……たぶんクラブや塾で頑張ってるんでしょうね。
「……で、禁じられた森に入ったって言うんですか」
寮の部屋で、アズラエルのじっとりとした視線がハリーに突き刺さった。呆れてものも言えないというアズラエルに対して、ハリーが何か言う前にザビニが場を取り持った。
「ルーピン先生の罰則だったんだ。仕方ねーよ。……だよな、ハリー?」
ザビニからの圧力を感じてハリーは頷いた。アズラエルは腕を組みながら、マクギリスは大丈夫だったのかとハリーに聞いた。
「カロー先輩が何か干渉してきませんでしたか?自分の派閥の会合に出席しろとか」
「そういうのは無かったよ。ただ、伝説のitemが手に入るかもしれないってかなり気合いを入れていたかな」
「……うわぁ。ろくでもないことになりそうな気配がしますね!絶対に何かをしでかしますよ、マクギリスは!!」
アズラエルの中に刻まれた純血主義者への嫌悪感は凄まじいものがあった。アズラエルはマクギリスのことを全く信用していないようで、接触を絶つべきだと主張した。
「マクギリスはマーセナスじゃないんだから気にしすぎじゃない?」
「アズラエルよぉ、あの人も同じスリザリン生だろ?そんなに目くじら立てるなって。監督生ってことはダンブルドアが選んだ奴なんだ」
ハリーとザビニはアズラエルの考えすぎだと言った。ムッとしかけたアズラエルを遮るように、それまで黙ってアスクレピオスに『高級ハツカ鼠』の餌をあげていたファルカスが口を開いた。
「ううん…ぼくはアズラエルが正しいと思うなぁ。あの人と関わってもろくなことにならなさそうだし…」
ここでファルカスはアズラエルの側についた。
『そうだそうだ。金髪の坊主たちのいう通りだ。信用できないやつとは距離を置いてとぐろを巻く。それが生き延びるコツだぞ、ハリー』
ついでにアスクレピオスもアズラエルについた。アズラエルはアスクレピオスの声は聞こえなかったので、ファルカスに対してだけ感謝の言葉を告げた。
「掩護射撃ありがとうファルカス。僕の親友はファルカスだけですよ」
『アスク、君は友達じゃないってさ』
ハリーは蛇語でしゅうしゅうと音を立てて言った。アズラエルもファルカスもザビニも驚いた。その驚きようがおかしくて、ハリーは意地悪く笑った。
「いきなり蛇語なんてやめてくださいよ。どうしたんです?」
『俺の言葉が聞こえてないなら翻訳して伝えてくれ』
しゅうしゅうという音が部屋に響く。ハリーはにやにやと笑いながら言った。
「ごめんごめん。アスクレピオスも君に賛成だってさ。…三対二だ。君の言葉に従うよアズラエル。マクギリス先輩とは距離を置く」
「そ、そうですか……?いや、まぁ分かってくれたのならいいんですけど……」
アズラエルはほっと胸を撫で下ろした。ハリーは話題を変えようと思い、聖域で見た絵について三人と一匹に話した。
「へぇ、絵をトラップにするなんて面白いですね」
「子供の落書きみたいな絵だと思ったけどね。マグルの絵画のゲルニカをモチーフにしていたらしいよ」
「……ふーん、やるじゃん」
「あのピカソの絵をですか!?いやぁ、面白い試みですね」
流石というべきか、ザビニとアズラエルはピカソやゲルニカについても知っていた。両親ともに魔法使いのファルカスは首をかしげていたことに、ハリーは内心で少し安心した。
ハリーはさらに、奥の部屋にあった課題についても話した。
「……その奥にも部屋があったんだけど、突破は出来なかった。完全なエクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)ができないと、奥の部屋には入れない。マクギリス先輩も無理だったよ」
「マジか!?それが進む条件なのか!?」
「それは……随分とピンポイントな課題ですね」
「何でそんな条件にしたんだろうね、聖域の主は」
ハリーが苦笑しながら問いかけると、四人で暫くあれこれと推測しあった。一番もっともらしい意見だったのは、ファルカスのものだった。
「エクスペクト パトローナムって、光側の魔法使いじゃないと出せない魔法だよね。泥棒とか闇の魔法使いを弾くにはうってつけじゃないかな?」
「……それもそうか」
「ハリーはまだ出せなかったんですか?」
「……うん。無理だった」
正確には、ハリーは挑戦さえしていない。ハグリッドやマクギリスの前で、自分が推定で闇の魔法使いであることなど明かしたくはなかった。
「それなら、誰が一番早く有体のパトロナスを出すかで賭けをしねえか?」
「ザビニ。まさか聖域に行こうなんて考えてないですよね?」
「俺は森に足を踏み入れるほど命知らずじゃねーよ」
「へー」
「これ以上に信じてねえ返事はねえな!」
ザビニの言葉に対してアズラエルは懐疑的だったが、ファルカスは乗り気になった。
「僕もそろそろステューピファイをマスターしたし、覚えてみようかな、パトロナスを。アズラエルもルーピン先生に教えて貰おうよ。どうせなら競争しよう」
「うーん、君にそう言われたら断れませんねえ。ハーマイオニーも誘ってみますか」
四人組のなかで一人だけ挑戦しない、という状況にアズラエルは耐えられなかったのか、自分も挑戦すると約束した。ハリーの額の傷がずきりと痛んだ。
(……もし、皆が出来て僕だけが出来なかったら……)
ハリーは内心の不安を圧し殺すように、アズラエルに話題をふった。
「……そうだね。いいと思うよ。後は、いい感じの幸せ探しが必要かな。パトロナスを出すには明確な幸福の体験が必要だってルーピン先生も言ってたし」
「幸せですか。君くらい色々と成し遂げても出来ないのはかなりハードルが高いですねえ……」
「待てよ。そんなに凄い経験じゃなくてもいいんだぜ。俺はクラブでの練習のあとの紅茶の記憶で出したしな。……幽体だけど」
「自分にとって幸福な記憶であることが重要なんですねえ」
ザビニのアドバイスを聞きながら、ハリーはファルカスの方をチラリと見た。少し痩せた金髪の少年は、興味深そうにザビニの話を聞いている。
(……いや、待てよ。そういえばファルカスは、僕と同じで闇の魔術に興味があったような……)
ハリーの胸中に、ファルカスへの心配が沸き上がってくる。闇の魔術に関する記憶は、おそらくはパトロナスにとっては害あるものだとハリーは学んでいた。
(ファルカスが僕と同じ失敗をするとも思えないけど……一応それとなく伝えておこうかな……)
「暴力に関する記憶とかもなるべく避けた方がいいのかもしれないね。心の底から幸せになれるものじゃないと、幽体にも有体にもならないと思う」
「参考にするよ」
「彼女とキスした記憶でもいいんだぜ。ほ―ら、愛しのミリセントと……」
ザビニはにやにやと笑った。
「ちょっと……何を言ってるんですか!?」
アズラエルは顔を赤くした。ハリーは笑いながら、アズラエルに尋ねた。
「……ぼくも新しい幸せを見つけようかな。そういえば、絵画を展示してる美術館とかはホクズミードにはなかったかな?」
「絵画ですか?どうしてまた急に?君はクィディッチと決闘が趣味でしょう?」
「……クィディッチは一旦小休止だよ。実は、聖域で珍しいマグルの絵を見たんだ。だけど、その絵の価値がよくわからなくてね。ぼくは芸術……というか、教養方面は全然足りてないみたいだから、色んな絵を見て見識を深めておきたいと思って。そういう記憶も、パトロナスの足しになるかもしれないし」
「うーん、そうかなあ?」
「絵よりも体を動かす方が楽しいだろ普通」
ファルカスは首をかしげ、ザビニは無駄なことをと言ったが、アズラエルは文化的な活動にも理解を示した。
「それはいい考えですね。ホグズミードには小さいですが美術館もありますよ。この間、ミリセントと行ってきました。……マグルの絵画はありませんでしたけどね」
「それならそれでいいよ」
ハリーは内心で少し安心している自分に気がついた。魔法世界の絵画なら退屈することはないだろうと思ったからだ。
「ミス グリーングラスを誘ってみたらどうですか?」
「……どうだろう。彼女なら、魔法使いの絵画は色々と知ってそうだけど」
ハリーはダフネについて考えた。ダフネは魔法族のローブを身に付けてくるほどに魔女らしい魔女で、ハリーがダフネから聞いたところによるとインドア派でもある。ハリーは、ダフネが既に美術館を訪れているのではないかと思った。
「新鮮さがなくて退屈するんじゃないかな?」
「ハリーお前、そこは自分のトークで場を盛り上げろよ」
ザビニのもっともらしい突っ込みがハリーに炸裂した。
「ま、気分転換になるじゃないですか。美術館は大声での会話は禁止ですから大丈夫ですよ、きっと」
ハリーと違ってダフネならば魔法使いの絵画には詳しいだろう。それなりに歴史のある家柄は、幼少期から魔法使いの教養を教え込まれるものらしいからだ。シリウスと共に見た屋敷にも、魔法使いの長い歴史を思わせる書類は数多くあったし、よく見れば絵画もあったかもしれなかった。ダフネの家もそうだろう。
「まぁ、断られると思うけどダメ元で誘ってみるよ」
ハリーは週末に友達と遊ぶつもりで、ダフネを誘ってみることにした。
***
次の日、魔法薬学の授業を終えたハリーはダフネに誘いをかけてみた。ダフネは大鍋にこびりついた薬品を取るのに苦戦していた。
「やぁ、ダフネ。片付けるのを手伝おうか?」
「いいえ、これくらいは自分で出来るわ……エバネスコ(消失!!)……何の用なの、ポッター?」
ダフネは薬品を消失させようとするが、あまりうまくはいっていないようだった。変身呪文の応用で物体を任意の場所へと送る消失呪文を成功させるためには、物体の物性を理解しておかなければならない。調合に失敗し性質が変わった魔法薬を完璧に消失させるのは難しい筈だった。
「今週末何か予定はあるかなって思って」
「私は特にないけれど。どうしたのポッター?」
ダフネの側でパンジーが好奇心の塊のような視線をハリーに向けるのを無視して、ハリーは言った。
「ちょっと暇潰しに美術館に行こうと思ったんだけど、アズラエルたちに別用があるみたいなんだ。それで、よかったらだけど一緒に見てみない?」
「その美術館の展示内容によるわね。チケットを見せてもらえる?」
ハリーはアズラエルから受け取ったチラシをダフネに渡した。そのチラシは一見すると一枚だが、手に持って見ると美術品の製作者宣伝が何ページにも渡って続く。指でページの形をした部分にふれると、次の内容を確認することが出来る。魔法界ならではの凝った造りになっていた。
「…………若手のピクトマンサーばかり。ビッグネームは集められなかったのね」
ダフネはチラシを見てそう言った。ハリーはこれはダメだろうな、と思った。
「そう、じゃあ―」
ハリーは一人で行こうと思いチラシを受け取ろうとした。すると、パンジーがダフネを取りなした。
「え、ねえ待ちなさいよダフネ。折角誘ってくれたんだし……」
「いや、つまらなそうなら無理に来て貰わなくてもいいよ。無理に付き合わせるのも悪いし」
ハリーは無理強いするつもりなど無かった。慌ててそう言って引き下がろうとしたが、ダフネは何を言っているのかという風にハリーとパンジーを交互に見返した。
「行かないなんて言ってないわよ?観に行くわ。若手ということは、何か新しい技法が見れるかもしれないもの」
意外なことに、ダフネは乗り気なようだった。ハリーはエバネスコ(消去呪文)でダフネの大鍋に残った薬品を消去しながら、意外そうに言った。
「いいのかい?」
ダフネは新品同様に輝く大鍋を見て、満足そうに言った。
「くどいわ。大体ホグズミードなんて田舎の博物館よ?貴方に分かるように言えば、ルーヴルや大英博物館のような場所でもない。田舎の美術館に大層な期待はしないわよ」
(意外と詳しい……!!)
ハリーはダフネが魔法使いの家の教養は備えていることを疑っていなかったが、マグルの世界の教養もあったことに内心で驚きを覚えた。
(でも、それなら何か掴めるかも……)
「ダフネはルーヴルを見たことがあるの?」
ハリーがダフネにそう尋ねたとき、スネイプ教授の冷たい声がハリーたちの耳朶を打った。
「次の授業が始まろうというのに随分と呑気なものだな、ポッター!スリザリン一点減点。スリザリン寮の担任として、寮が恥を晒すような事態は許さん。早く次の授業に行きたまえ」
「し、失礼しましたスネイプ教授!!い、行きましょうダフネ、ポッター!」
ハリーはパンジーに連れられ、ダフネと共に薬学の教室から追い出されるように廊下に出た。パンジーやダフネの額には冷や汗が滲んでいるが、ハリーはどこ吹く風という様子で笑って誤魔化そうとした。
「いやぁ怒られちゃったね。ごめんごめん、二人とも」
「ポッターはスネイプ教授に叱られることに慣れすぎていないかしら!?」
「け、けれどスネイプ教授って、ポッターには厳しいわよね。ゴイルですら減点されたことはないのに」
ダフネやパンジーの困惑はもっともだった。しかしながら、ハリーはそれを気にしても仕方がないと笑った。
「まぁ……いつものことだよ。そういうのには慣れてるから」
ハリー自身の行動が原因だと言うには、スネイプ教授は初対面の頃から妙にハリーには厳しい。しかしそれでも、スネイプ教授は教師としてハリー自身を一生徒として評価してくれているからだと信じるしかなかった。
変身術の授業に向かう間、ハリーはダフネに魔法界の絵画について尋ねた。ダフネは美術クラブに所属しているらしく、ハリーが思ったよりも絵画についてはうるさかった。パンジーはそそくさとダフネから距離を取り、変身術の教室に一足早く足を踏み入れた。つまりは逃げたのである。
「魔法使いの画家にはどんな人がいるの?」
「高名な画家は全員が六十代以上の人たちばかりよ。動物学者や考古学の研究家らと行動を共にして、未知の秘境を絵にした画家もいるわ。そういう画家たちに比べたら、最近の画家の作品はこじんまりとしていて面白味に欠けるわ」
「けど、貴方からもらったパンフレットに載っているのはそれより若い新進気鋭の画家たちよ。もしかしたら、斬新で奇抜な絵画だったり、何か思いもしなかったような発見があるかもー」
ダフネは美術館に行くことに乗り気になっていた。どうやら前々から行きたいとは思っていたようだ。
(……まぁ、ああいうところを一人で行くのは勇気がいるもんなあ)
実際、ハリーは美術館に行ったことはない。単純にダーズリー家では小遣いが与えられなかったし、ダドリーやバーノンの趣味ではなかった。
ハリーが魔法使いの貨幣を得たあとでも、ハリー自身が絵画や芸術より魔法に魅せられていたので、美術館を訪れるという発想はなかったのだ。ハリーは少しの期待を少しずつ膨らませながら、その週の数多くの科目をこなしていった。
……しかしながら、ハリーとダフネはその週末、美術館を訪れることは出来なかった。金曜日の呪文学の授業で、ハリーたちのいる教室に五年生のケロッグ·フォルスターが駆け込んできた。彼は胸に輝く監督生バッジにもローブの汚れにも無頓着に、一人の生徒を名指しで呼んだ。
「フリットウィック教授。授業中に失礼いたします。……一人の生徒をお借り出来ますか?」
そして、その一人の生徒、ダフネ·グリーングラスが教室から出ていった。なぜそんなことになったのかはすぐに明らかになった。
ダフネの妹であるアストリア·グリーングラスが、DADAの授業中に発作を起こして倒れ、医務室に運び込まれたのである。ルーピン先生の適切な処置がなければ、命を落としていた、と談話室で一年生たちは語った。
ハリーはなぜそんなことになったのかを、嫌でも知ることになった。一年生たちはアストリアの出来事に大きな衝撃を受けていた。他所の寮生に対してはアストリアの秘密を守ったものの、身内である上級生たちには秘密を守ることは出来なかったのだ。
「わ、わたし止めるべきだったんです!朝から体調も顔色も悪かったのに!」
「落ち着きなさい、ユフィ!そんなことないわ、あなたのせいじゃないから!!」
イザベラ·セルウィンがそう必死に宥めるものの、一年生の女子たちは気に病んでいた。どうやらその女子は、アストリアと相当仲が悪かったらしい。
セルウィンはひとつの判断ミスをした。彼女は後輩思いで、後輩を落ち着かせて宥めるという判断をしていたようだった。しかし、気が動転した一年生が、冷静に言葉を止めることは難しい。
「ア、アストリアに血の呪いがあるって分かっていたのに!授業なんて休むべきだって、ルーピン先生は言ってくれたのに、どうして私アストリアを挑発なんて……!」
「嘘……あの子が……」
「ま、マジか……」
「ファルカス、血の呪いってまさか……」
ハリーはその名称に覚えがあった。一年生のとき、ユニコーンを襲いその生き血を啜ったことで、呪いに犯された魔法使いを知っていたからだ。
「……魔法使いを蝕む病だよ。……不治のものも多いんだ……」
血の呪い。
それはユニコーンの血の服用や、特定の闇の魔術を受けたことによる後遺症のことを指すこともある。その軽重は様々だが、なぜ血の呪いと呼ばれるのか。
それは、その呪いが受けた本人だけでなく、遺伝によって引き継がれることが多いからだ。魔法族、特に血統を重視するスリザリンの純血主義者にとっては何よりも恐ろしい病である。
魔法族を苦しめる病に罪のない一年生が犯されているということを、スリザリン生たちは否応なしに知ることになった。頭の先から爪先まで怒りに満ちたイザベラ·セルウィンは、その場にいたスリザリン生たち全員に箝口令を敷いた。
「今知ったことを口外した奴には、あたしがクルーシオ(拷問)をかけてやるわ!いいわね!?オブリビエイト(忘却)を喰らいたくなかったらさっさと寝なさい!そして……絶対に誰にも言うんじゃないわよっ!!」
彼女は限界まで怒ってなお、仲間に魔法をかけることを躊躇った。その甘さが仇となり、アストリアの個人的な事情をハリーたちの知るところとなってしまったのである。
ハリーは見舞いのためにアストリアの病室を訪れようとした。しかし、当のアストリアに拒絶され入ることは許されなかった。元々ハリーとアストリアには接点はなく、スリザリン生でありながら公然とマグル生まれの生徒と親しいハリーは、純血主義者であるアストリアにとっては裏切り者だったからだ。
血の呪いって遺伝するんですね(公式設定)。ちなみに幸運なことに、ダフネには遺伝していません。遺伝して体が弱かったら何かしらがあったでしょうが、原作でもそういったことはありませんでしたので。