第4話 VSタコ型穢物・アンキョ

「天狗衆の天狗が人についてっていいのかい。私は鬼だから天狗社会に詳しいわけじゃないが」

「いいんだよ。俺師匠いねえし。この山に来たのだって、前の天狗がここを去ったからだぜ」

「私たちが恐れていた天狗は、確か天嶮てんけん天狗衆だったわね」


 人間である燎真にはさっぱりだが、妖怪は種族によってそのその社会性が違うらしい。

 山道を近道しながら下る間、空臣は「天狗は男好きなんだぜ」とか「鯖持ち歩いてねーだろうな」とか言ってきた。弱点を言いふらすあたり、未熟者の天狗らしい。普通、妖怪も人間も、自分の弱点を言いふらしたりしない。たとえそれが生物種的に知れ渡るものでも、仲間でもない限り共有しないだろう。


 彼は龍手の術で落ちた拍子におっことした杖を拾っており、歩きにくそうな一本歯の下駄で器用に歩く。鳥類の特徴ゆえか、体幹が優れておりそんな足回りでも転ぶどころかふらつく様子もない。


「天狗って、燦仏天系の妖怪じゃなかった?」

「まあ、神闇寮よりはそっちに括られるけど、どっちでもねーよ。俺らは神様の教えの外れにいるからな。だから俺らにとっての、いわゆる神様ってのは直属の上司に当たる天狗なんだ。俺らはいわゆる六道輪廻には属さず、独自の天狗道を生きてるからな。神も仏もねーんだわ」


 ほんのちょっとだけ天狗の社会が見えた。すると美琴がこっそり耳打ちしてくる。


「天狗は神様のために働いている、って思われるのが最大の屈辱だから、気をつけなさい。彼らにとっては神も仏も、龍神さえも平等に価値を持たないわ」

「ふうん……俺らとは違うんだな」


 山を下り、道路に出てきた。

 ジープは無事——いや。


 こちらに気づいた薄井が、必死に反対側を指差していた。ベルカがジープを超えてそこを見ると、岸壁から何かが這い上がってきているのが見える。

 戦闘した痕跡があるのを、遅れて駆けつけた燎真たちも見た。多分、式符で応戦したのだろう。祓葬師でなくても自衛用の式符や護符は持ち歩くものだ。まして薄井は祓葬師の部下である。札の扱いは得意だろう。


「ありゃあ暗渠アンキョか?」


 燎真はそう判断した。太刀を抜き、穢れを祓う龍気浄化の妖力を纏わせる。

 ベルカが「来るぞ、構えろ」と言った。


 直後、岸壁から触手が伸びてきた。タコのような足で、吸盤が揃っている。

 大蛇のように太い足が一本、美琴の前に叩きつけられる。彼女は素早く飛び退き、弓を構えた。青い妖力を帯びた光の矢を番え、放つ。目にも止まらぬ速度で、足の半ばに食い込んだ。

 遅れて、内側に秘められていた狐火が爆ぜ、発火した。足が一本燃え上がり、アンキョは全貌を表す。

 巨大な腐ったタコ。そうとしか言えぬ異相。アンキョは燃える足をトカゲよろしく尻尾のように自切し、迫ってくる。


「この穢れに巻き込まれてぐるぐるしてたんだろ、お前ら。いい迷惑だぜ、天狗の術の猿真似野郎が」


 空臣が錫杖を振るった。杖自体に龍ノ手を仕込んでいるのか、ボウと輝く妖力球が機雷のようにゆっくりと飛んでいく。かと思えば、一定距離進んだそれは思い立ったように加速し、アンキョに突っ込んだ。

 咄嗟に足を構えて防いだアンキョは、妖力の爆発に押されて怯む。


「いいぞ空臣! ベルカさん!」

「ああ」


 太刀を八相に構えた燎真と、無骨な作りの大振りな双刀を抜き放ち逆手に構えたベルカが突っ込む。

 身を守ろうと振るわれた足を切り飛ばし、刻み、肉薄。

 左側からしなる足に気づき、燎真は太刀を跳ね上げて鎬で防いだ。ギィンッ、と龍刃鋼りゅうはがねの刀身が音を立てる。

 失速した燎真に攻撃が集中するが、美琴がすかさず矢を番た。矢は実体ではなく、妖力でできている。それを撃ち放つと、空中で三つに分裂した。ドスドス突き刺さった矢が次々発火し、奇妙な悲鳴を上げながら、アンキョは泣く泣く足を落とした。

 残り四本のうち、二本をベルカに差し向けた。


「鬼を潰すのに足二本は足りなすぎる」


 ゆうに百キロは超えそうなそれを、ベルカは左腕一本、無骨な作りの一刀で斬り飛ばす。宙を舞った四メーター以上の足が、山の方へ落下。それを車から見ていた薄井は上官の雄々しい姿に惚れ惚れした。

 さらに一本、真上から叩き潰そうとするそれをベルカは右に跳んで回避。直後、足に飛び乗って切り刻みながら走る。ベルカの軌跡に血の間欠泉が吹き出し、アンキョの足の根本——頭部に迫る。


 残った二本の足のうち、燎真は一本を半ばから切り落とした。ベルカがもう一本の上を走り切り刻む頃、空臣の機雷が燎真を狙う足を防ぎ、動きが鈍ったところへ美琴の狐火矢が捩じ込まれた。


「燎真、体がデカい。同時に祓うぞ」

「わかった!」


 燎真は腰に引いた太刀を、ベルカは天高く掲げた左の刀と地面から抉り込むように構えた右の刀を、アンキョの頭部に突き刺した。

 カラクリ・龍ノ手から、龍気浄化妖力を叩き込む。青い輝きがアンキョの内側から溢れ、そしてそれが体を突き破って本体を浄化させた。

 穢れの核となる瘴気瘤に直に浄化妖力を叩き込んだ。こうすれば、どんな穢物とて即座に祓われる——いわゆる即葬そくそうだ。


 切り飛ばしたアンキョの足も青い粒子となって消えていく。残ったのは、アンキョの皮が一切れ。

 それを拾った燎真は、進路を確保したことに安堵した。

 しかし旅立ち早々、忙しすぎる。


「お疲れ様、みんな。怪我はないか」

「ない。みんなのおかげだ」

「私も平気よ。空臣は?」

「へーき。……結構いい感じに祓えたんじゃねえか? 結構いい組み合わせかもな」


 空臣が、それっぽく言ってきた。連れて行って欲しいと望んでいるのが明け透けである。


「空臣、君には師匠となる天狗がいないというが、ということは天狗にとって何を意味するんだ」

「痛いとこつくな……ベルカ、だっけ? まあ、師匠がいないってのは落ちこぼれってことだよ。でも、独学で天狗道駆け上がった先輩もいるんだ。俺にだってできる」

「なら俺たちと来いよ。山籠りはしないかもだけど、人手不足なんだ。優秀な妖怪がいると心強い。お前にとっても武者修行になるんじゃないか?」

「また簡単にそんなこと言う……あー、いや、反対じゃないのよ。でもね、男同士で乳繰り合わないで。そういう変な集団だと思われたら困るから」


 空臣は顎を撫で、頷いた。夜鷹のような、小柄でどこか憎めない天狗は胸を張る。


「乗った。で、どこいくんだ?」


 燎真と美琴も、その言葉にハッとした。

 そういえば出立するとは聞いたが、どこに行くか聞いていない。


 ベルカはフッと笑って、


「伊月県最大の都、秋川市。そこでまず、汽車に乗る」

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