古龍が去った後日談   作:貝細工

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鋼と風穴

古龍種。既存の分類に当てはめる事の出来ない強大なモンスター達の総称。

まさに世界の頂点に君臨する存在だ。

古龍の血液は龍属性と呼ばれるエネルギーの根源たる力を宿しているという。

一頭で自然災害に匹敵する程の影響力を持ち、その特異な能力には未だ未解明の部分が多い。

長い寿命を持つことで知られる竜人族でさえも、一生のうちにその姿を見ることは稀だという。

 

ある者は彼らを神として崇める一方で、集落や街を破壊されて憎き仇として恨む者も少なくない。

各地に君臨する生態系の頂点すら、彼らの足元にも及ばないという底知れない種族である。

 

傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰。

大きな力のうねりは互いの存在を許せず、場所を変えて衝突を繰り返した。

 

積み重なった暴力の束は次第に厚みを増し、やがて古龍達の領域を侵すようになった。

 

とある熱帯雨林をバゼルギウスの影が過った後、人々はそこで生じた森林火災の後に奇妙な痕跡を発見する。

 

 「それは、錆びた金属片だった。」

 

鬱蒼と茂る木が焼かれて、見晴らしが良くなった林の中に、ケロイド状に錆びた金属が散らばっていた。はじめは元あった金属が雨に曝されて錆びたものと思われたが、驚くべきことにそのうちの一つは完璧な竜の手の形をしていた。

顔を近づけて匂いを嗅ぐと、焼け焦げたような香りが喉を焼き延ばした。

欠損の一つも見られない金属片には、数体のフルフルベビーが沸いていた。

紙袋のように薄く、中は空洞で、信じられない程の硬度と靭性によって形を保っているばかりだった。ずっしりとした重みがあり、湿った土に深く食い込んでいる。

少し奥の方を見ると下り坂になっており、随分深くまで続いているようだった。

 

「ガノトトスと違って滅多に見られないから依頼が出ないが、実はこの辺りにはガララアジャラが住んでいるんだ」

 

川沿いの村に住む、地元の住民がそういった。

もう何年も昔の話だが、この辺りには大きなガノトトスが出没した事がある。

人の味を覚えたガノトトスはそれはもう恐ろしく、船を襲ったり、陸に上がって村を襲ったりしたらしい。

ちょうどその頃、イビルジョーもこの辺りに出現してギルドはその動向を追っていた。

この村を調査拠点として共同生活をしていたので、ギルドと村の長い縁はその時に端を発したものだといえる。

私はここに住んでからもう長くなるが、ガララアジャラがこの辺りに生息しているという話は初めて聞いた。

ガララアジャラというと、原生林を住処とする大型の蛇竜種だ。

前兆は大きいもので五十メートルにも達するといわれる蛇のような姿をした怪物。

大きな前脚と退化した後ろ脚で合わせて四つの脚がついているが、細長い体は蛇によく似ている。

寒気立つ嘴に隠された牙には大量の麻痺毒が仕込まれていて、これで獲物に噛み付いて動けなくなったところを狙う。

背中から突き出た板状の甲殻は鳴甲と呼ばれ、硬さは勿論のこと、これを飛ばして破裂させる事で爆音を発生させて攻撃することも出来る。

狡猾で、その土地の地形によく溶け込む姿をしているという恐ろしいモンスターだ。

そういえば、ここの村は木を削り出した蛇を神の御姿といって崇めていた。

 

「ガララアジャラ程大きいモンスターが生息しているんだったら、嫌でも目立つものじゃないか?」

 

そう聞くと、住民は首を横に振って答えた。

 

「それが、雨で流されてるのか痕跡もあまり残っていないんだ。

言い伝えだと、ここの村の人はガララアジャラの人隠しに遭っていて、それを鎮めるために村人たちは色んな手を試していたけど、いつからか恐怖の対象はジャングルガビアルになっていたみたいだよ」

 

真剣な顔つきでそういうものだから、とても嘘をついているようには思えなかった。

何より、彼は誠実な男だった。少なくとも、私の目にはそのように映っていた。なんでもガノトトスの事件の折にとあるギルドの職員に命を救われて、それ以来ハンターズギルド関係者に敬意を払うようにしているのだという。

隔絶された村の住民がギルドを慕うのは、その時の信頼関係あってのものだ。

彼らは街の方から人が来ると、感染症をおそれて受け入れないことが大抵だ。

 

「向こうの方は誰も行ったことがない。行くとしたら、準備を整えてからにしよう」

 

「―そうだ。村長の家に、ガララアジャラの鳴甲を削って作った衣がある。見に来るかい?きっと信じて貰えるよ」

 

そこまで話したところで、下り坂から数匹の小型肉食竜がこちらに向かってくるのが見えた。

珍しいモンスターだが、どうやらじっくり観察する暇は無いようだ。

住民の男が言った通り、重い手形の金属を拾い上げて、一旦は村に戻ることにした。

 

川沿いの村。村長の家。

修復された形跡のある木造建築で、中は湿った木の匂いがする。

下膨れの砂時計が置かれた棚に、ヒビの入ったライトクリスタルが飾ってある。

壁に掛けられたスラッシュアックスは手入れが行き届いていない。

狩猟には到底使えない古道具だ。

 

「ああ、ガララアジャラか。魔除けの衣だな」

 

「魔除け?」

 

「この村の長は代々ガララアジャラの鳴甲で作った衣装を子孫の代に引き継いでいるんだ。鳴甲を鳴らす音は凶暴なモンスター達を威嚇する。

ガノトトスの時は奴を刺激しないために使わなかったが、あの時出た犠牲のことを思うと試してみた方が良かった思うよ」

 

古びた箱の中に綺麗に収納されていた衣には、紛れもなくガララアジャラ固有の色彩が見られた。

色めく雨季のサバナの色をしたその衣装が、どうやら本物のガララアジャラの素材を使って作られたことは事実のようだ。

運ばれるたびに箱が揺すられると、鳴甲同士が擦れ合って独特の音を発している。

話を聞きながら、無意識に窓の外の河岸をぼうっと見つめていた。

考え事が頭の大半を埋めていたから、ただそこにある景色としか思えなかった。

漣が岸を打った。

マボロシチョウが飛んだ後の水紋だった。

 

しばらく微睡んでから、再び二人で坂の方へ歩いた。ギルド職員としての調査、村の安全確保

あの坂の向こうに何があるのか。

それが気になってしかなかったのだ。

 

坂についたのは日もくれかけの頃だ。

肉食竜除けの松明を振ると、ブナハブラやランゴスタといった甲虫種のモンスターが寄ってくる。

チーフククリで頭を叩き割って先へ進んだ。

天気は雲ひとつない晴天が幸いして、夜でも月明かりで明るかった。

表面の模様までよく見える満月の下、ツタの葉。

ゼンマイと苔の生えた土の上を歩く。

 

「こんな事を言うのもなんだが、ここに飛竜種や古龍種は訪れないんだな」

 

「もとより木の密度が高いから、飛行を得意とするモンスター達は動きづらいそうだ」

 

どこか喉につっかえるような説明だったが、うまく嚥下して歩を進めた。

木に不快な粘液が付着していることに、えもいわれぬ不信感を感じ取りつつも、足を止めるという考えには至らなかった。

唐突に居心地の悪い沈黙が訪れる。

虫の鳴き声と足音だけが響き、ひとつ、ふたつと足音の数が増えていく。

足音の数はみるみるうちに膨れ上がり、やがてそれが人ならざるものによって鳴らされていることに気づいたところで、二人は歩みを止めた。

 

「デカい奴がいるな。一匹」

 

夜の闇の中で、薄く青色に照らされた者が歯に唾液をまとわりつかせてあらわれた。

体長は8メートル弱といったところか、大きな黄色の飾り羽が首周りを覆っている。

前に見た肉食竜達のリーダー格だろう。

長大な尾は板のように広がっていて、その縁に鋭く長い棘がぐるりと生え揃っている。

目の上が剽軽に見えるほど盛り上がっている赤い顔が、黄色く大きな目でこちらに狙いを定めている。

 

「跳狗竜ドスマッカォか、珍しい。ということはちっこいやつはマッカォだな」

 

威嚇のつもりなのか、飾り羽を立てて低い姿勢で威嚇している。

 

「まずい、囲まれたぞ!」

 

村人にいわれて意識を周囲に向けると、いつのまにか跳狗竜と同じような見た目の二匹の小型の鳥竜種に背後を囲まれていた。

奇抜な見た目の跳狗竜が視線を集めて、獲物が気を取られているうちにマッカォが死角から襲い掛かるという寸法だろうか。

マッカォの方に視線をやると、今度は跳狗竜が驚くべき行動に出た。

長い尾だけ体を支えて立ち、足を浮かせてこちらに向けてきたのだ。

 

「避けろ!」

 

二人は上半身を傾け、盾をつけた腕で頭を守りながらスウェーで回避動作をおこなった。

尾をバネのように使って跳躍した跳狗竜は二人を通過して木を蹴り付け、大きく揺れた木から虫が落ちてくるその内側から、跳ね返る反動を使って跳び上がると、華麗に着地して見せた。

蹴られた木の幹にはくっきりと足跡がつけられており、もし避けられていなかったらと思うとゾッとするばかりだ。

 

私は跳狗竜に松明を向けながら村人の手を引いて、跳狗竜を中心に距離をキープしながら、円を描くような道筋で包囲網を脱出しようと企てた。

私が斜めに踏み出すと、跳狗竜は回り込むようにサイドステップを踏んで私を逃すまいと吠えた。

二匹のマッカォが躙り寄り、私が松明を振ったのに反応して飛び退いて、また躙り寄ってくる。

足元の方に注意をやると、ドスマッカォとマッカォのどちらも小刻みにステップを踏んでおり、私の動きに反応して細かく距離を合わせている。

 

こう着状態だ。松明の火による威圧は有効だが、強引に出ようとすれば隙を突かれるリスクがある。中型モンスターとはいえ、その牙にかかれば人間など簡単に殺すことが出来る。

僅かな油断も許されない睨み合いを穿ったのは、本来そこに居るはずのないものだった。

 

油断が無かったとは言わない。

ただ、あまりにも一瞬の出来事だった。

気がついた時には、ドスマッカォの全身は空中に浮かび上がり、肉の打ち付けられる音と共に地面に叩きつけられていたのだ。

恐る恐る視線をあげると、そこに居たのは蛮顎竜アンジャナフだった。

主に新大陸に生息しているとされる蛮顎竜が我が物顔であらわれて、ドスマッカォに襲いかかってきたのだ。

 

アンジャナフ。

大型獣脚類のような風貌をした強力な獣竜種。

ファーコートのような毛皮が月光で艶めいている。桃色の鱗に覆われた頭部とのコントラストが綺麗だ。アンジャナフは優れた自然界のハンターとして知られているが、腐肉も食べる。

死体に頭を突っ込んでも頭部を清潔に保つため、頭は毛皮ではなく鱗に覆われているのだ。

 

悪い予感の通り、先の粘液はアンジャナフが縄張りを主張するためにつけたマーキングだった。

ドスマッカォはその大胆な性格のあまりにアンジャナフの縄張りに侵入していることを気にかけず、結果として縄張りの主に勘付かれてしまったといったところだろう。

アンジャナフがクルルヤックを格好の餌食とみていることは知られていたが、クルルヤックと形態や食性が似ているドスマッカォも好物としているのかもしれない。

蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていくマッカォ達を尻目に、無我夢中で振り回して仕留めようとしている。

 

さてこのアンジャナフ。こちらに襲いかかってくるという予想とは裏腹に、むしろ私から少し離れた背後を見ていた。

 

視線の先にいたのは、件の絞蛇竜ガララアジャラだった。

獲物を横取りしようとしているのだろうか。

蛮顎竜はドスマッカォを目の前に投げ飛ばし、その拍子に頭を打ったドスマッカォはその場で昏倒した。

アンジャナフは横たわるドスマッカォの腹を足で踏みつけ、所有権をアピールするようにグルルと喉を鳴らした。

 

睨み合いは長い間続いた。

絞蛇竜の顔面から片時も目を離さずに木々の間を騒々しく歩きまわる蛮顎竜。

絞蛇竜は石像のように動いていないようにみえるが、よく見てみると嘴から舌先を出しながら少しづつ近寄っている。

動きの中で相手の隙を作ろうとする蛮顎竜に対して、止まっていると錯覚させるほど遅い動きで相手の間合いの計算を狂わせる絞蛇竜。

鳴甲を撒いて一気呵成に攻め込むか、狡猾な動きで体力を削る事に徹するか。

足元から絡みつくような視線がアンジャナフに向けられる。

 

蛮顎竜の足が止まる。

 

絞蛇竜の方はとぐろを巻いて、背中の鳴甲をガラガラと鳴らして威嚇し、反対に蛮顎竜の方は翼と鼻腔を広げつつ鳴き声で威嚇した。

両雄一歩も引かず、遂には鳴甲を鳴らし続ける絞蛇竜にジワジワと接近する蛮顎竜という構図に相なった。

大型捕食者が獲物の取り合いを威嚇で済ませないのは珍しい。アンジャナフの執念深い性格は噂通りだが、ガララアジャラが受けて立つことはなかなか興味深い。

元々この熱帯雨林には飛竜や古龍が訪れる事が少ないというのだから、絞蛇竜や蛮顎竜にとっては値千金の土地だ。

二頭の捕食者は縄張りを争う仲と見て良いだろう。

 

先制攻撃を仕掛けたのはアンジャナフだ。

素早い噛みつきが絞蛇竜の背中を捕らえて、発達した脚力で手前側に引き摺り込む。

絞蛇竜の背中は板のような甲殻、鳴甲が二列ばかり縦断しており、非常に硬い部位だ。

しかし流石の蛮顎竜、牙が食い込まなくても大した問題ではない。

暴れる絞蛇竜に対して、頭部を巧みに動かして牙を食い込ませ、地べたに押し付けた。

起きあがろうとする絞蛇竜の背中を逞しい脚で抑えて身動きが取れない状態に追い込み、そのまま顎を開閉してガリガリと鳴甲を削っている。

先手を許した事で一気にピンチに陥った絞蛇竜は、尾を蛮顎竜の背中から垂れ下がらせ、蛮顎竜の表皮を這わせて巻きつき始めた。

そのことに気づいた蛮顎竜は噛み付くのをやめて、前方に大きく跳躍して回避した。

 

だがそこは狡猾な絞蛇竜。相手をみすみす見逃すことはしない。蛮顎竜が回避した先目掛けて突っ込んで、着地した隙を狙って左脚に噛み付いた。

鼻腔と翼を広げて興奮状態に移ったアンジャナフだが、どうも様子がおかしい。

どうやら牙から麻痺毒を注入されたようで、左脚を引きずったかと思うと痙攣しながら転倒した。

絞蛇竜が赤らんだ喉に牙を向けると、蛮顎竜は喉に蓄えた発火を促す成分を鼻腔の粘液に混ぜて勢いよく噴射して反撃した。

特殊な成分が酸素と結合し、爆炎が咲き誇る。

巻き込まれたガララアジャラの背後の木までもが跡形もなく消し飛んでいるのが見える。

火竜の豪火にも勝るとも劣らない大火力の火炎放射が絞蛇竜の上半身を炙り、大火傷を負った絞蛇竜は体から火をあげながら大きくのけぞった。

麻痺毒に侵された蛮顎竜がうまく追撃出来ずにいる内に、さらに奥に進むためにその場を後にすることにした。

 

「見たか?アンジャナフの攻撃だ。火炎放射はアンジャナフにとっても負担が大きい大技だ。

本来なら攻撃をして怯ませた隙を狙う事が多い技だが、カウンターとは理に適ってやがる」

 

「初めてみたよ。あれが自分の身に降りかからないといいけど」

 

怒号と火の粉の中を進む。下り坂だ。土が掘り返された跡が幾つか目に止まった。

予想通り、絞蛇竜はこの未開の地を縄張りとしているらしい。絞蛇竜が移動のために地中を掘り進むことで、土壌が耕されているようにも見える。

この辺りは植物の再生が進んでいることがそのことを裏付けている。

そんな事を考えていたら鼻血が出てきたので、気持ちを落ち着かせて足早に降りることにした。

 

暫く歩いて、木の根の段差を踏みこえた辺りで風景がガラリと変わった。

足元は少しぬかるんでいて、苔むしている。

土と植物の香りに、微かに獣臭さが入り混じったような空気で満たされている。

目の前をモスが横切った時に、倒木の数に目が行った。マンドラゴラやアオキノコなど、色とりどりのキノコが生えている。

気づいた時にはもう随分と先まで歩いていたようで、蛮顎竜と絞蛇竜の争う音はもうまったく感じられなくなっていた。

ズワロポスの姿があったから、同じ場所に長居しないように歩き続けた。

靴底に泥がへばりついたから足取りは重い。

 

村人が何か言ったようだったが、うまく聞き取れなかったので聞き返した。

それから、色々なものをみた。

獣臭さを纏ったブルファンゴの群れ。

それを率いる一際大きなドスファンゴ。

樹皮には珍しいロイヤルカブトの姿もあった。

池をじっと見つめて魚を探すヨツミワドウの横を通る時は、刺激しないように息を殺した。

少し息を止めただけで、窒息してしまいそうなぐらい苦しくなったのでヨツミワドウから距離をとって進むことにした。

 

「ここの木、何かにへし折られたようだね。」

 

そういった彼が指差した方に目をやると、確かに噛みちぎられたような形跡が残っていた。

そしてその奥の方で小高く盛り上がった小山が動いたと思うと、やがてそれが生物であるということに気付いた。

水牛―というにはあまりにも巨大で神々しい。

側頭部から突き出る反り返った大角。その直径は人の身長程あるだろう。

背面を飾る二つのコブには苔とキノコが生えており、その内側を分厚い皮膚で覆われている。

何より目を引くのが、モーニングスターを何倍にも大きくしたような尾だ。

尾の先がハンマー状に発達しており、生物とは思えない程に超然とした物々しさを有している。

 

「尾槌竜ドボルベルク。生息していたのか」

 

「ドボ...何だ?」

 

村人が何か気になっている様子だったが、私は返事するのが億劫だったから、適当に頷いてドボルベルクの観察に身を乗り出した。

大自然の化身だった。それも大地そのものに命が芽生えたと錯覚するほどにまで雄大な。

 

あまりの大きさに圧倒されていると、向かい側から別の大きな影がノシノシと歩いてきた。

岩を纏った大型類人猿のようなその生き物は、ドボルベルクの事を恐れていないのか威嚇することもなく尾槌竜の方へと歩み寄っている。

ドボルベルク程では無いが、そのモンスターもかなりの巨体の持ち主だ。

体長は15メートル強と言ったところだが、岩石のように厚みがあって数字以上にボリュームがある。

 

一方で、尾槌竜の方も相手を気にかけず、呑気に倒木をムシャムシャ頬張っている。

 

「なんだ?見た事がないモンスターだな」

 

「あれは...エルガドの文献にあった...」

 

思い出した。剛纏獣ガランゴルムだ。

怪力の化身の異名を取る大型モンスターで、体肥液と呼ばれる特殊な液を腕から分泌する。

この体肥液は爆発性だが、苔などの植物を急成長させるという効能がある。

そして鍬の形をした尾で土を耕し、森を成長させるのだ。

そのため、ガランゴルムが生息する土地は豊かになるとして、剛纏獣を好む者も多い。

厳つい顔つきだが、性格は大人しく、普段はこちらから危害を加えなければ攻撃してくることはない優しいモンスターだ。

ガランゴルムもドボルベルクも縄張り意識が強いモンスターだが、なんとお互いに相手を嫌がらずに接近している。

極めつけには、剛纏獣が尾槌竜の甲殻に生えているドボルトリュフを採って食い始めた。

 

「まさか...共生しているというのか...?」

 

ドボルベルクが縄張りに他種の大型モンスターの侵入を許し、それどころか他の大型モンスターと共生したといった前例は、どの文献を探しても見つからない。これは歴史的発見といえるだろう。

 

「まさか、剛纏獣の植物を成長させる力を理解しているということか?」

 

ガランゴルムが土地を緑豊かにすることで、ドボルベルクは安定した食事を得られる。

ドボルベルクが安定した食事を得られると、ガランゴルムはドボルトリュフにありつける。

 

「あれを見ろ。岩壁にセキヘイヒザミがついてる」

 

村人に言われて、今度は斜め後方を向くと、そこは斜面に横向きに開いた洞窟のようになっていた。

そしてその入り口の近くで、数匹のセキヘイヒザミの群れが岩肌にはりついていた。

セキヘイヒザミは、綺麗な色の鉱石を背負ったヤドカリのような生物だ。

普段は群れで壁に張り付いていて、外敵が来ると殻から弾を発射して撃退する。

ただし絶望的に目が悪いので、大きい生き物に照準を向けて攻撃するのだ。

双眼鏡を使って観察してみると、鋏で岩についた苔をちぎって食べている。

大きな特徴ともいえる目の悪さは健在のようで、今はドボルベルクの方に照準を向けていた。

そして私達の後ろには、手負いのアンジャナフが迫ってきていた。

絞蛇竜を追っているのか、興奮していて、こちらには気づいていない様子で口元を曇らせている。

大角を振り翳して威嚇する尾槌竜と、腕を打ち鳴らして威嚇する剛纏獣。

対する蛮顎竜は絞蛇竜にしたように翼と鼻腔を展開して威嚇を返したが、流石に多勢に無勢と判断したのか、引き返していった。

 

「そうか、ガランゴルムにとってドボルベルクは数少ない自分よりも大型の生物。

セキヘイヒザミや捕食者から身を守るためにもドボルベルクとの共生は賢い選択なんだ」

 

苔を成長させる力を持つガランゴルムの活動は、当地の洞窟にまで影響しているらしい。

洞窟から距離をとって動かないといけない剛纏獣には少し可哀想だが、そのおかげで洞窟には独立した別の生態系が構成されていると考えられる。

浅い層には蛮顎竜などの凶暴な肉食竜。その爪牙を掻い潜った先には強大な草食竜の縄張り。

そしてセキヘイヒザミという射撃手もいる。

これだけ危険な要素が揃えば外来種は立ち入ることが出来ないだろう。

独自の生態系が生まれた訳だ。

ヒトの体が小さいことにこんなに感謝を覚えたのは初めてだ。

だから気になった。これだけ厚い防護壁の内側には、一体どんなものが隠されているのか。

俄然、あの金属片が意味するものを突き止めたくなった。

 

草木をかき分け、ぬかるみから足を引き抜いて進んでいく。足取りは重くなる一方で、もう土や植物の匂いも感じられなくなっていた。

ここまでくれば、もう長くないだろう。

泥が掘り返された跡が目に入った。

いくら粘性があるといっても、泥は泥だ。最近のものに違いない。

剛纏獣の尾の形とは異なることから、絞蛇竜が私達を追い越していったのだろう。

土の中を移動する絞蛇竜は、尾槌竜や剛纏獣の縄張りを逃走経路として利用できる。

だから執念深い性格の蛮顎竜を相手にして怪我を負っても、その相手を強大な大型草食竜に任せて安全に離れることが出来るのだ。

退路が確立されているということが分かれば、計算高い絞蛇竜が蛮顎竜に対して戦いを挑んだことにも納得がいく。

しかしこれは発見であると同時に、この先を行く私たちにとっては気が引ける事実だった。

 

「つまりこの先に居るのは手負いの獣か。君は松明を持って先に帰ってくれ。ここで見た事を村の人に話してやってほしい」

 

何か尋ねてきているようだが、よく聞こえない。

 

「いけ」と怒鳴って戻らせて、私は1人で奥に進むことにした。

確信していた。

未だに鼻腔内に漂う焦げた匂いは、かつてここで起きた凄惨な事件を起こすための手掛かりだ。

そしてそれを嗅いでしまったからには、もう引き返すことができないと解っていた。

泥から引き抜いたその足跡すら残らないと知ったなら、何か残そうとするのが人のサガだ。

だが、そうと知りながらも、むしろ知ってしまったからこそ腹底に落とすように理解したかった。

異端者の足取りの、その意味を。

 

足元が固まって、乾いた土にかわってから、明らかに植物の数が減っていることが分かった。

依然、花咲き芽吹く緑に囲まれた手広い土色の空間の中心。庭園のような豊かさの中に、乏しいと思える程に衝撃的な豊かさが在った。

体を丸めて寝息を立てるその生き物は、あの鋼の欠片を生み出した犯人だろう。

丁度その時、土から顔を出した手負いの絞蛇竜が驚いて鳴甲を飛ばした。

私が剣を振って鳴甲を打ち砕くと、その音は響音へと変わり、絞蛇竜の骸が目の前に転がった。

 

きっと絞蛇竜は、どの生物も起こすことを躊躇う禁忌の邪毒の寝床を借りることで追手の追撃を避けてきたのだろう。

しかしここまで来てしまった私は、命すら惜しいと思わない。

私は今、絞蛇竜の胸元からそれが深紅の一本角を抜き取る現場を目撃している。

眠りから覚ましてしまったら最後、誰も生きて帰れはしない。

 

私の立てる仮説はこうだ。

 

きっと、遥か昔のこと。

丘の上に散らばっていた金属片は、鋼龍の物だ。

安全に脱皮出来る場所を探していた鋼龍は捕食者の少ないこの場所を見つけた。

脱皮の時期を迎え、気性が荒くなっていた鋼龍は平時のように周囲の生物を打ち払おうとした。

 

そこで、最悪の敵を引いてしまったのだ。

 

棘竜エスピナス。

密林に溶け込む緑色の甲殻を身に纏う飛竜種。

殆どの時間を眠りに費やす怠け者だが、眠りから覚めれば一転して無敵の力を見せつける。

全身を流れる血液は一滴で周辺の草食種を全滅させてしまうほどの強毒。

全身の棘や長大な一本角にその毒を仕込む。

異常な硬度の甲殻に包まれたその防御力はあまりにも高く、肉食竜は無防備の棘竜を前にして自ずと攻撃を諦める。

轟竜を超える走力で繰り出す突進は、大型古龍すら投げ飛ばす剛力と組み合わさって一撃必殺の威力を生み出す。

何より驚異的なブレスは、麻痺毒と出血毒の混合物を燃焼させているもので、着弾と同時に爆発して異なる二種類の毒性で相手を蝕む。

 

神出鬼没の爆鱗竜が生息地すら判明させないまま猛威を振るう傍ら、棘竜は動かずして同等の殺戮者の地位に就いていた。

目撃情報が無かったのは、鋼龍との激戦の結果、この深い場所に籠っていたからだろう。

そして地上を這う甲虫種やガスガエルが中々見られないのは、棘竜に捕食されているからだろう。

 

超越者たる鋼龍を撃退した棘竜は外の世界に恐れを抱き、この地を離れることをしなかった。

鋼龍のように強い存在が数多く居ると錯覚してしまったからだ。

縄張りを勝ち取り、その一方で、世界を失ったということだ。

命辛辛、この地を捨てて飛び去った鋼龍は、毒に塗れた外殻を強引に脱ぎ去った。

それがあの金属片だ。

私の喉を焼き伸ばしたのは、微かに残っていた棘竜の猛毒だった。

捨てられた殻に含有されていた豊富な古龍の生体エネルギーはこの地に溶け出して、これまで見てきたような豊かな生態系を育んだ。

鋼龍は深い傷を負いながら、特級の危険生物であるエスピナスをこの地に封じる代わりに、身を削って恵みを齎したのだ。

それは神の慈悲か、只の偶然か。

 

しかし、棘竜は持つ毒が強いがあまり同棲者に恵まれることはなかった。

棘竜の持つ驚異的な強さを利用しようと近づく絞蛇竜すらも、その失われることのない覇気を恐れて距離を置いた。

とうとう棘竜だけは自らの毒と棘に阻まれ、救われることすら叶わなかったのだ。

 

もしや、強すぎるあまり失い続けた棘竜が眠り続けるのは、心身を蝕む孤独を紛らわせる為では無いだろうか。

なんと残酷な。これが勝者の姿なのか。

 

最後に私が聞いたのは、自分の体が倒れる音だった。

最後に私が目にしたのは棘竜の天鱗だ。

最後まで私が棘竜という存在を理解することは叶わなかったが、だからこそ、不可解を生きる彼の姿が美しいことに涙を流した。

分からないということは、不幸なことではないと思う。

硬い体に触れる手触りすら薄れていく。

分からないことは、切なくて情熱的だ。

私もわからないものになりたかった。

だから、この地に眠るのだ。

鋼龍が去った、この土地で。


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