古龍が去った後日談   作:貝細工

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鏖魔vs灭星龍

かつて広大な森だったその地は、今や痩せこけてみる影もない。

赫い彗星がやったのだと、誰からともなく噂が広がった。

崩れ去った建造物の破片に蝶が止まる。

焦げた砂粒が震える夜の砂漠。

凶兆に蝶が舞い、地底湖が波立つ。

群雄割拠の火山地帯を差し置いて、ハンター家業発祥の地ともいわれるこの砂漠で、人類最大の敵が産声を上げようとしていた。

 

ディアブロスという種は、砂漠の生態系では別格の強さを持つといわれている。

繁殖期の雌はその体色を黒く染め、黒角竜ディアブロス亜種と呼ばれて区別される。

その中でも歴戦の個体となれば、古龍に匹敵する実力にまで到達する。

他の土地に君臨する主たちと比べても、角竜という種の持つ潜在能力は群を抜いているのだ。

古龍種を追随する者であるだけではない。

金獅子、恐暴竜、棘竜、爆鱗竜...常に向けられるのは、超弩級の強者との比較の目線。

一度古龍と比肩しようものなら、神の次元に足を踏み入れるのに相応しいか査定され続ける。

 

祝福。

 

そして此度、漸く神々に名を連ねられる究極の個体が誕生した。

砂塵の中、歪んだ形の型角から顔面にかけてが濃紺に染まった異質な風貌はどこか悲壮感さえ漂わせている。

苦痛を訴えかけるかのような絶叫は、世に生まれ落ちたことへの慟哭か。

 

『鏖魔』

 

二つ名筆頭。討伐例無し。

彼が登場するすべての逸話はバッドエンドを迎えている。これ以上ない絶望の、その権化。

返り血で濃紺に染まった顔に浮かび上がる真紅の血管は鬼の紋様か。

遂には鏖殺の暴君に肩を並べる覚悟はあるかと、神々に問う器へと成った。

殺戮の限りを尽くす暴君はその殺気を察知して集った風牙竜を標的と見做し、鬼気迫る咆哮で威嚇した。

 

その隙を狙って滑空突進を繰り出した風牙竜は、鏖魔を中心に発生した水蒸気爆発になすすべなく吹き飛ばされ、尾の一閃による追撃を間一髪で避け切った。

しかし、避けられた尾の先が地面を打つと、反動で巨大な岩塊が打ち上げられ、風牙竜の頭上から落下した。

 

これも素早い動きで回避した風牙竜は咄嗟に尾でカウンターを放ち、これは鏖魔の横面を捉えて強烈な打撃を浴びせた。

風牙竜は鏖魔が怯んだ隙に飛びかかり、肩の甲殻の隙間から牙を突き立てようとした。

しかし、鏖魔の甲殻の強度は通常の角竜のものとは比べ物にならず、なかなか牙が刺さらない。

風牙竜は自分が対峙しているモンスターの異質さに気づいて飛び去ろうとした。

 

しかし、その時には既に遅かった。

鏖魔は尾を振った勢いで体を回転させ、そのまま脚力を利用して角を振り下ろすと、風牙竜を引き摺り下ろして串刺しに処して返り血を被った。

砂漠の生態系において、最強の捕食者といわれるベリオロス亜種を打ち破ったその時のこと。

 

鏖魔はこの世界に招かれざる客が訪れていることに気づいた。

 

〜とある王立古生物書士隊の研究施設にて

 

  「蝶を操る古龍?」

広い研究室の中でいつものように研究者たちが意見を交わしていると、聞きなれない言葉が飛び出してきた。

 

「この血液サンプル、どうやら古龍のものに近いみたいなんです」

 

「新種の古龍か?詳しく聞かせてくれ」

 

「採取されたのは砂漠地帯です。なんでも、龍属性を纏う蝶が発見されたとか」

 

研究員が差し出したデータには、血液が属性エネルギーに対して龍属性に近い反応を示したという記録が残っている。

データが正しければ、古龍種かまたはそれに近いモンスターということになる。

 

「古龍の血にしては龍属性エネルギーの量が少ないな...ジンオウガ亜種の可能性は無いのか?」

 

「現場でスケッチされた絵です」

 

流星のように滑らかな体のライン。

前脚が後脚よりも短い。確かにジンオウガ亜種ではないようだ。

鈍色の甲殻の隙間から赤い光を放つ所は、バルファルクの伝承と似ている。

体長の半分近くを占める尾は長く、飛竜の甲殻のように重なった尾の甲殻はブレード状に研ぎ澄まされている。

翼のない四足歩行で牙竜種のように見える。

体長20メートル以上、社会性のある生物と書いている。

 

「社会性?」

 

「発見された時は、同じような姿をした赤茶色のモンスターを従えていたというんです。

赤茶色のモンスター達も蝶を操っていた。

そして、その場を後にする時に赤茶の個体達を駆逐したとも報告されています」

 

「こっちが赤茶の個体の血液サンプルです」

 

「それ貸して貰っていいですか?そっちの方もデータ取らせてください」

 

他の研究員が返事を待たずに血液サンプルを取って足速に歩いていってしまった。

 

「蝶を操り、蝶を操る別の竜を従えるモンスターということか」

 

戸を開ける音がして、巨大な甲虫の死骸を持った男が研究室に入ってきた。

 

「現場で採集された虫の死骸だ。我々の班はこれを星羽蝶と命名。我々も詳しいことはわかっていない。研究を頼む」

 

「こいつホムラチョウやオオシナトと形態が似てますよ。こいつの死因は?」

 

カマキリのようなカマを持ったその虫は、現大陸で生息が確認されている大型の虫と姿や大きさが似ていた。甲虫種でないことは確かだ。

 

「竜達が立ち去った直後に原因不明の大量死だ。死ぬ直前まで龍属性を帯びている個体も居たが死体はどれも同じ」

 

「蝕龍蟲なら龍殺しの実が主食だが、その様子だと食事は観察できていないだろう」

 

「解剖して食べた物を摘出出来ませんか?」

 

「他の研究チームが解剖を試したが消化器官を見つける事も出来ていない」

 

「これ、見てください!」

 

血液サンプルを取っていった研究員が声をあげたので注目が集まった。

 

「黒い個体の血液サンプルより龍属性エネルギー量が少ない。一体どういうことだ」

 

「成長途中の古龍の幼体?」

 

 

〜砂漠 白一角竜の縄張り

 

火山地帯ほどではないが、砂漠もかなり激戦区の言われている。

環境を利用するのが得意なモンスターが数多く生息している。

たまに砂漠を訪れる黒轟竜にとっても、砂漠の強豪達と砂漠で戦うのは骨の折れる仕事だ。

そんな無骨の象徴のようなモンスターこそが一角竜モノブロス、その亜種。

 

白一角竜モノブロス亜種。

通常種を大きく上回る運動能力と凶暴性を併せ持つ曲者だが、今回ばかりは運が悪かった。

たった二発で三半規管が麻痺させられ、力の入らない足での逃走を余儀なくされたのだ。

頭部の角を使った突進攻撃を得意とする白一角竜は頑丈な首と頭蓋を持っている。

そんな白一角竜が目眩を起こすほどの攻撃を正確に打ち込まれ、否応無しに撤退させられることは本来ならあり得ないことだった。

龍属性を纏った星羽蝶が舞う中、逃げる白一角竜を追わず、勝鬨をあげる。

身じろぎもせず、殺し屋のように冷静な瞳を開いたまま佇んでいた。

惹き合う標的を見据えているかのように。

 

〜とある地方のギルド本部

 

「マスター、緊急事態です。砂漠に鏖魔の出現が確認されました。砂漠を散策していた職員は全滅しています」

 

「これ以上被害を出しては駄目だ。誰も討伐に向かわせるな。閉鎖は済んだか?」

 

白く長い顎髭を撫で下ろしながら老人が尋ねると、男は神妙そうな顔をした。

 

「出現が確認されたエリア付近に簡易的なバリケードと見張り台を設置。その周りを囲うように防護壁の建設も手配しています。ですが...」

 

エリアとは、砂漠の区画の一つだ。このギルドでは土地をいくつかの区画に分けて管理している。

エリアAではかつて恐暴竜が出現した際に大規模な討伐作戦を決行した場所だ。

角竜、爆鱗竜、滅尽龍も出現して激闘を繰り広げたと記録されている。

そして、その後の調査で恐暴竜のブレスが持つ龍封力の影響か、滅尽龍の棘が大量に発見された。

発見された棘はサンプルとして回収されたが、地中に埋まった物や細かく砕けた物の多くは未だに砂漠に放置されているという。

含みを持たせているのが分かったので、ギルドマスターは男の顔を覗き込んだ。

すると男はスッと息を吸って顔を上げると、はっきりとした口調で答えた。

 

「遺跡付近で、鏖魔ではないモンスターに防護壁の建設が妨害されています」

 

「ああ、砂漠が生まれた時に天彗龍に破壊されたというあの...」

 

「建造物を構成する特殊な鉱石を齧る黒いモンスターです。詳細は不明。現在は採集したサンプルを王立古生物書士隊が研究しています」

 

話を遮るようにして、興奮した様子の職員が駆け込んできた。

 

「謎の竜と鏖魔がまもなく接触します」

 

 

「この連鎖も、必然か」

 

〜砂漠

 

蝶の羽は漣の原因にして、岸が欠けていくのは蝶が羽ばたいた結果だ。

 

鉱物と古龍は密接な関係で結ばれている。

炎王龍テオ・テスカトルは可燃性の物質を含む鉱物を主食としている。

またその一方でオオナズチはユニオン鉱石の金属成分と古龍の血を掛け合わせることで擬態に役立てているとされている。

未知の来訪者が砂漠に姿をあらわした理由は遺跡にあった。

この砂漠の遺跡は未知の鉱物で出来た建造物の残骸で、その鉱物を食すために出現したのだ。

 

白一角竜の縄張りを抜け、遂に遺跡に辿り着いた来訪者。一説では時空の歪みから出現したとも囁かれている。

竜の身でありながら最も古龍に近い存在に到達した新たな審判者。

 

滅星竜 エストレリアン希少種 分類不明

 

星羽蝶と共生関係を築く星竜エストレリアンの希少種。希少種とあるが、星竜の成長形態の一つであるといわれている。

通常種である星竜より星羽蝶の扱いに長け、精密に操作する事ができる。体から離れた星羽蝶をも自在に操作するが、空間に対してどのような影響を及ぼして意思の伝達を行なっているのか未だに判明していない。

後にエルガドで爵銀龍メルゼナと噛生虫キュリアの共生が発見されることになるが、彼らとの関係性を指摘する学者も現れるだろう。

時空の歪みと繋がっている異なる世界では、滅星竜と古龍種の関係性について激論が交わされている。

「出現が凶兆」と呼ばれる星竜の中でも別格の実力を持つ存在で、星を滅ぼす者の異名を持つ。

奇しくもこの特徴は「大地を絶望に染め上げる凶兆」と呼ばれる天彗龍バルファルクと共通する。

凶兆の名の通り超災害級古龍による被害に先立って目撃されることが多いが、複数の超災害級古龍の活動が滅星竜の目覚めに繋がっているという説が有力だ。

星竜という種は血液に龍属性エネルギーを持つ事で知られており、古龍種との共通点が多い分類不明のモンスターだ。

その中でも特に滅星竜の血液は龍属性エネルギーを多く含んでおり、古龍のエネルギー反応に近いとされている。

 

そんな滅星竜は、自らが降り立った砂漠に強大なエネルギーを感知していた。

普段であれば、超災害級古龍の活動によって目を覚ますところだが、今回は違った。

砂漠中に充満する殺意は、自分の知るどの古龍種とも重なることはない。

そればかりか、先程戦った白一角竜と酷似したエネルギーをひしひしと感じているのだ。

世界有数の強者が運命に誘われるように惹かれあうこの地にて、人類の介入などというのは無粋なことだ。

 

「目標を確認!こちらに気づいているようですが、目立った反応はありません」

 

滅星竜は、自分の周りを取り囲む小さな生き物たちの騒がしさに不満を持っていた。

警戒して距離を取る武装した人間たちは、すでに自分達に迫る危機に気づいていた。

しかし、気づいた時にはとっくに手遅れだった。

口元に赤黒いエネルギーを燻らせた。

 

「空間中の龍属性エネルギー量が急上昇中...

これは、イビルジョーの時と同じ...?

全員退避しろ、拡散龍ブレスが来るぞ!」

 

その時が来るのを待ち、溜息をつくように。

逃げ惑う人々を星羽蝶が襲い、一人たりとも逃しはしない。

曲がっても跳んでも的確に追尾するものだから、逃げるのを諦めて立ち向かう者もいた。

背を向けて逃げ去ろうとする者、剣を掲げて戦いに臨む者。

その全てを覆い込む赤黒い煙は、奇しくもかつて人類が恐暴竜との戦闘で経験したエネルギーの奔流と瓜二つであった。

 

「視界が赤くて何も見えない!くそ!俺は血に塗れているのか!」

 

奇しき彗星が天から地に落ち、底知れぬ所まで通じる穴を開け、底知れぬ所の使を王としている蟲が持たない人々を襲う。

奇奇怪怪。

まるで亡者が弾き奏でる狂想曲のように激しく、予測不能な惨劇の嵐。

鮮血と死が薄羽の合間を舞い、人々はミキサーにかけられたように形を失っていく。

滅星の怪異がクライマックスに到達し、最後の断末魔が混声合唱を始めたちょうどその時。

舌の奥からどっと湧き上がる歓喜のような爆発が全方位に死の音を吐かせた。

見上げるほどの高さの巨大な一枚岩、人が立てた防護壁、爆発に巻き込まれて砂漠の砂の一つにかるのは人間だけではなかった。

これでこそ無敵。

滅星竜は寡黙に語る。真の強者とは、戦う必要の無いものだと。

突如、浮かび上がる文字。

 

『死』

 

直感で飛び退く足元から、天を貫く剛の猛撃が発生する。

ダイナミックに突き上げる二本角は、岩盤だった土砂を撒き散らしながら飛び上がっていく。

飛散する土砂すら攻撃として成立するくらいの熾烈な攻撃力を伴って、残酷な死神が地獄より降り立った瞬間である。

 

すれ違う刹那、お互いに尾を使って人の目に見えぬ速度の攻撃を交わし、発生した風圧すら大地を削る衝撃波と成り果てる。

 

慟哭

 

―逢着。

 

大地を突き破って、天空を突き破って遥か高みへと向かう最強の存在。

対するは、合切を灭する力さえ有する無敵の存在。

時を超えて、世界を超えて訪れた最強無敵のクロスオーバー。

 

滅星竜は命の危険を感じた時にのみ、性格を豹変させて相手を徹底的に撃退するモンスターだ。

その絶対的な力もあってのことか、不思議と他のモンスターとかちあう姿は目撃されていない。

しかし、鏖魔ディアブロスは目に映る全てに殺意を滾らせる狂える殺戮者だ。

そうとわかれば話は早い。

つまり、どちらかが死ぬ。

 

自らが最強だと信じて疑わない二頭の最強が、猛りに猛る殺意と敵意を交差させ、頭部のみ相手の方を向けたまま同じ角度で回り込んでいる。

両者は寸分違わぬ距離を保ったまま、相手の出方や動きの癖、隙を極めて短い時間間隔で分析し続けているのだ。

 

攻撃力、防御力、筋力、速度。

戦いに必要な全てのパラメータを極めた者同士の戦いでは、何が起きるか分からない。

勝負は一撃で決する可能性もあれば、お互いの攻撃が全く効かない可能性もある。

そうなってくると、精神的に有利に立つことが出来るのは鏖魔だ。

頭部に携えた巨大な二本角の攻撃力ほど明快な物はない。いつでも戦いを終わらせることが出来るというプレッシャーを相手にかけられる。

もっとも、精神的な優位性などというものは鏖魔には無縁だ。

何しろ、この竜は正気を持っていない。

 

刹那のうちの激動。

爆音の残響が微かに聞こえる。

砂漠中の三半規管が四散するような絶叫を放ち、滅星竜の聴覚を一時的に麻痺させた。

思わず顔を背けて苦痛を顔に出す滅星竜。

鏖魔は僅かに両の翼脚を低く降ろした後、地表を掠めるほど首を低く落とした。

そして放った渾身の一撃。

それは突進だった。

 

あまりにも当然。あまりにも捻りがない。

教科書通りの一挙一動がガードの上から強制的に死を迎えさせる。

そんな理不尽を凝縮したような一撃が大地を駆けて絶望を捧ぐ恐怖の刺突。

 

 

 

パタン...そんな音が鳴ったように見えた。

実際はそんな音はないのだが。

滅星竜と鏖魔は戦いを極めたモンスターだ。

血が滲むような戦闘の経験、他の生物とはまるで住む世界が違うかのようなフィジカル。

頂点の中の頂点に王手をかけた者同士の戦いで、至極当然の結果だった。

 

愚直に突進を行った鏖魔の顎めがけて、滅星竜のブレード状の尾によるカウンターが綺麗に決まった。強引に突進を仕掛けた鏖魔は自らの前進力も相まって意識が遠のいた所に神速の追撃を打ち込まれて転倒。

たった二発の攻撃によるダウンだった。

咆哮で怯ませて隙を作り、油断をしていない相手にも突進を叩き込む鏖魔の戦略が通用しなかった。

 

それ以上の深追いはせず、復帰を待つ滅星竜。

決して油断している訳ではなく、不意を狙った一撃を警戒してのことだ。

滅星竜の読みは正しかった。尾の一撃を受けた鏖魔は会心のカウンターを受け、倒れた。

しかし、鏖魔にとって大したダメージは無いただのフラッシュダウンだ。

決着を急げば刺殺されていた。

起き上がりを狙って、またもや神速のテールウィップが鏖魔を殴りつける。

一撃貰ってよろめいた隙を逃さず、何発も何発も尾による打撃が叩き込まれて、鏖魔の頭殻に少しずつ傷やヒビ割れが刻み込まれていく。

同時に眼球に向かって正確に飛んでくる星羽蝶の対応をも迫られ、沸々とした情念が鏖魔の腑を煮やしている。暴走状態だ。

 

鏖魔の威厳を感じさせるゆったりとした動きも、瞬時に無数の打撃を叩き込める滅星竜にとっては弱点に過ぎなかった。

体を移動させながら打ち込む神速の回転攻撃は、あらゆる方向からのカウンターを兼ねた打撃を可能とする。

相手が居る方向がどこであろうと正確な上下の打ち分けができる滅星竜に、もはや死角など無い。

だが、そんなことで引き下がってしまっては鏖魔ではない。

攻撃の被弾を力任せに無視し、顔に攻撃をもらいながら角で滅星竜を放り投げた。

滅星竜は宙に投げ出されながら雌火竜のようにサマーソルトを二度繰り出すが、力強く跳躍して角を捻じ込みにかかった鏖魔には通用しなかった。

このままでは鏖魔の角は滅星竜の甲殻を貫き、筋組織や内蔵器官をザックリと貫いて地に突き立てる結果に終わるだろう。

一瞬で黒い甲殻の隙間から赤い風が吹き出して、空間中の龍属性エネルギー量を規則的に増減させることで星羽蝶に指示が送られた。

直後に弾丸のように飛行する星羽蝶の群れが速度を保ったまま滅星竜を巧みに避けて鏖魔に突進。

鏖魔の堅牢な翼脚の前には擦り傷一つ与えられず玉砕。

しかし、鏖魔が星羽蝶に気を取られた僅かな時間を利用して滅星竜は角の軌道から脱出。

着地と同時に身をひいて追撃に備えたが、回避するより大きく振るわれた鏖魔の尾に肩の甲殻を大きく抉られた。

命を賭けた戦いで怪我を気にかける余裕はなく、滅星竜は狼狽えずに星羽蝶と連携して攻撃を仕掛ける。迎え撃つ鏖魔は多くの被弾を貰いながら、一つずつ着実に重い一撃を重ね続けた。

無尽蔵のスタミナを持つ二頭の戦いが始まってから数時間が経過し、その間も絶えずお互いを分析し続ける両者は一秒前と比にならないほど狡猾な動きを実現し続けた。

 

相手の動きに反応して柔軟に戦い方を変えられる滅星竜と、理不尽な程に突出した殺傷力を突きつける鏖魔。

それは一見して柔と剛の激突に見えたが、実際は『柔軟さを凶器に変える靱性』と『強引さで駆け引きをコントロールする狡賢さ』による鏡合わせの対決であった。

 

チャンスとばかりに角をスイングして畳み掛けに入る鏖魔を相手に、滅星竜は頭部のフリルと首の間を割くようにブレード状の尾で斬りつけた。

通常の角竜とは比べ物にならない硬さの甲殻を持つ鏖魔も、甲殻の繋ぎ目を狙われてはそう安心していられない。

 

鱗や甲殻に覆われていることが多い飛竜種だが、鱗や甲殻に頼る生態のためか甲殻の関節部分の防御力はあまり高くない。

かつて、カノプスと呼ばれる絶滅した飛竜種が居た。カノプスは大きな一枚の甲殻で首を覆っていたが、そのことが祟って自由に体を曲げられずに絶滅してしまった。

以降、同じ轍を踏まないように飛竜種の首は複数の甲殻で覆われていることが多い。

首を狙って攻撃することは、特に重厚な甲殻による高い防御力が特徴の重殻竜下目のモンスターに対する模範的な戦い方だ。

例えそれが重殻竜下目最強の一角である鏖魔であっても、基本に忠実な戦いは有効である。

よく見ると、ディアブロスの腹側は甲殻と比べて攻撃の刺さりやすい鱗に覆われている。

そのことに気づいた滅星竜は下から斬りあげるように攻撃の軌道を切り替えた。

 

高い知能を持つ滅星竜は戦いの中で鏖魔の攻略法を模索し続けていたが、攻防を繰り返していくうちに確かな手応えを得られつつあった。

一方の鏖魔もまた、相手の手札と自分の相性を理解しつつあった。

 

通常、回転を伴う攻撃と直線の軌道で放たれる攻撃では、直線の軌道で放たれる攻撃の方が相手に先に届くものである。

従って、正面から向き合った時には尾による攻撃を主体とする滅星竜より角を使った突進を得意とする鏖魔が有利になる筈だった。

しかし、滅星竜は常軌を逸するスピードとテクニックでその差を埋め、突進に対してテールウィップを一方的に当てることが出来た。

鏖魔の突進に対して、滅星竜は上下左右に跳びながら、突進の軌道に尾の先を置くようにして回転することでカウンターを成功させてきた。

一撃必殺の突進に対してカウンターが抑止力となり、攻めあぐねた鏖魔に対して反応速度を上回る多彩な回転攻撃で翻弄。

同時に蝶で視界を塞いだり注意を逸らすなどして集中を阻害し、手数を出し続けることでカウンターに頼らない戦い方を実現した。

重い殻を纏った鏖魔がスピードで圧倒する滅星竜に対抗するには、最低でも滅星竜のスピードについていけるだけの身軽さが必要だった。

遠距離攻撃を持つから離れ過ぎはいけない。

相手の初動を窺いながら、後出しで突進を合わせることの出来る中距離の攻防に持ち込みたい。

普段なら戦いが終わり、相手の骸を踏みつけている頃合いなのにも関わらず、致命傷になるダメージを与えられていないという焦燥感。

 

高いプライドを持つ鏖魔は、その身と誇りを傷つけられる事を決して許さない。

嵩むダメージが火をつけたことで暴走状態のリミッターが破壊され、狂暴走状態に移行した。

それまでの血管が生々しい音と共に千切れては、金属を擦り合わせたような哭き声で悪声を叫び、体表に赤く光る血管を浮かび上がらせた。

この姿の鏖魔と対峙して、生きて帰った者は誰一人としていない。

突進の構えから跳び上がり、ドリルのようにきりもみ回転しながら降下。

上下に落下する力を助走の代わりにすることで、滅星竜が下から斬りあげる力に勝る程のパワーが生じる。更にジャンプがディレイになり、回転はによって甲殻に覆われていない腹側の位置が定まらなくなる。

カウンターのタイミングと軌道がズレた滅星竜はこれを避けきれず、星竜の横腹を掠めた凄惨な角に鮮血が付着した。

濃紺に染まった鏖魔の顔面を彩る返り血の一つに、遂に滅星竜のものが加わったのだ。

滅星竜は鏖魔を追うように尾で薙ぎ払って手応えが無かったと知り、展開した甲殻に星羽蝶を格納。真上にジャンプすると赫い恒星のような輝きを放ちながら空中に留まった。

滅星竜の背中側に赫色の光を放つ無数の翼が形成され、天使とも悪魔ともつかない神話的生命体として完成した。

神々しくも、絶望感に溢れる攻撃的な美しさ。

見る者に畏怖の感情を抱かせる気高さ。

神の存在に最も近づいた竜が、神を超えた存在として完成されるというなんとも歪で整ったこの現象はまるで蝶の羽化だ。

星羽蝶の持つ龍気にも近い力を甲殻の隙間から噴出させることで推進力を生み出し、爆発的な回転力を実現させる。

 

滅星竜の横腹を抉ることが出来た鏖魔はドリルのような回転を維持したまま地面に激突。

鋭い角を回転させる力で地面を掘削して地中に潜り、これを利用して滅星竜のテールウィップを回避していた。

サマーソルトの逆方向、上から振り下ろす尾。

星羽蝶の力で自らの行動を強化し、万全を期して迎え撃つ。

この牙城に挑むのは、回転の勢いそのままに地中から突き上げる鏖魔の殺意だ。

超重量のモンスター達に踏み固められていた地盤がポップコーンのように弾けた。

土が硬い分だけ強力な勢みになり、戦場は陥落。

かつて地下空洞だった場所に大量の砂が雪崩込んで巨大な窪みが形成された。

 

キノコ雲のような、空を覆う土煙。

核爆発のような、竜を殺せる突風。

天変地異に等しい土砂と強風は、砂漠の外からみても分かるほどの規模を覆い続けた。

これだけでもどれだけの人間、どれだけの動植物が死に絶えたかは数えきれない。

だが、そんなことさえどうでもいいと思うほどに馬鹿げたエネルギーの柱が聳え立っていた。

弩のような貫通力は凛と突き抜けて、自然災害を軽く凌駕した次元で接触している。

力のうねりは龍脈の磁場を歪ませ、大陸中の古龍たちがこの時は同じ方角を見たという。

神々からの畏敬の視線を浴びながらぶつかった二つの破壊力は空間を波立たせ、砂を分解し、大気と土壌に拡散していた古龍の生体エネルギーを再結晶化させた。

 

サラサラとした砂の足場が巨大な結晶体の塊へと変化し、音を立てて流砂の中を沈んでいく。

神格、穿通。

図らずしてそれは神に成れず生ける全ての者たちの生命を賛美する祝福となる。

慟哭に泣き叫び、あらゆる生命を否定する鏖魔が神の高みを超越することによって生命を肯定してしまうとはなんとも皮肉である。

元の姿が分からないほど澱んだ怨みすらも、あまりに強すぎるがためにその醜さが分からないのだ。

 

神の存在を追い抜いた滅星竜が全身全霊をかけた会心の一撃を、鏖魔は正攻法で凌いでしまった。

撃墜された滅星竜が結晶化した地面の上に落下し、砕けた結晶の礫がキラキラと赫い光を反射しながら舞い散る。

麗しい手傷を負って消耗した鏖魔は、底のない狂気へと真っ逆さまに落下していく。

満点の星空に両雄の血液の雫が乱れ咲き、二頭の怪物を誉れ高いサドンデスへと誘う。

甲殻に刻まれた傷は勲章と何も変わらず、生と死へのお互いの執念は神の創り出した環境を悉く打ち滅ぼすことで一蹴した。

かつてこの地で生涯を終えた古龍が自らの肉体を捧げて作り出した生態系を、殺戮にて破壊。

究極の衝突によって死した古龍の聖遺物を再びこの世に出現させた上で、見せしめと言わんばかりにそれを墓所ごと粉々に打ち砕いたのである。

かつてこれ以上無い冒涜の限りを尽くした彼らより、生を謳歌した者がいただろうか。

 

『超高濃度・拡散龍ブレス』

 

『水蒸気爆発』

 

粉砕された龍結晶に映る赫い光の正体。

それは滅星竜が生にしがみつくように解き放った龍属性エネルギーの激流だった。

しかし鏖魔は全身の甲殻の隙間吹き出す水蒸気によって水蒸気爆発を発生させ、そんな悍ましくも奇妙なエネルギー塊を霧散させた。

星羽蝶が死に絶えるまでエネルギーを搾り出し、水蒸気爆発が発生しているまさにその最中に自らの放った龍属性エネルギーを爆発させた。

水蒸気の中に霧散していた龍属性エネルギーが滅星竜の力で爆発すると、水蒸気自体の持つ水属性の成分と爆発する龍属性エネルギーが急速反応を起こし、またもや爆発を発生させるのだった。

これにより、埋没していた大部分を含めて、断末魔のように遺跡が共鳴した。

時空が歪む程の大爆発が起こる。

爆発に巻き込まれた二頭の姿は光に覆われて全く見ることが出来なくなってしまう。

 

互いを視認できないほどの輝きの中で、鏖魔と滅星竜は戦いを繰り広げていた。

天地の区別すらつかない異常な空間に居ながら、驚くほど正確に繰り出される突進とテールウィップの応酬。

両者の力は完全に拮抗しており、鏖魔の角と滅星竜の尾は度重なる攻撃でボロボロになっていた。

それでも二頭が攻撃の手を緩めることはない。

血脈の赤と龍属性エネルギーの赫が混じり合い、スピンして弾ける肉体から血を飛ばしながら生命という生命を削り合った。

斬り払う回転攻撃に鏖魔が蹌踉めき、ブレスを放つために滅星竜がバックステップで距離を取った時のことだった。

 

体勢を立て直した鏖魔の眼が赤く輝き、顎が裂けたかと思うほどの絶叫をあげた。

それまで咆哮を受けても即座に立て直して反撃に転じていた滅星竜だが、爆轟竜もかくやという大音量の咆哮に遂にダウンを取られてしまう。

白い水蒸気を纏いながら鬼神の如き形相で猛進と刺突を同時に繰り出し、滅星竜の腹部を貫いてなお勢いは留まることを知らない。

通常の生物であれば、この時点で即死である。

腹を突き破られても死ぬことがない驚異的な生命力は、既に滅星竜が竜より古龍に近い生物になっていることを表していた。

 

腹を突き破られた滅星竜は至近距離から龍属性拡散ブレスを照射し続けた。

このまま鏖魔の纏う水蒸気に龍属性エネルギーが接触し続ければ大爆発が起こる。

そうとわかっていても鏖魔は守りに入らず、滅星竜を貫いた角の先を地面に突き立てて滅星竜が逃げられないように釘を刺した。

鏖魔は刺し違えてでも滅星竜を突き殺すつもりだ。

 

滅星竜は龍ブレスを照射したまま両の前脚と後脚で鏖魔を掴み、長い体を巧みに折り曲げて鏖魔の腹部に齧り付いた。

装甲の薄い腹部に牙で穴を開け、致死量の龍属性エネルギーを注ぎ込むつもりだ。

鏖魔は内に秘めた膨大な水分量を爆破させ、体内に注がれた龍属性エネルギーとの反応を承知で、何もかもを体外に撃ち出すかのような水蒸気爆発を発生させた。

 

―そして、顛末。

 

砂漠を包み込んだ二度目の大爆発は、既に全滅した砂漠の外の生物たちによって見守られた。

世界中の視線が一点に注がれる。

孤高の存在ラージャンは、彼の知る限り一番高い山の天辺からその死闘を見物していた。

いずれ好敵手になってもおかしくない強者の存在に胸を躍らせた。

ブリザードの中で戦いの手を止めて、静かに戦いを見届けていたのは鋼龍クシャルダオラと冰龍イヴェルカーナ。

後に続くのは安眠を妨げられた禁忌の邪毒か、それとも食事を妨げられた健啖の悪魔か。

龍脈を流れる龍気にも澱みが生じた。

龍気を求めて龍脈の近くを飛び回る天彗龍バルファルクも動きを止めていた。

 

世界中の名だたる強者から注目が集まるなか、土煙が晴れた先には、一つの影しか立っていない。

かつて砂漠だった戦場の上に残っていたのは、気力だけで立ち尽くす鏖魔だった。

 

終着。

 

その後、どれだけ調査しても砂漠から滅星竜の亡骸が見つかることはなかった。

水蒸気爆発と龍属性エネルギーが衝突したことで発生した大きな時空の歪みとの関連性を指摘する学者もいる。

鏖魔は滅星竜との戦いに疲れ果てて、その場で倒れ込んだ。

砂漠に定住する生物の中で、この鏖魔ディアブロスは長い歴史の中でも最強格に位置することは誰の目から見ても明らかだった。

滅星竜との戦いを経て、勝利したという手応えも得られないまま生き残り、最強の力だけが手元に残ったのだった。

満たされない孤独と憎しみが和らぐことはなかった。

 

数々の英雄を葬り去り、未だに最強の一角として各地に名を馳せる鏖魔は独りで眠りについた。

犠牲者の血液でその顔を濃紺に染めながら、復讐を果たす機会をじっと待っている。

次の標的は今の砂漠を創り出し、鏖魔がこの世に生まれるきっかけを作った天彗龍か。

 

天彗龍の去った不毛の地で、座して待つ。

龍脈は破壊した。


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