しかしドスヘラクレスが居ればドスヘラクレスを入れたくなるし、ジャングルガビアルが居ればジャングルガビアルを入れたくなります。そして人間もいるので、入れようと思いまして。
頭を空っぽにして読んで頂ければと思います。
マグマ咲き誇る火山地帯を手負いの虎が駆け巡る。甲殻は砕け、泡のように細かな紫の炎が虎の後を引いていた。
見知らぬ黒獣など放っておけば良かったものの、迂闊に手を出した結果、予想以上の痛手を負ってしまった。
何より、火山で身の程を弁えず暴れ過ぎた。
すんでのところで気づけたからいいものの、リンは底をつきかけていた。早急に骨を焼べねばならない。
無限の力を必要とする時が来た。
地の底から、女王が目醒める。
〜ギルド
「遂に明日、完全決着か...。私は出来れば、戦いたくないのだがね」
命からがら逃げ出した地元のレンジャー隊員から、正式にラージャンの出現報告がされた。
事態を重く見たギルドは総力戦を宣言。
危険な大型モンスターのいなくなった火山、今は巨大な要塞のような戦闘用の設備がそこかしこに潜んでいるあの山で、ギルドとイビルジョーの完全決着を掲げた。
これを機に一層燃え上がるリーダーの裏で、竜人族のギルドナイトはある種の危機感を覚えていた。
同時に提出されたイビルジョーとラージャンの戦闘報告を見る限り、現時点ではイビルジョーの方が優位だ。ネルギガンテの一件で膨らんだ不安は、二つに増した判断材料によって確立された。
イビルジョーは、現時点で我々が保有しているどの兵器をもってしても殺せない化け物だ。
撃退されたバゼルギウス、捕食されたブラキディオス、危うくやられかけたラージャン。
そして傷だらけのマガイマガド。
もはや人類を除いてみても、今動ける生物に奴を確実に止める手段など無いと知る。
暴徒は、移動する特異点のように何もかもを喰らい付くし、止める術などもはや無かった。
そう、既にイビルジョーは他のモンスターを出し抜き、現大陸を牛耳る王として君臨していた。
思えば、その活動が目立つようになってから、各地の主が蹂躙され、遂に付近の古龍級生物との戦闘さえ制して実力で頂点に君臨するまで、とても短い間だった。
その間、人類に何が出来ただろう。
勝った方が敵になるだけの無益な争いを提案するバトルカルト、倒せる確証もないまま特攻を申し出る無謀なスーサイダー。
皆が皆、同じだ。慎重さに欠けている。
中には毒を持った肉を食わせようなどと馬鹿げた提案をする部下もいた。この期に及んで平和ボケも甚だしい。勿論厳重に注意して却下した。
...という悩みを抱えている人間を装っていた。表向きは。
「珍しいな。考えごとか?」
導虫の入った籠を提灯代わりにして、ギルドマスターがナイトの肩に手を乗せた。
「まだ起きていたのですか、マスター」
予想外の登場に少し狼狽えたが、すぐ改まった。
「老人の朝は早いでな。太陽より早く目が覚めおったわ」
朗らかに笑って、月を見つめた。
マスターの目の下には隈が出来ていた。
イビルジョーが暴れ回っている最中にも、ギルドはランポスやジャギィなどの雑多なモンスターの対応に追われている。
下手な国を超える戦力を保持するハンターズギルドは、小国の依頼を受けて戦力を派遣したり、古龍やそれに準ずる被害に避難勧告を出すなどと強くあるが故の責務が大きい。
積もる書類の山、新たに見つかるモンスターの命名などもギルドの仕事に含まれる。
「マスター...私、思い出してしまったんです。
本当に、イビルジョーを倒しても良いのでしょうか?」
予想外の返答に、マスターは目を丸くした。
「あいつを生かす道理がどこにある?君は民がどうなっても良いというのかね?」
「マスター、あれは捧げ物です」
中々、おかしなことを言うものだ。
これだけでは話の意味がさっぱり分からない。
そういえば、彼には古龍観測隊のキャリアがあった。少し長くなるが、彼の生い立ちの話をしよう。
代々古龍占い師の家系に生まれた彼は、幼い頃から古龍にまつわる話を聞いて育ち、古龍を一眼みたいとの願いから古龍観測隊に入隊した。
新進気鋭、若くして優秀だった彼は他の観測隊員の信頼も厚く、その手腕で数々の古龍にまつわる秘密を解き明かした一流だった。
古龍渡りの研究に着手した彼は、調査の中でネルギガンテと巡り会う。その異常な再生力を知った彼は驚嘆し、そしてある結論に辿り着いた。
それは、『ネルギガンテ古龍食説』だった。
後に公表されることになるこの衝撃的な学説に、日の目を浴びる日はこなかった。
偶然か、或いは何者かの思惑が働いたか、正式な発表に向けて用意していた証拠は不慮の事故により全て消失してしまったのだ。何年もかけてかき集めた大切な物品達だった。
それでもポジティブで、それでいて不屈の精神を持っていた彼は「失くしてしまったものは仕方ない」と引き続き古龍渡りの研究に着手。
すると事態は悪化した。
古龍渡りの研究を進めた結果、彼は古龍に眠る莫大なエネルギーが有形化する現象を観測。
実際に形あるものとして見た訳ではないが、道半ばで力尽きた古龍を観察していた際、そうでない場合と比べて、明らかに周囲の生命のエネルギー量が大きくなることを発見したのだ。
この現象では古龍の聖遺物から離れれば離れるほど影響が小さくなるという法則から、彼はなんらかの物理的作用が発生しているものと断定した。
そしてある日、彼の脳をよぎったのは、幼き日から口ずさんでいた黒龍伝説の冒頭の一説。
キョダイリュウノゼツメイニヨリ、デンセツハヨミガエル
巨大龍の絶命により、伝説は蘇る
古龍を捕食する古龍の存在、生命に力を与える聖遺物、龍の死によって蘇る絶大な力の『黒龍』なる不明な存在。現実とは無縁の御伽噺だと思っていた黒龍伝説の謎。その空いた隙間に次々とパズルのピースが嵌まっていく。
息を呑むほどのハイスピードで、断片的な情報同士が、ニューロンとニューロンが繋がる。
全身の毛が外側に引き込まれたように逆立ち、強風に煽られたように声帯が震え出した。
知覚不能。
得体の知れない焦燥感にだんだんと息が浅くなり、急に髪が抜け落ちていった。
もし彼に無限の勇気さえあれば、正気を保っていられたかも知れない。だが彼の精神は余りにも狂った真実に耐え切れず、体の司令塔の役割が黒色をした何かに乗っ取られ、脳細胞が神経系統の末端まで追いやられたかのように思えた。
嗤い声が眼球の奥に響いた。
血と脳漿、それと少量の正気が涙腺から溢れだす。
目。光の刺激を感受する感覚器。
黒。光が人間の可視領域における全帯域に感得されないこと、或いはそれに近い状態。
初めから私は黒色を観測していない?
何も視えていなかった?
「君には はどう見える?」
私が君の眼球を摘み取って、私の眼孔に押し込んでも、君と同じ色は見られない。
黒龍なんて本当は居なくて、本当は。
「本当のことなんて、本当は無いんだよ」
梵、又は真我。
世界は己の中に在る。それゆえ、
今視えている世界が本当じゃないなら、何が本当だというのか。
何かが、私の脳を食んで、呑み込んだ。
彼は膝をついた。彼はこれまでに、古龍について多くの謎を解き明かした。多くの人の賞賛を得た。満たされる自己承認欲求を家畜のように平らげて、その実自分は何も知らないと気づいた途端に自我が簡単に崩れ去ったのだ。
積み上げた筈の知識は本当は無意味で、只何かに心を齧り取られたような喪失感だけが残った。
当時の同僚は、その時の彼を次のように語った。
「部屋の物を片っ端から外に出して、質素なベッドと机だけの部屋で両手両足をがむしゃらに振り回すことで何かから逃れようとしていた」
噂を聞きつけたといって、詳細不明の男が彼の元を訪れた。
その男が鮮やかに輝く龍の翼膜を翳すと、彼は呪縛から解き放たれた。
角度によって赤くも黒くも、青くも白くも見えたその翼は、『前の世界』の技術者の手によって、とある海溝から回収された一種の不朽体の類らしい。
神とも、神を超える龍ともされるその存在は黒龍とはどこまでも酷似し、完全に非なる者とされているようだ。
それは世界の法則を掻き乱し、天候すら意のままに変える代物であったと同時に、全ての光の無い黒の気付きとは対照的に、全ての光を放つ全ての色をしていた。それは異形な...逆向きの龍。
呪縛から解き放たれた後も、彼は黒色の者への恐怖と信仰心を忘れず、約束通り古龍観測隊から手を引いた。
「わかった。もう分かった。もう貴方たち古龍の謎を解き明かしたりしない。だから赦してくれ」
龍を人一倍怖れる彼は、古龍に抗う人間の身勝手さを毛嫌いし、復活を遂げた黒色の者こそが世界のあるがままの姿を教えてくれると固く信じた。
完全体となった黒色の者の体の一部となることで、彼の悲願は達成される。
それは虚飾に満ちた現実からの解脱。
つまりこの世の外側に出ることを意味する。
黒龍の秘密をギルドが知っているとわかった彼は、ギルドナイトとなるまでこぎつけ、再び交信する為の術を探していた。
話を今に引き戻そう。
彼の言った捧げ物、これが意味するところは一体何なのか。彼は続けて次のように話した。
「奴、とりわけ奴の体に一枚だけ生えている悍ましい鱗が涅槃への鍵です。
イビルジョーの邪魔をする必要はありません。
幾ら自然が破壊されても、それは神様が決めた運命だからです。
古龍が、古龍がイビルジョーを倒せばそれは実行されるでしょう。私達には待つことができます」
引き攣った笑いと瞳孔の開いた目でギルドマスターに力説した。顎が震え、歯がガタガタと音を立てている。
「今ある自然の全てはイビルジョーに集約され、そしてその全てが持ち主である古龍達に還元されます。人の手が介入する必要はありません。
全て龍達が教えてくれるのです。シュレイドの失敗は...」
ギルドマスターの拳が彼の頬を打ち、彼は何故殴られたか分からない様子で尻餅をついた。
「坊や、今と未来の話をしようぜ。全ての人が安心して、笑顔で暮らせる未来の話をな」
不意に、机に積み上げられていた書類が風に吹かれて床に舞い落ちた。
協力要請の宛名は、迎撃都市『ドンドルマ』
かつて彼が働いた古龍観測所のある街。
「いえ、マスター。その必要はありません。
命令はこなしますよ。尻尾は回収させていただきますが、必ず奴を討ち取ります。
明日、全てを終わらせますから...」
同時に、イビルジョー対策チームのリーダーが独り言を漏らしたのはまた別室での話だった。
「マスター、戦力の逐次投入は悪手です。
せめて協力要請が済んでからでも...」
〜火山
熱帯雨林でバゼルギウスを追い払い、イビルジョーは火山に戻った。
というのも、ラージャンへの爆撃で爆鱗を失ったバゼルギウスはイビルジョーに有効な攻撃手段を持たず、それまでの威勢が嘘だったかのように戦闘を嫌い、すんなりと退いたのだった。
ギルドは、恐暴竜イビルジョーの討伐に際し、
前回の3倍となる半径3キロ圏にも及ぶ包囲網を展開。
壁の素材にはなんとカブレライト鋼を惜しみなく投入し、万全の体制を期した。
「いいか野郎共!
これより、イビルジョー討伐戦に入る。
この戦いが終わる頃、全員の命を保証することは出来ない。だが退かないで欲しい。
これは我々が、我々だけの力でイビルジョーを討伐する最後のチャンスだ。準備はいいな?
それぞれ、自分の役割を知っているだろう。
生きて帰れ、俺からは以上だ。」
リーダーのコンディションは最高だ。心なしか、雷剣ラギアクルスの調子も抜群に良い。
「無知蒙昧な愚か者めが。
...黒龍伝説を忘れたか。」
「あぁしっかりと覚えているさ。
蘇りし伝説は、無限の勇気を持つ英雄により討ち滅ぼされるってな。
根暗チキンのお前と違って、俺は無限の勇気を持つ英雄なんだ。頼むから士気を下げるようなことをもういうな。この自然カルトが。以上だ」
一を言われて十ほどのボリュームで言い返したリーダーは整備士の方に、兵器の具合を吟味しに行った。
「こちら大砲、異常ナシです!弾の代わりに石なんかを入れるだけでも6ランポスと7コンガぐらい殺せますよ!」
整備士は満面の笑みでいう。
今回はイビルジョーが寝ているわけでもなく、特に凝った作戦もない。
出来る限りの武力を注ぎ込んだ正面衝突となる。
「山道にラングロトラが居たので、射殺後死体を解体しました。甲殻は鎧にして同行している学者連中に装備させています」
火山道で虫を食っていたラングロトラは、殺されて皮や甲殻を剥がれた無残な姿で運ばれてきた。
人間を見るなり転がって逃げようとした臆病な個体だった。
前回のディアブロス及びバゼルギウスの襲撃を受け、今回の作戦では全火力をイビルジョーに集中させるためにアクシデントとなり得る要素は極力排除した上で行われる。
その為、運悪く残ってしまった火山の小中型モンスターは凶暴性に関わらず、イビルジョーの糧となる可能性があるというだけで即刻殺処分される予定だったが、なぜか他に小型モンスターの姿は見られなかった。
更にここで予想外の出来事が一つ。
青く光る粉がふわふわと大気中を漂っていた。
「これは...鱗粉?」
確かにその粉は、イッタンモンシロやオオクワアゲハの持つ鱗粉と酷似していたが、辺りには昆虫など見られない上に量があまりに多い。
青紫色の粉が火山全土を幻想的な空間に変えた。
ふわりふわりと粉が優雅に舞い落ちる中、それを気に留める様子もなくイビルジョーが出没した。
「ターゲット確認!全員、戦闘配置に移れ!
...3、2、1...撃て!!」
大砲の導火線に火がつけられた途端、悪夢が起きた。
火は一瞬のうちに青い粉に引火し、次から次へと連鎖反応を起こして燃え広がる。
その爆発の規模は、バゼルギウスが熱帯雨林で起こしたものより遥かに大きい。
山よりも高い炎の壁が、火山を横断した。
一撃で半壊して当然、それどころか、過半数が死を避けられないレベルの大火傷を負った。
しかしそんなことすら踏み越えてやらんと、人類は足掻き続ける。
「邪魔されてたまるか!!」
リーダーが生命の大粉塵を使用すると、半径おおよそ500メートル圏内にいる者の致命傷がみるみる完治し、元通りとなった。
傷が治ったものから順に生命の粉塵を撒き、驚くべきことに、この苦境から1分足らずで立ち直ってみせた。
「リーダー!あれを見てください!」
敵を目前にして、壊れた兵器も尻目に、全員の視線は火山の頂上へと集中した。
地の底から響き渡る怒号の主が、火口から舞い上がる。
獅子とも龍ともつかないその風貌は、神と見誤るほどに神話的で神々しい。
鮮やかな青い長髪を靡かせ、角のティアラが妖艶に煌めく。
内に怒りを秘めているとは思えない優雅な羽ばたきは、女王を彷彿とさせる気品と、殺人級の熱波を伴ってその身を空中に滞在させた。
「青色の...太陽...?」
異常という他なかった。
全身から伝わる熱が陽炎となって空気を歪ませ、開かれた翼からはあの粉塵が再び、先よりも増して送られている。
「いや、違う。あれはテスカト!テスカトの雌だ!!名を確か...」
巨大な火山の頂上から、短期間で火山中に粉塵を送り出し、イルミネーションをつけられたように火山全体が青く色づく。
こんなことが出来るのは、古龍しかいない。
「空気中の粉塵濃度が急上昇!
第二波、来ます!」
避難の隙すら与えはしなかった。
防壁は形を成したまま熱を伝え、反対側にいる人間は蒸し殺しになって死滅。
ショウグンギザミのいた麓の池は干上がり、木は水分を失って炭化した。
その熱はクーラーミストの暑さ緩和作用を貫通し、作戦開始前からクーラードリンクを飲んでいた者だけが助かったが、死者には生命の粉塵も効果がない。
応急措置すら焼け石に水、たったの一瞬で火山は阿鼻叫喚の空間へと早変わりしてしまった。
火山への敬意を怠る者は、女王の前に姿をあらわす資格無し。
「青い太陽の熱波により、全部隊が活動不能レベルの人数にまで低下しました!作戦の続行は不可能です!」
リーダーは青い太陽を恨み、睨んだが、その視線は熱で歪み、届かなかった。
女王が優雅に降り立ち、尾を立てて人間たちに威嚇すると、例の竜人族のギルドナイトが、両手を広げてその姿を仰いだ。
「あぁ、青き太陽。女王、ナナ・テスカトリよ。やはり私は正しかったのですね」
黄色く光る目玉が彼をギロリと睨む。
女王の謁見だ。
上下に二本ずつ、巨大な犬歯のついた口が僅かに開き、青白い光を零している。
「お初にお目にかかります。炎の女王。
私はこれまで、貴方方の復権のために全てを捧げてきた者です。
...あぁ、なんと美しいお姿なのだろう。」
艶めき、靡く青い立髪と、幻想的な夜を飛びかう粉塵。王の系譜に相応しい堂々たる振る舞い。
これぞ、伝説に名高い炎の王。
炎妃龍、ナナ・テスカトリだ。
威厳に満ちた風貌に、リーダーは気圧され、全体に攻撃中止命令を出して後退りした。
対照的に、ナイトが横切って前に出る。
そしてナナ・テスカトリの真正面に立つと、膝をついてお辞儀をした。
周りの討伐隊も、流石のリーダーも、その狂気的な愛を前に呆気に取られ、制止することすら出来なかった。
壁画で記された神話を目の当たりにしているようだ。
人が武器を捨て、神の如き龍の前に跪いている。
「お待ちしておりました...さぁ我々と共に」
ナイトがそれを言い掛けた時だった。
人々は目の前に、群青のつむじ風を目撃した。
はじめは何が起きているのか分からなかった。
古龍の前で跪き、忠誠を誓う男なんて誰もみたことがなかったからだ。
だが、その結果は意外にも、いや予想通りといったところか、当然の成り行きを示した。
人々が見たのは、全身に青い炎を纏わせ、驚愕の表情を浮かべたまま焼け死ぬナイトの姿だった。
「バカが!死にやがった!報告が必要だ...俺の部隊は一度退却する!その間、指揮官は副リーダーに委任する!退くぞ!」
事の一部始終を見届けたリーダーは翼竜を呼び、ギルド本部へ帰っていった。
狂い咲く爆炎が呑み込んで、周りで見ていた者も灰となって殺された。
リーダーは再びモンスターの手によって部下を失い、しかし一人雷剣で立ち向かう勇気すらも燃やし尽くされていた。
一通り希望を焼き払った女王の次の標的は決まっている。先の爆発を受けても平然としている竜がいるからだ。その竜こそ、女王の眠る火山を荒らした不届き者だった。
退路を断つために防護壁を熔かしたが、それはイビルジョーだけの逃げ場を奪ったことにはならず、翼竜たちを畏怖させて寄り付けなくした上にチームの逃げ場も奪った。
因みに、この程度の防護壁ではイビルジョーを封じ込めることはできない。
巨大な牙が背後から立髪に迫り、それに気付いたナナテスカトリはステップして回避すると、イビルジョーの胴体を二本の前脚で抑えつけ、至近距離から赤々と燃え盛る炎を吹きかけた。
イビルジョーは吹き荒れる炎を突っ切る形でタックルしたが、女王は後脚を地面から離してのしかかる形で胴体に密着し、タックルはティッシュペーパーを殴る拳のように威力を失った。
距離を離さず、近距離からの怒涛の突進でイビルジョーを押し倒し、前脚で頭を殴りつける。
が、しかしこれはあまり効果がなく、すぐさま前脚に噛みつかれて軽く投げ飛ばされた。
漸く女王は、それが敵だと確信した。
追撃の噛みつきを飛び上がって回避し、滑空と同時に突進して再度転倒させると、地面を炎で覆ってイビルジョーを生きたまま鉄板焼きの要領で焼き付けた。一瞬で鱗が蒸発し、筋組織までもが融解を始めている。
当然これに激怒したイビルジョーは全身の筋肉を膨張、硬質化させ、内に眠る龍属性エネルギーを滾らせる。それは高熱に融けかけた肉が張り裂けんばかりの激痛と共に盛り上がり、悲痛な叫びが大地を揺るがす。
捕食者から溢れる赤い光は、女王の放つ青い光を通して、闇のような紫色に見える。
体内に龍属性エネルギーが迸る強靭な肉体は、それだけで鉄板焼きのダメージを無視した。
漆黒の怪獣に変化した恐るべきパワーファイターを相手に、女王もまた、白に近い高音の輝きを放ちながら、炎纏い状態に突入。
大きな翼で一度はためくだけで熱波が吹き抜け、イビルジョーの体表が赤熱化して崩れ落ちた。
気勢を削がれたイビルジョーが怯み、涎が垂れて土を溶かした。
そんな途轍もない熱量をみにまとう女王は、またもやその熱で空間を歪ませながら力を溜めている。そしてその直後。
早くも勝負を決めに来たか、ナナ・テスカトリが至近距離でブレスを吐くと、奇しくも狙いは同じだったようで、イビルジョーもまたドラゴンブレスで対抗した。
炎と龍、相容れない二つの属性エネルギーが相殺を起こし、イビルジョーとナナテスカトリの両方を吹き飛ばす大爆発を起こした。
二匹の巨体が倒れ、人が何人も掻き消された。
ほぼ同時のタイミングで立ち直り、両者向かい合って正面衝突。ぶつかって吹っ飛ばされたのはナナ・テスカトリだが、身に纏う熱によって、近づいただけでイビルジョーの表皮が焼け爛れた。
空気中を漂う龍属性エネルギーを感知したのか、どうもナナ・テスカトリは勝負を早く決めたがっている。それがイビルジョーの攻撃性と重なり、戦いは苛烈を極めている。
食らいつくイビルジョーの横面を殴り、その尾は一度振るえば魔法の棒のように青い炎を延焼させる。一方のイビルジョーも負けてはいない。力任せの頭突きで後退させ、執拗に狙う噛みつきは一度決まれば体を破壊するまで止まらない。
牙が勝つか、炎が勝つか。
引っ掻き、噛みつき、尾の殴打。
矢継ぎ早に繰り出される打撃の打ち合いでは、重量と筋力で上回るイビルジョーが圧倒し、一方でナナ・テスカトリはフィジカルにおける不利を、熱攻撃によりなんとか誤魔化して隙を突く。
その様は重量級の格闘家と魔法使いの戦いのようだ。
硬質化した筋肉と内に秘める龍エネルギーは、物理と属性両方を遮断する肉の要塞となって女王の前に立ち塞がり、その要塞すら焼き落とさんとばかりに周囲の熱エネルギーが増幅していく。
方向性は違えど、困難があるなら力技で乗り越えてしまえというのが龍と竜の数少ない共通点であった。
雄個体であるテオ・テスカトルが炎と爆発の両方を操る古龍であるのに対し、ナナ・テスカトリは高温を突き詰めるタイプのモンスターだ。
吹き荒れる熱風は、火という手段に頼らずともその熱のみで相手を死に至らしめるという覚悟の旋風ともいえる。
実際、ナナ・テスカトリが太陽の如く空を舞えば、目撃者は皆焼け死んで命を落とした。
だがイビルジョーはどうだろう。
喉から溢れ出る黒い稲妻は、それ自体が得体の知れぬ黒魔法のようなものだったが、魔法があるならば解けばいいと言葉なく語る。
その沈黙に、燃え盛る真っ赤な火すらも巻き込まれるかのように、龍属性エネルギーの通った後は昂っていた温度が下がっている。
本来、属性主体のモンスターにとって龍属性は天敵だ。それは疑うまでもなく属性エネルギーを消してしまうからである。
体内の器官により、龍属性エネルギーを自前で製造可能なイビルジョーは、属性に頼る古龍にとってある種の天敵とも言える存在であった。
ネルギガンテのようにイビルジョーに立ち向かえる肉体があるならまだしも、ナナ・テスカトリの膂力はその領域まで至っておらず、怒れるイビルジョーに数段劣るものであった。
それでも尚戦いを成立させる手腕は見事というほかなく、古龍という生物がどれだけ桁外れの戦闘力を誇る超越者なのかを雄弁に語る。
だが、幾ら高熱の火を纏いタックルを試みても、転倒することならあるが、心身を消耗させることまでは叶わない。
腹を空かせた恐暴竜の牙からは、古龍でさえも逃れることは出来ない。
青い炎が幾度となく皮膚に絡みつき、肉を焦がした。爪が鱗を切り裂いた。だが一度檻から放たれた獣竜が止まることはなかった。
何をしたら死ぬのか、もう分からない。
ナナ・テスカトリに残った武器は少ない。
押されている。古龍が、パワーで。このままではいつか噛みつかれ、肉を食いちぎられてしまう。
残された時間の中で、有効な選択肢を選び、勝利を掴まなければならない。
ナナ・テスカトリは犬歯を剥き出しにして、鬼の形相を浮かべた。
獅子奮迅、起死回生の一手は、原始的な手段にあった。
その風貌がどれだけ気品に満ちていようと、その立髪が如何に美しい青色をしていようと、大牙はそれすら厭わずに圧倒的咬合力を以ってして獲物を噛み砕く。
砕け散るまで、齧り砕け。
血に飢えた獣に身分を気にかけるだけの知性は無い。そんなものは要らない。
イビルジョーの牙が女王の頭殻に突き刺さり、勝負あったかと思うと女王は離陸した。
しかしイビルジョー、千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。
「空間中の龍属性エネルギー量が急上昇中...
ウソ!?炎妃龍に噛みついたまま!?
一体何が起こってしまうの!?」
魔法は、信じる者にしか見えないものだ。
空が黒く染まり、空気中を赫い稲妻が走る。
雷とも炎ともつかない、ただひたすらに暴力的で残虐な神殺しのエネルギー。
拡散龍ブレス。
激しいインファイトの最中、至近距離から撃ち込まれた濃霧のようなエネルギーの奔流は、氾濫する川のように女王を呑み込む消滅の波動。
その傍らで、空間が揺れ始めた。
自然を滅し、龍へ仇なす愚者を裁くは、森羅万象への溢れる怒り。
人は兼ねてより、赤々と燃え盛る焔を畏れて生きてきた。だが、この日、思い知ることになる。
真に畏れるべき火は寧ろ、その逆だ。
魔法を信じないなら、信じ込ませる。
「空間が、空間そのものが青く変色していく!?
あの炎の色...温度はまさか...」
恐暴竜すら覆い隠す龍属性エネルギーを相殺するために、炎妃龍もまた、全力の熱エネルギーを解き放った。
バゼルギウスの爆発は、余波だけで木が自然発火した。木の自然発火に必要な温度は約400度。
リオレウスが全力で火球を放てば、それはナパーム弾の温度を上回り、砂がガラス化する。必要な温度は約1700度。
テッポウエビと呼ばれる生物は、鋏を使って4400度にも及ぶ高熱を発生させることが出来る。
炎妃龍 ナナ・テスカトリ
『ヘルフレア』
その炎は蒼く煌めく。
青、その色を司る光の波長は450〜495nm。
冷ややかに揺らめく青紫色の炎。
その到達温度は、一瞬の内、それもごく限られた空間の中ではあるが、太陽の表面温度...即ち
6000度近くまで到達した。
炎妃龍が地表に衝突すると同時に、風圧が熱を吹き掛ける。
3キロ圏の包囲網、全滅の瞬間であった。
万物を蒸発させるその熱振動は、よく知られる形のそれとはまた別の超振動波といって差し支えないだろう。
触れる者全てを熔かしかねない必殺の一撃。力を使い果たした女王は、身に纏っていた炎のドレスを脱ぎ去った。時計は深夜十二時を指し、魔法が解ける。
龍属性エネルギー中の到達温度。
僅か、70度。
痛ましく焼け焦げた黒鱗、焼け爛れてところどころが融解した皮膚。
どれも飢えの苦しみには一歩及ばなかった。
絶対的な咬合力を行使して炎妃龍の頭角を噛み砕き、勝鬨をあげた。
ティアラが砕けた。女王陥落の瞬間である。
誇り高き女王はそれでも戦意を失わず、イビルジョーに噛み付いたが、硬質化した筋肉の前では歯が立たない。攻撃した筈が、逆にタックルで弾き飛ばされ、喉元に齧りつかれてしまった。
焼け死んだ報告者に代わって伝えよう。
大気中の龍属性エネルギー量、増加。
古龍ナナ・テスカトリ、反応なし。
動かない。強酸性の唾液が立髪と甲殻を軟化させた。その喉を貫くは、捕食者の大牙。
それと...
超高密度・ドラゴンブレス。
龍属性エネルギーは喉を突き破り、ナナ・テスカトリの口から溢れ出している。
古龍は古龍以外に殺すことは出来ないという噂が立っているが、流石の古龍とはいえ、食い破られた喉から大量の龍属性エネルギーを注ぎ込まれれば死は避けられないだろう。
古龍の天敵が確立された瞬間とも言えよう。
とはいえ、流石に危ない戦いだった。
もし、イビルジョーが怒り状態に移行していない段階でヘルフレアが放たれていたら、一瞬のうちに全身が蒸発していた可能性だってあるだろう。
既に疲労、限界を迎え、これ以上の継戦は不可能であることから、ナナ・テスカトリが龍属性を前にしても冷静に持久戦を望んできた場合どうなっていたかはわからない。
ともあれ、勝利は勝利だ。
共に万全の状態で戦い、一方が一方の喉を食いちぎった。それだけの話である。
滅尽龍が獲物を横取りするために向かってきている。流石に連戦は体が持たない。どうやらゆっくり食事をするだけの暇はないようだ。
既にボロボロになった喉の肉を食いちぎり、夜空に向かって咆哮をあげた。
かくして捕食者は移動を始める。
喰らうべき者は、滅尽龍だけではない。
夜空の向こうで好敵手が待っている。
幻獣の角を、頬張りながら。
一部、設定とモンスターの情報
ナナ・テスカトリ
火山に生息する古龍。学名『テスカト』
本種はその雌にあたり、雄はテオ・テスカトルと呼ばれる。
雄と比べて目撃報告も被害報告も少なく、より珍しいとされている。
マガイマガドが感知した予感の正体である。
火属性の扱いに特化した力を持ち、雄のテオ・テスカトルと比べてもこと火属性の扱いにおいては長けているが、その分爆発を利用した戦闘は雄と比べて比較的不得手のようである。
人は彼女のことを女王と呼んで畏れたが、それは言い得て妙とは言えないかもしれない。
何故ならナナ・テスカトリは人間の統治に興味がなく、不快であれば焼き殺す以外の関わり方を知らないからである。
黒い龍
幾つもの世界を滅ぼした存在
逆さの龍
黒い龍とは完全に異なる存在