古龍が去った後日談   作:貝細工

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霜の巨人

それは、老父のように落ち着いた知性を感じさせる鋼玉の静けさだった。

蒼玉色の瞳を緩やかに瞬かせる。

風を切り、風を操って、空を舞う。

鋼のように硬い金属質の体から威風を吹き上がらせて何者も寄せ付けない。

大きく厚みのある鋼の翼は、自ら発生させた上昇風を揚力として重い体を浮かばせていた。

人間を歯牙にもかけないほど強大で優雅でありながら、彼は安息所を見つけられないでいた。

ある所では、深緑に伏す邪毒に悩まされる。

ある所では、溟きを泳ぐ旧い主が待ち構える。

広大な土地を縄張りとする古龍種にとって、他の古龍種やそれに匹敵するモンスターの存在は例え一頭であっても厄介極まりないものだ。

不意に冷たい風が顔に触れて、耳を震わせた。

以前訪れた時とは違う。

龍脈の流れを感じ取った。

 

ここには、神がいない。

 

 洞窟の中。吐息と血の匂いが立ち込める。

天井から首を伸ばした不気味な飛竜は、血に濡れた牙の香りに気づいて首を引っ込めた。

 

不気味な竜は、名をフルフルという。

目は完全に退化して無くなっている。

白いブヨブヨとした皮膚に覆われた洞窟棲の飛竜種だ。吸盤のように発達した壁や天井を這い回り、吸盤のような形状の尻尾でぶら下がって獲物が通った所を捕食する。

絶縁性の皮膚を持つフルフルは、電撃を扱うモンスターだ。強酸性の唾液や電気による麻痺で獲物を弱らせて丸呑みにする。

ブヨブヨした皮の中には特殊な脂質の層があるのみで、捕食者に好まれない。

単為生殖をする種なので数も多くなりがちで、人にとって脅威になる種でありながら一向に個体数が減らない困り者だ。

 

そんなフルフルは、縄張りに侵入した相手を不愉快な大声で威嚇するという生態で知られている。しかし今や、土足で縄張りに踏み入られているというのに萎縮しているかのように何も言わない。

その理由は、相手の正体にあった。

 

轟竜ティガレックス。

獲物を求めて広い範囲を徘徊する原始的な飛竜種だ。

飛竜とはいうものの、轟竜は地上での活動に特化している。

発達した前脚で地を駆け回り、卓越した咬合力で肉を噛みちぎる。その爪牙に真っ向から対抗できるモンスターは世界広しとはいえ数少ない。

中でも急加速、急突進、急旋回といわれる突進攻撃は驚異的だ。

その突進力たるや凄まじく、地形の起伏や障害物を粉砕して驚異的なスピードで突き進む。

なにより恐ろしいのがその咆哮である。

轟竜という名前の由来にもなっている咆哮は破壊力抜群と衝撃波を伴い、巨大な岩をも粉砕する一撃必殺の威力を誇る。

凶暴さと異常な攻撃力を兼ね備えた轟竜は、対峙する相手に強いプレッシャーを与え、その咆哮はいつの時代もハンターを恐怖させるという。

 

そんな絶対強者ティガレックスを前にすれば、さしものフルフルも強気には出られない。

傍若無人で暴れん坊の轟竜を下手に刺激すれば、次の瞬間には体が真っ二つに引き裂かれているかもしれないからだ。

地上での運動能力に長けた轟竜が縄張りに踏み行った時、じっと様子を伺ってやり過ごすモンスターは少なくない。

轟竜は縄張り意識が薄く、獲物を求めて様々な地域に出向くことの多いモンスターだ。

本来寒冷地での活動を苦手とするモンスターでもあるが、寒冷地に生息するポポの肉を好物としている。

そのため時折こうして寒冷地に出没しては、好き放題荒らして帰っていくのだ。

 

轟竜にとっても、フルフルは相手にしたくないモンスターだ。自分が苦手な雷属性の使い手で、ブヨブヨとした脂質だらけの肉は口に合わない。

二頭は独特の緊張感に包まれながら、気に入らない同居人の存在を許していた。

近年この辺りの地域では、轟竜の目撃情報が日に日に増えている。

何でもギルドによると、数年前から気温が上がってきているそうだ。

寒冷地の生態系を守る強力なバリアが冷気だ。

食糧の少ない寒冷地では、他所からの捕食者の来訪は死活問題になる。

そのため気温が上がってしまった寒冷地は、空気がピリピリと張り詰めるようになるのだ。

 

この地域は独特の形状をしている。

この洞窟は巨大な雪山を囲うように広がっていてそこから広い雪原を抜けた先に山が立っている。

地下に陥没したような洞窟が周囲を丸く囲んでいるせいで、雪山に登る者はおらず、内部の詳しい環境は分かっていなかった。

だが最近では雪山を覆っていた雪が溶けて、奇妙な地響きが観測されるようになった。

そんな未開の土地は、クシャルダオラにとっては絶好の安息地だった。

轟竜などの凶暴な捕食者も、古龍種であるクシャルダオラにとっては気にかけることではない。

そうして鋼龍が白銀の山嶺に降り立ったのは、とある登山家が単身山に踏み行った頃だった。

 

 星見草が点々と咲いていた。喉は乾いてない。

クリスタルハイボールが喉を通った感触がまだ少し残っている。ホットドリンクの瓶を空けて、これから登る山を見上げながらぐっと飲み干した。

俺は街行く人から世捨て人と言われるが、そうは思わない。むしろ、これだけ美しい世界が広がっているのに、感受性を人との繋がりに触れ合わせることの方がよっぽど世を捨てているようだ。

何でもここは、最近になって原因不明の雪雪崩や地震が発生しているらしい。遥か昔から付近に人の集落の痕跡が発見されておらず、そのことを不気味がって誰も寄りつこうとしない。

 

吐く息が白くなって、キラキラと消えていく。

その光を掴もうと手を伸ばしても、握り拳の中には何もなかった。

夏季、澄んだ空気、寒空の下に。

トレッキングポールを突き刺して、足場の悪い山道を登りはじめた。

遠くの方で轟竜の咆哮が耳に入ったときには生きた心地がしなかったが、運良く遭遇せずにここまで登ってこれたのは幸運だ。

フルフルやギィギ達も轟竜を恐れていたのか、全くに目にすることがなかった。

知り合いのハンターは、火竜をハンター業の栄光の象徴とまで言ってのけた上で、轟竜はハンター家業を営む者にとって恐怖の象徴だと言った。

昔に比べれば遥かに狩猟技術が発達した現代でも轟竜といえば今も変わらず全てのハンターにとっての畏怖の対象だそうだ。

森の空を支配するリオレウスから、水辺で暴れ回るテツカブラまで、轟竜を軽んじる者は居ない。

絶対強者の称号は脅し文句などではない。

いついかなる時、どんな場所でも轟竜ティガレックスは強者としての存在感を放っている。

 

そんなことを考えながら暫く歩いていると、遠くの方に白兎獣ウルクススの姿が見られた。

一旦足を止めて、その様子を注意深く観察した。

聴覚に優れた白兎獣は、こちらの存在に気づいているようだ。

誤解されがちだが、白兎獣はれっきとした雑食のモンスターだ。キノコや植物も好んで食すが、空腹になれば人を襲って食べることもある。

そんなウルクススと遭遇した時には、速やかに退避するのが鉄則だ。

両手をゆっくり振り上げて、体を大きく見せた。

そのままゆっくり後退りしてその場を去ろうとすると、今度は背後に別の存在の気配を感じる。

それが轟竜だったならば一貫の終わりだが、どうやら違うようだ。

 

背後に佇んでいたのは、河童蛙ヨツミワドウだ。

亀のような甲羅を背負った巨大な蛙とカモノハシの混合のような生き物で、普段は四足歩行で徘徊している魚食性のモンスターだ。

魚食性といったが、大好物は魚ではなくウリナマコと呼ばれる瓜のような姿の水棲生物だ。

石や水ごとこのウリナマコを飲み込んで膨れ上がり、飲み込んでしまった石や水は吐き出す。

かなり力の強いモンスターで、アオアシラやウルクススといった牙獣種のモンスターより一回りも二回りも体格が大きい。

この体格を利用して他のモンスターと相撲を行い、押し退けたり丸呑みにしてしまうのだ。

 

気温の上昇に伴い雪や氷が溶けて水場が出来たことで、餌を求めて訪れたのだろうか。

ヨツミワドウを見つけたウルクススは、こちらに接近して攻撃を加えるかと思われたが、河童蛙の図体に面食らった様子で滑走して逃げていった。

河童蛙は特に腹が減っていないようだったが、好奇心旺盛な性格のためか、山登りに着いてきた。

人を食べても吐き出すといわれる河童蛙といえど大型モンスターが着いてくる状態は危険だ。

しかし、悪い気はしなかったので追い払わずに山登りを続行することにした。

 

暫く山登りを続けていると、今度は恐ろしいものに出会してしまった。

山頂までの道を阻む氷壁を見て、この山を登れるという自信が完全に消え失せてしまったのだ。

溶け出した流水が膜のように薄く覆う巨大な氷壁は、幅も高さも数百メートルはあるだろう。

普段ならアイスピックを使ってでも登ってやるのが登山家だと意気込む所だが、今回ばかりはそうはいかない。

 

氷の奥に、何か途轍もなく恐ろしく強大なものが眠っているように見えて仕方ないのだ。

世界の終末さえ感じさせるその姿は、生物としてこれまで見たことがないほどに巨大だった。

もしや、あれが奇妙な地鳴りの正体ではないかと思う程の歪んだオーラ。

河童蛙にも同じものが見えていたようで、氷壁に映る巨神の姿を見て、一心不乱に逃げ出した。

あんなに悍ましい怪物が目覚めてしまえば、この雪山を覆う洞窟の堀も全く意味をなさないだろう。

 

これまで長い間続いた人類と竜達の闘争の歴史でさえも、あの存在の前では全くの無力だと感じさせられる。

 

あの怪物は決して山一つ、国一つといった規模に収まる存在だと考えられないのだ。

現大陸そのものの存続が危ぶまれる未曾有の危機が迫っている。俺はその事を少しでも多くの人に伝えねばならない。

さもなくば、近い未来人類文明は崩壊させられてしまう。

氷壁の中で眠っている、霜の巨人に。

 

すぐにでも国に帰る為に後ろを向くと、したり顔の轟竜が涎を垂らして待っていた。

しまった。

してやられた。

 

 

 すんでのところで暴風雨を纏った鋼龍が雪山に到着した。日光は遮られ、溶けかけていた氷壁はみるみる内に分厚い氷で塗り固められた。

登山家の彼が目撃してしまったそれは、再び超低温の幕によって覆い隠されたのだ。

それから、鋼龍が到着するまで氷壁に旧い時代の主を封じ込めていた謎の存在が判明するのはずっと先の話だった。

古龍が居なくなるということは連鎖の一端だ。

空席の神座はただの風穴ではなく、解れだ。

一つの解れは巨大な瓦解を産む。

恐れることはない。それは必然だ。

形あるものはいつか壊れる。

それは超越者たる古龍とて同じことだ。

互いに牽制し合う力の均衡。

 

見つけた事実は積み重なるけど、天井の真実には、まだ届かない

〜新大陸調査団三期団の期団長の発言より引用〜

 

〜瓦礫の中から見つかった文書

 

 ジョン・アーサーのことは残念だった。

 

彼が残した「文献【古龍生態】」の内容は公表されていない。

現在の知見では分類不能な生物群を古龍種と認定しているのに、今では世界中誰もが古龍種を知りたがっている。

今の人類の力では飛竜種を一頭狩猟する為に多大な犠牲と時間を払わなければいけないのに、民衆の関心は古龍に向けられている。

足元の草花の生い立ちに目もくれず、踏みつけ、誰もが古龍種の情報を心待ちにしている。

その神秘を解き明かそうとしている。

古龍の情報を公表するために動くマスメディア。

古龍の情報を隠蔽するために動くギルドナイト。

水面下では莫大な利権が動いている。

その裏側には不安感がある。

 

科学の発達はそれまで未知として割り切るほか無かったモンスターのベールを剥いだ。

王立古生物書士隊筆頭のジョン・アーサーが手掛けた生物樹形図はその象徴だった。

ガムートやガララアジャラなど、宗教的信仰の対象だったモンスターも、その食性や行動原理が理解されるようになっていった。

モンスター達は正しく恐れられ、この世界に解らないことは無いと誰もが考えるようになった。

お前達はただ不安なのだ。

古龍種という存在は、理解出来なかった。

分かるという状態に甘えてきたことへの罰だ。

世界が理解出来るものだと思い込んだお前達は、古龍という壁に直面した時、その不可解さを消化する胃袋を持っていなかった。

募った不安を科学者や研究機関にぶつけ、愚かにも分からない存在を分からないままにしておくことを良しとしなかった。

 

私の独り言を読むついでに、一つ頼まれてはくれないだろうか。

これを拾った者がいるなら、どうか勇気を出して世間に公表してほしい。

ギルドが隠蔽してい―

 

筆跡はここで途絶えている。

 

「君達のために非公表にしてるんだけど」

 

差し押さえられた文章を読み終えた女は、そういって壊れた住宅の木製のドアを開けた。

ギルドマネージャーの仕事で、鋼龍に壊された街からギルドにとって不都合な情報を始末しているのだ。

 

街だった場所に、かつて人だった物が沢山転がっている。

剥がれた屋根が胴体を寸断し、折れた柱は腹部を貫いていた。

建材が散らばる街の中に、鋼の龍鱗が何枚か落ちている。

店の並びや大きく抉られた集合住宅の跡地。

とても生物の仕業とは思えない。

散り散りになった金貨と宝石のネックレス。

家畜だったと思われるアプトノスは鋭利なもので腸を引き裂かれている。

大切な者を守ろうと抱える腕、食糧を抱えて走る脚。彼らは、最後まで生きようとした。

 

「鋼龍に当たっちゃったか。誰も生き残ってなさそうだな。資産家も、貧乏人も、鋼龍がふっと息を吐けば関係ない」

 

煙草を一服したのち黙祷を捧げた。

眉間にシワを寄せながら、下唇を噛んだ。

土の上を転がる子供の遺体を見つけて、必死に取り繕っていた冷静さが突き崩された。

 

「ごめんね。あたし達が弱いから助けてあげることが出来なかった。本当にごめんね」

 

冷たくなった手を握り、泣き崩れた。

これが火竜や水竜なら、上に報告すれば討伐作戦が企てられるかもしれない。

しかしギルドからしてみれば、ここは大陸中を探し回れば無数に見つかる街の一つだ。

それぐらいのことで古龍に対して報復するなどもってのほか。

人々にとって、古龍とは自然災害に等しい神格であり、よほどのことが起きない限り討伐や報復の対象にはならない。

残酷だが、そうでもしなければ兵の犠牲が増えるばかりでやがて滅んでしまうのだ。

 

〜とある地方のギルド集会所

 

  「なぁ聞いたか?バルバレの方の交通を麻痺させてたゲリョス、クシャルダオラにやられたそうだ」

 

「古龍はおっかないって言うけどよ、案外人と共存出来たりするんじゃねえか?アッハハハ!」

 

崩れた街で見たことがフラッシュバックして、名前も知らないハンターの胸ぐらを掴んだ。

 

「お前に何が分かる!?狩人なのに、遺族の気持ちを考えるだけの頭もないのか!」

 

いきなり見知らぬ女に絡まれた男は酷く酔っ払っていて、驚きつつも胸ぐらを掴み返した。

もう1人の男が間に入って2人を分けると、酔っ払いを抑えながら職員の女に向かっていった。

 

「悪い悪い、酔ってるこいつに話を振った俺の責任でもある。俺の方から言って聞かせておくからさ、今日の所は勘弁してくれないか?」

 

 

「...こちらこそ、すまないことをした。」

 

冷静になったギルドマネージャーはそういって頭を下げると、ばつが悪くなって逃げるようにその場を後にした。

 

集会所裏のバルコニーから、月明かりを反射して青白く輝く湖を眺めた。

ここ最近は良くないことが続いている。

イビルジョーが出没して討伐に出向いたギルド関係者は八割以上が死亡。

当時から暴れていたマガイマガドやバゼルギウスの脅威は未だに留まることをしらない。

さらに、やっとの想いで討伐したイビルジョーには複数の別個体があっさり確認されている。

イビルジョーとの交戦で死亡したと思われたラージャンにも別個体がいるようで、ラージャンの仕業と思われる死体が各地で見つかっている。

挙げ句の果てにはネルギガンテの死体が確認出来ず、あの後も生き延びているときた。

極め付けは雪山の気温上昇に、火山の気温低下。

大規模な生態系の変化が起こり、課題が山積みだ。

 

かつてはあれだけ危険だと騒がれたテスカトの夫婦も、いざ居なくなると困ることの方が多い。

酒は苦手なので、氷結晶イチゴのスムージーを飲みながら夜風を浴びて項垂れていた。

 

「そこのお前、様子がおかしいぞ。どうしたんだ」

 

一人の時間を邪魔されたので、機嫌を損ねてギロリと見ると、そこにいたのは酔っ払っていない方のハンターの男だった。

見たことのない銀色の装備を着込んでいるが、ところどころ形が欠けていて、特に顔は剥き出しだった。

 

「関係ないだろ。放っておけ」

 

「まぁそう言うな。ギルドマネージャーが気に病んでると、俺たちハンターのパフォーマンスも下がるってものだ」

 

「また、そういって思ってもない事を―」

 

そういって視線を逸らそうとしたが、彼が思いの外真面目な顔で直視してくるものだから、つい口を滑らせてしまった。

 

「古龍って、倒せると思う?」

 

「どういうことだ?」

 

期待していない返答が返ってきたので余計に気分が悪くなり「もういい」といって会話を遮ろうとすると、予想だにしない返事が返ってきた。

 

「倒せないモンスターが居るのか?」

 

てっきり、古龍種を倒すという常識から逸脱した発想を理解できずに聞き返してきたとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 

「自然死した古龍の死体ってさ、見つかってないんだよ」

 

「倒された古龍の死因は自然死ではない。それに、自然死した古龍の死体が見つかっていない伝承はギルドが調査中だろう?」

 

驚いたことに、この男は古龍という存在に対して一欠片の恐れすらも感じていないようだ。

歯切れの良い言葉で冷静に答えてくれる。

 

「大体、古龍達は他の生き物に敗れる事だってある。だから火山の気温が下がっているだろう。他の奴らだってやれているんだから、俺たちだけがやれない理由は無い。古龍だけを特別視する理由は、俺には分かりかねる」

 

信仰の対象にもなっている古龍は、その話題に触れることすら憚られる事も少なくない。

だから、古龍を狩猟対象としてみる彼の存在がただひたすらに嬉しかった。

だから、答えが分かっている質問を何度も何度も繰り返して、その度に彼の言葉を確認した。

 

「だから、古龍種だからって勝てないことはない...って同じ事を何度も聞いて、おかしなやつだな」

 

「おかしな奴とは何だ!言葉を慎め!」

 

笑い飛ばして思い切りハンターを叩いたが、びくともしなかった。

長い時間ではなかったが、その間だけ前向きな気持ちになったことは確かだった。

瓦礫に埋もれて、人知れず終わりを迎えた彼らが少し報われたような気がした。

 

「すまないギルドマネージャー。俺はここの土地柄に慣れてないんだ」

 

「そういえば、お前について聞いていなかった。名はなんという?どこから来たんだ?」

 

「俺の名前は―」

 

スムージーが喉に詰まって咳をしたから、名前を聞き取ることが出来なかった。

彼は続けていった。

 

「生まれは自分でも分からないが、きっと寒い所だった。ロックラックでハンターに就いたんだ。

宜しく」

 

それは、始まりを予期させる出会いではなかった。

それよりも、彼からどことなく発される儚い雰囲気は、既に終わった物語の中を生きる幽霊のようだった。

思えばその顔は、初めて会った時から、悲しそうだった。その理由について考え込んで黙っていると、彼は空を指差してポツリといった。

 

「きっと、俺は光が溢れるところから来たんだと思う。物心ついた時には、俺だけが生き残っていたんだ」

 

彼は、光り輝くあの星空が産土のように懐かしいのだという。

 

それを聞いた私には思い当たる節があった。

ギルドに就任する前、座学で世界の村について学んでいるときのことだった。

この世界のどこかには、水面に反射する星の数が空に見える星の数と合わない地域があるという。

それは幾つかが別々の場所にあって、その周りに幾つかの異なる村が発展していた。

しかし、中には既に滅んだ村もある。

それは冬になると水面が凍るほど寒い地域で、観光客に賑わう美しい所だったが、ある時にあらわれた謎の古龍種によって跡形もなく滅ぼされてしまったのだという。

一時期はクリプトヒドラの仕業だとか騒ぎになったが、今ではすっかり鳴りを潜め、話題にもならない。

 

もしそうだとしても、きっとそれは思い出したくもないことだろうから、私からそのことについて口に出すことはなかった。

襲撃当時の記憶がないとはいえ、これまで育ってきた中で耐えてきた孤独を思うと胸が痛い。

 

「言わなくても分かる。俺の村のこと、有名らしいな」

 

「ごめん。そんなこと言わなくていいよ」

 

「奴らの最大のミスは、俺を残したことだ」

 

眼差しには狂気、口元には不敵な笑み。

古龍の通った跡を見た者としては、そのどこまでが本音なのか分からない。嘘や世迷いごとの一つでも欲しくてたまらなかった私にとっては、これ以上ない福音に聞こえた。


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