「こんにちは!」
駆け寄る少女の声色はまだ春でもないのに春を待つ、そんな足取り同様に軽やかだ。
刻陽大学附属中学校の制服を着用した少女は今となっては実に珍しい――少女には似つかわしくない大仰な一眼レフを手にしていた。
「あ、申し遅れました。藤ヶ崎 モカです。モカちゃんです!
えーと、これですか? これはですね! 何を隠そう、このモカちゃん様!
刻陽中学卒業アルバム製作委員会を拝命しまして! つまり、『そーいう準備』的な?」
私立刻陽大学は横浜市西区の南西部に所在する。中等部・高等部の設立を行ない、その後、小等部の設立を行なった学校法人だ。
刻陽は所謂名門であり、街を見回せば『刻陽生』の姿は多く見られる。モカ曰く「
横浜は刻陽生の
陣地(」。そちらの真偽は知れたものではないのだが。
「製作委員会って何って? よくぞ聞いてくれました!
横浜の様子や刻陽生の様子をスナップして、それを集積していくの。
卒業アルバムにも使えるし、地元をより深く知る事が出来るでしょ? 私はまあ、面白半分って感じだけどね!」
悪びれもせずそんな風に言ってみせる。
ファインダーは様々なトラブルを切り取る事もままあろう。
自慢げに笑った彼女のデバガメ根性は達者なもので、放課後は街を練り歩いて様々な人の思い出を撮影し続けているらしい。
それは持ち前の好奇心の強さと活動性を示すものであり、言ってしまえば何とも実に『モカらしい』。
「
嘉神くん(には『程々に』って言われたけれどね、やっぱり楽しんだモン勝ちだと思うの。
だって、この年の私達は今しかないし、たった一度きりの
人生(は楽しんでおいた方が良いでしょう?」
モカはごそごそとポケットの中からスマートフォンを取り出した。
それ(があるなら不慣れなカメラを構える意味もあるまいが、彼女に言わせればそれでは「味が無い」とか何とかそんな具合なのだろうか?
「何か面白い情報があったら
皆で共有しない?
ちょっとだけ遠出する事になるんだけど……
古本屋「緑青堂」で立ち読みするのもオススメよ。
私はまだ中学生だけれど
高等部の先輩達も楽しそうだったの!
まだ時期ではないのだけれど、
素敵な公園で桜を見るのも楽しみなの。
あなたのオススメスポットがあったら教えて欲しいな! 連絡先交換しちゃう?」
あどけなく笑った少女はスマートフォンの通知を確認してから「げ」と呟いた。
『先約』の集合時間を忘れて写真撮影に――そして今のお喋りに興じていたのだ。
慌てた様子でスマートフォンをポケットに仕舞い込み、
本当の仕事を思い出した(ように一眼レフを構えた。
「ごめんね、私、そろそろ行かなくっちゃ! ――と、言うわけで」
陽の光を反射したレンズが動いた。モカはカメラを構え直してからピントを合わせる。
「学生証の写真も撮っておかなくちゃだし、横浜市の思い出って地元の人の話も聞いているのよ。
だから、一枚良ければどうかな? ね、ね? 減るモンじゃないし!」
これまでのこと。
これからのこと。
その全てを大切に保存して。
大人になったら擦り切れて何処かに行ってしまうようなものだからこそ大切にしたい。
だって、たった一度きりの人生だもの――切り取った瞬間はかけがえも無いものとなるのだから。
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