3話っぽい構成にしました。
ストーリー性が前回から更に減ったので、頭を空っぽにして読んでいただければなと思います。
女王の気配が消えた。
代わって、突き刺すエネルギーを感じる。
剣山か針山か、十中八九古龍由来の物だろう。
猛虎は勘づいた。黒い稲妻の残滓。
古龍のエネルギーを感じない。
つまり、この棘の龍は死体漁り。
この事から推察するに、犯人は古龍に牙を立てる竜だ。丁度...自分のような。
これ以上の消耗を避けるため、各地に散らばった対策チームの人員には待機令が出されている。
とはいえ既に8割近くの戦力が炎妃龍によって命を落としており、怪我を負ったものを含めても現在動ける人員は2割にも満たない。
「強さ故に傲慢の限りを尽くしたギルドは、更なる力の犠牲者になったということだな」
猫の手も借りたいギルドは各村に赤紙を配布し、一時的に人員を募集した。
「調子に乗った作戦で古龍様の怒りを買って半壊させられたギルドで誰が働きたいんだか」
熔けた防護壁は黒轟竜の外殻を強化することに繋がり、無類の強さで荒れ狂う黒轟竜は現在火山地帯の主として君臨している。
針葉樹の森にはライゼクス、
熱帯雨林にはガララアジャラ、
砂漠地帯にはドボルベルク亜種。
それぞれが頂点に君臨する新たな生態系が根付いている。
炎妃龍の死と滅尽龍の襲来を受けてか、古龍渡りと思われる大移動を行なっていた鋼龍クシャルダオラがルートを変更。結果、奇跡的に人口密集地とは接触することがなかった。無論、代替地域の生物たちが被害を肩代わりすることになるが。
古龍渡りの進路変更、生態系の大規模改変、各地に渦巻く台風の目となっているのが健啖の食王こと、恐暴竜イビルジョー。
湧き上がる龍殺しの力で属性エネルギーを遮断し、凡ゆるモンスターの中でもトップクラスの筋力で獲物を噛みちぎる恐るべき存在。
クシャルダオラは利口な龍だ。
分が悪ければ潔く縄張りや進路から手を退くことも珍しくない。
尤も、風を司る自然の化身である鋼龍が撤退や迂回を選ばなければならない存在の出現自体が大変稀なのだが。
そんな強大な存在から離れるクシャルダオラ自身もまた、人々からすれば災厄という他ない竜巻や突風を伴って移動する脅威だ。
脅威に先立って訪れる脅威、それは鋼の先兵の如く地を吹き抜けて空を薙ぐ。
そして今、風は雪を散らした。
その後ろ姿が消えたのち、舞い上がった粉雪が太陽に照らされてキラキラと輝いた。
ここは極寒の地、雪山。
侵入者の体温を瞬く間に奪う、冷たい大地だ。
灼熱の火山を何食わぬ顔で歩いていたイビルジョーだが、寒冷地への適性はというと、実は頗る良い。
というのもこのイビルジョー、熱よりも冷気に対して強い耐性を持つモンスターだ。
したがって、火属性より氷属性により強い耐性を持ち、冷気を用いた攻撃をものともしない。
各地を放浪する大食らいの中でも、轟竜ティガレックスもまた、寒冷地によく足を踏み入れることで知られるモンスターだが、こと轟竜に関しては寒冷地での活動を苦手としている。
では、イビルジョーとティガレックスの違いは一体何なのか。
謎の答えはおそらく血管にあると思われる。
奇網という器官をご存知だろうか。
細く隣接し、細い動脈と静脈が細かく組み合わさった網状組織だ。
奇網では、動脈と静脈がごく近接した状態となっている。つまり、逆方向に血の流れる血管同士が非常に近い位置にあるということだ。
これは対向流交換系と呼ばれ、熱やイオン、気体などを血管壁を通して効率よく交換可能な構造である。
水かきを持つ鳥類の足にこの構造が見られ、水かきに向かう血流と体に戻る血流の間で熱交換を行うことで、熱が逃げるのを防ぎ、体温の維持を実現している。鳥類は恐竜、とりわけイビルジョーと骨格が酷似している竜盤目獣脚類の恐竜の直系の子孫であることは言うまでもない。
他にはマグロなどの高速で遊泳する魚類にもこの構造が見られ、局所的に筋肉の温度を上げることを可能としている。
これにより代謝率が高まり、長時間にわたって大きな力を発生させることが可能になる。
絶大な力で暴れ回り、代謝が激しく常に捕食し続ける必要があるとされるイビルジョーは十中八九この奇網を備えていると見て良いだろう。
なお、この体温調節機能は冷気のみならず熱に対しても有効である。犬や羊といった様々な哺乳類の後頭部にもこの奇網が見られ、喘ぐことで冷えた血流と脳に送られる血流の間で熱交換を行うことで脳を熱から保護する。
疲労状態のイビルジョーを観察すると、頻繁に喘ぐように呼吸する姿を見られるが、これには度重なる運動で上昇した体温を調整する効果があると考えられる。
また、ティガレックスにも共通する事だが、イビルジョーは疲労が溜まりやすいモンスターである。疲労は主に、活性酸素による酸化ストレスが神経細胞を破壊することによって起こるとされている。
より詳しく説明しよう。
この活性酸素は、エネルギーを多く使う運動をすることで、酸素が大量に消費されると共に大量に発生する。
活性酸素が発生すると、それを分解して活性酸素から体を守る抗酸化防御機構が働くようになっているが、活性酸素の生成が抗酸化防御機構の働きを上回ると神経や筋肉が活性酸素によって傷つける。これが疲労の正体であるとされている。
激しい運動をすれば、より疲れが溜まるのはこのためである。
ティガレックスもイビルジョーも、運動が激しいモンスターであり、発生する活性酸素の量は我々人類とは比べ物にならないだろう。
特に少量の運動で疲れが溜まりやすいとされるイビルジョーは、抗酸化防御機構の働きが弱いということが考えられる。
動物の肉には活性酸素の除去効果を持つ抗酸化物質が比較的多く含まれているとされており、このことを考えると、イビルジョーが疲労時に特に強い食欲を示す事と辻褄が合う。
話はやや脱線したが、イビルジョーは奇網という器官の獲得、発達によって尋常ならざる食欲という制約と引き換えに、運動能力の向上と冷気に対する強い適性を獲得したとすればその異質な生態にも納得が行くだろう。
例えレイギエナの氷結物質を直で浴びたとしても命に別状はなく、雪の降る寒空の下でも捕食活動になんら問題はない。
寧ろ、どちらかといえば気温の変化はハンター達にとって恐ろしいものだ。そのため、寒冷地帯のイビルジョーは相対的に強さを増す。
そんなイビルジョーを待ち受けていたのは、零下の白騎士の異名で知られる氷上の上位捕食者、ベリオロスだ。
雪に溶け込む白い甲殻とスパイクのついた翼脚を特徴とする、前翼脚竜上科の飛竜種だ。
まず目につくサーベルタイガーのような牙は、分厚い肉や毛皮を易々と貫く最大の武器である。
例に漏れず高い運動能力を持つことで知られており、氷の上でも翼脚のスパイクによって高速で走り回ることを可能としている。
また前翼脚竜上科のモンスターとしては珍しく、飛行能力にも長けており、まるでワイバーン骨格の飛竜のように空中からブレスを吐いて攻撃することが可能だ。
体温維持の為にも、確実に捕らえておきたいところだが、生憎ベリオロスは一筋縄でやられるようなヤワなモンスターではない。
高い知能で地形を立体的に駆使するこのモンスターは、かつてイビルジョーと相見えたディノバルドやブラキディオス以上に立体的な機動力に長けたモンスターと言える。
雪山という高低差のある環境では、その脅威は二倍にも三倍にも膨れ上がる。
イビルジョーもまた、寒冷地での活動を比較的得意とするモンスターだが、寒冷地特化ともいえるベリオロスは、環境とのシナジーという一面では大きく上回っている。
しかし、それでも退いたのはベリオロスの方だった。恐らく、体格差を考慮しての判断だろう。賢明な判断と言える。
ベリオロスは運動能力、特に移動能力に関しては全てのモンスターの中でもトップクラスだ。
イビルジョーの足では幾ら追いかけても追いつけまい。ある意味ではベリオロスはイビルジョーに対して勝利したのだ。
逃げるが勝ちとはまさにこのこと。
プライドなるものを気にして、死んでしまっては元も子もない。少しでも相手が自分の命を脅かす可能性があるなら、まずは自分の命を守ることを優先するのは、生物として正しい判断だ。
その圧倒的なスピードを前に、流石のイビルジョーも追う気は起きなかったようで、呆気に取られた様子で雪に溶け込んで消えていくベリオロスを眺めた。
遠のいていくベリオロスの方に少し進んでいくと、ノコノコと逃げていくポポの群れを見つけた。足もそれほど速くない上に、可食部の多いポポは腹を空かせたイビルジョーには丁度良い。
早速ヨダレに塗れた口を開けてポポに噛みつこうとすると、予想だにしなかった出来事が起きた。
山肌だと思っていた雪の一部が動き出したかと思うと、中からイビルジョーより一回りも二回りも巨大なマンモスのようなモンスターが姿を表したのだった。
爆音で威嚇するそのモンスターの名はガムート。
不動の山神とも呼ばれる、最大の牙獣種だ。
全長こそイビルジョーを二メートルほど上回っている程度だが、注目すべきはその体高だ。
その高さはおよそ十四メートル、大型の牙獣種であるオドガロンの全長にも匹敵する。
イビルジョー同様、あまりにもデカすぎるその体を維持する為に大量の食料を必要とするが、なんと村を襲撃し、木造建築の家をまるごと食い尽くしてしまったという衝撃の報告まで存在する。
前足を打ち付ける度に地鳴りが発生し、今にも雪なだれが起きてしまいそうだ。
巨大なだけあって筋力も凄まじく、高所から飛びかかるティガレックスを体で受け止めてびくともしないという、不動の山神の異名に相応しいタフネスの持ち主だ。
実際、近辺の村では轟竜の爪牙をものともしない数少ないモンスターのうちのひとつとされている。
スケールの違いすぎる巨獣を前にすれば、イビルジョーの巨体すら少し頼りない。
体積で言うならば以前対峙したグラビモスより遥かに大きく、重量もまたグラビモスをさらに上回るだろう。その荘厳な佇まいは見ただけで卒倒してしまいそうだ。
大きければ大きいほど強力とされる自然界で、ガムート程の巨体を相手に襲いかかる捕食者もそういない。
ガムートは幼体をポポの群れに託す代わりに、ポポの群れを護衛することがある。
よく見れば、群れの中に真っ白の毛をした幼体が見えた。となればこの個体は彼らを護衛中のその母親に当たる個体だろう。
流石に危険を感じたか、イビルジョーはポポの捕食を中断してガムート相手に威嚇した。
ガムートは退く気がない。
戦いが、始まる。
巨体を誇るガムートとイビルジョー。
双方絶大な筋肉量を誇る重量級のモンスター。
向かい合った様は、まるで怪獣と怪獣だ。
とはいえ、体が重いということはメリットばかりではなく、破壊力と耐久力を得る代わりにスピードは出ないということでもある。
そこが唯一、他の生物の付け入る隙だ。
ガムートの攻撃法は言うまでもなく、その重量に任せたパワーファイトだ。
ガムートは巨大な掃除機のようにして、鼻から大量の雪を吸い込み、人を数人吹き飛ばせるような風圧と共に自身の脚に吹きかけて雪を見に纏った。
早速脚に噛み付いたイビルジョーだが、牙が上手く通らず、なんとすぐに足を離した。
それもその筈、ガムートの脚からは特殊な成分が分泌されており、そのために脚にこびりついた雪は雪甲塊と呼ばれ高い硬度を持つ。
イビルジョーの咬合力なら噛み砕けないこともないが、仮に噛み砕いたとして、その後脚を食いちぎろうと時間を食っていれば、その間に頭を踏み潰されてお陀仏だ。
ガムートの巨体は単純明快で強力な武器だ。
一度でも頭を踏みつけられれば即死という圧力を与えることで、相手の攻撃の手を緩めさせることが出来る。どんな獰猛なモンスターにも、一定以上引き腰の戦いを強要するのだ。
続け様に大木のような牙を振るった。気が立ったガムートの姿は、さながら斧を振るう雪山のバイキングといったところか。スケールが違い過ぎて驚異の参考にはならないが。
機動力で勝るイビルジョーはこれを回避し、顎から突き出た牙でガムートの肉を抉った。
イビルジョーの顎を覆う無数の棘、その正体は口外まで発達した牙だ。地中を掘って移動することもあれば、岩を掘り起こして外敵に投げつける際にも使われる。
勿論、獲物を攻撃する武器にもなる。
軽い出血が見られるが、まだ傷が浅い。
続いてイビルジョーはタックルを繰り出したが、山にあたったかのような手応えしかない。
巨大な体に蓄えられた大量の肉が衝撃を分散したため、ほとんどノーダメージといったところか。噛みついて生きたまま食おうにも、体に纏った雪や長い体毛が厄介で中々肉にはありつけない。
強酸性の唾液とイビルジョーの咬合力さえあれば、肉まで噛みちぎることは可能ではあるが、それをしたところでガムートの体積からしてみれば微々たる量の肉しかとれない。
まさに肉の山。
雪山の冷気も全くと通さない大質量の暴力である。
タックルを打ち終わった隙に、巨大な牙で殴り倒された。
今度は牙に噛みついて振り回そうとしたが、どうやらこれでもよろけさせるまでが限界のようだ。
イビルジョーが少し距離をとって出方を窺うと、ガムートは鼻から氷の弾丸のようなものを放ってきた。これはイビルジョーの首筋に突き刺さり、出血させた。
カウンターしようと口を開けて迫るイビルジョーだったが、なんと鼻で殴られて転倒した。
このガムート、四肢や牙、胴体の他に鼻も使って格闘をするモンスターである。
それも、一発でイビルジョーを転倒させるだけの打撃を鼻で繰り出すのだから大したものだ。
巨体を揺らして荒れ狂う山神は前脚を大きくあげ、荒削りにも踏みつけ攻撃を放った。
これもイビルジョーは側面に向かって避けたが、ガムートは前脚を高く上げたままイビルジョーを追尾した。
まともに食らうわけにはいかないイビルジョーは早くも全身の筋肉を黒く膨張させると、タックルで強引にガムートを押し込めた。
力技に次ぐ力技。巨大な筋肉の塊同士のぶつかりあいだ。
ガムートの巨体が地面に倒れると、地面が大きく揺れ、大量の雪を散らしながら雪崩を起こした。
たった一発。たった一発だった。
たった一度の生物の転倒で雪山の雪が決壊し、自然災害というほかない雪なだれが起こるとは、ガムートの重量には底知れないものがある。
もはや要塞か城が動いているようなものだ。
イビルジョーはなすすべなく巻き込まれて流されかけたが、跳躍で雪崩を抜け出し、ガムートの上にのしかかって逆に踏みつけた。
何を考えたか、ガムートは背中にイビルジョーを乗せたまま立ち上がった。設置点がジリジリと地面に埋まっていく。流石の大地もこれは重量オーバーだ。恐暴竜と巨獣、二匹分の体重がたった四つの設置点から押し寄せるものだから、地面が耐えきれず、じりじりと足が地中に埋まっていく。
イビルジョーは脚の爪を突き立ててなんとかしがみつきながら、王冠のようなガムートの頭殻に齧り付いた。
分泌された強酸性の唾液で頭殻の一部が溶け、軟化した途端に一気に顎に力を込めて噛み砕いたが、それでも文字通り氷山の一角のようで、頭殻の一部が砕かれたことなど気にもせず、イビルジョーの首に鼻をからみつかせた。
この鼻は並の大型飛竜であれば楽々投げてしまうだけのパワーがある。
実際、大型飛竜の中でも決して軽い方ではないティガレックスを掴み、軽々と放り投げてしまったという報告もあるぐらいだ。
相手がイビルジョーでもお構いなし。
剛力をもってして、頭上からイビルジョーを引き摺り落とした。
だがそこはイビルジョー、降りかかったチャンスを逃さない。
イビルジョーは自身にからみついた鼻に噛み付くと、全身に力を込めて引っ張る。そしてあろうことか、ガムートの鼻を簡単に引きちぎった。
悪魔的な筋力である。
イビルジョーからしてみれば、攻撃を避けながら固く大きな肉の山を削るのは骨が折れるので先に武器を破壊してやろう程度の気持ちだったのかもしれない。
だがやられる側からしてみればたまったもんじゃない。
白い雪に血が滲み、あまりの痛みに暴れ狂うガムート。牙でイビルジョーを弾き飛ばし、再び立ち上がっても再度牙で殴り倒す。
巨体を誇るだけあって、その蛮力は半端なものではない。イビルジョーは倒れながらもドラゴンブレスを吐いたが、ガムートの分厚い肉に阻まれて一切効果を示さなかった。
雪が散り、ポポすら巻き込んで暴れるその姿はもはや古龍の怒りとなんら遜色ないだろう。
それだけにガムートの暴走は凄まじかった。
しかし、ガムートには弱点があった。
それは重量級の巨体を持つがあまり、動きが遅いと言うことだ。
大ぶりな動きは、そのパワフルな攻撃で多くの獲物を噛み砕いてきたイビルジョーからすれば暴れ回っている最中でも尚隙が多かった。
牙を振り切った直後の硬直。
捕食者はこれを見逃さなかった。
しめたとばかりに喉に食らいつく。
ガムートはその巨大な牙でイビルジョーの胴体を地面に押さえ込み、再び前足で踏みつけようとした。
だが、悲しいかな。怒れる恐暴竜が首元に噛み付いた状態から生きて脱出できる生物などこの世に存在しない。
鼻に続いて、喉までもを引きちぎり、血がドクドクと流れ出る。ガムート程の体躯の生物は、血の量も相当に多い。
ついには不動の山神を狩猟してしまった。
巨獣の肉を喰らう前に、端の方で怯えているポポや幼体が目に入った。どうせ全員食べるなら、今のうちに仕留めておいて損はない。
そう思ってイビルジョーが口を大きく開けると、黄金の拳が隕石のように降ってイビルジョーを殴り飛ばした。
硬い拳だ。ガムートの鼻によるものを上回る打撃力である。お返しとばかりに嚙みついたが、既にそこに敵はおらず、気付かぬ間に足元に潜り込まれていた。
踏みつけようと脚をあげたが、時すでに遅し。
持ち上げていない方の脚を殴りつけられ、敢えなく転倒する。間髪入れず、まるで昇竜拳のようなアッパーがイビルジョーの顎に撃ち込まれ、竜の巨体が縦に回転して倒れた。
足元の雪が金色の光を反射して眩しい。
イビルジョーが尾で弾き飛ばそうとすると、今度はその強大な尾を逆に抱え、地面に向けて投げつけた。
ネルギガンテやナナ・テスカトリを上回るスピードで、かつ以前よりも遥かに増したパワー。
幻獣の角を摂取することで潜在能力を開放。
体内で電気を自由に生成可能。その電気エネルギーを体内で圧縮し、カロリーに変換。するとそのパワーは飛躍的に向上。
結果、眠れる獅子が飛び起きた。
内から漲る電気エネルギーは、内部に空洞のある通電性に優れた体毛に放出され、かつて漆黒と呼ばれたその毛は闇夜を照らす美しい金色に輝いている。
かつての黒き獣すら卑しいと思えるほどに爛々と輝く黄金色。
金獅子、その真価を発揮する。
獣は雄叫びをあげ、激しくドラミングした。
秘めた力はスパークし、腕先は肥大化して血のような赤黒い色に染まっている。
闘気硬化。更に格闘能力増加の上乗せだ。
有り余る力で地面を殴ると、ガムートに踏み固められて圧縮された雪が一撃で粉砕され、ガラス片のように危険な散り際を見せた。
速い。一瞬のうちに距離を詰めてイビルジョーをぶん殴ると、それまでとは比べ物にならないほどの衝撃でイビルジョーが跳ね飛ばされた。
拳は硬化した筋肉よりさらに硬く、筋肉の鎧の上から打ち砕くハイスピードなノーガード戦法に、イビルジョーはしてやられた。
なんとか踏み縛り、再び正面から向き合う。
並外れた強者同士の対面は、いつだって静けさを伴うものだ。それは金獅子と恐暴竜のような激しい二頭のモンスターの激突にも言えることだ。
先に踏み出したのはラージャン、迎え撃つはイビルジョー。
今度はイビルジョーがラージャンの動きを見切ったか、接近と同時に胴体に咬みついて、そのまま力づくでねじ伏せ、パンチを潰した。
かつて山岳地帯でそうしたように、ラージャンを絶え間なく振り回して硬い雪の積もる地面に何度も何度も打ちつけた。
従来までのラージャンならここで勝負は決していただろう。だが今の金獅子は一味違う。
その蛮力は牙獣種随一、かの巨獣ガムートすら、とっくにパワーで超えている。古龍級まで、純粋な戦闘能力一つで昇り詰めた王の矜持。
貴様はどうだと問いかける。
貴様が古龍と肩を並べているのはあくまで危険性だろうと釘を刺す。
なんとまるでネルギガンテのようにイビルジョーの口に手を入れて顎を強引に開いて牙から脱すると、下顎を押さえつけ、闘気硬化した腕で勢いよく殴りつけた。
高エネルギーがスパークし、踏み固められていた雪は粉塵のように散って視界を遮った。
その雪の粉を突き抜けて、霹靂一閃。
ドラゴンブレスが霧払いのように空を貫く。
たったの一発で土埃に紛れていたラージャンの居場所を暴き、さらに二発目のドラゴンブレスが撃ち出された。
獣の攻撃性はドラゴンブレスを無視した。
デンプシーロールの要領で交互に繰り出された両拳がドラゴンブレスを水のように交互に掻き分け、右の一発がイビルジョーにあたると、ドラゴンブレスを中断させつつその場でスタンさせるほどの絶大なダメージを与えた。
勿論、ドラゴンブレスの直撃もラージャンには全くのノーダメージだ。
そして爪で胸を引っ掻いて皮をビリビリと破ることで出血させ、球状に圧縮された雷エネルギーを吐きつけた。元より雷属性はイビルジョーの苦手とするところである。効果は抜群だ。
追い立てるように鋭い爪で引っ掻き回し、その都度鱗や皮が切り裂かれてパラパラと散る。
但し、イビルジョーもやられているばかりとはいかない。そうしていては、貪食の恐王の名折れである。追い詰められたイビルジョーは全身の筋肉に力を込めてその場で食いしばり、今度はラージャンの角に噛み付いた。
再び顎を抑え、今度は頭骨まで粉砕せんと拳を振りかぶったラージャンだが、粉砕されたのはラージャンの方。
古龍の鱗を容易く貫くといわれた角が噛み砕かれ、さらにパンチが届く前に牙が届く。
頭を捉え損ねた拳は頸を打ちつけ、これもイビルジョーを苦悶させるだけの威力を持ったが、肉の鎧に阻まれ、脊椎を砕くだけの攻撃とはいかなかった。
涎の分泌なしでも大牙は一瞬のうちに筋膜を食い破り、筋繊維を破壊して突き刺さった。
すぐに外そうと暴れたが、背中にはうまく手が届かず、咥えられたまま宙吊りにされてしまう。
牙が背骨に食い込み始めた時点で、ラージャンもまた生存本能を極限までに研ぎ澄まし、喉奥から黄金の突風を走らせたとおもうと、持ち上げられた状態で極太の気光ブレスを撃ち出し、自らを咥えるイビルジョーもろとも吹き飛んだ。
これにはイビルジョーも堪らずラージャンを投げ飛ばす。が、その瞬間、ラージャンは背中の筋肉に力身を入れることで牙を自ら体内から縛り付け、背骨まで突き刺さった牙の一つはラージャンが投げ飛ばされると同時に、背中に突き刺さったままイビルジョーの顎から抜け落ちた。
地面に頭を打ち、回転しながら弾丸のように雪の上を滑り飛ぶラージャン。
口から流血しながらその後を追うはイビルジョー。
組んでは剥がれ、組んでは剥がれ、
食王と獣王はまたもや正面から対峙した。
牙、爪、拳、角、生物の器官という器官が殺意をもって外敵に向けられ、その結果が幾たびにもわたる正面対決とは中々不思議なものがある。
星が繋がれて星座を描くように互いの正面に位置した二頭は、傷の痛みをとめどない怒りで塗りつぶしたうえで、向かい合ったまま咆哮した。
イビルジョーは上体を高く擡げ、自らの筋肉をこれまでに増して膨張させた。傷口が開き、不快な滑りのある体液と血が混じり合って純白の雪を汚す。
ラージャンは空中に飛び上がり、両腕を振りかざした。片手のみで軽く大地を許す両腕には、ラージャンの保持する力の全てが加わり、力動的な衝撃に思わず空間が歪む。
衝突。
互いの体を大きく吹き飛ばした超弩級の衝撃。
その破壊力、一寸も違わぬ互角。
勇壮な黄金の衝撃と、極悪な赤黒い稲妻がぶつかり合い、雪山の四分の一を軽く消しとばした。
それでもまだ、同士討ちとはいかない。
恐暴竜の並外れたタフネスと、金獅子のあくなき闘争心は、そんな桁外れた破壊力のぶつかり合いから双方を生存させてみせた。
だが、膨張していたイビルジョーの筋肉は元に戻り、黄金に輝いていたラージャンの体毛もすっかり黒に戻ってしまった。
雪山に来て以来、何も食べることが出来ていないイビルジョーに対し、幻獣の角を頬張って相当量のエネルギーを獲得したラージャンでは、スタミナの残量に差があった。
流石のイビルジョーも、ここまで溜まった疲れにはもはや動けずといったところか。
ではラージャンはイビルジョーにトドメを刺すことができたかといえば、それも違う。
ラージャンは、冷気が大変苦手な生物だ。
体中を体毛が高密度の層を成しており、外気を遮断して気温の影響を無効化している。
しかし、その体毛がイビルジョーとの戦闘で外皮ごと食い破られたため、極寒の気候に体力を蝕まれていたのだ。
加えて、闘気硬化状態での戦いはエネルギー消費が激しい。
いくら余力の面でイビルジョーを優越していようと、これ以上極寒の雪山で強敵を相手に戦闘を継続できるほどのエネルギーはもう既に残っていなかった。
ここからイビルジョーを仕留めるだけの覚悟を込めて攻撃をしようものなら、体温維持のエネルギーが残るか怪しい。
少し休んだイビルジョーが疲労から復帰し、反撃してくるリスクまでもを考えると、ここで追撃を加えることには勝利のメリットより死のリスクの方が大きかった。
ラージャンはイビルジョーを睨みながらゆっくり後退りし、様子を伺う。
一方のイビルジョーはゆっくりと立ち上がり、強酸性の唾液をダラダラと大量に分泌しながら、ラージャンを見つめている。
少しすると、ラージャンから目を離し、側で転がるガムートの死骸を貪り始めた。
先の衝突で死体は既にグズグズになっていたが、それも疲労したイビルジョーには丁度良い。
肉を食う、ということは即ち、イビルジョーの体内に抗酸化物質が取り込まれるということでもある。このまま待っても、イビルジョーの体力がどんどん回復していくだけだ。
それを悟ったのか、イビルジョーがガムートの肉を貪っているうちに、ラージャンは雪の向こうに姿を消した。
二頭はまたいつか、戦うことになるだろう。
一方がもう一方の命を奪うまで、戦いは終わらないのだから。
一部、モンスターと設定の紹介
ベリオロス
高い運動能力を持つ前翼脚竜上科の飛竜。
迅竜ナルガクルガの近縁種にあたる。
主に寒冷地に生息し、高い飛行能力と運動能力を兼ね備えた機動力に長けたモンスターである。
ガムート
大型モンスター最大級の体躯を誇る牙獣種。
轟竜ティガレックスとは因縁深い関係にある。
各地の主に匹敵、或いは上回る強さを持ち、体格を生かしたフィジカルで無類の強さを発揮する。
ディノバルド、タマミツネ、ライゼクスらと肩を並べ、四天王と評されるモンスターの一角でもある。