古龍が去った後日談   作:貝細工

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硝子の月

 

この世界は我々人類だけのものではなかった。

これまで払った犠牲は帰ってこないが、せめてこのことを後世に伝える責任がある。

 

我々は、長らくこの地に住んでいた原住民族の末裔だ。古代から高度な兵器を発達させて、街の外周を覆う塀に大砲やバリスタを兵備するだけの軍事力を保有していた。

周辺諸国との軍拡競争は留まることを知らず、ついに我々は最終兵器の製造に着手した。

 

人力に頼らず、兵器の力を発達させることで老人から子供まで自衛できる国作りが我々の目標だった。他意はなかった。

我々の作る兵器は精度や威力に優れており、この力が全ての国々の人たちの助けになればと考えて周辺諸国の者たちにも売っていた。

 

ある朝のこと、隣国に移住していた友人から1通の手紙が届いた。

なんでも、我々の保有している技術が他国の科学者に盗み出されたとの話だ。

これは我々の安全と経済を脅かす事件だ。

当時は我々の中でも様々な意見が飛び交った。

かくなる上は、二度と同じ事が起きないように隣国に圧力をかけておくべきだという意見。

牽制や武装の強化はかえって周辺諸国を刺激する結果になりかねないという意見。

他にも多種多様な意見が飛び交って、激論が交わされた。

事態が事態だったものだから、早期に結論づけることは難しく、何も決められないまま時間だけが過ぎていった。

 

そうしている間にも、技術の盗難は増えていった。どんなに信頼を置く国々にも、悪人が一人も居ない国は一つとしてなかった。

誰かが技術を盗み、その技術はあっという間に伝播していくようだった。

我々が積み上げてきた技術の研鑽は、いつしか商業的な価値を失ってしまったのだ。

日に日に増える貧困層に失業者、子供に飯を食わせる事すら精一杯の家庭が大半を占めた。

 

だが、明日を生きる為に悲しみに打ちひしがれている暇はない。

技術力に特化した我が国の経済を再興するためには、他国が真似出来ないような、より優れた兵器を製造するしかないという意見が世論になっていた。

 

丁度その頃だった。ある男が、大規模殲滅兵器「破龍砲」の製造を提案。

国中の資源と技術力をかき集めて、一つの巨大な対モンスター兵器を造ろうとしたのだ。

運べないほど巨大な兵器を造ろうものなら誰にも盗みようがない。

もし技術が盗まれても、同じものを製造する国力を持った国は限られている。

我々にはもはや他に残された道が無いように思えた。だから、国王はそれを承認した。

思えば、それは破滅への第一歩だった。

 

想定では、破龍砲の威力は撃龍槍を大幅に上回るものだといわれていた。

火竜のブレス機構を参考にデザインされた小型の試験機では、たった1発で大型モンスターが戦意喪失する程の破壊力を発揮した。

砲弾を限界まで装填した大砲でも、これほどの威力を実現できた試しはない。

我々はそれを見て確信した。

この兵器が完成すれば、必ずやモンスターに怯える暮らしの終わりが訪れると。

近隣諸国を圧倒するだけの武力と経済力を兼ね備えた、無欠の国家が完成すると。

 

日に日に出来上がっていく破龍砲は見事の一言に尽きる出来栄えだった。

ただ置いてあるだけで見るものを圧倒するような貫禄。製造の途中段階を見て、私は震えた。

破竜砲は対モンスター用の兵器ではなかった。

明らかに、都市一つを更地にできる様に設計されていたのだ。

私はそれを技術の暴走として強く非難したが、ここまで作り上げた科学者たちは聞く耳を持たない。

 

時間が経つにつれて膨れ上がる破壊力はあまりにも悪魔的で、方向性を間違えていた。

あんなものはただの我田引水。

何の役にも立たない殺戮兵器だ。

 

あれは破龍砲が完成した当日だろうか

我々の文化圏に向かって、災厄が向かってきているとの報せが入った。

何やら、焼かれた跡と巨大な足跡が残るのみで記録のひとつも残っていないのだという。

たちまち、強大なモンスターが現れたという噂が広まって、国民は不安に包まれた。

科学者たちはそれを聞いて歓喜した。

破龍砲の力を周辺に知らしめる機会になると。

そう、既に狂っていたのだ。

誰も軍事機関の暴走を止められない。

兵器による支配を説くプロパガンダを国が主導して執り行い、国民の向かう先はたった一つの破壊行為に向けられていった。

これまでの周辺諸国の不徳に募っていた怒り、憎悪、不満が爆発した。

 

1日、1日と経つ毎に大きな国が跡形も残らず消え失せていった。

同じような足跡と爆発痕が報告され、何度調査してもそこには何もいなかったという。

しかし、それでも決して我が国の士気が衰えることはなかった。

誰もが来たるべく巨大生物との決戦を心待ちにしていて、誰もがその先の勝利と栄光を信じていたのだ。

 

そして遂に今朝未明。街に警報が鳴らされた。

南方から煙が立ち上り、やがてそれは、巨大な怪物の背中から昇る煙だということがわかった。

体長50メートル強、体高は17メートルにも及ぶ巨大な怪物が、唸り声を上げながら塀に這い寄ってくるのだ。

 

我々は総力を上げて迎え撃った。

バリスタの矢と大砲の弾が大挙して怪物の元へと押し寄せては、巨大な怪物の姿が見えなくなるほどの爆発が巻き起こる。

その都度その都度国では歓声が上がり、無傷で直進する怪物を前にしても、誰一人として弱音を吐く事がなかった。

破龍砲が、怪物の耐久力を凌ぐ破壊力を有しているという自信があったからだ。

 

黙示録の喇叭のような咆哮が響き渡った。

天罰、天災、いくらでも言いようはあるが、それはまるで苦しみ悶える悪魔の叫びだった。

 

橙色の光が一本、薄緋色の空を縦断したかと思うと、巨大な爆発に地面が揺れて街はたちまち火災に見舞われた。

粘着質で粘性の高い液体が降り注いで、足を囚われた人々は火から逃げる事ができず、身を焦がされるのをただ待つしかなかった。

濁り切った色の液体が雨のように降り注いで逃げ惑う人々の足を止め、戦火が燃え移って肉を焼く香りが充満した。

訪れたのは地獄だ。地獄そのものが地の底から這い出て、国全体を体内に取り込んだのだ。

 

怪物は矢と砲弾の雨霰をものともせず、悠々と我が国の外周に辿り着いた。

そして石造りの塀に頭部を突き刺し、口から火と煙と硫黄の臭気を吐きかけた。

すると街の地面は高熱と毒気に覆われ、瞬時に数えきれないほどの国民が死滅した。

屋外の地表に人が一人も見られなくなると、巨大な翼脚を振り回して塀を破壊し、遂に国の内部にまで侵入した。

燻んだ深い青色の鱗に、高熱でオレンジ色に輝く喉元。あれこそが終末を告げる黙示録の獣だ。

 

怪物は口から橙色の光線を吐き出し、着弾地点の地面が熱で膨張して大爆発を起こした。

降り注ぐ瓦礫のほか、怪物の体から滴るどす黒いネバネバした液体も滴ると同時に赤熱化して大爆発を起こした。

爆発の衝撃波で人が空中に打ち上げられ、中身をぶち撒けながら死んでいく。

喉を焼かれながら死んでいく者、家族を失って咽び泣く者、私が一生のうちに見たくない全ての者たちを目にした。

怪物の口内からカッと橙色の光が放たれるたびに人々は恐怖で顔を歪ませながら目を覆い、凄惨な現実から意識を逸らそうとした。

たった1発の光線で無数の家屋が爆砕されて、中に居た人は一人も残らず全滅だ。

それを取り憑かれたように何度も何度も繰り返しているうちに、見ている私も人が死ぬことに何も感じられなくなっていく。

 

国中が絶望に包まれていく最中、国王は遂に決断をした。逃げ遅れた人を巻き込んで、破龍砲を使うとの意向を示したのだ。

僅か数時間で通り道の国民を一人残らず殺害し、国王に多くの民を見捨てる決断をさせた怪物は、天に向かって勝ち誇るように吠えていた。

その喉元は笑顔の模様のように火照り、まるで殺戮を楽しむ悪魔のようだった。

 

軽蔑した目で兵士達を見下ろした怪物を目掛けて、ついに破龍砲が放たれた。

現場の逃げ遅れた人々には何の告知もなく、避難する時間は与えられなかった。

怪物の体を覆い尽くすほどの巨大な火柱があがり、爆風は同じ街に居なかった私の方にまで到達した。

 

流石の怪物も破龍砲の一撃を受けて無傷では居られなかったようだ。火柱が上がった直後に、これまでとは長期の違う鳴き声が聞こえた。

ブチブチと繊維が千切れるような音、何か重い液体が滴るような音、連続する爆発音が立て続けに繰り返された。

 

 

―そして、最悪の事態が起きた。

 

 

巨大な影が空を覆ったと思うと、空から爆発する赤い雨が降り注いだ。

破龍砲は、二発目を装填したところで光線の直撃を受け、熱で溶解した上に爆散した。

飛んでいた。50メートルをゆうに超える怪物が物凄い速さで空を飛んでいたのだ。

護衛兵が国王を退避させようとしたが、逃げるいとまもなく光線が城に直撃した。

派手に飛び散る誰かの血液と骨片肉片のうち一つに国王のものがあっただろう。

こうして我々の国は、1日と持たずして壊滅してしまった。怪物は生き残りも残さない勢いで暴れ回り、私も時期に殺されてしまうだろう。

 

せめて、このことだけは後世に伝えたい。

誰かがこの記録を読んで、あの怪物の存在を知ってくれることを願う。

諸君は、くれぐれもあの怪物を目覚めさせてしまうような愚かな発展はしないことだ。

いいや、これは終末なのだから、私の本心を打ち明けても文句を言われることはあるまい。

世界に残った君たちには、どうかあの怪物を打ち倒してもらいたい。

我々は、人類は、ただ焼かれるためだけに生まれてきたのではない。仲間や生活を守るために兵器を発展させた我々の選択が間違っていたなどと思ったまま死にたくない。

だから私は怒りを込めて君たちに願いを託す。

健闘を祈る。

 

 焦げて読めなくなった紙切れだ。

未来永劫、誰にも読まれることはないだろう。

他には、何も残っていない。

瓦礫も、塀も、爆散した兵器も。

そこに人が住んでいたと疑わせるような痕跡はもう何一つ残っていない。

怪物がどこへ飛んでいったのか知る者はいない。

 

硫黄の香りと積もった灰は、火山地帯との関連性を感じさせるだけだ。

 

テスカト種不在の火山は今、群雄割拠の戦国時代を迎えようとしていた。

気温が低下した影響で、この地帯を支配していたティガレックス亜種の活動範囲が狭まった。

その結果、黒轟竜のプレッシャーにより圧縮されていた各地の実力者達が我先にと飛び出した。

 

黒轟竜ティガレックス亜種は、獰猛な肉食竜だ。

体温の維持にカロリーを使わないために、火山や砂漠などの暑い環境に好んで住み着く。

通常種を上回る咆哮、通称大咆哮の使い手で、周囲の物体を粉砕するほどの咆哮をブレスのように多用する恐るべき捕食者である。

その爆音は山頂から放てばその山の麓にまで届くと言われている。

運動能力でも轟竜を上回り、他の捕食者から獲物を横取りすることもよくある。

 

最強との呼び声高い黒轟竜の前に立ちはだかったのは、妃蜘蛛ヤツカダキだ。

特定の秘境にのみ生息するとされている鋏角種の一種で、蜘蛛に近い姿をした生物である。

卵を羽化させるために高い体温を維持する必要があり、そのために小型から大型まで目につく生き物を大量に捕食する。

特に触肢による攻撃は、飛竜の甲殻をも叩き割るという。

 

気温が低下したことにより獲物の数が減り、産卵のために黒轟竜に目をつけたのだろう。

対する黒轟竜は鋭い牙を見せてこれを威嚇。

大咆哮で先手を打つかと思いきや、右前脚を素早く突き出して攻撃した。

さらに右前脚を突き出したまま左方向に引っ掻き、妃蜘蛛の糸を引き裂き甲殻に傷をつける。

そして反撃しようと触肢を振り翳した隙を狙って後脚と左腕で前進して妃蜘蛛を押し倒した。

同時に突き出した右腕を妃蜘蛛の肩に回し、妃蜘蛛の左脚に乗せることで移動を制限。

触肢を抑え込むように覆いかぶさり、鋭い牙で噛みつきを繰り出すが、妃蜘蛛は頭部を前後左右に動かしてこれを回避。

 

口から可燃性のガスを噴射して爆炎によって怯ませると、腹部から幼体のツケヒバキを射出。

ツケヒバキの糸を右脚の鉤爪に引っ掛けて、牽引される力でスライド移動して拘束を逃れた。

攻撃の隙を与えない黒轟竜の猛攻は続く。

距離を取られたとみるや突進を繰り出し、正対する相手の左半身を打ち壊すように射線上に入れて回避されるたびに転換を繰り返した。

 

そして、黒轟竜に対して左側に向かって回避することを妃蜘蛛が覚えた二度目の反転のタイミングでは反転を行わずに、黒轟竜は右側から頭を振りかぶって大咆哮で薙ぎ払った。

再三の攻撃で左に向かって体を動かせば逃れられると学習した妃蜘蛛は、避けた先から放たれる大咆哮に自ら飛び込む形で被弾。

全身の糸を破壊され、甲殻に亀裂が入るほどのダメージを受けて転倒した。

 

これこそ黒轟竜の行う必勝パターン。誘い込みである。正面から左に向かっての薙ぎ払いや、突進の反転による位置の調整で相手を自分の右側に追い込み、必殺の大咆哮で勝負をつけるのだ。

 

通常種同様の飛び掛かりで距離を詰めて、妃蜘蛛の触肢に何度も齧り付いては形状を歪ませ、反撃のリスクが無くなったとみるや体の上に乗り上げ、とどめの大咆哮を繰り出した。

気絶した妃蜘蛛の頭部に齧りつき、抵抗する余力が残っていないことを確認すると、力任せに頭部を体から引き抜いた。

狡猾さと凶暴さを発揮しての完全勝利である。

妃蜘蛛は本来であれば火竜でさえも撃退してしまうほどの猛者だが、黒轟竜が一枚上手だった。

 

やはり攻撃力の高さが目を引く。

防御に徹しても受け切ることの出来ない大火力。

まともに被弾すれば一発で勝負が決まってしまう攻撃力があると、どうしても回避に徹するルーチンに陥りがちである。

しかし、範囲が広くスピードのある攻撃に常に気を配っていると疲弊しやすい。

さらにプレッシャーを利用したポジショニングをされてしまえば、不利な位置どりでの戦いを余儀なくされる。

 

群雄割拠の火山地帯で頂点に君臨しているだけあって、他の土地の王者と比べてもその差は歴然。

最強といわれるのも納得の強さだ。

そんな黒轟竜の立場を狭めているのが、最近になってここに降臨した冰龍イヴェルカーナだ。

 

イヴェルカーナは冷気を司る古龍種だ。

目撃例は数例しかない伝説の古龍であり、冷気を自在に操り何もない空間に巨大な氷塊を出現させることもできる。

白と青色をした花弁のような翼はマグマを貯めやすく、急速冷却したマグマを体に纏わせて外殻に利用する。火山ガラスを纏う古龍ということだ。

この特殊な鉱石で出来た外殻は、過冷却水の生成能力に由来している。

外殻の隙間から漏れ出た過冷却水は霧状に空気中を漂い、ブレスに反応して氷塊に変化する。

その生態から、冰龍は定期的に火山に訪れる必要があるのだ。

 

しかし、この火山には炎を司る古龍、テスカトの存在があった。

テオ・テスカトルとナナ・テスカトリだ。

高温を使いこなす彼らは冰龍にとってまさに天敵とも呼べる存在である。

ただでさえ気温が高い火山でテスカトを相手取れば、いくら冰龍が強大な古龍種といえど苦戦は避けられない。

さらに、一体でも恐ろしい敵のテスカトがつがいになって現れようものなら、勝ち目は無いとみていいだろう。

 

そんなテスカトが恐暴竜に敗れて捕食された今、冰龍にとっては目当てのマグマを見に纏うこの上無いチャンスだ。

命の危険を冒してまで各個撃破を企てる必要も無くなった。

好機到来とばかりに火山に来訪し、この地の気温を下げているのである。

雪山の温度が下がり、雪や氷が融解を始めたのは冰龍が火山地帯へと移動したためだ。

冷気を放つ性質上、黒轟竜とは巡り合わないが、そんなことは気にもとめない。

炎王龍と炎妃龍亡き今、冰龍の冷気を打ち消せる炎の使い手はこの火山にいないからだ。

見るものを凍てつかせる冰龍の危険性を一目見て理解しないものはいないだろう。テスカトはそれだけ強大な存在を抑え込んでいたのだ。

 

もはや冰龍に手出しできる者は誰も居ない。

冰龍はそんな火山を嘲るかのように羽を伸ばし、欠伸をして雪山の方へと帰っていった。

 

残された火山の地層には、光り輝くものが眠っていた。

それは、かつてこの地にその名を轟かせた砕竜の置き土産ともいえる逸品。

名だたる古龍達をも脅かしうる、危険な代物だった。




ここまで読んでくださってありがとうございます
次回は珍しいモンスターを登場させるつもりですので、お楽しみに。

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