イビルジョー 頂点捕食者   作:貝細工

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下書きから、オリキャラ要素を荒削りに削除した内容となっています。
設定矛盾などを見落としている可能性があります。
そういったミスや、私の意図が及んでいないと考えられる原作もしくは科学との設定の矛盾などの指摘は大歓迎です。宜しくお願いします。


1話 頂点捕食者

この大陸のバイオームには、

必ず1つにつき1種類、その地を統べる頂点的存在がいる。

 

人類を後退させてしまう程の絶対的な戦闘能力を持っており、

力づくで周辺の生態系を屈服させている。

 

だが、彼らとて理不尽な敵では無い。

 

単体であれば人類との戦いはある程度拮抗する事もあり、環境を利用したり、そもそも敵対しない事である程度の対処が確立されている事もあった。

 

国家レベルで動けば、バイオームの主の侵攻は食い止められる。

 

いつしか、そんな認識が定石となっていた。

無論、火のないところにたった煙ではなく、国家がその力を総動員して、膨大な犠牲を払えば、主級とされる強大なモンスターも撃退できる可能性は十分にある。

 

技術革新は、そんな針の穴に糸を通すような可能性を押し広げ、人類に幾らかの「安心」を与えていた。

 

そんな時、長きにわたって続いた安寧の歴史に終止符を打った怪物が現れた。

 

名を『イビルジョー』

 

人類だけではなく、生態系全てにとっての底知れない絶望。

 

それは食物連鎖を丸呑みする不可逆の強欲。

 

 

〜針葉樹の森

 

深い森の奥。この頃は現大陸では滅多に見られないアンジャナフが出現したとの報告を受けて調査に赴いていた調査隊員は奇妙な唸り声を聞いた。

 

恐る恐る振り向くと、そこに居たのはティラノサウルス型の巨大生物だった。

 

アンジャナフとは明らかに違う、マッシブで筋骨隆々とした体格は、それがどれだけの力を持つ怪物であるかを物語っている。

 

暗緑色の鱗、頑強で巨大な体、

邪悪な牙が生え揃う大きな頭。

これまで見てきたどの生物とも格の違う戦闘能力を備えていることは、

火を見るより明らかだった。

 

これが噂に聞くイビルジョー...そう確信させるだけの覇気と威圧感を、それは備えている。

 

見るからにして只者では無いオーラが漂っており、腰を抜かしそうになるも、息を殺して草むらに身を潜め、ジッと様子を伺った。

 

こちらに気づいていないその化け物に奇襲を仕掛けたのは、今回の調査対象ことアンジャナフだ。

 

新大陸の森の地上では向かう所敵なしと言われる強力な捕食者で、なんとかして人里から遠ざける方法を模索していた、凶暴な蛮顎竜。

 

イビルジョーと同じ獣竜種であり、

搦手を使う森の獣達をパワープレイで食い破る

「森の暴れん坊」だ。

 

そんなアンジャナフが死角から肩に齧り付き、

低い唸り声を上げている。

 

普段なら、"ごく一部"を除いてまともに争える相手がいないアンジャナフにとって、その牙で重傷を負わない相手は珍しいのだろう。少し身を竦めながら、なんとか牙を通そうとあがくが、分厚い皮膚を前に苦戦している。

 

痛がるような素振りも見せないイビルジョーは、逆にアンジャナフに噛み付いて自分から引き剥がし、咥えたまま振り回して勢いよく地面に叩きつけた。

 

柔らかい物が潰れ、硬い物が砕ける音が鳴る。

 

...たった一撃。

 

もはや、それは争うというよりかは、

蚊を潰すような力量差だ。

 

森の地上で猛威を振るう暴れん坊アンジャナフと、伝説じみた報告を提げた世界的脅威イビルジョー 。

 

体長こそ、一回りイビルジョーの方が大きい程度だが、その筋肉量は一目見ればわかる程に圧倒的な差がついている。

 

あまりの衝撃に地面が大きく抉れ、アンジャナフはグロッキー状態に陥り、弱々しく吠える。

 

森の暴れん坊をあっさりと倒し、そのまま喰らおうとした暴君に対し、今度は空中から雌火竜リオレイアが襲い掛かった。

 

普段は敵対関係の大型モンスターが、瀕死のライバルに目もくれずに一体の敵に対して向かって行っているという事実に、常日頃からこの森をパトロールしている調査隊員も驚きを隠せない。

 

当のイビルジョーはリオレイアの尻尾に噛み付き、ヌンチャクのように振り回してアンジャナフに叩きつけ、これを撃破。

 

陸の女王といわれ、地上戦においては環境の主にさえ対抗し得るあのリオレイアが、まるで相手にならなかった。

 

その後も離さずにグルグルと振り回し、投げ飛ばされる頃には、陸の女王は動くことすらままならないようだった。

地に足のついた動きすらも出来ず、フラフラとよろめいている。

こんなリオレイアは見たことがない。

 

悪魔はしめたとばかりに微笑んだ。

無数の牙が皮膚を破って突き出た顎をつたって、

強酸性の涎が滴り、煙をあげて土を溶かす。

 

次元が違う。

 

これまで、数多くのモンスターを見てきた。

屈強なアオアシラを力でねじ伏せるヨツミワドウ

大岩をも粉砕する突進を繰り出すボルボロス

山のような巨体を誇るドボルベルグ...

 

たった今屠られたアンジャナフやリオレイアだって、決して力が弱いわけではない。

むしろ、生態系の主にさえ物怖じしない、

数少ない強力な生命体だ。

 

だが、そのどれもが、遠く及ばないのだ。

 

生存競争によって鍛え抜かれた、大自然の獣達さえも、あまりにも非力過ぎて比べるには滑稽。

 

竜達が、永きに渡る進化の末に手に入れた武器...

毒や炎、冷気や雷、或いは牙や爪、知能...

その生物の色とさえ言える武器が、まるで歯も立たないまま塗り潰される。

 

『大型飛竜を一撃で葬る膂力。

その危険性は古龍に比肩する。』

 

震える手をおさえてペンを持ち、罰当たりと知りながら、そう記録した。

 

古龍といえば、この世界における"神"同然の存在であり、一個体が大規模自然災害に匹敵する伝説の生物群である。

彼の目には、その牙が御伽噺にその姿を残す神々にも届くように思えて仕方ないのだ。

 

トドメとばかりに首を高くもたげ、

口を大きく開いて噛み付こうとしたイビルジョーだが、突如として顔の周りに爆炎が広がり、辺りが煙に包まれた。

イビルジョーの双眼が捉えていたのは、この一帯を支配する空の王者だった。

 

青い二つの目が炎のように揺らぎながら、

勇ましい光を放っている。

燃え盛る怒りで喉を焼き、強い不快感がこもった

鳴き声を発している。

 

二対の赤い翼で煙のベールを脱ぎ捨て、

威厳と風格に満ち溢れたその全身像を

露わにしたその竜の名は 『リオレウス』。

 

この森の主にして、飛竜の中の王。

 

森を荒らされ、妻を攻撃され、彼が見逃すはずは無かった。

 

荒い吐息には黒い煙が混じり、その目玉には忌まわしき侵入者に対する殺意と、縄張りを守り抜くという使命感によって強く力が込められていた。

 

直後、耳をつんざく怒声のような咆哮が森を駆け巡った。

直後、王は罪深き恐暴竜の頭上に火球の雨を降り注がせた。

 

こんな光景見たことがない。まるで、断罪。

やはり生態系の主。

アンジャナフやリオレイアと違い、あくまで挑戦者ではなく王として決戦に臨むつもりだ。

 

一発一発に込められた殺意が、被害者達の怒りを代弁するかのようにイビルジョーを怯ませる。

 

途中立ち直って反撃に出ようとしているのが確認出来たが、そんなこともおかまいなしに、爆炎の雨は絶え間なく降り注いだ。

イビルジョーの反撃は当然の如く空振り、砂は溶け、木は焼け焦げる。

葉や幹の水分すら一瞬のうちに蒸発してしまう。

 

止まることを知らない剛火球の嵐。

遂にはさっきまで猛威を振るっていたイビルジョーも直立したまま俯き、沈黙した。

 

ついさっきまで苦しみもがくように暴れていたイビルジョーが、ピタリと動きを止めたのだ。

 

それでも容赦なく続く火炎は確実にその全身を焼き払い、殺害から火葬までを一挙動で成そうとするかのような強い意志を感じさせる。

 

鱗一個残すまいと言わんばかりの熾烈な攻撃は、イビルジョーの周囲の木々や草花をも飲み込み、更には岩を砕き、大地を深く抉る程にも及んだ。

 

とても一体の生物が作ったとは思い難い大規模な環境改変が巻き起こっている。

普段のリオレウスが放つ火球とは数量も単発の威力も桁が違う。

 

その火力はとうに喉の再生限界を超えており、焼け爛れた喉から黒い煙が溢れ出ている。

 

...特攻だ。自らの死さえも厭わず、この脅威を

止めなければならないのだ。

 

王として、この世界に生けるものとして、

火竜は責務を背負う。

 

調査隊員が逃げようと思った時には火は既にそこら中にまで燃え広がり、

焼け焦げた木々の水分が蒸発してすっかり視界が悪くなっていた。

 

皮膚に焼き付く熱気に辛うじて耐えながら、額に溢れる汗をぬぐい、必死で爆心地から逃げる。

 

ふと振り返ると、恐暴竜が立っていたと思わしき地点はクレーターのように抉れ、炎の光と煙で視認することすら難しい。

 

不思議と、これでよかったとさえ思ってしまう。

環境の主で撃破可能ならば、流石に古龍と同格ということはないだろう。

奴が黙示録の獣でないならば、人類にもいつか成せる筈だ。

 

ホバリングしながら内部を伺うリオレウスが

妻に何か合図を送るが、リオレイアは動かない。

 

しばらくすると、黒い濃密な霧状のエネルギーが地面を薄く覆った。よく見ると時折赤い稲妻のような物が発生しており、非常に不気味だ。

 

不思議なことに、それが炎と接触した途端に魔法でも掛けられたかのように火がさっぱり消えてなくなる。

 

それは、爆心地の中心で俯いたままのイビルジョーの口から溢れ出ているものだった。

 

皮膚は黒く変色し、全身の筋肉が膨張し、背中の傷口はそれに伴ってばっくりと開き、筋肉が露出している。

 

内側に何らかのエネルギーを生み出す器官があるのだろう、

ほんの僅かに肉が赤い光を放っている。

 

『あぁ、そうだったのか。』

 

調査隊員は逃げる足を止めて、

呆れて笑った。

 

火が消えた大地を紅い稲妻が走る。

 

そうして、ひとしきり消火をしきった暴君は、

強靭な脚で大地を強く踏みしめ、激震を起こし、

血に飢えて乾ききった喉から暴力的な爆音を響かせた。

 

しかし、怒りに我を忘れているリオレウスにとって最早恐怖感なんてものはあってない感情だ。

 

暴君に対して猛毒の鉤爪を立て、上空から背中に飛び乗った。

 

...それでも暴君を仕留めるには、

何もかもが遅過ぎた。

 

硬化した筋肉は、鋼鉄をバターのように切り裂く火竜の鉤爪でも傷一つつかず、

また全体重を乗せて飛び乗っても暴君をよろめかすことすらできない。

 

必死だ。思考するいとまもなく、殺意が手段を追い越して肉体を突き動かす。

 

待ち望んでいたかのような表情でこちらを覗き込んできた悪魔を前に、飛竜の王者は

僅かに残された思考力で、

悔しさに想いを馳せた。

 

ほんの僅かにだけ許された思考の中で、愛しい我が家族だけはこの怪物と巡り合う事が無いようにと、天に願う。

 

喰うか喰われるか。

 

誇り高き天空の王に、原始的な衝動が芽生える。

 

それは最後に許された心の権限さえも蝕み、生き物を機械へと変える無情な破壊衝動だ。

 

数多の肉を噛みちぎってきたリオレウスの牙が生存本能、闘争心が全貌を露わにし、恐暴竜イビルジョーと同じフィールド、つまり捕食者の視点から憎き外敵に襲いかかった。

 

二頭の巨大な怪物の衝突の瞬間、魔法が解け、夢から覚める。

 

それは限界まで研ぎ澄まされた恐怖心によって断たれた理性の鎖の傷口から注ぎ込まれたまごう事なき現実。

 

アドレナリンが抜け落ちた脳に、激痛が伝わる。

 

暴君はリオレウスの首にしっかりと噛み付き、背負い投げのような形で背中から放り投げた。

 

猛スピードで回転しながら投げ飛ばされていく赤い飛竜に、もはや王と呼べるような威厳は無い。

 

不幸中の幸いか、余りにも遠くまで吹き飛ばされた為に魔物はリオレウスの事を見失ったようだ。

 

無敗を破られた森の王は

圧倒的な暴力を前に、己の無力さを恨みながら気を失った。

 

『神よ、どうかこの怪物を奈落に閉じ込め給え』

 

書くペンが止まると共に、顔を上げる。

爛々と輝く赤い両眼が、死を告げた。

 

直後、調査隊員は正体不明のエネルギーを放射され、死に絶えた。

 

かの竜が古龍に匹敵すると書かれたメモを遺して。

 

 

〜ギルド

 

「イビルジョー?森が焼けた?」

 

ギルドマスターが疑い半分で問いかけた。

 

恐暴竜"イビルジョー"。

 

近年存在が確認されてから、新たな古龍級生物との謳い文句と共に商人や貴族の間で広まっている都市伝説上の怪物。

 

大型モンスターを咥えたまま振り回す筋力の持ち主で、生き物ならば見境なく何でも食べてしまうとされる。

 

「ええ、そう書かれています。

何者かに貪られた形跡のあるアンジャナフの死体と、この紙切れが見つかりました。」

 

「...そうか。ご苦労じゃったな。」

 

ギルドマスターの眼差しが変わった。

 

「古龍に匹敵する獣竜...か。」

 

机の上に飾られた、鋼龍のフィギュアを見つめて、そう呟いた。

鋼龍の抜け殻から削り出したという。

 

古龍とは、元来人と交わることのない自然の権化であり、伝説の存在だ。

鋼龍もまた、風を司る古龍の一角。

鋼の強度を持つ金属質の肉体は磨けば白金の輝きを放つ。

舞えば、忽ち嵐が巻き起こる。

尾を振るえば大木を薙ぎ倒し、飛竜すら絶命する一撃となる。

 

それは他ならぬ神であり、

人々の崇める自然そのものである。

 

〜砂漠

 

数多くの危険が潜む砂原の中心で、

森の支配者を超えた怪物...

イビルジョーは倒れこむように爆睡していた。

 

これをチャンスと捉えたギルドから派遣された建築士はその半径1kmに大規模な壁を展開、同時進行で大砲やバリスタなどの兵器が用意されている。

 

ギルドは本気だ。

総力を挙げて奴を仕留めようとしている。

 

「状況はどうだ?」

 

任務のリーダーを委任された上級ギルドナイトがチームメイト一人一人に尋ねた。

 

2mはあろうかと言う程の力強い大男だ。

大海の王 ラギアクルスの狩猟に成功した英雄である。

 

作戦の成功を確信してか、声色は明るく、

全身を流れる血潮は闘志に燃えている。

 

隊が答えた。

 

「悪くありません、作戦の方を確認しましょう」

 

ーーまず、奴が目を覚ました場合、城塞が完全に展開されるまで、奴の周りに不定期に爆音を響かせ、そこで生肉をばら撒く。

 

そうして奴の動きを一時的にコントロールするんだ。

 

一通り牙城が完成したら、多種多様な毒を盛ったスペシャルな肉をたらふく食わせ、トドメにバリスタの一斉射撃を食らわせる。

 

それでもダメなら大砲で集中砲火だ。

 

それでもまだダメというのなら、

肉で釣って顔面に撃龍槍を打ち込む。

 

自信に満ちた表情でリーダーが説明した。

 

「...それでもダメなら?」

 

隊員の一人不安そうな表情でが質問を返すと、

リーダーは紙に簡素なイビルジョーの絵を描き、全員の前で見せびらかしながら首元に斜線を入れた。

 

「俺が直々にブチ殺す。

...それでもダメならとは言うな。キリがない。

怖いなら一日ぐらい封鎖してくれても俺は構わない。」

 

低い声で、眼差しをまっすぐに向けた彼の言葉は重々しく、自信に満ちていた。

誰もそれ以上口を開くことはなかった。

 

「包囲壁、完成です!恐暴竜未だ睡眠中!

より確実な成功の為、壁の補強に取り掛かります!許可をください!」

 

朗報が静寂に切り込みをいれ、今までの沈黙が崩れ落ちるようにしてどっと歓声が沸いた。

木の板を重ねて作ったバリケードに過ぎず、アンジャナフの攻撃も凌げないクオリティだが、

これでも無いよりはマシだ。

 

歓声というのは残酷なもので、どんなに苦しい状況に立たされていても、必要とされている冷静さを興奮で掻き消してしまう。

帰るときには自分達は晴れて英雄...誰もがそう思っていた時だった。

 

「緊急事態!

包囲壁東の一部が破壊されました!

報告によると...ディアブロスです!」

 

浮かれていた人々の間に衝撃と絶望が投じられ、それは耳元に着いた途端、火炎瓶の炎のように不安を押し拡げた。

 

皆、忘れていたのだ。

ここが砂漠であると言うことを。

 

ディアブロス。

 

一国を容易く壊滅させる力を持つ砂漠の暴君だ。

 

自分の敷地内に勝手に建造物を組み上げられ、暴君はご立腹のようだ。

 

砂上も砂中も暴君が領。

威圧的な二本の捻れた角が、逃げ惑うか、従属するか選択を迫る。

 

「狼狽えるな!東班は設備を利用して対抗しろ!我々は対イビルジョーの用意だ!急げ!」

 

あくまでイビルジョーが優先だ。

しかし、そんな事は御構いなしと言わんばかりに壁が突き破られ、向こう側から紫色の目と一対の巨大な角が顔を覗かせる。

 

「大砲用意!.....撃て!!」

 

挨拶がわりに至近距離から弾が飛び、全弾直撃して爆発した。

 

無傷ではあるものの音に驚いたディアブロスは後退りし、お返しとでも言うかのように

甲高い声で悪魔の咆哮を上げた。

 

「対竜大砲、効果なし...!」

 

一部の気の弱い兵士や学者達はそれだけでも戦意喪失する程の恐ろしさだったが、ここまで来れば討伐チームは一歩も引かない。

1人が小型の音爆弾をディアブロスの背後に投げ込んだ。

 

音につられて振り向いた一瞬の隙に、ディアブロスとイビルジョーの間に設置された大タル爆弾に点火。大爆発だ。

 

睡眠時にここまで騒がれればたまったものではない。いくらイビルジョーの図太い神経とはいえ、目が醒める。

 

低く、悍ましい唸り声を発し、不機嫌を表現している。

 

「対象がディアブロスを捕捉!

こいつ...やる気です!」

 

その声に触発されたが、或いは危険を感じ取ったのか定かではないが、ディアブロスは身震いしながら頭を低く下げた。

 

それは新たなる暴君への敬意の表れか。

たった今 己の力を以ってして砕かれる運命におかれた、対象への別れの挨拶か。

 

深く礼をしているように伺えたその態勢について唯一確実に言える事は、それが突進の構えであるという事のみ。

 

例え屈強なモンスターたちでも、角竜が突進の構えに入った時に直ちにその場を動かないのは、

生身の人間が新幹線の通る線路で寝るのと同じぐらい無謀なことだ。

 

壁を突き破り、軌道上に石一つ残さない

双角の直撃が捉えた対象は恐暴竜。

 

神々でさえ逃れられないとされる極悪な牙がディアブロスを迎え撃つ。

リオレウスのような華のある攻撃手段などない。

そこにあるのは無骨な物理的衝撃のみ。

シンプルに、どちらの肉体がより強いか、だ。

戦略も属性も必要ない。

 

衝突。

 

国境付近に設けられた城壁を破壊したという報告すらあるディアブロスの突進が、イビルジョーに直撃した。

巨大な砂埃の波が城塞を襲ったその刹那、

黄土色の砂の中心部で紅く光る何かをその場の全員が目撃した。

 

めぐるましく変化する視界の中で筋肉を膨張させ、黒がかった体色に変色したイビルジョーの牙が双角を捉えていることが確認された。

 

「状況を報告しろ!!」

 

土埃のせいで目が開けられないリーダー。

しかし観測担当の兵士は双眼鏡を構えたまま、

軽く唇を噛んで一言も話さない。

 

ディアブロスが強い憤りを覚えている時に発する黒い吐息と唸り声は、二匹の壮絶な力が今なお鍔迫り合いを続けていることを指している。

 

既に突進の推進力は完全に受け止められていた。

 

「目標、筋肉膨張状態に移行。角竜の突進を正面から受け止めて硬直状態に入りました!

これは...引き分け...でしょうか...?」

 

瞬きすら出来ない緊迫した状況が続くが、戦況は刻一刻と移り変わる。

 

「そんな...ありえない...」

 

「こんなの...生物じゃない!」

 

事実、そこにはこれまで起こり得るはずのないとされていた光景が広がっていた。

 

ディアブロスの姿勢が、みるみるうちに変わっていたのだ。

 

大地を踏みしめ、その角を突きつけんとしていた筈が、ジワジワと上を向き、気づいた時には爪先立ちになっていた。

 

持ち上げている。

突進する角竜の角に噛み付いて、宙に浮かせようとしている。

 

「馬鹿な!角竜が何トンあると思ってるんだ!

奴は重殼竜亜目だぞ!」

 

そんな悲痛な叫びも虚しく、ディアブロスが段々と吊り上げられていく。

 

ディアブロスは膂力を武器に、砂漠の生態系で別格の地位に上り詰めた生物だ。

そのフィジカルには、匹敵する生き物すら片手で数えられるとされていた。

 

そのさまに国家規模で総攻撃を仕掛けても返り討ちに遭わせてみせた砂漠の悪魔の威厳は窺えず、

まるで子犬のような情けない声をあげながら苦しみ始めた。

 

捕食者の足元に亀裂が入る。

砂漠の乾いた大地が、あまりの力に割れている。

尋常ならざる負荷のあらわれだ。

 

...一本吊り、巴投げ、それらの言葉が近しい形勢だろう。

 

かの角竜の突進は完全に受け止められた。

それどころか、

怪物は角に喰らい付いたままディアブロスを高々と持ち上げ、

後方の地面に叩きつけてみせた。

 

その過程で片角が噛み砕かれる。

恐暴竜は返す刃で再度噛みつき、投げ飛ばした。

 

「あれは神の怒りか?」

 

「いいえ、あれは生き物ですよ。格別の。」

 

自慢の突進が見事打ち破られ、

甲殻が削れ、角が折れ、脳が揺れる。

 

それまで自分と渡り合える異種族がほぼいなかったディアブロスにとっては想像すらつかなかった屈辱だろう。

 

これまで国家規模で立ち向かい、

故郷で家族が帰りを待つ精鋭達の命を湯水のように費やして漸く一個体抑えるのがやっとだったような生態系の頂点が、いともたやすくねじ伏せられてしまう。

 

そんな事を可能にしてしまう生物が、この世にあっても良いと言うのだろうか。

 

よろけながら立ち上がろうとしたディアブロスの横面に強靭に尻尾が叩きつけられ、

頑丈だった巨体が砕け散るように倒れる。

 

ワニの尻尾の一撃はライオンの骨すら砕くという。ワニとは比にならない体躯と膂力を兼ね備えたイビルジョーの尻尾の一撃は、想像もつかない破壊力をもってして対象を沈めた。

 

地中に逃れようと必死にもがくディアブロスの前で涎を流したイビルジョー。

地についた瞬間、強酸性のよだれがじゅっと音をたて、煙を上げて土を溶かす。

 

その時のことだ。

本来なら底のない絶望に呑まれるであろう人類は、空に白銀の破壊神を目撃した。

 

「伏せろ!」

 

皆、縋るように願う。

 

自らを巻き込んでくれても構わない。

この悪夢を終わらせてくれ、と。

どうか故郷の家族を守ってくれ、と。

 




一部、登場モンスター紹介

・アンジャナフ

耐火性に優れた黒い毛皮と、頑丈な桃色の鱗に覆われた獰猛な獣竜種。
主に森林地帯や乾燥地帯に生息しており、執念深い性格で獲物を追いかけまわす捕食者。

・リオレイア

緑色の甲殻が特徴的な雌の飛竜種で、リオレウスは同種の雄にあたる。
リオレウスをも上回る強靭な脚力を持つ。
火を吐き、毒の棘がついた尾を振り回すその強さから陸の女王とも呼ばれる。

・リオレウス

空の王者とも呼ばれる雄の飛竜。
飛竜の中でも随一とされる高い飛行能力を持ち、
自らの喉すら焼いてしまうその火球の温度は1000度を超えると推測される。
ひとたび怒りを買えば、小規模な集落や村など簡単に壊滅させてしまう恐るべき存在。

・ディアブロス

砂漠の暴君の異名を持つ、
巨大な角を有する飛竜種。
地中に潜ったり、陸を駆けたりなど、飛竜種にも関わらず飛行能力を捨てた生態をもつ。
砂漠を根城とするモンスターの中では別格の強さを誇るとされ、その突進は岩を易々と貫く。
見かけによらず草食だが縄張り意識が強く、運悪く縄張りに立ち入ってしまったボルボロスやドスガレオスがしばしばその角の餌食となっている。

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