A.スリザリンの伝統が嫌なら余所の寮に行ってください。これでもマシになってます。
ハリーたちはホグワーツ特急を降りて、一年生を残して馬のいない馬車へと乗り込もうとした。ハグリッドが一年生を渡し船へと誘導する傍ら、上級生たちは用を足したりホグワーツ特急への忘れ物を取りに戻ったりしながら、ゆっくりと馬車へと乗り込んでいく。上級生たちを守るように、ルーピン先生と監督生たちは杖を構えて生徒たちを見守っていた。
そんな中で、ルナは馬車の前の何もない空間に手を伸ばし、手に持った草がなくなる様子を見てにっこりと笑いかけていた。
何もない空間に手を伸ばしているように見えるルナを見て、青色のローブを纏ったレイブンクローの生徒たちがひそひそと囁く。ハリーは彼らを無視して、ルナに馬車に乗るようにと促した。
「ルナ。早く馬車に乗った方がいいよ。後ろもつかえてるし……」
「うーん、ちょっと待って」
「終わったら早く乗れよ。まったく、何も居ねえところに手を伸ばすから何事かと思ったぜ」
ザビニはルナが何に対して手を差し出しているのかも分からず、馬車へと乗り込んでいく。
「先に乗っているわね、ルナ。セストラルに餌をあげるのはほどほどにしておくべきよ。セストラルだって仕事中なんだから」
「隣の子が道草を食べてたから、この子も食べたいって顔してたんだモン」
ハーマイオニーはルナが何に手を差し出していたのか察したようで、ルナに苦笑しながらも馬車に乗り込んだ。ルナは左手一杯に盛った草が減っていく様子を眺めながら、満足そうに笑っていた。ハリーは他の生徒たちが馬車に乗り込んでいく間、ルナを待つことにした。
ルナの手に持っていた草が全てなくなると、ルナは何もない空間に手を伸ばし、何かを撫でるような仕草をする。
(……セストラルか……)
ハリーには、いや、ある条件を満たした人間でなければ見えないとされる魔法生物。ハリーは図書館で魔法生物飼育学について予習したとき、その生物についての記述が妙に印象に残ったので覚えていた。
(……『人の死』を目撃した人間にしか見えない……
僕は条件を満たしたんじゃないのか?だけど僕にも見えない。どうしてだ?)
漆黒の翼を持つペガサスの一種であるセストラルは、現行のどの箒より早い速度で空を駆けることが出来、温厚で知性もある生物として書物に記されていた。
しかし、人の死を目撃していなければ魔法使いにすら見えないのだ。そのため、セストラルは他の魔法生物と比較して温厚であるにも関わらず管理が難しいということで危険生物として指定されていた。
書物にはこうも記されていた。
セストラルが見えるということは、不吉の前触れであるとも。
ハリーはルナを見ながら、ディメンターによって目撃した両親の死を思い返していた。
(ルナは……誰の死を見たんだ?どうしてルナには見えるんだ?
……どうして見えなきゃいけないんだ?)
紛れもない死を目撃したハリーですら見えないというのに、セストラルが見える。この違いは一体何なのだろうとハリーは思った。あるいは、才能というものなのだろうかとハリーは考えながら、セストラルが見える条件について思いを巡らせていた。
ハリーはルナを見ながら、ふとルナがセストラルが見えるということが、ひどく悲しいことのように思えた。死を目撃したというだけでも暗く沈んだ思いになるというのに、セストラルが見えるというだけで周囲から浮いてしまう原因になっている。
ハリーは閉心術を使いながら、ルナに対して抱いた複雑な感情を抑えて笑って言った。
「凄い食べっぷりみたいだね。セストラルがどんな顔をしていたのか、僕も見たかったよ」
「ハリー、本当に居るんだよ-ここに。つやつやした毛並みで柔らかい羽根を持っててね。綺麗な目で見てくるの。のっぺりした顔だけど草を美味しそうに食べてたんだ。皆もラックスパートが見れたらいいのに。スッゴく可愛いのに……」
「ラックスパートじゃなくて、セストラルだね」
「えー」
ハリーはわざとルナに聞こえるよう少し意地悪く言った。ルナは少し怒りながらもハリーに続いて馬車に乗り込んだ。
馬車の中で、ルナが書いたセストラルのスケッチを皆で流し見つつ、ハリーたちはホグワーツへの到着を待った。
ルナが杖を振って自動で書き上げたセストラルは毒々しい色合いの謎の生物だった。ハリーは苦笑しながら、ルナの作り上げたセストラルらしき馬の絵を受け取った。ハリーはいい絵だと思った。絵の中のセストラルは、つぶらな瞳で草を食んでいた。
***
ホグワーツに到着したハリーたちを待ち構えていたのは、いつにもまして不機嫌そうなスネイプ教授と、いつも通りに毅然とした態度で生徒たちを出迎えるマクゴナガル副校長の姿だった。マクゴナガル副校長は、訪れた生徒たちに異常がないことを確認して宴への出席を許可した。
席に着いたハリーたちは、ケロッグ·フォルスターというスリザリンの新監督生から今年入学するであろうスリザリン生について説明を受けていた。
「諸君、僕が新監督生のケロッグだ。今年の入学者の中には聖28一族のミス·グリーングラスやミスタ·ブルストロード、ミスタ·セルウィンがいる。我がスリザリンに招かれた時は温かく迎え入れてあげてほしい」
「勿論ですよ、フォルスター。スリザリンの仲間なのですから。その子達のために席を空けておきましょうか?」
ドラコは如才なくそう申し出てケロッグを喜ばせた。
ケロッグは決闘クラブに顔を出したことはない。スリザリン生らしく余所の寮生とあまり交流を持たないものの、マクギリスをはじめとした純血主義を掲げる上級生や同級生とも仲が良い。純粋に仲間思いであるがゆえか、それとも余所の寮生に対して苦手意識があるがゆえかは分からないが、ケロッグはマクギリスを見習ってか、スリザリンの仲間に対しては一際寛容だった。
(……わざわざグリーングラスだのセルウィンだのに言及したのは、まぁ、スリザリンがそういう寮だよってことを新入生たちに示すためか。僕みたいなのがいたら面倒だもんな)
ハリーは、ケロッグの意図を推測した。
スリザリンの監督生として、ケロッグは確実に純血とされる生徒以外でも支援はするだろう。それでも、『純血』である生徒に対しては特別の待遇をする。そうやって序列を示して作り上げることで、スリザリンの一年生同士の揉め事を極力起こさないようにしようという意図を読み取った。
「是非そうしてくれ、ドラコ。それからポッターもな。有名人に気にかけてもらえたというだけでも、あの年頃の子達にとっては心強くなるものだ」
ケロッグは冗談目かしてそう言うと、真面目な顔でこう付け足した。
「新入生たちは慣れない寮生活で戸惑うことも多いだろうし、困っていても、本人の口から相談することは難しいかもしれない。新しく入った子たちが何かに困っているようであれば僕に報告してくれると助かる」
「分かりました、ケロッグ先輩」
ハリーたちも頷き、やがて新入生たちが大広間に到着すると組分けが開始された。
「さて、今年はどんな子が来ますかねえ」
「……問題児でないといいですけど」
アズラエルがのんびりと言った。アズラエルは新入生たちの顔を見回しながら、何か心配しているようだった。
「……僕のときみたいな変わり種も混じってると思うなぁ。三十人もいれば、そりゃあね」
ハリーはアズラエルにそう言った。ハリーや去年のイーライもそうだが、スリザリンに求められる資質を持っていても、スリザリン内部の人脈を持っていない生徒というのはいつの時代も入ってくる。純血とされる魔法使いの数が少なくその数が減少傾向にある以上、外部からの血を受け入れなければスリザリンというコミュニティが存続できないからだ。
「ま、ハリーほど変わった奴は居ねーだろうけどよ。うちの売りは『狡猾さ』だぜ?問題児であることは覚悟したうえで迎え入れるべきだろ。ファルはどんな奴が来ると思う?」
「僕は案外いい子が来てくれると思うんだけどなあ。ほら、秘密の部屋も無くなったしさ」
ファルカスは希望的観測を口にしたが、ハリーはそれはないと首を横にふった。
「ケロッグ先輩は28一族を優先しろって言ってたから、普通のいい子を迎え入れる気は無いとおもうな」
ハリーの言葉に、ファルカスは残念そうな顔をした。ファルカスは小さく、周囲に聞こえないような声でハリーに言った。
「君が少しやる気を出してくれたら、そういう風潮も変わるんじゃないかな」
「聖28一族について本人たちがどう思ってるのかをまず知らないと駄目だろ。当人の意思も確認せずに動くのは良くないよ。それに僕はディメンターに気絶させられたんだよ?新入生たちから見て、僕の言葉には威厳もなにもあったものじゃないよ」
ハリーがそう言うと、ファルカスは不満そうだった。ハリーはファルカスが小さくため息をついたような気がした。その代わり、とハリーは付け足した。
「……もしも寮に馴染めない変わり者が居たとしたら、決闘クラブに誘うくらいはするけどね」
スリザリンに組分けされる生徒たちは、今年も例年通り他の寮より数が少なかった。彼ら彼女らがドラコの次にハリーに挨拶してくるのを若干恥ずかしく思いながら、ハリーも新入生たちを温かく迎え入れた。ダフネの妹らしき新入生はドラコに釘付けになっていて、ミリセントの弟らしき新入生はアズラエルのことを睨み付けていた。セルウィン家の少年は同年代で見知った生徒がその女子二人しか居ないらしく気まずそうにしていたので、監督生のイザベラ·セルウィンに小突かれて小さくなっていた。
宴の最後に、ダンブルドアは普段の陽気さを少し抑えて言った。
「皆も知っての通り、現在魔法界では一人の闇の魔法使いが世に解き放たれてしまった。魔法省はどうやら、闇祓いではホグワーツを守るには足りないと判断したらしい。誠に残念なことに、闇の魔法使いが捕縛されるまではディメンターがホグズミードやホグワーツの周辺で警戒にあたる」
ダンブルドアは、ハリーや双子のウィーズリーに視線を向けたような気がした。
「ディメンターは危険な闇の魔法生物だ。彼らと交渉しようとしたり、出し抜こうなどと考えてはならない。生徒諸君は彼らと適切な距離を保ち、己の身を守ることを最優先にするように。……それでは、解散とする!」
***
宴が終わった後、白髪交じりの茶髪の男性、リーマス·ルーピンはダンブルドアに報告を行なっていた。報告内容は、列車にディメンターが紛れ込みルーピンの手でディメンターを撃退したことだ。ルーピンには一つ疑問があった。
「ディメンターは理由を『闇の魔法使いが居るかどうか調査するため』と言っていました。私は無言呪文でコンパートメントを調べましたが、闇の魔法道具や闇の魔法使いの痕跡を見つけることは出来ませんでした。DADAの教師に任じられながら不甲斐ないばかりです」
ルーピンはダンブルドアに対して恐縮して言ったが、ダンブルドアはルーピンの言葉に、己の瞳を輝かせていた。
「いいや。生徒たちを守ってくれたばかりか、そこまで調べてくれていたのは僥倖だ。リーマスよ、君がいて本当に良かった」
「私には勿体ないお言葉です」
ルーピンはひたすらダンブルドアに対して恐縮していた。ルーピンの中で、ダンブルドアには返せないほどの恩があったからだ。
「ダンブルドア。ひとつ質問をしても宜しいですか?」
ルーピンはダンブルドアに対して恐縮しながらも、DADAの教師として確認しておかねばならないことがあった。ルーピンの言葉に、ダンブルドアは快く応じた。
「何かな?言ってみたまえ、リーマス」
「……ディメンターは理由を明かしませんでしたが、なぜコンパートメントに侵入したのでしょう?闇の魔法使いや闇の魔法道具の痕跡が無い以上、連中が引き寄せられる理由は無い筈です」
ルーピンの問いに、ダンブルドアは少しの間を置いて言った。
「ディメンターの生態から考えれば、若い生徒たちの幸福感を感じとり、それを補食しにやってきたと見るべきだろう」
「……やはり、そうでしょうか?」
ルーピンはダンブルドアの言葉に納得したような、しかし半信半疑な様子だった。そんなルーピンを見て、ダンブルドアは安心したように言った。
「その推測では納得できないと思うのだね?」
「……ええ。ディメンターの言動を信用することは出来ません。連中は、幸福を吸収できれば何でも良いと考えている。ダンブルドアが仰っているように危険な存在です。ただ……」
「……その機会を我慢できないほどに愚かでもない」
ダンブルドアは言葉を引き継いだ。
「ディメンターにも、知性はある。損得の計算が出来る。合法的な形で少しずつ人間から幸福を吸収し続けるほうが、法を犯して生徒に近付くより得な筈だ。だからディメンターの言葉に嘘はないと思うのだね?」
「ええ。しかし、闇の魔法使いや闇の魔法道具を探していた、というその原因が分からない」
「一体何に反応したのか。それさえ分かれば、同じことが起きないよう対策も立てられるのですが……」
ダンブルドアは優しく微笑むと、ルーピンに己の推測を明かした。
「……私の所感だが、彼らは闇の魔法使いに反応したのだと思うよ、リーマス」
「それは一体……?私でしょうか?」
「いいや。君は闇の魔術を行使したことはあるまい。少なくともこの十年は」
「……ええ。戦争が終わってからは一度も」
ルーピンは断言した。魔法戦争の際には、ルーピンも生き延びるために最悪の魔法すら行使した。しかしルーピンが心の底からそれを好んだことは一度もなく、情勢が安定してからは闇の魔術とも距離を置いた。
「ディメンターが狙ったのは、おそらくはハリーだ」
「ジェームズの息子を?なぜ?」
ダンブルドアはショックを受けたような顔のリーマスを見ながら、言葉を続けた。
「……ハリーは前学期、生き延びるために闇の魔術を行使して、バジリスクを殺害した。この事は他言無用で頼む」
「……なっ!?……!…………勿論です。私の杖にかけて誓います」
ルーピンが内心でダンブルドアの言葉を理解し、驚きを噛み殺しながら杖にかけて他言無用にすることを誓うと、ダンブルドアは青い瞳に憂いを帯ながら言った。
「多感な時期の少年だ。私たち教師も距離を置くようにと再三言った。それにあの子も頭では、闇の魔術が誉められた手段ではないと理解しているだろう。しかし」
ダンブルドアの後ろで、不死鳥のフォーカスが悲しそうに鳴いた。
「ハリーは成功体験を得てしまった。闇の魔術による殺害という結果は、この際致し方ないことだが、それによって生き延びたという体験は脳と魂に強く刻まれてしまった。人は一度手にした成功体験をおいそれとは捨てられん。頭で、知識としては悪いものだと理解していても、魂が闇の魔術をさほど悪いものだと認識できなくなっているのだ」
「……まるで麻薬中毒者のように?」
リーマスは呻いた。戦争中に嫌というほど見てきた闇の魔法使いという名前のチンピラたちがリーマスの脳裏によぎった。
「ハリーは闇の魔法使いになりかけているかもしれん。少なくとも、ディメンターがそうだと認識できるほどに」
「……」
リーマスは掌を強く握りしめた。
闇の魔術に手を染めたとしても、大成した魔法使いはいる。ダームストラングにはそのカリキュラムがあるし、実際近年のダームストラングでは、犯罪者としての闇の魔法使いを排出した数も少ない。しかしホグワーツにおいては少々事情が異なる。
まず、英国魔法使いの間では長きにわたって闇の魔術と死の呪いや支配、そして拷問は禁じられてきた。それによって、闇の魔術を行使しながらそれを制御するという精神面の制御技術は一部の闇祓いたちに独占され、戦争時代にやっと犯罪者に対して闇の魔法を使用することができるようになった。要するに、闇の魔法使いを社会にとって益となるものとして制御するためのノウハウがホグワーツのカリキュラムから失われていたのである。
闇の魔術に適応するように変化した魂や精神を矯正することが出来ないなら、闇の魔術を知り行使できるまま、精神面を可能な限りケアし、犯罪に至らないように真っ当な方向に進ませなければならないのだ。これはホグワーツのDADA教授が求められる仕事ではなかった。
あるいはディメンターという存在が来なければ何の問題もなかった。闇の魔術に手を染めていても、ハリーは他の生徒と同じように日常生活を送ることが出来ている。そこから体験を積み重ねて距離を置けば、変質した魂ももとに戻っていくだろうからだ。
「リーマス。君に頼みたいことがある」
ダンブルドアは少しの沈黙の後、ルーピンにそう切り出した。
「どういった用件でしょうか」
(……この仕事を引き受けた以上、逃げ場は存在しない。そもそも私に、ダンブルドアを裏切るという選択肢はない筈だ。そうだろう)
ルーピンは何となく、この先に告げられる言葉を理解していた。そして、覚悟した上でダンブルドアの言葉を待った。
「ハリーに『挫折』を、与えてほしい。君にしか出来ない役目だ」
そうして告げられたダンブルドアの言葉は、ルーピンの予想から斜め上にあった。ルーピンは困惑しながらも、ダンブルドアの頼みを了承した。
セストラルが見えないザビニとハリー(ハリーは原作通り)……
前者は心の底から養父たちの死を悼めているのかどうかザビニ自身にも分からないし後者は記憶で死を実感しただけだからだと思う。
きっと、多分、おそらく二人が薄情な訳ではない筈です。