蛇寮の獅子   作:捨独楽

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絶命日パーティー

 

 

 

 ハリーはクィディッチでの初試合が近づいていた。秘密の部屋やコリンを石にした犯人への確たる手がかりはなく、ハリーは日常のあれやこれやに追われていた。本格的にクィディッチを始めたことで、日々の勉強にもメリハリができ、充実していた。

 

 シリウスはとても忙しいようで、ハリーに対して返事をくれる回数は減っていたが、その分一回の手紙の情報量は膨大になっていた。ハリーはパンジーの惚れ薬や、マグル差別についてロンと対立したことや、スリザリンクィディッチチームがニンバス2001を揃えているという情報は伏せて、コリンのことやクィディッチの選抜でシーカーに落ちてチェイサーに選ばれたこと、決闘クラブのこと、ドビーについての話と秘密の部屋という単語について、何回かに分けてシリウスに伝えていた。シリウスはハリーが秘密の部屋に関わることを望まなかった。

 

『秘密の部屋は、一部のスリザリン生が私たちのような他の寮の生徒をビビらせるために話していたことがある。サラザール·スリザリンがホグワーツの中に怪物を残したという謂れがあるそうだ。恐らくは単なる噂か怪談で、それに便乗した輩の犯行だろうが、用心するにこしたことはない。君が対処できる案件ではない。そちらは教師たちに任せておけ、ハリー』

 

 シリウスのこの言葉は悠長なものに思えた。すでにクリーピーが被害にあっているのに、教師に任せていていいのだろうかとハリーは思った。防衛術の教師であるはずのロックハートが頼りにならないのに、どうして心穏やかでいられるのだろうか。

 

 そして、シリウスはハリーがチェイサーに選ばれたことを本当に喜んでいた。

 

『君は本当によくやった、ハリー。今は悔しいだろうが、その悔しさを忘れずに練習するんだ。君の父さんもチェイサーだったが、本当にいいチェイサーになった。あいつは試合の度にゴールを決めて、君のお母さんからはたかれていたものだ』

 

 シリウスに父親のことを言われると何だかむず痒い思いがした。ハリーはチェイサーに選ばれた喜びを胸に、シリウスに勝利の報告ができるように頑張った。そしてハリーが頑張れば頑張るほど、ドラコの口数は少なくなっていった。普段ならハリーに向けて嫌みのひとつでも口にするはずなのに、ドラコは箒に乗ることしか頭にないようだった。

 

 

「最近、ドラコの様子がおかしいんだ。何か調子が悪いみたいでさ」

 

 魔法探究会の集まりは決闘クラブやクィディッチの活動に押されて休業状態だったが、その日は珍しく六人が揃っていた。六人は図書館でヒソヒソと声を潜めながら、話し合っていた。

 

「ハリーが気にするべきは次の試合の得点数だぜ。これで点が取れなかったらいい笑い者だ」

 

「マルフォイのことはマルフォイが自分で何とかするでしょう。ハリーは結果を出さないと批判の矛先にされますよ?ハリーが純血主義でないことを快く思わない人は居ますからね」

 

「そういう人の声は聞き流すことにしたよ」

 

 ハリーはパンジーのむかつく笑い顔を思い出した。純血主義を掲げるのもそれを信じるのも勝手だが、ハリーに押し付けることだけはやめて欲しいものだと切に願った。

 

「ニンバスはいい箒だもの。練習通りにやれば大丈夫だよね、ハリー?」

 

「うん。本番でどれだけ練習通りにやれるかが鍵かなぁ」

 

 ハリーはハッフルパフを舐めているわけではなかった。アズラエルに頼んでハッフルパフの練習を偵察したところ、彼らには確たる戦術や人員の変化は見られないという言葉が返ってきた。スリザリンにとっては大事な初戦において、勝つための手を尽くしているスリザリンと無策なハッフルパフとでは雲泥の差があると踏んでいた。この場にはロンも居るので、練習の詳細を明かすことはしなかったが。

 

「……どうしたの、ロン。ずいぶん浮かない顔だけど」

 

 ロンを心配してか、ファルカスが声をかけた。ロンも今日は口数が少ない。いつもなら冗談の一つでも飛ばして司書のマダムにどやされるのに、今日はハーマイオニーの図書探しに付き合いながら魔法薬のレポート作成に没頭していた。

 

 充実した表情のハリーと比べると、ロンの顔には本当に元気がなかった。ハリーたち六人はたまに決闘クラブに顔を出して魔法を試すようになったが、ロンはバナナージ先輩や黒人のリー·ジョーダン、グリフィンドール監督生のガエリオやグリフィンドールの六年生の監督生であるアグリアスなどに可愛がられていて、魔法の腕も少しずつ向上していた。暗い顔をするような要素はなかったはずだ。

 

(寮で何かあったのかな?それこそ、僕と一緒にいることが駄目だと兄さんに言われたとか?)

 

 ハリーは暗い顔をするロンが心配になった。もしかしたら、スリザリン生と親しくしていることでグリフィンドール生から何か言われたのではないかと思った。スリザリン·クィディッチ·チームの全員がニンバス2001を手にしたことは学校中に知れ渡っていて、今ではスリザリンは三つの寮にとって共通の悪役だった。

 

「あー、ジニーがな。俺の妹なんだけど、このところ調子が悪いみたいで」

 

「妹さんか……それは心配だね」

 

「そうなんだよ。ジニーは家にいるときは物凄ぇワガママなんだけど、学校じゃ人見知りしてるみたいでさぁ」

 

 ジニー·ウィーズリーがどういう生徒なのかはハリーには分からなかった。単純に寮も学年も違うからだ。コリン·クリーピーが石になっていなければ、ジニーについて今頃詳しく知っていただろうが。

 

「何だよシスコンか?心配性なんだな」

 

「は?」

 

「ザビニ、煽らない」

 

 

(間違いなく、空飛ぶ車の一件が尾を引いたんでしょうね……)

 

 アズラエルは内心で、原因はアーサー·ウィーズリー氏が罰金を受けたことだと思った。わざわざ口に出すということはしなかったが、彼はスリザリンの女子がジニーをあまりからかわないようにこっそりと手を尽くした。その代償に、アズラエルには最近彼女ができていた。

 

「……寮生活と普段の生活じゃあ勝手も違うんだろうね。ハーマイオニーから何かアドバイスとかしてあげられない?」

 

「そうね。私も去年は苦労したから、ジニーの気持ちになって助言できると思うわ。最初の友達づくりに失敗すると、尾を引いてしまう気持ちも分かるもの」

 

「グリフィンドールはスリザリンほど身内意識は強くないんですねえ。上級生が声をかけたりしないんですか?」

 

「監督生が何かしら助言はしてると思うわ。……けれど、監督生はお兄さんお姉さん過ぎて心を開けていないんじゃないかしら」

 

「気持ちは分かるなあ……」

 

「決闘クラブに誘えたらいいけど、クラブはほとんど上級生ばかりで一年生が居ないしね……」

 

 ファルカスはそう言ったが、ハリーは何となくロンの妹が心配になってロンに言った。

 

「僕が練習相手になるから、妹さんを誘ってみてよ。気が紛れるかもしれないよ?」

 

「ジニーにはまだまだ決闘ははえーよ。危ないし、まだ基本の魔法だって覚えてないし。せめて来年……いや、再来年になってからだな」

 

 ロンの言葉に、ロン以外の五人は目配せをしあって共通の認識を持った。

 

(本当に妹さんが好きなんだな……)

 

「決闘クラブはハーマイオニーですら負け越す魔境だもんなぁ」

 

「相手が上級生だからだぜ。ハーマイオニーはこないだリー·ジョーダンをボコボコにしてたじゃないか」

 

 ハリーやロン、ファルカスだけではなくハーマイオニーも決闘クラブでめきめきと力をつけていた。秘密の部屋がスリザリンが残したもので、マグル生まれを襲うために作られたものだと知ると、ハーマイオニーは野蛮だと言っていた決闘にもやる気を見せていた。反射神経の関係でハリーやファルカスを相手にしたときの勝率はそこまで良くないが、彼女が適切な動きかたを覚えたら勝負はわからないとハリーは思った。今は十回やれば七回はハリーが勝てるのだが、確実に差は縮まっている。これからどんどん勝てなくなっていくだろう。ハーマイオニーに勝ち越し続けるには、ハリーの側でも何らかの対策が必要だった。それこそ、プロテゴを習得するような根本的な進歩が。ハリーは今度、バナナージ·ビストに頼み込んでプロテゴを教わろうと思った。

 

 

***

 

 コリンが石にされて一月あまりの月日が過ぎた。石を解くためのマンドレイクの栽培も順調だった。ハリーたちスリザリンの部屋の四人は、大広間でハロウィンのパーティーを楽しんでいた。

 

「ロンとハーマイオニーがいないね。せっかくのパーティーなんだから戻ってくればいいのに」

 

 ハリーはグリフィンドールのテーブルを見た。監督生のガエリオは双子のウィーズリーに監督生のバッジを花飾りに変えられていた。いつもなら間にネビルなり、ディーン·トーマスなり、シェーマス·フィネガンなりを挟んで駄弁っているはずのロンとハーマイオニーは、ハロウィンのパーティーではなく、寮つきゴーストのニコラス卿の絶命日パーティーに参加していた。

 

「肝試しデートのつもりなんだろ。パーティーの料理は同じ寮のダチにとってもらっておけば後で食べられるしな」

 

 ザビニは二人についてそう茶化した。ザビニはロンとハーマイオニーがいつ付き合い出すかでファルカスと賭けをしていた。

 

「僕はデートじゃなくて遊んでるだけだと思うなあ」

 

 ファルカスは二人は友人同士だという意見だった。この手の話題になると、ファルカスは決まってハリーのほうを見た。

 

「ハリーはどう思う?」

 

「どうって……そりゃ、デートなのか遊んでるのかは二人の認識次第なんじゃないかな。二人は滅茶苦茶仲がいいんだし、それでいいだろ?」

 

 ハリーは恋愛というものをしたことがないが、今はその手の話題はあまり考えたくなかった。惚れ薬で抱いた最悪の感情が本物の恋愛だというのなら、いっそ一生その手の感情とは距離を置いていただろう。惚れ薬での感情は薬品による依存症のようなもので、本物の恋愛感情ではないと頭では分かっていても、恋愛について考えると少しだけ額の傷が痛むのでハリーはその手の話題を避けていた。

 

「まぁあの二人は普通にライクでしょうよ。ファルカス、チキンが冷めますよ?」

 

 ハリーの内心を知ってか知らずか、アズラエルがその後別の話題を提供してくれたのでハリーは恋愛について考えずにすんだ。

 

 

***

 

 ハロウィンの喧騒の中、ハリーはロンとハーマイオニーのことが気になってふと席を立った。特に何かしら考えがあった訳ではないが、脳内にはザビニの肝試しデートという言葉が木霊していた。

 

(……って。何を考えてるんだ僕は。仮にデートだったら水を差したら悪いだろ)

 

 ハリーはロンとハーマイオニーの顔がみたいと足を運んだが、絶命日パーティーの会場に入る勇気はなかった。二人に嫌われたくはない。偶然を装って出会ったようにできないものかと思ったが、うまい言い訳が思いつかない。

 

(……去年のハロウィンのときはトロルが来て。トイレで三人で戦ったんだったっけ。そう言えば、あのときはマートルが助けてくれたんだった……)

 

 ハロウィンの会場を抜け出してきたのに、ハリーは結局絶命日パーティの会場には入らなかった。そもそもハリーは二人と違って、ニコラス卿から誘われてすらいないのだ。ハリーは仕方なく廊下をうろついて、男子トイレに入ろうとしたとき、隣の部屋の女子トイレから出てきた女の子とぶつかった。ぶつかった勢いで、女の子の帽子がパタリと落ちた。夏休みの間に良くみたライオンの帽子ではないが、奇抜な鷲の帽子だったハリーはこの帽子を被っていた少女に見覚えがあった。

 

「ぶつかってごめんね。ちょっと急いでたんだ……ルナ?」

 

 ハリーと衝突した少女は、一年後輩のルナ·ラブグッドだった。彼女の目元や鼻の辺りにはひどい泣きあとがあった。

 

「……アンタ、ハリー·ポッター。スリザリンに魂を売ったヒトだね」

 

 ルナは独特の感性を持っているサブカル系の女子で、歯に衣着せぬ物言いをすることがあった。周囲の空気が読めないところはあるが、コリンとは違って自分から周囲に関わって害を振り撒くところはない。

 

「そうだよ。スリザリンは僕に良くしてくれるからね。他の寮とは違って」

 

「ふうん。アンタ、スノーカックを探してたの?」

「いや、まあ……それでいいか。そうだよ」

 

 

 ハリーはコリンが石にされてから、決闘クラブのメンバー以外の他寮生からは少し遠巻きにされていたので、それらしい物言いをすることにしていた。ハリーとルナの会話を、トイレの中からマートルが羨ましそうにみていた。ハリーはマートルにも挨拶をすると、礼儀正しくそっとドアを閉めた。マートルの嘆きが扉ごしにハリーの耳をうった。

 

「夏休みのアンタはもっと楽しそうに見えたけどな?」

 

 ルナはハリーのあとについてきた。ハリーは彼女の目元の涙が見るに耐えなかったのでハンカチを貸した。ハリーは彼女がなぜ泣いていたのかについては触れなかった。何となく去年のハーマイオニーを思い出したからだ。ただ、ハロウィンの喧騒に戻ることはせず、あてもなくぶらぶらと校内を散策した。

 

「去年、三階でアンタたちは賢者の石を守ったってホント?」

 

「僕以外の皆が活躍したのは本当だよ。僕は何もできなかった」

 

「ふーん。案外大したことないんだね」

 

「だから立派になるために頑張るんじゃないか」

 

 ハリーはルナに笑顔が戻ったのを見計らって、ひとつの提案をした。

 

「その帽子を被ってこないって約束できるなら、決闘クラブに参加してみない?決闘のときは帽子が邪魔になるからさ」

 

「ルナティックスノーカック探しが落ち着いたら考えてあげてもいいよ」

 

 そんなどうでもいいやり取りをしながら時間を潰していると、ハリーはふと、『殺してやる!』という声を聞いた。

 

「誰だ?!」

 

「アンタがどうしたの?」

 

 ハリーは声を聞いたのが、ハリーだけだと気がついた。最初は聞き間違いかと思ったが、引き裂いてやるだの飲み込んでやるだのと物騒な声が聞こえることに変わりはなく、ルナがそれを聞こえないことにも変わりはなかった。

 

(蛇語だ!!)

 

 ハリーは汗を流して焦りながら、ルナにパーティーに戻るように言った。そして、声のするほうまで急いだ。ポケットのハンカチを蝶に変えようとして、ルナに貸していることに気付いた。

 

「ルナ、君はパーティーに戻るんだ。ここにいちゃ危ない」

 

 ハリーはそう言ってルナを戻そうとしたが、彼女は引かなかった。

 

「アンタだけに聞こえる声があるの?アンタ、もしかしてスノーカックが見えるの?」

 

(違うよ!!)

 

 ルナに構っている時間はなかった。声はハリーから遠ざかり、別の獲物を探しているようだったからだ。ハリーは声のするほうに走り……ルナは女の子とは思えない脚力でハリーについてきた。そして、ハリーとルナはミセス·ノリスが石にされていたのを発見した。

 

「『秘密の部屋は開かれた 継承者の敵よ、心せよ……?』何これ?ハリーは何か知ってる?」

 

 ハリーとルナはミセス·ノリスが石にされた現場の第一発見者となり、次の日、ハリーはまたしても三つの寮の生徒から遠巻きにされるという被害にあった。今回の件で良かったことと言えば、ルナが決闘クラブに顔を見せるようになったことくらいだった。


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