今回、一部モンスターの生態に本家設定と異なる部分がありますが、故意です。
頭を空っぽにして読んでいただければなと思います。
「これは...夢?」
存在は、他の存在に干渉して、何かを変えて世界を作る。
もしイビルジョーが生まれなかったら、あの討伐隊のリーダーは何を失わずに済んだだろうか。
「奴さえ産まれなければ、俺は」
生まれてしまったものはしょうがない。
誰も過去を変えられない。
世界はどこへ向かうのか。
存在は目的のピースに変わる。
「奴の体に一枚だけ生えている悍ましい鱗が涅槃への鍵です」
「お前は...たしかナナ・テスカトリに焼かれて...」
生体濃縮と龍属性。いや、龍属性の出所は生体濃縮に限らない。イビルジョーは一体どうして、龍属性を生成する器官を獲得したのか。
兼ねてより、その異常な戦闘能力の秘密は宝玉にあると噂されている。謎の儀式に用いられることもあるとされているが、儀式の詳細については未だに語られていない。
「そんなもの、一体なんの儀式に使おうとしているんだ?」
恐暴竜の滅鱗。
それは、恐暴竜の犠牲者の怨念の集合体と噂されている不気味な不気味な竜の鱗。
食べたものは、血となり肉となり、捕食者の体を構成する。
涅槃。
nirvāṇa
滅
又は寂滅 又は滅度 又は寂
又は寂静 又は不生不滅
生死の繰り返しである輪廻からの解放と終了。
それは、人類の究極目的たり得るか。
輪廻転生からの脱却、それはしばしば天上界への帰還と解釈される。魂が、忘れた記憶を取り戻した時、天上へ帰還できるとも。
方舟の竜は、魂を乗せて天上へ向かうとしたら。
黒い空間は、空より高いところにある。
『恐暴竜の尾を回収せよ』
「あれは捧げ物です」
「......への、捧げ物です」
記憶が掠れて、よく見えない。
世界を終わらせてはいけない。
星が燃える日を繰り返してはならない。
無限の循環の中から、勇気を以って勝ち取れ。
海溝で発見された不朽体。
とうに忘れられた前の世界の遺物。古い記憶。
神は、何を恐れたのか。
人々は、何を畏れたのか。
虹を纏う男が言った。
「モガ近海の海底遺跡へ向かえ。
きっと、君にしか出来ないことだ。」
ベッドの上で、ハッと目を覚ました。
不思議な夢だった。気分を晴らすために窓から外を見ると、黒い空を赫い彗星が泳いでいた。ある伝承の中では、赤い彗星は『抗えぬ運命の化身』『大地を絶望に染め上げる凶兆』と云われている。
「不吉の予兆、か」
窓側に肘をついて顔を出し、ぼうっとしながらキセルの先に火をつけた。
立ち込める煙の、不安のモヤに似ていること。
変幻自在、形を変える煙が、戦死した部下やナイトの顔に見えて仕方ない。
死して責務から逃れた死んだ同輩を羨ましくも思うが、自分の仕事は死ぬことでも、増してや病むことでもない。
赤、赫、赤。奴の色と同じ。この色を見るたびに絶望を感じてきた。それも確かだが、この色を思い出して力に変えてきたんだ。
「何か思うところがあるって顔をしとるな」
ニィと笑って、ギルドマスターが部屋に来た。
夢の中の話なんて、今することではない。そう思ったリーダーが黙りこくっていると、マスターは優しい顔で言った。
「何、お前のミスじゃない。気負うな。」
気を遣ってくれるのはありがたいが、頷くわけにはいかない。
「マスター、部下たちは先にある未来を感じて、期待に胸を膨らませながら、親に送り出されて私の元まで来ました。
...それは同僚も同じ筈。
私は...何も守れないのですか?」
真っ直ぐな目でそう問いかけた。リーダーは、何もマスターの指令に文句を言いたいわけではなかったが、伝わり方を気にかけるだけの心の余裕も持ち合わせていなかった。
「儂らは儂らがやれることをやろうじゃないか。
お前の仕事はまだ終わっとらん。
彼らが命に代えてでも護りたかった家族を、彼らに代わって、儂らが守ってやらねば」
そうか。だからこれだけ絶望的な状況でも、淡々と戦い続けることができるのか。
それは開き直りや、ポジティブシンキングなんて安いものではない。むしろその逆だ。
自らの力不足を呪うだけでは誰も救うことは出来ない。ともあれば、何が出来るか。
願いを背負い続けて、その身朽ち果てるまで戦う。それは逃れることが出来るが、決して逃れてはいけないことだ。
仲間に命を託され、敵の命を奪う意味。
どうして今の今まで忘れていたんだろう。
あぁ、そうだ、俺はハンターだ。
それは、ギルドナイトや人類である以前に。
「こんなこと今さら言わせるんじゃねえ。
お前も彼らを指揮する立場に就いた時、覚悟したことだろう」
火傷した手が肩に乗せられた。
「お前、行かねばならぬところがあるだろう。
行ってこい。生きて全てを片付けて、あいつらを必ず弔ってやろう」
リーダーはすぐにタンジアに飛んだ。
モガ近海へはタンジアからも向かえる。
観光名所もなく、知名度の割にはあまり観光慣れをしていない田舎村のモガより、賑わいのあるタンジアから話を通した方が早いと考えたからだ。
船乗りのオアシスと呼ばれるこの土地は、朝早くから、気持ちの良い海の男で溢れかえっている。
早速、男の1人に話をつけ、海底遺跡の元まで向かわせてもらった。
かつて皇海龍ナバルデウス亜種が現れたこの遺跡は、現在では特に危険はナシと見做され開放こそされているが、現在でも原因不明の事件が多発していることで滅多に船が上を通りたがらない。
そんな遺跡の上まで易々と案内してくれるのは、タンジアの船乗りならではだ。
《黒龍》祓いの灯台が存在感を放つ港を出て、
待つこと待つこと...。
海の男というわけでもないリーダーには、海面を見ても中がどうなっているかはよく分からない。
ただ、船乗りが言うには、ここが目的地らしい。
「残念ながら、あっしが案内出来るのはここまででさぁ。
...でもあんた、海凶の装備をつけているねい。
俺たちですらそいつは怖えんで、そいつを倒したあんたならきっと大丈夫だ!」
名も知らぬ船乗りはそう言って、リーダーの背中を押してくれた。
確かに、大海の王を制したのは他でもないリーダーだった。
酸素玉を口に放り込んで、海に飛び込んだ。
ボコボコボコボコと泡と水が流れる音。
水面が白く輝く海の中。
リーダーは、確かに海底遺跡を見た。
「信じられん...まるで都市だ...」
神殿のような巨大な建造物が立ち並び、
何者かに破壊を受けた形跡が残っている。
発光するプランクトンらしき存在が深い闇に包まれた建造物を淡く照らしている。
噂には聞いていたが、相当に高度な文明だ。
一体、どれだけのことが起きればこんな文明が技術を残さず沈みさるのか。
重々しい瓦礫が、澄み切っていない海水の奥に見え隠れするその様は、何か海洋人工物恐怖症を煽る恐ろしげな雰囲気を醸し出している。
相当な深度に潜ったが、水圧の影響を一切受けずに泳いでいられるのは、流石大海の王ともいわれるラギアクルスの装備といったところか。
昼とは思えないほど暗い水の中を、密閉されたガラス瓶の中の導虫が明るく照らす。
水底には何者かに貪り食われたと思われる、肉片付きのナバルデウスの幼体の骨が散らばっていた。どうやらマクラサカガイが固着しているようなので、迂闊に近寄ると眠らされて窒息死の恐れがある。
特に攻撃してきそうな肉食モンスターは居ないが、発光するプランクトンらしき存在も特段多く存在する。恐らく、鯨骨生物群集が形成されているとみて間違いないだろう。
ナバルデウスを捕食した者は、どうやらもうここにはいないらしい。というのも、岩肌に空いた大きな穴から何かが這い出ていった形跡がある。
幼体とはいえ、古龍であるナバルデウスを捕食するようなモンスターであればいずれ脅威になることは間違いないだろうが、今は不朽体の捜索が先だ。
バリスタや大砲、撃龍槍らしき兵器も沈んでいる。これだけ強大な物があれば、古龍が来ても避難するだけの時間を稼げそうなものだが、どうやらそういうわけにも行かなかったらしい。
高潮、もしくは津波か。
理由はともかく、酸素玉も無限にあるわけではない。泳ぎを続けた。
瓦礫や岩の間を潜り抜け、先へ進んだ。
古い文字で何かが書かれているが、何を書いてあるのかは読み取れない。
ただ、進むにつれて、脳に何かが語りかけているのか、頭の内側からノイズのような音が鳴った。
しばらく進むと、巨大な龍の骨の内側に、名伏し難い輝きがみられた。
異様だ。龍の骨は、その輝きに縋るように、拝み伏せるようにして朽ちている。
形状から、ゾラ・マグダラオスか或いはその近縁種と考えられるが、そのサイズは恐らく400メートルにも及ぶだろう。
何故こんなものが今に至るまで見つかってこなかったのか、謎は深まるばかりだ。光の発生源に近づくにつれてノイズが大きくなっていく。
それは、人の視覚が捉えるにはあまりにも高度過ぎる情報だった。
脳が目視を拒絶している。
水の分子の動きが不安定だ。温度が急に上がったかと思えば、突拍子もなく下がった。
いや、今直面している現象はそんな単純なものではない。
この世の法則が書き換えられている。
電気が流れたかと思うと、忌むべき龍の力も見られる。
いや、これは書き換えられているのではない。
造られている。何者かの手によって、世界が。
ニアリーイコールドラゴンウェポン?まさか。
とにかく、ここで力尽きた巨大龍は何かに怯え、輝きの元に縋りついたようである。
その力は善なのか、悪なのか、又はそのどちらでもないのか、到底推し量ることすら出来ない。
しかし、人の物差しを逸脱するほどに、とてつもなく強大であることだけは確かだ。
ナバルデウスの幼体を捕食した何者かは、この力を恐れて逃げ出したに違いない。
そう思わせるほどに、絶対的な力だった。
これが、イビルジョーの悪夢を止められる、前の世界の不朽体。
見る角度によって、青くも赤くも見えるその翼は他のどの物質とも異なる材質で構成されていた。
いや、異なるというより、全てそのものであるといった方が近いか。
逆さであり正常。異質にして普遍。この上なく自然の理と整合した矛盾。
あぁ、成る程と腑に落ちる。
最強という言葉の指す具体物があるならば、これを差し置いて他はありえない。
最高という言葉の指す具体物があるならば、これを差し置いて他はありえない。
全てと対をなす存在でありながら、全てそのものでもある。即ち、唯一絶対足り得る存在。
この存在を表す言葉は一つしかない。
神。
神さえも恐れる存在であり、そして彼の者に挑むことは神への挑戦である。
では一体、超然たるそれの実体はどちらなのか?
その答えは両方だ。
自然崇拝とは即ち、この存在を理解するために行われていたのか。
一切の無常を時ごと包み込む大いなる、神。
多神教の崇める唯一神。
自然を統べる個であり、八百万に宿る無数。
万物は神の現れか。ならば、一切は神か。
それは神域にしか存在せぬ最強の神。
鳥居を潜らねば観測不可能の純然たる神性。
人は、神の元へ再び参った。
生命ある者へ。崇めよ。
ギルドマスターが持っていた鋼龍のフィギュアとは比べ物にならないほどのオーラを放っている。
渡りの古龍達すら紛い物だ、これだけ強力な全てを見てしまえば、単に自然の一部しか担っていないあの超越者たちも、超越という言葉であらわすのが勿体ないほど平凡に思えてくる。
本物の神は、合切の偽物を破壊する。
その翼は、時空を切り裂き、世界を消滅させる。
「させてくれ、この狂った世界に終止符を!」
触れた手先が震えている。
無意識に、体が不朽体を恐れているのだ。
だがここまで来たらば引き返すわけにはいかない。この翼を持ち帰り、イビルジョーとの因縁にケリをつける。
そして、散っていった仲間を弔う。
それまで、諦めるわけには行かないのだ。
願いは力となり、力は指先に宿り、ついにその翼膜を拳のうちにいれた。
後はこれを持って水上に上がり、ギルドまで行けば一つ目の試練はクリアとなる。
仲間の想いを胸に、泳ぎ始めた。
しばらく引き返すと、背後の道が消失していることに気づく。不思議なことだ。
思えば、これだけ無数の分岐点があるにも関わらず、よく迷いなく不朽体のところまでこれたものだ。
元々、道などなかったのかもしれない。
もしそうだとすれば、これまで不朽体が見つかってこなかったことにも納得がいく。
それがどういう理屈で拓けたかは分からないが、謎の夢が何か関係していることだけは確かだろう。
ナバルデウス幼体の死骸のところまで戻ってきた辺りで、悍ましいものをみた。
水中に迸る黒い稲妻。
それはイビルジョーのものを彷彿とさせたが、まるで別のものだった。
黄泉、冥府、呼び方はなんでもいい。
この世ならざる雷が渦巻いていた。
海底遺跡を根城とする幻の存在、目撃例は皆無に近い。そしてリーダーはその姿に見覚えがある。
「ラギアクルス...お前なのか...?」
黒い鱗、黒い甲殻、40メートルにも迫る長大な身体。
一般に知られる海竜とは、あまりにもかけ離れた姿だった。
それでも、青色に輝く背電殻は、いつか討ち倒したラギアクルスのものと共通している。
懐かしさと同時に、強烈な死の匂いが漂ってきた。生きては帰らせまいとでも言うのか。
深淵から出で
激流の渦を持ちて
万物を喰らう
海神の化身“冥海竜”
古文書の記載内容が事実なら、
奴こそが、ラギアクルス希少種に違いない。
希少種...限られた地域で稀に確認されるといわれる特殊な亜種モンスター。
その出現地域は大陸と完全に隔たれた孤島から、塔、遺跡などの人工的な施設に至るまで様々。
だがそのどれもに共通して言えるのは、戦闘力の面において、例外なく通常種の遥か上を行くということだ。
特に、各バイオームの主クラスのモンスターの希少種ともなれば、その実力は亜種のレベルを軽く飛び越え、なんと古龍種に匹敵する。
中でもラギアクルス希少種は、希少種の中でも珍しく水中に生息するモンスターである。
陸地に適応した人類と、深い水の中で出逢ったらば、人間に勝機など一欠片も無い。
正体不明の漆黒の雷エネルギーを操る様は、まさにこの世ならざる者。人呼んで、冥海竜。
体内の余りある電気エネルギーが口内から、角から溢れ出し、青い輝きを放っている。
ラギアクルスと比べても、含蓄する雷属性の量は桁違いに多い。
生憎、過去の海竜との思い出に浸っている暇はないようだ。
こちらを見るなり、全身に雷を纏った状態で猛突進してきた。電熱で海水が蒸発し、液体中にも関わらず蒸気のようなものが目視できる。
だがそんなこと想定内だ。
リーダーは迷いなく撃龍槍のスイッチを入れた。
金属の分厚いボタンを、金属のピッケルで思い切り叩くと、巨大な金属の槍が回転しながら射出され、古龍すらノックアウトするような激烈な威力をもってラギアクルス希少種に直撃した。
イビルジョーやナナ・テスカトリと戦った時もこんな兵器があればどれだけ助かったことだろう。
惚れ惚れする威力だ。
こんなものを生み出した古代文明が、一体どうして滅びたのだろうか。
流石の冥海竜もこれには平気で居られず、海中でバランスを損なってジタバタともがいている。
今がチャンスだ。
両手足を使って一気に浮上する。
これでもハンター上がりだ。水中の動きだってお手の物、常人とは運動能力に大きな隔たりがある。そうでもなければラギアクルスは倒せない。
尤も、このラギアクルス希少種の強さは通常種のラギアクルスを遥かに超えている。
悔しいが、単身での討伐は不可能といっても過言ではないだろう。こうなればリーダーに残された道はただ一つ。逃げるしかない。
撃龍槍の威力は凄まじい。並の生物であれば一発で息絶えること間違いなしだ。だが相手は通常種とは桁違いの戦闘力をもつ希少種。
撃龍槍のダメージから1分もしないうちに立ち直ると、すぐにこちらへ向かってきた。
流石に古龍級の海棲生物というだけあり、その速度は超人程度では済まない。
余裕を持ってリーダーを追い抜き、さらに海中にいくつも渦を作って水中に放射した。
ラギアクルスは、水中で渦を作ることで獲物を溺れさせて捕食する生態を持つ。
冥海竜もまた、同じ狩りの方法をする種族だ。
違うところがあるとするならば、その渦の数だ。
通常種が一度の狩りに一つの渦を作るとするならば、希少種の作り出す渦はその倍では済まされない。瞬く間に海中は雷と渦に埋め尽くされ、獲物は反撃のタイミングどころか、逃げ場すら失う。
瞬く間に無数の渦を作り出すその様はまるで海中のクシャルダオラさながら。一つに囚われればその時点で死が確定する面を見れば、その危険性は古龍種たるクシャルダオラのものも凌駕する。
無数の渦に囲われて、水の流れはもはや予測不可能。リーダーはラギアクルスとの実戦経験を頼りにどうにか潜り抜けていくが、これでは浮上まで時間がかかる。
幸い酸素玉が尽きることはなさそうだが、最も恐ろしいのは冥海竜の黒い雷にあった。
『死に至る雷撃』とも呼ばれる黒い電気エネルギーは、そのどれもが必殺の威力を誇り、通電性の高い海水を介して瞬く間に広がって獲物を即死させる。
人間がこれを浴びようものなら、焼け焦げた上に心肺停止までまっしぐらだ。
そのため、どうしても雷撃を受けることは避けたいが、冥海竜はこちらを軽く追い越せるだけのスピードに、通常種を大きく上回る攻撃範囲を併せ持つ。
海の中で遭遇した時、もっとも生存が絶望的なモンスターの一体に数えられる。
迎え撃とうにも、体躯、戦闘力ともに海竜種トップを誇るこのモンスターを相手に人間1人ができることなどない。
彼にできるのは、神頼みで泳ぎ続けることしかないのである。
(こんなところで死んでたまるか!!!)
二つ目の酸素玉を口に放り込み、僅かに光刺す水面に向かって泳いだ。泳いだ。泳いだ。
途中、鼻腔に水が入ったが、そんなことで泳ぎを止めようものなら一気に命を失う。
今はとにかく泳がねばならない。
これがプライドに反することでも、大いなる自然を前にすれば否応なしだ。
(見えた!!)
日の差す水面はすぐそこだ。
リーダーは勿論知らないことだが、冥海竜は、自重の関係上陸上での活動を苦手としており、そのために深海に住処を移したモンスターだ。
そのため、水面に浮上することは滅多になく、ここまで逃げ切ったということは、ほとんど試練のクリアを指していた...筈だった。
船乗りが目撃したのは、大規模の水蒸気爆発。
このままでは逃げ切られると踏んだ冥海竜は、一か八か、水面近くのリーダーに向けて雷撃をかましたのだ。
運の悪いことに、その雷撃はリーダーに直撃。
同時に、電熱が水温を急速に上げたことで、水上の船も大きく揺らす荒波を伴って、巨大な水蒸気爆発を巻き起こしたのだった。
吹き上がった水飛沫がポタポタと水面に降り注ぎ、リーダーは水の抵抗を受ける背浮きの体勢でぷかぷかと浮いていた。
「あんちゃん、今行くぞ!!!」
船乗りは叫びながら船を爆発の方に向かわせた。
雷撃を受けてボロボロに崩れた鎧が海の藻屑と成り果てる。
リーダーは体内に溜まった水を吐き出し、ゴホゴホと咳き込むと、まず第一に不朽体を持っていることを確認し、安堵した。
「見たことねぇ、美しい品だぁね」
船乗りは物珍しげにみつめてそういった。
リーダーはぜぇぜぇと荒げた息をなんとか落ち着かせてから、無言で頷いて返事をした。
そういうと、船乗りは何も言わずタンジアの港へ舵を切った。
船に乗っている間、リーダーは崩れた防具を見て独り言を呟いた。
「ラギアクルス...お前の防具が無ければ間違いなく即死だったな...。ありがとう、最後まで俺を守ってくれて...」
手柄をあげたにも関わらず、手放しに喜べるような状態にはならなかった。
行きと違い、しっとりとした時間が流れた。
港に着くと、リーダーはまず代金を手渡した。
「代金だ...」
荷物袋から大量のゼニーを引き出して船乗りに渡そうとすると、船乗りは全額受け取ることを断り、渡された半分の代金のみ受け取った。
「こんなにいっぺぇあったら使いきれねぇよ。
あっしは宵越しのゼニーはもたねぇ主義でさあ」
「そうか...あんた、変わっているな」
船乗りは黙ったまま、ニヤリと笑ってこたえた。
翼竜に捕まってギルドに戻り、とりあえず自室に不朽体を置いておこうとすると、またギルドマスターと出逢った。
「おーう、これまた珍しい物を持っているな」
マスターは顎髭を撫でながら、無数の色を放つ神々しい翼を凝視した。
「マスターはこれが何か、分かりますか?
自分はさっぱり...」
「モンスターの翼ってことは分かるがな。
こんな妙な色の物見るのは初めてだな」
マスターはついつい、嘘をついた。
優しさからきた嘘だった。
「そう...ですか。何か使えればいいのですが」
リーダーがそう言いかけると、マスターは我慢が出来なくなって本当のことを口走った。
「ええい、黙っている方が酷だ。
儂はその翼を知っている。正確には、その翼の正体と思われる記録を知っているということだが...ギルドの記録が正しければ、それは煌黒龍の翼。
この世界にあってはならぬ物だ。
謎の機関の圧力により文献も焼かれ、記録もほとんど残っていないような代物だぞ。
それを手にするということは、お前、覚悟は出来てるんだな?」
黙っている方が酷、そう聞いてもリーダーは未だピンと来ずにいる。
何かとんでもない代物ということははじめて見た時からヒシヒシと感じていることだが、用途を黙らなければならないとは、一体どういうことなのか。
暫く考えていると、マスターの方から話を打ち出した。
「お前には見せなければ行かんな。
ハンターズギルドが隠している、この世界の真実を」
そういうとマスターは、リーダーをギルド施設の秘密の部屋へと連れ出した。
厳重に閉ざされた重々しい鉄の扉を大きな鍵で開き、奥へと入っていく。
ギルドナイトの、その中でも組織内上層部であるリーダーすら知らない秘密。
一体何が隠されているというのか。
丁寧に、地下まではリフトが用意されていた。
リフトは中々の速さで地下へ降っていったが、それでも到達するまでは時間がかかるようだ。
マスターは信じ難いことを語った。
曰く、この世界は既に何度か滅びているらしい。
世間では御伽噺といわれている黒龍伝説、シュレイドを襲った黒龍は実在する。
はるか昔、人と龍が戦争を繰り広げたとされている。事の発端は、人類にあった。
龍を殺してはその肉体を継ぎ接ぎにあわせ、恐ろしい兵器を造ったらしい。
見兼ねた龍は人類に戦争を仕掛け、戦争は互いに滅亡寸前まで追い込まれる形で終了した。
この辺りで世界の何かがおかしくなったらしい。
その最たる例が、栄華を極めた大国シュレイドが、一夜にして陥落したという逸話。
すなわち黒龍伝説そのものだ。
劫火 世界の終末に、全世界を焼き尽くすといわれている大火。
黒金を溶かし、水を煮立たせ、風を起こし、木を薙いで炎を生み出す者とは。
...到着。
そしてこの先にあるのは、ポッケ村で発見された謎の大剣から削り出された防具。
不可解なことに、大剣は自己再生能力を有しており、削られた分が再生することがあるらしい。
その素材は、現在保管されている黒龍のものと特徴が一致しており、研究結果の数々も同じ結論を示している。
ギルドはその武具の研究を進め、時にギルド内で保管している黒龍の素材を継ぎ足すことで、遂に黒龍本来の力を引き出すことに成功。
だが武具は致命的な欠点を抱えていた。
それは、防具を身につけた者が皆精神に異常をきたすため、まともな運用が出来ないからである。
その一方で、最初の実験で身につけたのは素人だったにも関わらず、ギルドナイトが束になっても敵わないほどの絶大な力を手に入れていた。
あまりの危険性に研究は凍結され、曰く付きの防具も地下深くに封じられていた。
時が経ち、黒龍関連と思われるナイトの精神異常を解決するアイテムが現れた。
それが煌黒龍の不朽体である。
所持者の男は行方をくらませたため、ギルドの調査も虚しく入手は断念されたが、今回、その不朽体をリーダーが持ち帰ってきてしまった。
これは、黒龍の武具の実験の凍結が解除されることを意味している。
「だが...これを付けた被験者は皆死んだ。
ラギアクルスを討伐したお前でも、黒龍に関わるならば命の保証はない。
やるかやらないかはお前次第だ。
まだ時間も打つ手もある。儂もお前を危険な目には遭わせたくない。ここまで見せつけておいて難だが、イビルジョーの件は儂に任せてくれ」
リーダーは立ち止まって武具の邪気に呆気に取られていたが、マスターに無理やり引き戻され、リフトに乗り込んで地上に戻った。
「さて、それはそうと仕事は仕事だ。
ドンドルマの奴らも加わってまた賑やかになる。
いつまでも雰囲気が葬式じゃ仕事もやってられんのうて。なぁ?」
マスターはにっと笑った。
確かにドンドルマの人々が仲間に加わるのは大変心強い。
中でもガーディアンズは古龍襲来時に迎撃に出るという。古龍級生物であるイビルジョーを相手取るにあたって、古龍との実戦経験のある者が仲間に加わってくれればこれほど心強いことはない。
そういえば、ナイトが昔勤めていたという古龍観測所もドンドルマにあったか。
古龍観測所には、古龍種に関するほぼ全ての情報が保管されているという。
黒龍なる存在と、不朽体の主について何かわかることがあるだろうか。
それより気がかりなのがあの槍だ。
あれはマスターの説明通り、本当に削り出されたものなのだろうか?
防具と比べ、槍だけが何か別の気配を感じた。
まるで、何者かが一連の事件を仕組み、ギルドを、ひいては人類を試しているかのような。
ひょっとしたら、槍だけは純粋な黒龍の素材で出来た本物なのではないだろうか。
~大地の龍脈より命を受け
御神体の東門へ注ぐ者也~
一部、設定とモンスター紹介
ラギアクルス希少種
冥海竜とも呼ばれる、現在判明している中で最大最強の海竜種。
その正体はラギアクルス(原種も亜種も含む)の中でも一際強い個体が、自重により陸上での生活に支障をきたすようになった結果、深海に適応した姿だとされている。
その生息域故か、目撃例がかなり少なく、ギルドが保管する古文書にのみ存在が語られていた。