最終回です。完結します。
〜旧針葉樹の森
「あの日ぶりだな、獣竜の王」
ここは平坦な森を囲む、円形の塹壕の中。
双眼鏡片手に、仇敵の姿を補足した。
暗緑色の鱗、牙の突き出た顎、全身を逞しく覆う異常発達した筋肉。
改めて、それが通常の生態系から逸脱したイレギュラーであることを実感する。
今となっては疑いようもない最強の獣竜種。
このままでは、全ての地上に生けとし生ける者は、かの竜の胃袋に収束する。止めなければ。
対峙する敵は幾千もの傷を抱えた捕食者。
背中には百戦錬磨の仲間。
それと一つの約束。
生態系の頂点に君臨する種族、古龍に匹敵する種族から、本物の古龍まで。
名だたる難敵があの竜に挑み、多大な犠牲を払い、誰一人としてその命を奪うに至らなかった。
恐暴竜を討ち取るということは、他のどの種族にも成しえなかったことを成すということだ。
それは結果的に、人類が全ての生物の頂点に立つというリーダーの悲願にも繋がる。
だが、もはや今のリーダーにとって過去の信念など塵にも満たない物だった。
「遠方から大型モンスターの接近を確認!
...嘘だろ...?あれは...」
焼け焦げた木々を踏み折り、拳を突いて歩いてきたのは他でもない金獅子。ラージャンだ。
見た者の殆どが殺害されていることから目撃情報が少なく、超攻撃的生物とも呼ばれる。
再生しかけの片角を見る限り、彼はきっと、過去にイビルジョーと拳を交えた個体だろう。
何者も寄せ付けない殺気を纏い、今度こそは決着をつけるべく現れたようだ。
決戦に赴いたのはラージャンだけではなかった。
鋭く伸びた漆黒の棘をローブのように纏い、
古を喰らう者が飛来した。
強者たちの放つエネルギーに引き寄せられたか、その龍の名は滅尽龍ネルギガンテ。
鈍い光沢を放つ棘は、どんな業物も弾く棘の鎧。
悉くを打ち砕く破壊神の襲来だ。
「勝った奴が晴れて最強の種族って事か。
運命の戦争には相応しい顔触れだな」
逆風を呑む。戦場によく合う焦げた土の匂いだ。
「リーダー、こんな時に言うことじゃないのかも知れませんが...」
「なんだ?」
「なんで私たち、戦ってるんでしょうね」
「何かを...守ろうとするからじゃないか?」
瞼を少し閉じて、険しい表情になった。
ゆったりと整った呼吸に閉じた口。
瞳の内側で、青い炎が静かに燃えていた。
失わない為には、罪のない命さえも狩らなければならないのが狩人だ。
それが、どんなに無謀なことであろうと。
恐暴竜の根城に、金獅子と滅尽龍。
そんな絶対絶望的空間の重苦しい空気を貫く、巨大な兵器たちが運ばれてきた。
「撃龍槍、配置完了。これより整備に入ります。
B班とC班は大砲とバリスタの設置に入ります」
臭い消しの落陽草を全身にまぶされたアプトノスが引く荷車には、見たこともない兵器群が乗せられている。
職人の丁寧な加工によって生み出された対モンスター兵器は、どれも人に向けて使おうものならオーバーキル間違いなしの『本物』だ。
最新の科学技術をふんだんに取り入れた、大小様々な叡智の結晶。それが今、たった一頭の竜を討ち滅ぼすために集結していた。
その中で一際異彩を放っているのは、オカルティックな装飾を施された荷車だった。
それは、荷車というより馬車に近い見た目だ。
運ばれている荷台の部分は他より一層丁重に扱われ、外からは確認できないようになっている。
だが、見なくとも分かるとはこのことか。光を捻じ曲げて吸い込むブラックホールのような、鬱々として邪悪なその波動には覚えがあった。
「リーダー、黒龍装備、届きました」
「...そうか」
万が一の事態に備え、他でもないリーダー自身がギルドマスターに直談判で頼んだことだった。
見ただけで心を蝕まれてしまいそうな邪気を少しでも押さえつける為に、魔除けのチャームが備え付けられていた。それでも尚、滅尽龍や金獅子に負けず劣らずの存在感を放っており、近づく者の心臓を握り潰すような殺気が感じられた。
「あの...1つ良いでしょうか...」
僻地に派遣されていた為、焼死を免れた部下だ。
彼の他にも、熱帯雨林に派遣されていたチームメイトなども火山での作戦には参加していない。
そういった事情で命拾いをした彼らも、今回は作戦に参加する。ここで全滅すれば、今度こそギルドに次はないという算段だ。民を守れなくなることを憂いたギルドマスターは当初反対していたが、リーダーが兵力の分散を避けるよう熱弁した為、渋々決断されたことであった。
「どうした?」
「私は、リーダーに死んでほしくありません。
だから、その、出来ればでいいのですが...。
あの装備は、使わないでください。個人的なお願いで悪いのですが...」
モゴモゴと口を動かして、小さな声で話し続けている。リーダーは大きくため息をつくと、次第に小さくなっていく一人の隊員の肩を抱え込んで豪快に笑った。
「俺は大丈夫だ。それより自分の心配をしてくれ。もう失いたくないからな」
ドン!という破裂音の後、パラパラと崩れ落ちる音が鳴り響く。張り詰めた戦場で花火なんてことはないだろう。まだ攻撃予定の時刻は過ぎていないので、大砲も撃っていない筈だ。
恐暴竜の巨躯が空中に飛び上がりつつ仰向けに転覆し、落下と同時に地響きを起こした。
転倒しても尚勢いは止まらず、平坦な地上をゴロゴロと転げ回り、脚で踏み縛ってもまだその身体が後退する程だった。
初動にして超威力、遠慮も情けもありはしない。
古龍との戦闘を経験しているガーディアン達も思わず動揺する程の衝撃が討伐隊を襲う。
防衛隊広刃型長槍の重厚な大楯に、貫通とまでは行かないが、無数の黒い棘が突き刺さる。
工房をして、これまでにない高性能と言わしめる文字通り破格のランスだったが、双眼鏡で観測するような距離からこれだけの損傷を受けるとは誰も予想だにしていなかった。
ネルギガンテ 『破棘滅尽旋・天』
直撃時の威力は、かのスーパーノヴァを凌駕。
高高度からの滑空を伴う突進は、『級』ではなく、文字通り『最強』の威力を体現した。
とても生物に向けて放たれることを想定したとは思えないほどの破壊力をもって、地形から静寂に至るまでを根刮ぎ破壊し尽くす。
それは、自身から生え揃う超硬度の黒棘も例外ではなかった。地面に強く打ち付けられることで、まだ柔らかい根元が折れた黒棘が、散弾のように広範囲に弾け飛んだ。
怨虎竜の猛攻を耐え凌いだ恐暴竜だったが、立ち上がったのも束の間、ダメージに耐えられなかったのか、膝から崩れ落ちるように転けた。
全身から放たれた黒棘はザックリと筋肉の鎧を貫き、未だに突き刺さっている。
黒ずんだ血液が滴る。
滅尽龍は上半身を起こして二足歩行の体勢で躙り寄りつつ、体を軽く反らせて反動をつけた。
滅尽掌。その打撃はたった一発で古龍を卒倒させる威力を持つ。勝負を決めるつもりだ。
迎え撃つ恐暴竜は一瞬で憤怒の変貌を遂げた。
異常発達した筋肉が背中を中心に膨れ上がり、肉本来の深紅に変色。
痛ましい音を立てて古傷が開く。
原始的な恐怖を叩き起こす赤の生物発光。
黒く硬質化した筋肉は鋼鉄をも凌ぐ鎧となる。
ジリジリと詰め寄る滅尽龍を待ちきれないとでもいうかのように、前方に跳躍。
振りかぶっていた右前脚の上腕部に齧りつきつつ滅尽龍と衝突。この体勢で炎王龍や鋼龍の突進を受け止められる滅尽龍だが、不意を突かれたこともあってか、その力を以ってしても衝撃を受け止めきれず、恐暴竜に押し倒される形で転倒。
マウントを取った恐暴竜は腹部近くを強く踏みつけて滅尽龍を拘束し、喰らいついたまま龍属性拡散ブレスを放射。生えかけていた棘が破壊され、牙は前腕部の肉に突き刺さった。恐暴竜が滅尽龍を踏み付けたまま身体を振り抜くと、咬合力に胴体の膂力までが加算され、強烈な破壊力と成り果てて前腕部の肉を噛みちぎった。
筋繊維を失い、力なくだらけた前腕部から古龍の血が噴き上がった。
滅尽龍は左前脚をついて倒れ込み、恨めしそうに恐暴竜を見上げた。視線の先にあったのは、恐暴竜の足の裏。直後、頭蓋を踏み砕かんばかりの恐ろしいパワーで滅尽龍の頭が踏みつけられた。
残された左前脚が地面を引っ掻く。
肉が喉を通り、世界を喰らう胃袋に収まった。
興奮の冷めない両雄の唸り声が響き渡る。
「勝負...あったようだな」
恐暴竜の喉奥に赤いエネルギーが溜まり、空間内の龍属性エネルギー濃度が急速に上昇。
眼が赤々と輝き、口周りで赤黒い稲妻が絶えずスパークしている。
塵を舞い上がらせながら息を吸い込み、今にも吐き出さんというところで、渦巻く雷を纏う黄金の拳が恐暴竜を殴りつけ、たったの一撃で横転させた。
黄金の暴風雨が捕食者達の争いに殴り込みだ。
かつて戦いを遮られた好敵手が史上最強の究極決斗の続きを執り行おうとやってきたのだ。
恐暴竜は力の赴く方向に寝返りを打ってショックを受け流し、打撃のほとぼりも冷めぬまま頭部を振り回す。牙の突き出た顎は、それだけで肉を裂き骨を砕く凶器だ。
だが金獅子の握り合わされた両拳は鋼鉄をも凌ぐ威力のメイスと化し、恐暴竜を殴り伏せた。
顎が地面に触れると土が巻き上がった。
恐暴竜はそれでも前進し、鋭い歯の立ち並ぶ口を大きく開き、金獅子に牙を向けた。
だがそこで滅尽龍が翼を地面に押しつけ、一気に弾く反動を利用して棘を飛ばしたことで怯んだ。
枝や小石は鱗が弾くが、棘は鱗を貫通するため、幾ら筋肉を硬化させていても体に刺さる。
人間なら当たりどころが悪ければ即死だが、恐暴竜の場合は、巨体の大質量がそれを許さない。
真横で効き目を確認した滅尽龍を、恐暴竜はタックルで撥ね飛ばした。
体高に差があるとはいえ、二十メートル近い滅尽龍の巨体が撥ね飛ばされる様は圧巻だ。
その上恐暴竜はそれだけでは飽き足らず、転倒した滅尽龍の首周りに噛み付いてジャギィかランポスのように振り回した。滅尽龍は幾度となく地面に打ち付けられ、その都度肉体が破壊された。
振り回された滅尽龍は飛びかかる金獅子に向かって投げつけられ、棘だらけの体が金獅子の毛皮をザクザクと刺した。
こうして二対一の構図が出来上がったかと思いきや、闘気硬化により赤く腫れ上がった金獅子の拳が滅尽龍を殴りつけ、再生殻を打ち砕くと、今度は滅尽龍がその堅固な大角で金獅子を打ちのめした。
身のこなしに長けた金獅子は自身を滅尽掌で潰そうとする滅尽龍の角に手を滑り込ませると、僅かな隙をついて頭上に登り、そこからパウンドを打ち込むように頭部を殴りつけた。
機敏さで二頭に勝る金獅子だったが、二頭との体格差までもは如何ともし難いようだった。滅尽龍は角を振るってあっさりと金獅子を引き剥がした。
滅尽龍の目の前に置かれ、流石の金獅子も万事休すかと思われた金獅子だったが、あろうことか、さながら昇竜拳のようなアッパーを放って滅尽龍をのけ反らせた。雷鳴、鋒からスタイリッシュ。
だがそこは滅尽龍。着地の隙を狙った左フックで金獅子を殴打すると、その余りの衝撃に殴られた金獅子の姿が目にも止まらぬ速さで視界からフェイドアウトしていった。
他の二頭と比べるとかなり小柄とはいえ、金獅子も牙獣種の中ではかなり大きく、その全長は八メートルを上回る。それでも大型屈指のパワーファイターである恐暴竜と滅尽龍からすればかなりの軽量。巨像を超えた獣が風を切って飛ばされる光景など、誰が想像出来ようか。
因縁によって硬く結ばれた獣と竜、そして龍の血に濡れた叫び声がこだまする。身の毛もよだつ爪や牙のぶつけ合いが鳴り響いて、事態は阿鼻叫喚の様相を呈した。
古龍の血を顔に浴びて、これまで以上に赤く染まっていくイビルジョーの顔貌のどれほど恐ろしかったことか。
だが、それでも退くわけにはいかない。
人類に退くことのできる安置など、無い。
「全軍、前進!前進!」
鮮血吹き荒れる最終決戦に選ばれたのは、ファランクスの陣形だ。
工房がこの日のために手に塩かけて作り上げた防衛隊広刃型長槍の性能を信じるほかに、奴らに接近する手段はない。神へ捧ぐ祈りすら気休めにしかならない。何せ、向かう先は恐暴竜と金獅子、さらには滅尽龍迄もが三つ巴で戦っているこの世で最も危険な神域である。龍属性エネルギーに酸の唾液、黒棘、雷球に気光ブレス。冥界と最も近いこの空間では、完璧な対応を取ったとしても、自分の塵一つ残っている保証はない。
だが疑いに怯えて生きるより、誰かを信じて死ぬ方が百倍はマシだ。故に命を、大楯に託す。
獣竜種であるイビルジョーは、先の戦いで炎の王族たる古龍さえも討ち倒してみせた。無名の獣竜であった時から、各生態系のトップを喰らい尽くして自らの生命を繋いでいた。
荒ぶる神々や、暴君の王といった、人々にとって絶望以外の何者でもない理不尽の化身達を、その身一つで喰らい尽くす姿に、憧れていたのだ。
リーダーは、歩みを進めながら、確かな勇気を感じていた。最後まで足掻いてみせよう。
それは母なる自然に対する挑戦、憧れへの挑戦。
数奇な運命に運ばれて辿り着いた魔境で、漸く運命と向かい合う決心がついた。
臨む者に名をつけるなら、
といったところか。
「この現象もまた、一種のミラボレアスとするのなら、黒い力を身に纏い、紅色に輝くお前は黒竜か、あるいは怒れる紅竜か」
部隊の接近に気づいた滅尽龍が、再生した右腕を振りかざす。
死ぬ?まさか、こんなところで。
まだ、恐暴竜まで辿り着いていないのに。
こんなにあっさりと、命が奪われるのか。
いいや、不思議なことでもない。ナナ・テスカトリの時もそうだった。
イビルジョーを仕留めるために命を賭けて集った仲間たちは、怒れる女王の手によって、火山に降る灰の一つとされてしまった。
死は、目前まで迫ってきている。
既に盾を構えているが、動作が間に合わない。
「パワーガード!!」
隊員の一人が、前に出た。見れば、先程、黒龍の装備を使わないように懇願してきた隊員だ。
盾が強い輝きを放ち、見事、滅尽龍の一撃を食い止めた。
しかし、同時に滅尽龍の一撃は盾を砕き、折れた棘は隊員の胸に深く突き刺さった。
倒れた隊員の側に駆け寄り、膝をついて目を合わせた。
「馬鹿野郎!もう何も失いたくないと言っただろ!何もお前が死ななくたって...」
「貴殿!話している暇はない!」
ハッと上を見上げると、鼻息を荒げた滅尽龍が、鎌首をもたげた絞蛇竜のような目つきでこちらを睨みつけていた。
だが、こちらにはもはや攻撃する予兆は見られないと思ったのか、少しの間様子を伺った後、トドメを刺すことなく恐暴竜の方へ飛んでいった。
リーダーは周囲に他のモンスターがいないことを確認して、背中を抱えた。
すると、弱りきって虚な目をした隊員がリーダーに話しかけた。
「リーダー、俺...海の村の生まれなんです...」
「もう喋るな!今手当てをする!」
兜を外すと、それまで見ていなかった隊員の顔が良く見えた。リーダーは、長身であったため、鍔に遮られて顔が見えなかったのだ。
「お前、あの時の...」
「へへ...やめてください...僕はもう無理ですよ...
リーダー...俺は海凶ラギアクルスに父親を殺されたんです」
自然を愛する、村一番の漁師だった父親に漁に連れて行って貰った誕生日祝いの日。
彼はラギアクルスの襲撃を受けた。
船はたちまち転覆し、懸命に泳いで村に着いた頃には、父親の姿はなかった。
翌日、変わり果てた姿の父親の遺体が海岸に流れ着いた。肉親を失った彼の精神的なショックは察するに余りある。ハンター達に討伐を依頼しても、渋い顔で断られる日々。
父の形見として残った大自然は、同時に父の仇でもある。
その日からラギアクルス、ひいてはモンスターというトラウマを克服できずに夜を過ごした。
せめてあの時、力があれば父を守ることが出来たかもしれないという後悔の念と共に。
「だから...俺は貴方に憧れて、ハンターズギルドに...」
何かかけてやれる言葉はないか探した。
尊い命が絶えてしまう前に、どうすれば彼の人生に光をさせるのか。
「熱帯雨林のガノトトスの報告...聞いたぞ。村の人たちを救ったようじゃないか」
暖かい笑顔が、作れなかった。
「あぁ...すみません....怒らせちゃったかな...もう...聞こえない...みたいです。
俺...なれたんでしょうか...?
誰かの中の...『モンスターハンター』に...」
砂を指でなぞり、文字を描いた。
『
一瞬だが、乾きかけた目に光がさした。
「よかった...リーダーは僕の...『モンスターハンター』だから...」
「あぁ...もっと...生きたかったなぁ...リーダー...この世界を...父の愛したこの世界を...どうか...よろしくお願いします....」
男は、安堵した表情で、涙をこぼしながら、眠りについた。リーダーは、瞳孔の開いた目を見つめ、瞼をそっと閉じてやると、その場に遺体を置いて立ち上がった。
「...悪い。待たせた。行こう」
「貴殿、もう良いのか?」
「あぁ...早くこいつを弔ってやりたいんだ」
土葬してやる時間もない。奴を仕留める迄は。
「バリスタ、大砲全隊配置につけ!」
イビルジョー、400メートル圏内に突入。
十分にバリスタの射程圏内だ。
遂に恐暴竜もこちらの存在に気付き、顎で岩石を掘削してこちらに投げ飛ばそうと地面に頭を突っ込んだが、金獅子に殴られて横転したことで未遂に終わった。
「あっぶねぇ!あんなデカいの貰ったら確実に誰か死ぬぞ!」
「空間内部の龍属性エネルギー量が目視できるレベルで上昇していきます!空が...赤色に...」
報告した観測隊の一人が、気光ブレスに射抜かれて影のみ残したまま消し炭と化した。
地面が抉れた痕の上には、誰もいない。
連絡網が乱れている間にも、口元から燻らせる龍属性エネルギーの量はどんどん増加していく。
「狼狽えるな!例の兵器を使え!」
ブレス、放射。対象は空飛ぶ滅尽龍だった。
広範囲にわたって霧散した龍属性エネルギーが少しずつ纏め上げられ、滞空した状態のまま突撃した滅尽龍を撃ち落とすと、続けて目障りなファランクスの方向へ向けられた。
「対属性エネルギー緩衝兵器『ウチケシ砲』、起動!!」
特殊な形状の大砲から円筒状の物が空中に打ち出され、薄水色の霧が周囲に向かって噴射された。
すると、放射された龍属性エネルギーは霧に触れた途端すっと無くなるようにして打ち消され、龍拡散ブレスは無力化された。
「効果大!効き目あります!バリスタ用拘束弾!撃てぇぇえええ!」
恐暴竜を取り囲むように設置されたバリスタから一斉に拘束弾が放たれ、恐暴竜を拘束した。
リーダーは円筒を手に取って渦中の恐暴竜の元に駆け寄り、噛むために開いた恐暴竜の口の中に投げ込んだ。
「薬は注射より飲むのに限るぜ、怪獣さん!」
恐暴竜の中の龍属性エネルギー量が低下し、体内から放つ赤い光がみるみるうちに弱まっていく。
チャンスと見たか、起き上がってきた滅尽龍が拘束されている恐暴竜に組み付き、二頭は取っ組み合いながら転げ回った。
龍属性エネルギーを使えない恐暴竜は古龍に対するいつも通りの強さを発揮出来ず、龍属性のブレスが不発に終わって生じた隙に地面に叩きつけられ、投げ飛ばされた。
「リーダー危ない!」
さっさと身を翻して距離を置こうとしたリーダーだが、頭上を見上げれば太陽を背にした黄金の獣が飛び上がっていた。
「バリスタの弾が無い!まさかあいつ...!」
そのまさかだ。金獅子の拳の中には束ねられた矢が握られていた。
リーダーは咄嗟に盾を構えて全弾防ぎ切り、追い打ちをかけようとした金獅子には背後から大砲の一斉射撃が襲いかかった。
たまらず倒れた金獅子にトドメを刺すかのように、恐暴竜に投げられた滅尽龍が上から落下してきた。金獅子を下敷きにして倒れた滅尽龍は当然金獅子の怒りを買い、地盤を引き剥がすほどの膂力で腹を殴られた。
足元のぐらついた滅尽龍は、今度はリーダーに倒れ込んできた。盾を構えたが、流石にこの重量は凌ぎきれない。
盾の限界を告げる金属音。
気づけば、さっきまで地に足をつけていた自分の体は大きく吹っ飛ばされていた。
それも、無傷で。
「精霊の加護か...ありがたいが、俺よりあいつを護ってやってほしかったものだ」
滅尽龍は強敵の出現に燃えたぎっている。
棘の生えた巨大な尾が金獅子を薙ぎ飛ばし、カウンターの気光ブレスを翼で防ぎ切った。
自慢のブレスを防がれた腹いせか、金獅子は飛ばされた先にいたバリスタ部隊に襲いかかり、備え付けられていた兵器や運搬のために連れてこられた草食竜を根刮ぎ破壊し尽くしている。
闘気硬化した拳はランスの盾を簡単に打ち砕き、羅刹の戦闘力を以て兵士たちを蹴散らした。
このままでは作戦の失敗までまっしぐらだ。
金獅子に続き、滅尽龍も兵士たちに攻撃を加えようとしたが、それを追って跳躍してきた恐暴竜がその背中に飛び乗り、背面の甲殻を粉砕して妨害した。割れた甲殻はすぐに再生を始めたが、恐暴竜が肉を喰らう速度の方が速い。
飢えた恐暴竜は滅尽龍の背中に顔を埋め、生きたまま生肉を食いちぎって飲み込んだ。
「撃龍槍の動作確認クリア!
いつでも行けます!」
大きな群れほどの規模のアプトノスに、巨大な金属の槍が運ばれてきた。
金獅子はその槍を踏み台にして跳びあがり、滅尽龍の肉を貪り食う恐暴竜に組みついた。
肉体がボロボロになるまで噛み壊された滅尽龍は死んだようにその場に倒れた。
遂に恐暴竜と金獅子のタイマンだ。
両者向かい合い、雄叫びを交わしたかと思うと、
噛み付きを避ける形で金獅子が懐に潜り込んだ。
そして恐暴竜最大の弱点である胸に、金獅子は自らの角を思い切り突き刺した。
古龍の鱗をも一撃で貫く角を、グイグイと念入りに捩じ込む。
出血させるためか、一気に抜き去り、トドメとばかりに雪山で見せた最後の一撃を繰り出した。
天に向かって吠えながら両腕の筋肉に力を込め、一瞬のうちに飛びあがって体重を乗せた渾身の一撃を繰り出す。
まさに、地上最強の決着に相応しい。
目論見通り空中に跳び上がった、その時だった。
意を決した恐暴竜は跳び上がった金獅子の頭に齧り付き、空中で攻撃を潰した。
そして、抜け出す暇もない内に、他でもない自らの最大の武器である咬合力を以て、金獅子の頭蓋骨を噛み砕いたのだった。
一時の盛り上がりも虚しく、脳が信号を寄越さなくなった筋肉が弛緩してだらけた。
視界が掠れ、既に虫の息の金獅子。
微塵も動かず、生死すら判然としない滅尽龍。
先ずは金獅子との因縁に終止符を打つべく、金獅子を踏みつけて、その挙句大牙で脳を噛み潰そうとしたその時。
金属が金属を打つ音と共に、火花が上がる。
「これが本当の、横槍だぁぁぁあああ!!!」
ピッケルがボタンを押した。
これに人類の最終兵器、『撃龍槍』が作動。
「穿て!そして俺たちの勝利を知らしめろ!!」
本来、老山龍や砦蟹のような超大型モンスターに向けて使われるような超兵器だ。
かつて冥海竜にこれを撃ち放ったリーダーは、その威力を知っている。
水の抵抗を受けない地上での一撃、これに勝る破壊力はリーダーでさえもいまだ知らない。
「撃龍槍!!!!」
超弩級の金属の杭がドリルのように回転し、赤く染まる大気を突き抜けて恐暴竜に突き刺さった。
「やったか!?」
急な静寂の訪れが一気に空間に広がった。
それは半々の期待と不安によるものだ。
「状況を確認します!全員、最大限の警戒を維持したまま、出来る限り安全な場所で待機していてください!!」
「確認が取れました...!」
「恐暴竜のバイタル...」
「正常...」
「嘘だ...こんなの、生物じゃない...!」
期待と不安、未来に向けられていた視線は、そのどれもがどよめきと絶望へと移り変わった。
金獅子や滅尽龍、そして人間達につけられた傷は癒えていないものの、それでも捕食者は健在だ。
既にウチケシ砲は完全に消化され、龍属性の赤い輝きも取り戻してしまっている。
これから恐暴竜の怒りの矛先がどこに向くかなど、考えたくもなかった。
「金獅子、戦闘不能」
これまで二度にわたって恐暴竜と激戦を繰り広げてきた金獅子。残念ながら、牙の届く位置だ。
「滅尽龍、戦闘不能」
強力な再生能力を持つ滅尽龍。金獅子の次に、トドメを刺されるだろう。
「大砲の弾残り僅か...勝てません...」
「そんな...人類......人類...戦闘...」
「可能だ」
絶望に打ちひしがれていた人々が振り返ると、そこには、黒龍の装備に身を包んだリーダーが立っていた。不朽体の網膜をマントのように羽織り、かろうじて正気を保っている状態だ。
「貴殿、その姿...それで...良いのか...?」
街の守護兵長は、その装備のことを知っていた。
着用者は皆死に至るという、呪われた防具の伝説を知っていたのだ。
「俺が決めたことだ。もう誰も死なせやしない」
「いかん、そんな事があって良い訳がない!貴殿のような歳の若い者が、自ら命を捨てるなど!」
守護兵長の必死の訴えも虚しく、リーダーはまっすぐ、恐暴竜の方を見据えている。
「あんた、優しいんだな。ありがとう。
その優しさで、これからもたくさんの命を救ってやってくれよな」
黒龍の頭装備、ドラゴンヘッド。
幻影に怯え狂死した着用者もいたという噂だ。
リーダーの元には、ナイトの幻影が訪れた。
『お前はかつて、あれは神の怒りか?と言ったな』
『漸く分かってくれたようで嬉しいよ。
あれは神の歓喜、喜びなんだ。
お前も分かっただろう?
人間は、大切なものを失わずには生きていけないんだ。
だから、産まれてきたこと自体が、間違いなんだよ。黒龍が...黒龍が間違いを正してくれるから...
お前が身を捧げることで、
差し出された幻の手を弾いた。
「お前も、辛かったんだな。自分のプライドを守ることができなくて。
大切なものを何も守れずに生きることは、死ぬことよりも辛くて、苦しいことだよな。
だけど、俺は知ったんだ。
生き物達は、そんな辛い世界で必死こいて、足掻いて生きてる。それは
『モンスターハンター』っていうのはさ...全ての命を救ってやれはしない代わりに、救いを求める人々の命と約束を守り続ける魂の名前だと思うよ」
恐暴竜は金獅子にトドメを刺すのを止め、リーダーの方を向いた。
ギルドには黒龍槍と呼ばれるその槍は、どうにも恐暴竜にとって感じたことのない嫌な予感を感じさせたからである。
『だが!お前がそいつを殺せば、恐暴竜の滅鱗は黒龍槍に取り込まれる!
それは真・黒龍槍の完成を意味する!
ミラボレアスを蘇らせることになる!
お前がどうあがいても!運命は変わらない!
その武具を身につけた時点で、お前はモンスターと成り果てたのだ!!』
「喋りすぎだよ、お前ももう眠ってくれ。
恐暴竜、お前もだ。俺と共に、もう眠ろう」
食らいつくした大地を踏みつけ、獣竜の王は最後の晩餐を喰らうべく咆哮をあげた
傷だらけの肉体が、痛みを伴って無理に突き動かされ、そこを龍属性エネルギーが迸る。
劫火のような龍拡散ブレスが地表を覆い尽くし、嵐のように何もかもを巻き込んだ。
そんな中で、リーダーは黒龍槍の盾を構え、逆風を堪えながら前へ進んでいく。
龍属性を弱点とする黒龍の素材は、恐暴竜のブレスに当たった部分から変色して崩れ落ち、鎧も盾も、恐暴竜に辿り着くのがやっとのようだ。
死ぬことへの恐怖心が無かったといえば嘘になるが、心の器を溢れんばかりの慈悲が満たしていたので平気だった。
「これで、終いだぁぁぁああああああ!!!!」
金獅子に開けられた胸の傷目掛け、黒龍槍を突き刺し、龍属性エネルギーを注ぎ込んだ。
今まで誰も気づかなかった、恐暴竜の第二の弱点属性、それは他でもない恐暴竜自身が武器にしている龍属性だった。
黒龍と恐暴竜...互いに膨大な龍の力を持ち、同時に膨大な龍の力を恐れる存在。
『馬鹿な...黒龍が...黒龍の武具が消え去っていく!!そんな...ありえん!ありえんぞ!!』
龍、そして強大な竜を滅ぼす鍵は、彼らと同じ龍の力だったのだ。
それは他ならぬ黒龍へ贈る優しさでもあり、恐暴竜を終わらない飢餓から救い出す最終結論。
即ち神の一手でもあった。赤い稲妻は大地を覆い尽くし、空を焼き焦がした。
~大地の龍脈より命を受け
御神体の東門へ注ぐ者也~
「約束、守ったぞ。お姉さんの仇、とったぞ」
「約束、守ってやれなくてごめん。代わりといっては難だが、お父さんの愛した世界は守れたよ」
「それでいい。それでいいんだイビルジョー」
「お前は食物連鎖の頂点でなければいけない...だから黒龍の伝説さえも、お前が喰ってしまえ」
「お前は...恐暴竜イビルジョーは、頂点捕食者なのだから」
荒れ狂う龍属性エネルギーの奔流に呑み込まれて、黒龍槍も、そして黒龍装備も、端から朽ち滅ぶようにして消滅した。
そして...
恐暴竜の中に蓄積された龍属性エネルギーは遂にオーバーフローを起こし、暴走するエネルギーは行き場を失い、恐暴竜の体内で衝突を繰り返した。
結果、恐暴竜の体内で超G級のエネルギー爆発が発生。尋常ならざるタフネスを誇った巨体も、とうとう地に倒れ伏した。
そして、恐暴竜は、尾を伸ばし、上体を反らし、口を大きく開いて動かなくなった。
デスポーズと呼ばれるその姿勢は、獣竜種、現実世界でいうところの恐竜や鳥類の化石に見られるポーズで、その原因は死後硬直と言われている。
...つまり、遂に、遂に人類は、恐暴竜イビルジョーの狩猟に成功したのだった。
「リーダーが、リーダーがやりました!でもリーダーが!私...様子を見に行ってきます!」
トトトト...と駆ける音が聞こえた。
かつて恐怖に怯えた青年は、こうして無限の勇気を手に入れて、どこまでも優しい自己犠牲のもと、全ての悪夢に終止符を打った。
守護兵長は赤が抜け切った空の下、涙を拭いてその光景を眺めて、ありのままのことをギルドに伝えることを決心した。
「リーダー殿...大儀であったぞ」
「あれ?おかしいな...この辺りだった筈なんだけど...」
〜ギルド
「そうか、では彼は...」
「はい...残念ですが...」
ギルドマスターもこの日ばかりは笑顔になれず、溢れた涙を拭いて俯いた。
「我々は...成功というには、あまりにも多くの物を失ってしまったな」
兵器、財力、信頼、戦力
そして、かけがえのない命。
恐暴竜が遺した傷痕は、新たな禍根の種となり...
恐暴竜の災いが終息しても、ギルドの仕事はまだまだ尽きない。
人の行先に広大な自然がある限り、ハンター業は終わらない。
怨虎竜に大海龍の幼体を喰った謎のモンスター、そして黒龍と煌黒龍の謎。
アイルーの手も借りたいほど、大きな課題が山積みだ。
「今度は熱帯雨林で爆鱗竜が暴れ回っています!」
「退屈じゃ!金獅子の毛皮を取って参れ!!」
「溶岩洞で謎の脈動が報告されています!話によれば、脈動に続く形で大量のモンスターが出現した模様です!!」
マスターはゲンナリして大きくため息をついた。
これには守護兵長も呆れて笑っている。
そんな時、誰かがドアを開いた。
「お困りのようですね、マスター。
ギルドナイトの出番ってことで宜しいですか?」
「貴殿は!!」
信じられないことに、リーダーその人だった。
生きている上に目立った外傷も見られない。
「お前...恐暴竜と刺し違えたと聞いたが」
「自分でも、なぜ生きているか分からないのですが...どうやら不朽体が守ってくれたみたいです。
鎧が朽ち果てて、全身が龍殺しの力に覆われた時に、きっと見たんです。アルバトリオンを」
「全く、これだから大自然って奴は。何が起こるかわかったもんじゃない。
...お前の契約はイビルジョー討伐を契期としているが...ギルドナイトは続けるのか?
お前の功績を買って、大量の猟団から加入の誘いが来ておる。ハンターに転職しても、お前はうまくやっていけるだろう」
「少しの間、休暇を取らせていただきたい。
仲間を弔う時間も必要だし、約束を果たしたこと、皆に伝えなければいけません。
あと...ギルドナイトは続けるつもりです。
どこかに救いを求める人がいる限り、私たちの仕事は終わりませんから。それに...」
「それに?」
「命を落とした部下たちの分、狩らなければならなかったモンスターの分。目を逸らさず、背負って生きることに決めたんです。
失ったものは戻ってこないし、失うことは死ぬことより辛いことだけれど、だからこそ、俺は過去を背負って生き続けます」
森、砂漠、火山、雪山...
自然豊かなこの世界には、人の手には到底負える気がしないような強大な『モンスター』達が生息している。
そしてこの大陸のバイオームには、必ず1つにつき1種類、その地を統べる頂点的存在がいる。
人類を後退させてしまう程の絶対的な戦闘能力を持っており、力づくで周辺の生態系を屈服させていた。
だが、夜は明けた。
生態系の主、超越者、果ては伝説迄もを喰らう頂点捕食者、イビルジョー。
人類は、その脅威に立ち向かうことで、理不尽な自然の怪物すら超えていけることを示した。
深い絶望に挑んだ勇敢な英雄たちを、人々はモンスターを狩猟する職業、ハンターに擬えてこう呼んだ。
『
いかがでしたでしょうか。
通常個体のイビルジョーのお話は、これにておしまいです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。またどこかでお会いしましょう。
貝細工