鱗を貰ったから、今日は俺がお前に良いものを持ってきたぞ!」

 

少年は千刃竜にこんがりと焼けた肉をやった。

甘い蜂蜜をたっぷり塗ってある特製品だ。

千刃竜はペロリと平らげて、喜びを表すように空に向かってさけんだ。

 

次の日には、千刃竜から仕留めてきた鳥竜種を渡された。

少年と千刃竜の奇妙な関係は、何日間も続いた。

大空を舞う黄金の飛竜は、それまでに見てきたどんな景色よりも美しかった。

不気味と言われた松笠状の鱗にさえも、その一つ一つの鋭さに目を奪われていた。

 

しかし、友情と好奇心に胸を躍らせる時間もそう長くは続かなかった。

千刃竜を不気味がる村の大人達は、まだ幼い子供に大切な友と接触しないように叱咤したのだ。

少ししてから、泣きながらいつもの場所に向かって言葉を知らない千刃竜に話しかけ続けた。

 

「村の人がお前と会うなって言うから、もうお別れだ。大人になってもお前だけは忘れないからお前も俺の事忘れるんじゃねーぞ!」

 

燃えながら揺れる黄色い太陽の前に、小さな影がポツリと立っていた。

少年は顔を拭って振り向くと、折角拭ったばかりの顔を涙の雨で濡らしながら村へ帰った。

千刃竜には行動の意味が分からなかったが、次の日から少年が待ち合わせ場所に立ち寄ることはなかった。

 

あれからまた、長い月日が流れた。

最初のうちの数年は千刃竜のことを想って過ごし続けられたものだった。

しかし、就職や生活のこと、人間関係のことを考えているうちにモンスターのことなどすっかり考えなくなっていた。

村を出て、荒く削った木製の机に紙とペンをおいて徹夜で勉強をするようになっていた。

薄い壁の向こう側でカタカタとアプトノスが荷車を運ぶ音がしても、集中は途切れない。

くたびれた目つきで紙面の文字を読み耽った。

それから溜息をついて、水浴びをするために家を出た。

 

夜遅いというのに、酒場に灯りが灯っている。

空いた窓から陽気な音楽が酒気と共に流れ出していた。中で揉み合う人達が見えた。

野次馬が丸鳥の肉を齧って大騒ぎしている。

 

少し下の方を見て、夜の水場までとぼとぼ歩いていった。

冷たい水をかぶって体の汚れを落とした後、またあの酒場のことが気になった。

揉み合っている人は無事に帰れただろうか。

心配だった訳ではないが、興味が湧いてきた。

 

そんな出来心で酒場に立ち寄ると、窓の灯りは消えて既に閉まっていた。

男が騒ぐ声も、音楽も聞こえない。

だから店の壁に張り付けてある紙の記事が余計に目に止まった。

幻といわれた飛竜、リオレイア亜種が出現。

大変気が立っており、近隣の地域に避難命令が出されたと書いている。

桜火竜が出現したのは...

 

故郷だ。

 

明るくなる前に荷物の整理をして、日の出と同時に家を出た。

村までは遠いが、行けない距離ではない。

警報が出ている地域に赴くなんて自殺行為だ。

そんなことは分かっていたが、何かが自分を惹きつけている気がした。

街をいくアプトノスの馬車を拾って、可能な限り近くまで運んでもらった。

馬車を降りてからは髪を振り乱して走った。

ゴワゴワクイナのように走った。

息を切らして村に着くと、もう日没だった。

一睡もしていないのに不思議と眠くなかった。

あれから少し背の曲がった両親や村の長が西方の山々を見て険しい表情をしていた。

村の人に頼んで見張り台にあげてもらうと、桜火竜ではありえないとされる青色の炎が山を包み込もうとしていた。

かつて、とある村を襲った渡りの青い古龍が青色に輝く炎を放ったというが―

犯人探しをやりたいとは思わなかった。

それよりもこの村を守りたい。来たからにはやれることはないか、頭1つでじっと考えていた。

何ひとつ思い浮かぶことはなかった。

青い炎は山を飲み込んで、まるで押し上げられる桜前線のように美麗な情景を映した。

焦って頭を抱える。遠方から飛来する桜色の影が青い炎を背後にこちらを覗き込んでいる。

その奥から、無数の群体が砂嵐のような物量で飛来してくる。一目で分かった。ランゴスタだ。

 

中でも一際大きな個体に護られながら、ゆったりと空中を漂って後方でじっとしているのはクイーンランゴスタだろう。

女王進軍。

大量のランゴスタ達を従えるかのように引き連れてこちらへ向かってくる。

 

「おおリオレイア...どうして貴女がそんなに恐ろしいことを...」

 

見張り係がそういった。

この村の文化では、リオレイア亜種は爆鱗竜の襲来時にこの一帯を救った英雄だった。

しかしランゴスタはそうではない。

常日頃から人を襲い、強力な麻痺毒の後遺症に悩まされる者や命を奪われてしまう者もいた。

一匹でも村に出現すれば、村人達は家から出てこない。

そんな悪魔のような醜い生き物を桜火竜が引き連れて向かってくるのだから、それはそれは信じられないことだろう。

空を埋め尽くす程のランゴスタの進軍を前にすれば、毒煙玉の効果も焼け石に水だ。

青白い炎があっという間に西方の山々を覆い、ランゴスタが村に到達し始める。

村人たちは屋内に入って戸を閉め、外に毒煙玉を設置してやり過ごそうとしている。

青年は咄嗟に石を拾って実家に入り、ランゴスタの襲撃に備えて待機した。

 

「どうしてこんな危険な時に帰ってきたんだ!」

 

父が怒鳴りつけた。

 

  どうしてだっただろうか。

知らなかったといえば嘘になる。

確かに自分は張り紙の記事を見て、ここに危険が訪れているとわかって里帰りをした。

家族に久しぶりに顔を見せたかったということもなく、自分なら助けられるとも思わなかった。

しかし胸の奥で何か強く鼓動する物を感じた。

心臓なんかではなく、自分にしかない物だ。

辺境の村に生まれて、特別な才能も変わったところもない自分がいつの間にか手にしていた物。

誰も持っていないものが欲しかった。

だから周りの反対を押し切って手を伸ばした。

 

月日が経つと、個性への執着が無くなった。

幼少期に親から与えられた玩具で遊べない。

ドスヘラクレスがどんなに強くても明日の生活はちっとも良くならないから興味が湧かない。

窓際に置いた思い出の品々に冷めた笑いを返して、俺は生活のことを考えるようになっていた。

悪いと言われる謂れはない。今は何をやってるか分からないけれど、幼馴染たちもきっとそうだ。

モンスターについて勉強する為に本を読んだ。

飛竜種の見出しと共に大きく描かれた雌火竜をみてノスタルジックな気持ちになった。

村のみんなはこいつが好きだったっけ。

村を囲う山々に生息しているピンク色の火竜は、雌火竜リオレイアではなく桜火竜リオレイア亜種と呼ばれているようだ。

特別な飛竜として知られているらしい。

桜火竜にまつわる記憶を思い出していると、どれも他人事のようだった。

好きなモンスターが桜火竜ではなかっただけだ。

そうだ、好きなモンスターが居たんだ。

 

  答えを出す前に、ランゴスタ達が次々と壁にぶつかって建物が揺れた。

既に何件か別の建物が倒れているようだ。

青白く燃える山の方から三発の火球が飛んできて家屋に火をつけている。

 

「もうすぐリオレイアが到達するぞ!」

 

村の誰かが叫んだ。

そう言ったって、外に出ればランゴスタの群れに襲われて死んでしまうことは火を見るより明らかだった。倒れた家屋から悲鳴が聞こえても、誰も助けに行くことはできなかった。

人の断末魔を聞きながら耳を塞いで、生涯思い出したくないような時間が過ぎていった。

死神が現れて戸を叩くのを待つかのような絶望を感じて祈るように過去の記憶の名を漁る。

恐怖に混乱して、今すぐに殺された方が楽なのではないかという考えまで降ってきた。

バチバチと燃え盛る火災の音が嫌でも耳に入る。

木の壁に燃えて空いた穴から一匹のランゴスタが入ってきたから、石を投げつけて撃ち落とした。

そして家族総出で椅子の脚を何度も何度もランゴスタにぶつけて動かなくなるまで攻撃した。

息を切らしながら家具を寄せて穴を塞いだが、今度は火球の直撃を受けた。

家の壁ごと家具が爆発四散して、青年達はランゴスタの群れの前に放り出された。

狂える桜火竜は人々の真上で吠えた。

山火事に照らされながら、精悍な顔つきで焼け落ちる家屋を睨みつけた。

 

青い火に追われたランゴスタの一匹が飛んできて青年に襲いかかった。

その刹那、聞き覚えのある甲高い鳴き声が耳を劈いた。

 

鳴き声に気づいて振り向いた時にはそこには何も居なかった。地面に着けられたのは深い爪痕。

鳴き声の主が着地と同時に抉ったのだろう。

驚きと喜びを持って正面を向き直すと見覚えのある黄金の鱗が、照りつける炎によってオレンジ色に輝いている。

ランゴスタを咥えた大きな竜が振り向いて、ノスタルジックな瞳で青年を見つめた。

いきなり口内に放り込まれたランゴスタは竜の口元を引っ掻いて逃げようとしたが抵抗虚しく飲み込まれた。

 

セルレギオスだ。

 

千刃竜は青年とその家族を餌として認識しなかった。何かを待つように青年をじっと見つめた。

 

「あの高い鳴き声は千刃竜だ!屍肉を漁りにきたのか?」

 

「村が弱っている所に来るなんて、卑怯者だ!」

 

村のあちこちから千刃竜を罵る声があがった。

しかし人の言葉が分からない千刃竜はそんな言葉の数々を気に留めなかった。

両の翼脚を地に着き、落ち着いた様子で桜火竜の様子をうかがう。

 

「おい!リオレイアがやる気だぞ!」

 

自分達に死が訪れようとしているのに、村人達は呑気に野次を飛ばした。

一緒に外に投げ出された父が寄ってきて、青年に謝った。どうやら千刃竜と青年のアイコンタクトに信頼関係を見出したらしい。

父は続けて言った。

 

「あの飛竜はお前の友達なんだろう。

だったら何か言葉をかけてやってくれないか。

あいつは一匹でずっと誰かを待っていたんだ」

 

千刃竜セルレギオスは元々群れを作って暮らしていたモンスターだ。

そんなセルレギオスが長い間一匹で暮らしていたというのだから、とても辛かったに違いない。

桜火竜と千刃竜は、奇しくも孤独を抱えている者同士だった。

もし違う時代に違う場所で出逢えていたなら孤独を埋めあうことが出来た二頭かもしれない。

だが鬼気迫る表情を浮かべる桜火竜にはもはや和解の選択肢は残されていないようだった。

 

「久しぶりだな。セルレギオス」

 

たった一言だった。

あの頃から変声期を経て、すっかり声の変わった青年の一言。

たったそれだけを待っていた千刃竜は、満足したのか返事を返さずに桜火竜の方を向いた。

それから、全身の鱗を松笠状に逆立てながら身震いした。鱗同士が擦れあってキシキシキシと軋む音が立つ。

鱗を逆立てたまま、甲高い咆哮で威嚇した。

後方のクイーンランゴスタが千刃竜と桜火竜の戦いを予測して、兵力の保存のためランゴスタ達に撤退命令を出した。

 

そして千刃竜は桜火竜が攻撃に移るまでに、風を掴んで飛び立った。

村の人々には知られていないが、千刃竜セルレギオスは火竜や雷竜と並び空中戦に於ける最強格のモンスターだといわれている。

 

桜火竜は初動の速度を一目見ただけで空中線の不利を悟り、爪で攻撃するフリをして相手を威嚇しながら地上へ降り立った。

見事な判断だったが、フェイントの圧力で戦いをコントロールされる程千刃竜は甘くなかった。

爪を翳して降下した桜火竜相手に千刃竜は弧を描く軌道で回り込んだ。

更にすれ違い様に爪で斬りつけて攻撃。一太刀で鱗と皮が断ち切られ、鮮血が舞う。

雌火竜と比べて甲殻は堅く、鱗は柔軟になっている桜火竜だが、千刃竜の攻撃力を前に体の強度に頼ることは出来ない。

 

「リオレイアが空中の立ち合いで遅れを取っただと!?」

 

優れた空中機動力を持つ千刃竜は回避と攻撃を同時に行うことが出来る。

例えそれが本命の攻撃に誘い込むためのフェイントであろうと、相手が次の攻撃の動作に移る前にカウンターを打ち終えてしまえば攻撃のチャンスに過ぎない。

一見して無謀に思える戦い方だが、そんな無茶をローリスクで実現するスピードこそ千刃竜の最大の武器なのである。

傷口に刺しこむように鱗を射出した千刃竜。

桜火竜は二発続け様に火球を撃ってこれを迎撃。

火のついた金の鱗が空中で燃え尽きて、星のまたたく夜空を煌びやかに彩る。

もし傷口に千刃竜の鱗が突き刺さろうものなら、それはすぐに内部で破裂して致命傷に繋がり、黄金の墓標となりかねない。

一撃で相手を葬り去る殺傷能力に目にも止まらぬスピードと手数が加わったことで相手には常に負荷がかかる。

飛竜屈指の攻撃能力を恐れて前に相手が守りに入った所で攻撃をまとめて仕留める。

千刃竜というモンスターは轟竜とは異なるタイプの圧力の使い手なのだ。

 

飛竜としては珍しいほど太く逞しい脚から繰り出される蹴撃技の数々は天を裂き地を破壊する威力で外敵に襲い掛かる主力の技だ。

その傍ら、致命傷に至らずとも甲殻や鱗を斬り裂いて刃鱗を突き刺すポイントを増やす役割を併せ持っている。

そのため千刃竜は硬い外角を持つ相手と対峙するとまずは蹴りから攻撃を組み立てる。

攻防を重ねていく内に駆け引きに刃鱗による攻撃を織り混ぜ、圧力を増していくのだ。

 

攻撃に特化した千刃竜に対して、桜火竜はオールラウンダーの飛竜だ。

強靭な脚力を駆使した地上戦を得意とする通常種と違って、桜火竜は地上戦と空中戦の両方を自在に切り替えて戦う。

脚力でも通常種を上回っているが、飛行能力において通常種を大幅に上回っているためだ。

これによって攻撃にバリエーションが生まれて、相手の予測しづらい軌道の攻撃が可能となる。

しかし、天上最大の実力者と目される千刃竜が相手では空中戦は分が悪い。

かといって、常に地に足をつけて戦闘していては強さを十分に発揮できない。

分が悪いなりに飛行能力を使い、地上と空中の切り分けで対応したいところだ。

一撃必殺のサマーソルトは勿論、飛行能力が向上したことで変則的な攻撃が可能となった。

真剣のような威力の毒棘が刺されば一発で勝負は覆る。

桜火竜は高いスタミナと生命力で千刃竜の猛攻を耐え凌ぎ、重い一撃で逆転する事に勝機を見出した。しかし、それは千刃竜の罠。

守りに入った所で切り傷を重ねて失血死を狙えるのが千刃竜の恐ろしいところだ。

 

錐揉み回転しながら尾で薙ぎ払うことで安全に飛び立とうとした桜火竜に対し、斜め上からの直線的な軌道の跳び蹴りが突き刺さる。

千刃竜は前後に二本ずつ生えた大きな爪で桜火竜の首を掴み、自分の体を軸にして縦方向に回転。その遠心力を利用して投げ飛ばした。

真っ逆さまに落下した桜火竜はそのまま地面に叩きつけられ、自ら転がって追撃を避けるとすぐさま火球を吐き出して牽制した。

 

異常な手数を誇る千刃竜と戦う時は、追撃を防ぐために攻撃を受ける度にその都度反撃しなければならない。

千刃竜は攻撃力とスピードに秀でているものの、全身が鱗に覆われているので甲殻と呼べる器官が無い。

そのため他の大型飛竜と比べて撃たれ弱く、守りを崩すのは上手いが、攻めに出られると手を出しづらくなるという弱点を持つ。

それでも捕捉能力とスピードで回避しながら一方的に攻撃するという脅威的な一面を見せることもあるが、それでも反撃を出されると対応のために攻めを制限されてしまうのだ。

桜火竜はそのまま距離を詰めて噛みつきたいところだったが、したたかに攻撃を堪えた。

 

千刃竜の高い飛行能力の真価は回避と反撃を交えた攻撃の撃ち合いでこそ発揮される。

空中という逃げ場を選べる千刃竜は、回避した後も高度を調整することですぐに反撃可能な距離をキープすることが出来る。

相手が追撃する為に間合いに入るためには千刃竜と同じように飛ぶことを強いられる。空中戦ならば千刃竜の独壇場。

危険な尾の攻撃に気をつけながら飛び回り、攻撃できる隙があれば飛び込んで攻撃する。

常に空中を移動する千刃竜が相手では、桜火竜の得意の炎ブレスも上手く当てることは難しい。

桜火竜は焦らず、ペースを乱されずに反撃の隙を窺う。

 

真剣同士の立ち合いのように緊迫した空気が流れる。この空気を持ち込んだのは千刃竜だ。

一目見てわかるほど危険な鱗に覆われた千刃竜が相手では、迂闊に攻撃すれば逆に身が刻まれてしまう。

覚悟を決めた桜火竜はなんと千刃竜を目の前にして、空中戦を選んだ。

それも千刃竜へ突撃するのではなく、その場から逃げ出すように飛び去ったのだ。

空中で様子を伺っていた千刃竜だったが、桜火竜から放たれた三つの火球を避けるわけにはいかなかった。

なんと、全ての火球は千刃竜ではなく青年を狙っていたからである。

この戦いが一つの縄張り争いなら千刃竜の爪が桜火竜の喉笛に届いていただろう。

しかし、千刃竜の取った行動は桜火竜の生み出す爆炎に自ら飛び込むことで青年を守ることだった。急降下、着地。そして着弾。

三発もの衝撃に逆立った鱗が砕け散り、千刃竜のペースが音を立てて一気に崩れ落ちる。

 

勝負を諦めていない千刃竜は凶弾に身を灼かれながらも振り返らず、声を振り絞って怒りを露わにした。

そして反撃のために飛び立とうと上を向いたところ、激痛と共に吹き飛ばされた。

全長十メートルを大きく上回る飛竜の巨体が瓦礫や柱を下敷きにしながら転げ回り、ぐったりと倒れ込んだ。食らったばかりの火球の火でまだ体の一部が燃えている。

千刃竜が女王に一杯食わされた。

真っ向勝負を避けた桜火竜は青年に向けたブレスで千刃竜の視界を奪いながら接近。

焦って攻撃しようとした所を狙って必殺のテールウィップを叩き込んだのだ。

その証拠に、千刃竜の首には猛毒の棘が突き刺さっている。

桜火竜はしめたとばかりに降下して、翼で土を引っ掻いてなんとか立ちあがろうとする千刃竜の首に噛みついたままとどめの爆炎を放った。

肉が焼け焦げる匂いが充満する。

ぼんやり空に見える月が顔を照らされ、息も絶え絶えの千刃竜が青年の方を見た。

 

「そんな...俺のせいで...」

 

悔しそうにしている青年の顔がぼやけて、千刃竜はそっと瞼を閉じた。

体を流れる毒の痛みと息苦しさで死期を悟った。

青白く燃える山が目に入った。

―瞬発力。千刃竜の持つ最大の武器の一つ。

千刃竜は最後の力を振り絞って体を入れ替えて、桜火竜の両翼を掴んだ。そして暴れる桜火竜を離さずに空高く飛び上がった。

吠えようとしても声が出ない。

千剣の王が去ったこの地で、千剣に刺し殺されるような痛みを堪えながらひたすら高く飛んだ。

残りの命と引き換えにでも何かを守りたいという願いが千剣の王まで届いたのかもしれない。

千刃竜は毒と炎で朽ちていく体を死に物狂いで動かして、青白く燃える山に落ちていった。

流れ星のように山に落ちていく二頭の飛竜は別々の孤独を抱きながら青い炎に吸い込まれていく。

 

立ち上る蒸気は少しずつ鱗を溶かした。

龍の力を帯びた青白い炎には火に強い耐性を持つ二頭の飛竜も耐えられない。

千刃竜は苦痛の中で口を開いた。声の出ない喉から勝利の雄叫びをあげたかったのだ。

そして遂に千刃竜は命を燃やし尽くした。

まるで笑っているかのような顔で。

続いて龍の力を弱点とする桜火竜も死んでいった。

死の間際、桜火竜は蒼い炎に覆われた自分の体を見て、安堵したように綺麗な鳴き声で鳴いた。

今際の際に蒼火竜を見たのかも知れない。

青く燃え滾る山火事が一晩中空を照らす不思議な夜だった。

 

  それから、千刃竜と会うことは無かった。

千刃竜が桜火竜と戦っている間にランゴスタの群れは雷竜に襲われて散り散りになったらしい。

山を覆って桜火竜を追い立てた青い炎の原因はまだ分かっていない。

張り紙に出される程大規模な事件なのに、ギルドが手を出さなかった事も奇妙だ。

しばらく黒い噂が出回った。蛇王龍の死んだ所では肉片から青い炎が立つという噂だ。しかしギルドが沈黙を貫いたので真相は分からないままだった。

 

あの頃の事を思い出すために千刃竜の巣に行った。巣の奥には見覚えのある赤い石があった。

思わず一人で泣いてしまった。

 

「大切に持っていてくれたんだな」

 

「ありがとう」




千刃竜の火炎玉

千刃竜の持っていた綺麗な宝石。
長い間大切にされていたようだ。

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