けど、この先なんの構想もないです(アセアセ)
モンスターを喰らうモンスター
『イビルジョー』。
絶対的存在であった食物連鎖の頂点達を次々と破り、暴虐の限りを尽くして人類を絶望の底へ叩き込んでいたその竜を眼前に、現地の人々は
大空を舞う白銀の破壊神に全てを託した。
獅子は翼を生やし、爆弾を提げ、強者を求めて世界を旅する。
実力者同時がぶつかりあう音を頼りに、
未開の地を焦土に塗り替えながら、
破壊の雨で星を覆う。
首元に実る無数の爆鱗を振り落とし、城塞の内部に音の発生源を探知した。
羽ばたかず、音もなく飛ぶ。
「頭を、頭を下げろ!」
まるで古龍でも降臨したかのような物言いだ。
そのフォルムは明らかに飛竜である。
隊員達が呆気にとられていると、やがて銀翼の獅子は雄々しくも不気味な全貌をあらわした。
「何をしている!早く頭を下げろ!
敬意を示さなければ殺されるぞ!」
新大陸に居着いていた経験のあるハンター達が1人ずつ、力づくでしゃがみ込ませている。
確実に何かある。見よう見まねでリーダーも周りの兵士に低い姿勢を取らせた。
予想は大当たり。
奴の軌道上に無数の鱗が降り注ぎ、その全てが大きな爆発を起こす。城壁も大地もなすすべも無く弾け飛び、異様な数のクレーターが形成されていく。
幸いにも頭を下げる...つまり伏せの姿勢を取っていた者達はやり過ごすことができた。
銀翼の獅子は、
イビルジョーを視界に入れるなり内側から
張り裂けんばかりの赤い光を放ち、男の悲鳴のような不気味な咆哮をあげた。
「始まってしまったか...」
偵察部隊の老兵がもの寂しそうな顔で双眼鏡を覗き込む。
あれほど強力な生物がイビルジョーと闘ってくれるなら良いだろうと、若い兵士は疑問を呈した。
「違う。アイツを呼び寄せてしまったら、もうそこで負けなんだよ。
確かに奴は強い。
でもな、奴が戦いを始めれば、辺り一面が
火の海と化し、やがて灰になってしまう。
仮に生き残ったとして、
儂らの取り分は死のみだ。」
老兵は呆れたように声をあげて笑い、
腰にかけていた酒を喉に流し込んだ。
古びたボトルだった。
リーダーは不安そうに二頭の争いをを見つめる。
爆炎と砂埃の嵐の先に、
壁の内側の様子がぼんやり見える。
翼に噛み付いたイビルジョーを蹴って引き剥がし、爆弾を振り撒いて転倒させる竜の姿。
反撃しようと再度食ってかかるイビルジョーが爆発にのみこまれ、よろめき、その隙に突進をくらって転倒している様子。
赤々と燃える火の猛々しいこと、暴力への答え合わせのように。
リーダーの目には、未だ闘志が宿っていた。
兵士の一人が悟ったような口調で言った。
「皮肉なものだな。強さ故に強欲の限りを尽くした者は、更なる力の犠牲者になる」
夜の闇の中で、次々と巻き起こる巨大な火柱だけが美麗に映える。
それ以外は凄惨な光景だ。
自然の営み、命のやり取りは時に美しくも、
時に醜い。
そこには人の過ちすら含むような気がして。
それがやがて、この辺り一帯の生命を根絶やしにしてしまう粛清の炎などとは微塵も感じられない、優雅な光だった。
立ち登る煙は、登るほどに膨れ上がっていた。
「...それは、人間の話でしょうか?」
名も知らぬ兵士の素朴な問いに、リーダーは口を開き、何か話した。
破裂と炎上の音が砂漠一杯に響き渡り、
健啖の食王が鳴らす怒号の音を赤く塗りつぶす。
飛びついて空中から引き摺り落とし、首元に喰らい付いたイビルジョーに対して、
遂にバゼルギウスは切り札を切った。
「これであの忌々しい化け物とはサヨナラだ!」
無理に気を紛らわそうとする者の震えた声が、
爆発音に呑み込まれて消えていく。
あの降り注ぐ火のドームに晒されて生存可能な
生物など居るわけがないこと、ただそれだけ、本当にただそれだけが唯一の幸運だ。
それ以外は考えたくもない。
ごく当然である。生けとし生きるなら。
煙が晴れ、イビルジョーの亡骸が明るみに出た暁には、次に死神の鎌に掛けられるのが誰なのか分かりきっている。
それはどう考えても、最も距離が近く、それでいて隠れる城さえも壊された自分達に他ならない。
使い捨ての駒のように怪物の元に駆り出された兵士達は、自らが英雄ではない事を、思い上がっていた自分たちの傲慢さをよく理解していた。
生きる事、守る事を諦め、ただただ破壊を享受する兵士達の中で、何か禍々しいものがカタルシスの邪魔をする。
破壊よりも凶悪な何かが。
「笑えねえよ。...なんだよあれ。
....俺たちはあんな化け物を倒そうとしてたのか」
1人が震える声で狂ったように口角を上げ、
光の奥で繋がった二つの影を指差す。
老兵が双眼鏡のピントを合わせ、
絶句した。
偵察部隊に所属する兵士達が次々と双眼鏡を持ち、1人、また1人と言葉を失う。
「こ、これを...」
息を呑みながら、といった感じだろうか。
振り絞るように、無理をして出すような声とともに、1人がリーダーに双眼鏡を手渡す。
自分の顔に合ったサイズに合わせ、
皆が指差す咆哮をおそるおそる覗くと、
そこには凄まじい光景が広がっていた。
ーー捕食者は、健在だ。
双眼鏡はなにかの誤報のような映像を捉え、
あるがままに届けた。
空を舞いながら爆発を起こす飛竜に対して
咆哮で怯ませて動きを止め、
跳躍して首元に噛み付いたまま地に落として引き摺り回す。
暴虐の王の強さが映し出された。
銀翼は首回りに生やした爆鱗の全てを使い果たして自爆し、辛うじてイビルジョーを引き剥がしたが、既に体の所々で鱗が剥がれて出血も酷い。
遂には、これ以上の戦闘を嫌がるかのように、はるか遠方に飛び去っていった。
尾を低くもたげ、酷い火傷や引っ掻き傷などに塗れた貪欲の王は、
まだ鎮火していない爆鱗の熱気に揺られてその輪郭をぼかしながら、
真っ直ぐリーダー達の方向を睨んで立ち尽くしていた。
「....警告しているのか?」
沈黙の中で、1人がそう呟いた。
恐怖のあまり、適当な事をぼやいただけなのかもしれない。
しかし、それを裏付けるかのように、
辺りの殺風景な灰の海がイビルジョーの姿を
くっきりと映し出し、周囲の視線を注がせたことで、波のようにどよめきが広がった。
怒りに隆起していた筋肉は、疲労からか既に力が緩み、体表はいつも通りの深緑色に戻った。
不気味な程に独特の愛嬌を感じさせたあの目玉は、鋭く、なにかを訴えかけるかのように人間達に向けられていた。
焼け爛れた皮膚と無数の傷は、
言葉無くしてモンスターの怒りを代弁する。
思わず爆鱗竜に頼ってしまった罪悪感と、
また、それさえも解決にはなり得ないことを知らされた喪失感は不安を煽り立て、
目の前に恐暴竜が居る意味を再認識させた。
「怯むな...撃て!!」
リーダーの声に乗じるように、
四方八方のバリスタから拘束弾が放たれ、
満身創痍のイビルジョーを捕らえた。
かえしの付いた針が、タールのような質感の生皮に食い込み、動きを抑制している。
4つの大砲が弾道で十字を描くようにイビルジョーを取り囲み、業火を放った。
バリスタとは破壊力が違う。
その火力を前にすれば、岩石さえも障害物にすらならない。
拘束弾の強化縄も焼き切れ、既に火傷だらけのイビルジョーに追い打ちをかけるように、業火がからみつく。
加えて、討伐隊がクラッチクローを利用して身体に張り付き、可燃石を叩きつけて早急に離れる。
反撃の余地も残さず、可燃石は爆発。
堪らず暴れ出すイビルジョーだったが、
ここで仕留めると言わんばかりに、
組み立てられた即席の城壁がそれを阻止し、さらには壁上からバリスタの矢が放たれた。
普段は木で出来た防壁など、イビルジョーは気にもとめないだろう。
しかし満身創痍の今の状態で四方八方から狙われていようものなら、力を込めて攻撃することすら難しい。
ボウガンからは、時折麻痺毒や神経毒の込められた弾も放たれる。トップクラスの精鋭を掻き集め、数十、いや協力者までカウントしていけば数百人の助けを経て組み立てられたその戦力は、もはや戦争のそれだ。
荒い息遣いで明らかに疲労が見えるイビルジョーを前にして、陽炎の向こう側から小さな影が姿をあらわす。
竜人族の若いハンターだった。
その身に纏うは、他でもない恐暴竜自身の装備。
裏マーケットで流通していた同族の死骸から造られたものだ。
自らに挑む青年を前に、
イビルジョーは何一つ怒りを露わにしなかった。
「始めようか。」
小動物に等しい眼前の獲物。
底尽きぬ食欲を少しでも満たすため、無情の牙が襲いかかる。
骨も身も一重に食いちぎらんばかりの咬合。
その挙動、あまりにも単純にして強力。
しかし、その口が噛み締めたのは1匹のニトロガスガエル...罠だ。
ニトロガスガエルは衝撃を与えると爆発性の液体を噴出するカエル。
ハンターは、イビルジョーの噛みつきを回避すると同時にこれを放り込んだのだ。
爆炎と激痛が吹き荒れる口内。
流石のイビルジョーも大きく怯む。
すかさずハンターは混沌の槌を振るい、脚を叩きつける。
これには外傷すら生じず、お返しとばかりに再び噛み付いてきたイビルジョーだったが、今度は脚を爆発が襲い、その衝撃に転倒する。
爆破投げクナイ。
辺境の里に伝わる対モンスター兵器だ。
人間の本質は、賢さだ。
気勢を削がれたイビルジョーだったが、即座に立ち上がり、再び口を大きく開いた。
今度は黄緑色の粘菌が入った瓶を取り出したハンターだったが、イビルジョーの口は閉じられなかった。
フェイントのつもりか、否。
イビルジョーにそんな知能はない。
生物、また疲労状態故のムラだ。
慢心の隙を突かれて驚愕するハンターをみて、
暴食の権化はニタリと笑ったように見えた。
完全に回避するには間に合わず...咬合の直撃こそ避けたが、牙を掠めたことで腕に深い傷をつけられた。
すぐに飲んだ回復薬によって傷は完治。
すかさず距離を取り、武器を構える。
「お前...学んだのか?」
驚きを隠せないハンター。
休む間も与えないイビルジョーの猛攻を前に、
今度は落とし穴が行手を阻んだ。
極悪な牙が獲物を捕らえる前に、巨大な筋肉の塊が地に落ちる。
上半身のみ地表に出してもがき苦しむイビルジョーを前にして、ハンターは静かに武器を構え、ひとこと唱えた。
「...インパクトプルスッ!」
振り下ろされた槌の一撃。
頭殻がその衝撃を凌いだ次の瞬間。
衝撃波の追撃がイビルジョーを襲う。
これまで体験したことのなかった痛みだ。
さらに、ハンターが振るう攻撃の一つ一つに衝撃波が付随し、遂に頭殻には三日月状のヒビが入ってしまう。
「悪いな」
勢よく振り下ろされる混沌の槌の直撃。
クロガネノミコトが宿ったかのような破壊力だ。
不可逆の捕食者に思われたイビルジョーに、
着実にダメージを与えている。
「信じられん...人間が奴を追い詰めてやがる」
リーダーは呆れて呟いた。
生態系の頂点すら容易くねじふせる怪物に、
人の力が通用している。
手品のような誤魔化しを駆使しているとしても、これは確固たる事実だ。
全てが順調に、滞りなく進むかと思われたとき、
古龍観測隊の隊員が叫んだ。
「龍属性エネルギーの急増を確認!
ブレスが来ます!前線の者は退避を!」
「いや、ここで食い止めます!
バリスタ用拘束弾だ!」
バリスタから放たれた拘束弾が四方からイビルジョーを絡め取り、動きを封じた。
落とし穴に嵌りながら拘束され、思うように身動きが取れないイビルジョー。
ハンターはトドメの一撃と言わんばかりに全身に力を込めた。
「待ってください!」
「龍属性エネルギー最大値に到達!来ます!」
嵐の前の静けさというべきか、
夜の砂漠に束の間の静寂が生じた。
人の子立ち入るべからずと云われる暴君が領に、
非日常の旋風が巻き起こる。
...その時、周辺の集落に住む人々は、その時、朧月のように霞んだ赫い光をみたという。
砂が黒く焦げ、地表を赫い稲妻が走る。
雷とも炎ともつかない、ただひたすらに暴力的で残虐な神殺しのエネルギー。
自然を司る超自然的存在、古龍...
彼らの紡ぐ秩序を破壊する力。
溢れんばかりの龍属性エネルギーが凝縮され、信じられない程の大爆発を起こした。
「1..2...3....死傷者、負傷者、共に数え切れません!何を見ているんですか!私たちは、一体何を見ているんですか!!」
涙混じりの声で、悲痛な報告が上がる。
「前線バリスタ部隊、生存者いません!」
それが、突きつけられた現実だった。
止めてはいけない力を無理矢理止めようとしてしまった結果、それがどれだけ無謀で罪深いことなのか、思い知らされることとなった。
「龍龍槍、撃竜杭砲ともに大破!
修復出来ません!」
誰もが悲しみと絶望に明け暮れるなか、
リーダーは負傷した右腕を抑えながら、
まだ龍属性エネルギーが充満する渦中を歩いた。
「ディアブロスが地中から現れて興奮状態!
このままでは皆殺しにされます!」
「動ける者だけで退避しろ。
恐暴竜はどうなった?」
無言で前方を指さした部下。
目の前では、
満身創痍で倒れているハンターを今にも口の中に放り込もうとしているイビルジョーが居た。
その巨体は全身が黒く変色し、体内の膨大な龍エネルギーは赫い光として、分厚い胸板からわずかに溢れ出ている。
考えるより先に刃が出た。
雷剣ラギアクルス。
大海の王の名を冠する剣だ。
棘状の刃に怒りを込める。
それは、大剣と成り果ててなお、海洋の頂点を誇り続ける王者の一振りだ。
―効いた。
電撃は、恐暴竜が苦手とする有効な属性だった。
ならば刻み込んでやろう。
海竜の背電殻から放たれる電流の、超破壊力を。
電撃に痺れて顔を顰めたイビルジョー。
一瞬で、良かった。
二撃目を与える隙もなく、龍属性エネルギーの奔流に押し流される。
だが、その手にはハンターを抱えていた。雷剣ラギアクルスの刀身がブレスの直撃を防いだ。強酸性の唾液がリーダーの防具に付着したが、幸い外傷には至らなかった。一説では、海竜の鱗に染み込んだ特殊な海水は強い酸性を中和する性質を持つといわれている。
防具に海竜の鱗をあてがったのが功を奏したのか定かではないが、もしかすると海竜の鱗が効果を発揮しているのかもしれない。流石に恐暴竜の唾液ほどの強い酸性を中和しきることは出来なかったのか、鎧は少しずつ溶けかけている。
だがそれでもこの場を凌ぐには十分だ。
地獄を駆け抜け、逃げる。
爆鱗竜の爆撃を受け、焼け野原となった砂原を。
龍属性エネルギーの暴発によって生じた死屍累々の地獄を、駆け抜ける。
無礼を働いた人間たちを許さないつもりか、背後からイビルジョーが飛びかかる。
既に雷剣ラギアクルスは、その発電能力を龍属性エネルギーによって消失させられ、只の刀へと成り下がっていた。
それでも、大海の王者の加護というべきか。
果たすべき役目を果たした。
目の前にある希望を絶やしてはならない。
竜人族のヒーローを救ったのだ。
その背中に飛び乗り、踏み潰して喰らおうとするイビルジョー。
もはや回避は不可能かと思われたその時。
砂漠の暴君としてのプライドがあるのか、
ディアブロスの突進がイビルジョーに直撃した。
今度は、噛みつかれていない。
空中でバランスを崩したイビルジョーは暖かい砂の上に倒れた。
してやったりと言わんばかりに、角の折れたディアブロスが雄叫びを挙げた。
愚かにも。
勝ち誇ったように叫んだディアブロスに牙が食い込み、ヒビ割れた角質の隙間から唾液が流れ込んで甲殻を溶かした。
バリバリと音を立てて甲殻が噛み砕かれた。
肉や臓物が喉を通り、胃袋が満たされていく。
「あぁ、俺、負けたんですね。」
小さくなっていくかつての討伐対象を遠目に、
ハンターはおぶられたまま、そう呟いた。
ハンターの作戦の真意は、頭部を攻撃し続けることで口内に傷をつけることだった。
そうして化膿させることで、食事を邪魔し、飢えに苛ませて餓死させようという魂胆だった。
サバンナの、ライオンゴロシと呼ばれるゴマ科の植物は、実際にそうした作用で獅子をも殺す。
結果として、龍属性エネルギーを用いた攻撃により未遂に終わったが、怒りにより多量のエネルギーを消耗するのは人類にとって嬉しい誤算。
あわよくば、そのまま飢え苦しみ、やがて死に至ることを期待していた。
しかし、今はどうだろう。
頭の傷など気にもせず、ディアブロスを喰らうことで栄養を大量に摂取している。
それどころか、幾つかの種類の毒に対する耐性をも得てしまっている。
牙が突き出た顎で大地を削ってネルスキュラ亜種の巣に潜り込み、更に大量のネルスキュラ亜種を喰らおうものなら、今後、今以上に手のつけられない存在になることは想像に難くない。
今より強く、ただ、ひたすらに強く。
〜ギルド
「...というわけで、我々の力をもってしても、
今のかの竜に対抗する手段はもはや無い。」
リーダーは雷剣に砕いたウチケシの実を塗りながらそういった。
モンスターの属性効果を無効化する効能のあるウチケシの実の成分なら、イビルジョーの龍属性によって失われた雷属性エネルギーも元通りだ。
「ユクモの近辺で、怨虎竜が出たそうな。
古龍すら畏れぬマガイマガドの力なら、或いは」
そう言いかけたギルドマスターの言葉を遮って、強い語気でリーダーは言った。
「お言葉ですが、それは不可能です。
奴に撃退された爆発する飛竜についての資料には目を通されましたか?」
爆鱗竜バゼルギウス。
イビルジョー対応時に現れた、
第3の特級の危険生物。
人民の混乱を防ぐため、現場のハンターにすら、
まだその情報は流通していないが、
総合的な危険度は古龍種に匹敵する。
「そのバゼルギウスが爆鱗を活用しても殺せなかった。もう、残された道は本当に古龍と戦わせるしかありません。
悠長なことを言っている場合ではありません。
これはもはや種をかけた戦いです。英断を。」
モンスターを喰らい続けることで、無限にも等しい生命力を有するとされているマガイマガドの名をあげたギルドマスターの判断は概ね正しい。
爆鱗竜バゼルギウスを一蹴せしめる実力者ともいわれている。
現実的な選択肢の中では、最善とさえ言えるだろう。
しかし、現実の破壊者を相手取るには、
現実そのものを象るような、或いは現実を破壊する別の力のような、強力無比な存在の名を挙げなければならない。
その点で怨虎竜に疑問が残らないといえば嘘になる。
如何にバゼルギウスに勝利しているとはいえ、炎を司る古龍であるテオ・テスカトルには一度退けられているからだ。
底知れない怪物にトドメを刺すなら尚更のことだ。
マスターの隣で黙っていた龍人族のギルドナイトが口を挟んだ。
「そもそも、人が自然をコントロール出来るという思想自体が傲慢ではないか。
そのマガイマガド、確かに無限の生命力を持つと聞く。そんなモンスターが生態系に与える影響に目を向けたのか?」
「ではイビルジョーに破壊されていく生態系を見殺しにしろというのですか?」
「それも生物なら、それもまた自然の一環だ。
それに、なにも我々の本業は自然を守ることなどではない。いつから我々人類は、そこまで偉くなったんだ。
人間は、大型の竜には勝てない。
貴殿がラギアクルスを一体仕留めるために、何人の犠牲が出たとお思いで?」
「だが、勝てた。生物だからだ。
ラギアクルスにもな。きっとイビルジョーも...」
「そうやって、一度の成功でつけあがった末路はシュレイドだ。
童話や御伽噺には意味がある。
黒龍伝説を聞いたことがないとは言わせない。
貴殿はあの物語の作者が子供たちに伝えたかったことを考える必要がある。」
「もうやめい。
確かにいっていることはもっともだが、お前も言い方があるだろう。儂の判断を伝えさせてはくれんかね」
それは、イビルジョーを遭遇次第即撤退が定石の特級危険生物に認定するとの決断だった。
人類、いや生態系の泣き寝入り。
抗う術がないなら、蛮行も、許すしかない。
力及ばずという現実に殴られたリーダーは、拳をかたく握ってうつむくことしかできなかった。
その数日後、
驚くべき一報が舞い込んだ。
「イビルジョーが、謎のモンスターに襲われています!!」
〜砂漠
周囲の大型モンスターをひとしきり食い荒らしたイビルジョー。
散らばった獲物の欠片で屍の山を築き、その上に座りこんで疲れを癒していた。
後退する兵士たちは、明らかにイビルジョーのものとは違う"棘"が草食モンスターの死骸に突き刺さっていることを発見していたことを、後日、ギルドに報告した。
その影は、地を駆け、空を翔け、唸り声をあげながらイビルジョーに迫っていた。
「あれは...ネルギガンテ...!?」
イビルジョーから撤退した後、その動向を監視していた兵士たちの中を白昼堂々逆走していく影。
その正体は、滅多に姿を現さないことから、生態のほとんどが発覚していない幻の怪物。
漆黒の全身から生える無数の棘と巨大な2本角は
さながら悪魔のようだ。
一瞬の不意打ち。
右斜め後ろから覆い被さるように襲いかかった。
土埃を巻き上げながら上体を起こし、
体を捻って反動をつけ、その掌でイビルジョーを殴りつけると、あろうことかそのまま強引に組み伏せ、背筋に齧り付く。
悲鳴をあげながらも振り解こうとするイビルジョーだが、ネルギガンテの腕力は凄まじく、暴れるイビルジョーをキツく押さえつけて離さない。
この地では別格の強さを誇るディアブロスすらその怪力で倒して退けたイビルジョーが、力づくで抑え込まれているのだ。
それどころか、身動きの取れないイビルジョーの頭を地面に圧しつけ、潰そうとしている。
水紋が広がるような速度でイビルジョーの全身が
黒く変色し、塞がっていた古傷が開いた。
筋肉中の血液やリンパ液の量が急増し、膨張した筋肉はネルギガンテを押し離した。
イビルジョーの攻撃は止まらない。
体勢を崩したネルギガンテの腕に齧りつき、軽々と振り回して投げ飛ばす。
投げ飛ばされたネルギガンテの棘が、地面とぶつかった衝撃で砕け散る。
すぐさま受け身を取るネルギガンテ。
砕けた部位の棘は早くも再生を始めている。
イビルジョーは反撃の隙も与えずに背中を踏みつけ、至近距離から霧状の龍属性エネルギーを吐きかけて攻撃した。
シャワーを浴びた肉体から汚れが落ちるように、ネルギガンテの全身の棘が破壊され、洗い流されていく。
どういうわけか、龍属性エネルギーにはネルギガンテの棘を破壊する力があるらしい。
しかしイビルジョーは攻撃の手を緩めない。
悶え苦しみながら立ち上がろうとするネルギガンテを再び強く踏みつけ、背面の甲殻を砕いた。
通常の生物であれば即死する程のダメージだが、
押さえつけられている最中にも、ネルギガンテの甲殻は異常な速度で再生を始め、破壊されたばかりの棘も既に伸びてきている。
しかしイビルジョーは怯まず、頭部を覆うように生えた長い棘に齧りつき、バリバリと音を立てて噛み砕きながら食べている。
ネルギガンテは意識が自分から逸れた隙を見逃さず、両腕を地面に突き立て、屈伸運動の要領でイビルジョーを跳ね飛ばした。
更に、立ちあがろうとするイビルジョーにタックルで組みついて転倒させる。
今度は頭と背中をおさえつけ、喉笛に喰らい付こうとしているようだ。
それに気付いたかは定かではないが、イビルジョーは寝返りを打つように身体を捩ってネルギガンテを引き込むことで拘束から逃れ、頭を押さえ付けていた右腕に噛み付いて放り投げた。
その拍子に腕から伸びていた棘を噛み砕き、
バリバリと咀嚼して飲み込んだ。
再び組みつこうとするネルギガンテに赤い光線を照射し、棘を破壊しながら追い立てる。
ドラゴンブレスだ。
隙を窺って飛び付こうとすれば、至近距離から放たれるドラゴンブレスで叩き落とされ、傷が増えていく。
体に生えた棘を無理やり破壊して相手に飛ばすほかに遠距離攻撃を持たないネルギガンテにとって、龍属性の遠距離攻撃であるドラゴンブレスは手厳しい格闘への拒絶だ。
組みつくことすら許されず、棘を飛ばそうにも生えた部位から瞬く間に破壊されてしまう。
攻撃としてみてもダメージが大きく、どうにかして手を変えなければ完封されてしまう。
追い詰められたネルギガンテは、折りたたんでいた翼を広げて威嚇した。
勿論イビルジョーが臆することはなく、正面から首周りの棘に噛み付いて軽々と振り回し、何度も地面に叩きつけていく。
しかし、これまで通りにはいかず、あろうことかネルギガンテはイビルジョーの顎に手を入れて強引にこじあけて脱出し、さらに下顎を掴んで頭の位置を固定。
そのまま翼を大きく広げると、滑空の要領で体重を込め、頭を殴りつけ、地面に叩きつけた。
爆発的な衝撃波が吹き荒れ、あまりの威力に
ネルギガンテ自身の棘が砕けて飛び散った。
土埃が舞う中、決着がついたようにも思われたが、ネルギガンテは追撃の拳を翳す。
しかし、土埃を見る瞳孔が小さくなったかと思うと、追撃することなくバックステップで距離を取った。
口に龍属性エネルギーを纏わせたイビルジョーが大きく口を開いて噛みつきに掛かったがために、飛びのいたのだ。
噛みつきを躱わされたイビルジョーの頭と背中を押さえつけ、またもや組み伏せにかかる。
噛みつきとブレスを主な攻撃とするイビルジョーに対しては、体が密着する組み攻撃が有効だと学習しているようだ。
現にイビルジョーは組みつかれることを露骨に嫌がり、二度にわたって逃れようとしている。
今回は真っ向から持ち上げることで組み付きから逃れたが、ネルギガンテはそのまま空中に飛び上がり、垂直に落下してスタンプ攻撃を浴びせた。
不倶戴天、怒りを乗せた渾身の一撃。
超質量の針山が鉄塊のように圧しかかる。
当然イビルジョーはダメージもさることながら、勢いよく、地面に叩きつけられた。
締めたと言わんばかりに背後からしがみついたネルギガンテだったが、硬質化したイビルジョーの背筋には牙が刺さらず、そうしているうちに腕に噛みつかれ、軽々と投げ飛ばされた。
更に噛みつこうとするイビルジョーに対して
空中に飛び上がることで回避し、再びスタンプを試みたのも束の間。
眩い赤い光がスパークしてネルギガンテは墜落してしまった。
今度はドラゴンブレスによって撃墜されてしまったのだ。
トドメと言わんばかりにアゴを開き、喉笛に食らいつこうとしたところで、間一髪ネルギガンテの左フックが炸裂。視界が揺らぐ。
再び口に両手を入れ、正面から上顎と下顎をこじ開けた。とてつもない咬合力を持つイビルジョーだが、その咬合力を持ってしても無理やりこじあげられてしまう。
更に、イビルジョーの攻撃が届きづらい側面に回り込み、大地を踏みしめて背中を反ることで顎を裂く力を更に増していく。
しかしイビルジョーも負けじと上半身を起こし、ディアブロスにやってのけたような形でじりじりとネルギガンテを持ち上げている。
こうなれば、体を反らした分ネルギガンテの足が浮き上がり、力が込められない。
だが流石のネルギガンテ、翼を広げて空中でバランスを取り、脚を使って胴体にしがみつき、そのまま顎裂きを続行しようとしている。
肩を入れて力を込め、勝負を決めると言わんばかりに吠えたところで、イビルジョーの喉元が赤黒く輝いた。
無論、知能からきた戦略ではない。
極限の状況におかれた怪物の本能の為せる技。
腕を外そうものなら喰らいつかれ、致命傷になりかねない。そのことが脳裏をよぎったためか、
ネルギガンテは避けることが出来なかった。
結果、高出力のドラゴンブレスがネルギガンテの顔面に直撃した。
悲鳴をあげ、脚を解いて転げ落ちたネルギガンテ。ドラゴンブレスの勢いは落ちることがなく、色鮮やかな夕暮れ色の腹部に、継続して容赦なく照射されている。
さしものネルギガンテもこれまでに聞いたことのないような鳴き声で鳴き、咄嗟に寝返りをうちながら翼を畳んでガードした。長期戦の中で、翼の棘は既に伸び切り、黒く硬質化している。
呼応するように、イビルジョーはブレスの出力をあげた。
ネルギガンテの特大の悲鳴が周囲に響き渡り、それを塗り潰すような轟音を伴って爆発が起きた。
残留する龍属性エネルギーを突っ切り、怒り心頭のネルギガンテが殴りかかるも、イビルジョーの巨大な尾の殴打で薙ぎ払われた。
倒れ込んだネルギガンテの右腕にイビルジョーが喰らい付き、強酸性の唾液が棘を溶かした。
咀嚼を繰り返す程に皮と鱗がボロボロになり、無数に生えた鋭い牙はネルギガンテの肉に容易に突き刺さる。肉の奥に眠る古龍骨すら噛み砕いてしまいそうな咬合力だ。
見れば、ネルギガンテの翼には大きな穴が空き、
飛行能力を失っている様子だ。
逃げ場のない相手に、皮や鱗を溶かして肉に食いつくその光景は異様だった。生きたまま食べているとしか言いようがない。
しかしイビルジョーは既にエネルギーを使い果たし、疲労困憊している。
ネルギガンテが棍棒のような左腕をイビルジョーに叩きつけると、弛緩した筋肉に鋭い棘が突き刺さった。
長く鋭い棘だらけの腕を擦り付けると、筋繊維がブチブチと音を立てて千切られ、刺し傷が拡げられた。鱗が雑に剥がれ、皮から分泌された粘液が血と混ざり、ねっとりとした粘り気をもって棘にへばりつく。
噛み続けてもなかなか食いちぎれない腕に苛立ったイビルジョーは、二の腕にガッチリ食らいついたまま、ネルギガンテを豪快に背負い投げした。
ネルギガンテの左肩の骨が外れ、高い掠れ声が砂漠の砂に染みわたる。
イビルジョーに投げ落とされる寸前で、とうとうネルギガンテの肉体が耐え切れず、腕の肉がごっそり食いちぎられた。
恐るべき健啖家は、この世にも珍しい古龍の肉を味わうことなく飲み込み、おかわり、と言わんばかりに今度は左肩に噛み付いた。
つい数秒前に筋肉を食いちぎられ、体積を大きく失って力なくだらけていたネルギガンテの左腕は、驚くべきことにもう再生を始めている。
既存の生物の枠組みを逸脱した脅威的な再生能力は人間からすれば畏怖の対象だが、
イビルジョーにとっては無尽蔵に喰らい続けられる肉の塊のように映ったか、一心不乱にむしゃぶりついて離さない。
思えば、常に勝負を決めようと仕掛け続けたネルギガンテに対して、イビルジョーは肉体を局所的に破壊するような攻撃を中心に立ち回っていた。
それがただの偶然なのか、ネルギガンテを餌と認識せず外敵として動いたが故なのか、はたまた本当に生きたまま食らおうとしていたのか、真意の程は定かではない。
ただ、体を壊し続ける苛烈な攻撃は、ネルギガンテの戦意を着実に蝕んでいた。
既に左肩は脱臼し、地を駆けようにも思うようには体が動かない様子だ。
ネルギガンテは大きく抉れた腕と、満身創痍のイビルジョーを交互に確かめ、
威圧的な咆哮をあげた。
喇叭のような野獣の咆哮は、今の今まで戦い続けてきたかのイビルジョーをも怯ませる。
咆哮の片手間に背中を捻って反動をつけ、全身の筋肉に力みがかかる。
疲労と驚きから生まれた一瞬の隙に、イビルジョーの頭部に渾身の殴打が叩き込まれた。
これには流石のイビルジョーも左肩を離し、飛び散る唾液がネルギガンテの棘を溶かす。
あまりの威力にめまいを起こしたイビルジョーは千鳥足でネルギガンテと距離を取り、すぐに首を左右に振って立て直した。
ネルギガンテには追撃を叩き込める余裕があったが、これ以上の戦闘は危険と判断したのか、左腕を引きずりながら後ろに振り返った。
イビルジョーは背後からネルギガンテの翼に生えた棘を齧りとったが、肝心の翼までは食いちぎれなかった。
ここまで流血も厭わずネルギガンテを喰らう為にもがいてきたイビルジョーからしてみれば、このまま逃げられてはここまで戦った元が取れない。
間髪入れずに再度食らいつこうとしたが、すんでのところでネルギガンテは翼を広げ、あっという間に遠くへと飛び去ってしまった。
すでに翼に開けた大きな穴は再生していたのだ。
こうなれば流石のイビルジョーも、それを深く追うことはできなかった。
今は身体を休めなければならない。
全ては、多くを食らうために。
一部モンスターと設定の紹介
・バゼルギウス
銀色の甲殻と、身体からぶら下がる無数の爆鱗が特徴的な古龍級の飛竜種。
この爆鱗は纏めて爆破すれば人家が消し飛ぶとされる凶悪な破壊力を持ち、これを使った戦闘で周囲に甚大な被害を及ぼす。
好奇心が強く、他の生物が戦っているとその音に惹かれて乱入する側迷惑な性格をしている。
凶暴で争いを好むが、これは餌の独占欲に由来するため金獅子や恐暴竜と比べて相手への殺意は強い方ではない。
(イビルジョーとの勝負で撤退したのはそのため)
そうはいっても、そのあまりにも高い火力から敵の命まで奪ってしまうことが多い。爆鱗ひとつで武装したハンター程度なら殺害可能である。
筋力も強く、並みの大型飛竜を上回る。
・ネルギガンテ
古龍を食らう古龍ともいわれる、
強力な再生能力を持った古龍。
深い傷を負ってもたちまち再生してしまう脅威のタフネスを持つ。
全身から棘が生えており、この棘は時間の経過につれてより長く、より堅くなっていく。
基本的に四足歩行だが、折り畳まれた翼を有し、これを使って空を飛ぶことも可能である。
クシャルダオラやテオ・テスカトルといった強力な古龍すら捩じ伏せ、投げ飛ばすほどの筋力の持ち主。
古龍だけでなく、他の動物にも積極的に襲いかかり捕食してしまう。