それはそれとしてシリウスの思想教育は進みます。
ハリーはシリウスの教育を受けることで、自分でも驚くほど勉強が捗った。ハリーにとってシリウスは心から尊敬できる大人で、完璧な存在のように見えた。
そんなシリウスだが、ハリーにとって一番重要なところでハリーの気持ちが分かっていなかった。シリウスがハリーをマグルと関わらせようとすることに、ハリーは悩んでいた。
(僕はマグルが嫌いなのに。何でシリウスはマグルなんかと関わろうとするんだろう)
シリウスは闇の魔法がかかった道具や、マグルの世界では麻薬となるような違法な魔法薬を取り締まっているらしい。八月に入ってから、その仕事におわれてシリウスがハリーに授業をしてくれる回数は減った。それでもシリウスは、ハリーが魔法使いの友達やマグルの子供の友達と遊んでいるかどうかを聞いてきた。
「大丈夫だよ。僕はマグルとだって遊んでる……」
ハリーはシリウスに嘘をついていた。ハリーが遊ぶのは魔法使いの友達とだけで、マグルの子供に話しかけようとはしなかった。ハリーは、シリウスがマグル好きであることを軽い愚痴のつもりでザビニやファルカス、アズラエルに相談していた。
「シリウスは分かってないんだよ。マグルとだって仲良くしろって言うけどさ……そりゃ、クリスティーナさんはいい人だよ?だけど、僕がマグル嫌いだってことももう少し考えてほしいよ」
「流石に失礼ですよ、礼儀正しく対応してくれた人を嫌うなんて」
アズラエルはどこまでも常識的で、かつスリザリンの美徳に反しない限りでハリーの話に乗った。アズラエルはマグル嫌いであることを否定せず、きちんとした人にはしっかりと対応すべきだと言った。
「……分かってるよ。クリスティーナさんはいい人だってことは分かってるんだ。でもシリウスは僕の気持ちを考えてくれないんだよ」
ハリーはシリウスに対する愚痴をシリウスには言えなかった。ダーズリー家を離れた今、唯一の保護者への不満なんて言えるはずがない。なので、ハリーはすまないと思いながら友達に愚痴を漏らした。
「大人って、目の前にいきなり嫌なものを出された人の気持ちとか考えないのかな」
この夏休みでロンやハーマイオニー、ドラコとも再会したが、この不満を明かせるのはアズラエルたち三人しか居ないとハリーは思っていた。
(ドラコやダフネはたぶん純血主義だし……ロンはマグル好きだ。ハーマイオニーは……両親がマグルだ……)
純血主義というほど過激ではなく、マグル好きというほどでもない友達はハリーにとってはこの三人だけだ。ハリーはマグル嫌いであることを友達と共有したかった。変な考えに結び付かない範囲でだ。マグルだから魔法で傷つけてもいいなんて考えてもしやってしまえば、ハリーは退学になった上で嫌いなダドリーと同じ存在になってしまうからだ。
「シリウスさんは純血なんでしょ?」
ファルカスは首をかしげていた。
「それなのにマグル好きになるなんて変な人だよね……」
「あの人はグリフィンドール出身だからな。スリザリン生の気持ちはわかんねーんだよ」
ザビニは腕を組んでいた。ザビニもマグルは嫌いだが、シリウスに憧れる気持ちはある。そのためハリーの言葉には好意的だった。
「シリウスは血統に拘る気はないって言ってたよ。この間のパーティーの後で色んなところからふくろうが来てるのを見たけど、それだけさ」
「そう言えば色んな女のひとから声をかけられてたね……」
「そのほとんどは縁談でしょうね、間違いなく」
ハリーの言葉に、アズラエルはここぞとばかりに話題をそらした。マグルが嫌いだという愚痴はスリザリン生としては正しいが、アズラエルにとっては合理的な感情ではない。アズラエルはハリーの思考を一回、別方向に誘導した。
「うまくいくといいですねえ。もしシリウスさんが結婚したら、お相手が義理のお母さんになるんでしょう?」
「アズラエルは自分が親戚になりたいだけだろ」
アズラエルは意味深に笑って肩をすくめた。シリウスに縁談を申し込んだ相手のなかには、当然アズラエルの一族もあった。
「……さあ。どうなんだろうね」
ハリーはシリウスが結婚したらシリウスにとっていいことなんだろうな、と何となく思っていたが、自分の母親になるという実感はなかった。だが、アズラエルの言葉でふとこんなことを思った。
(もしかしたら僕に弟ができるのかな)
「どっちにしろ心配はいらねーだろ。うまくいったら相手は魔女になるんだろうし、嫌ならシリウスさんだって断るだろ?ハリーにとって損はねーよ」
「うん。あそこに来てる人たちは魔女だもんね」
心の底から安堵している様子のハリーを、アズラエルは少し冷静に見ていた。
(ハリーは相当メンタルをやられてますねぇ……)
ホグワーツにいたころは、ハリーはマグル嫌いであることを明かさなかった。ドラコに暴露されるまで、ハリーがマグルに差別的になったことはない。
しかし今は、一年かけて友達になったとはいえアズラエルたちにマグル嫌いであることを明かすまでになっていた。友情を感じてくれているのは嬉しいのだが、アズラエルの目にはハリーがどうも変な方向に進んでいるような気がしてならなかった。
そんなハリーに、ザビニはこうアドバイスした。
「マグルは基本クソだけどよ。そのクリスティーナさんみたいないいマグルもいるんだろ?」
「……ああ」
ハリーは渋々頷いた。クリスティーナ·スミルノフが、ハリーをひどく扱ったことは一度もなかった。マグルの全てが悪いわけではないと、ハリーだって認めざるをえなかった。
それはそれとして、嫌いなものは嫌いなのだ。ハリーとしてもそれだけは譲れなかった。
「だったら、その人は例外的ないいマグルなんだって思えよ。俺だって最初はグレンジャーにそうしたんだぜ」
「……ザビニが……?」
ハリーはザビニの言葉に驚いた。
「話して分かったけど、あいつは魔女だ。そうだろ?あんなマグルがそう何人もいてたまるかよ」
「でも、マグルとマグル生まれは違うよ」
ハリーはほとんど反射的にそう言った。
「んなことは分かってんだよ。例え話だ。揚げ足をとるんじゃねー」
「ごめん」
ハリーはザビニに謝った。
「まぁ、マグルが魔女になることはそりゃあないけどよ……話してわかる相手ならちゃんと話せよ。そういう筋は通すべきだぜ」
ザビニは前髪をかきあげながら、珍しく露悪的な言葉を使わずに言った。ハリーは友達のアドバイスであるだけに、もう一度頑張ってみようという気になった。
アズラエルのアドバイスはよりハリーの心理をついていた。アズラエルはマグル代わりの練習台になろうかと提案してきた。
「シリウスさんの手前、君もマグルに失礼な態度は取りたくないでしょう?僕で良ければ色んな作法の練習相手になりますよ」
「ありがとう、ブルーム。ファルカス、僕と一緒に練習しようか」
「うん。……え?ハリー、僕もやらなきゃいけないの?」
「諦めろ。お前も四人組の一員なんだからな、自分だけ逃げるなんてのは許されねえんだ」
「ブラック過ぎる……」
夏休みの間、ハリーはマグルへの差別心を消すことはできなかった。その代わり、マグル相手でも差別心を表に出さないようにと、アズラエルが実践しているマナーを教わった。
「閉心術、ってパパは言ってました」
アズラエルはそう言った。
「自分の心を相手に悟らせないように制御し、失礼のないように動く。僕ができるのはその初歩までで、パニクるとどうにもならなくなりますけどね」
ハリー、ザビニ、ファルカスの三人は、アズラエルの指導のもとでその技術を学んだ。ハリーは杖を使った魔法だけでなく、心を制御する術を教わる楽しさを覚えたが、残念ながら閉心術に関しては三人のなかで一番進みが遅かった。
***
シリウス·ブラックは激務の疲労で疲弊していた。シリウスはマグルの犯罪組織と癒着して麻薬になる魔法薬を流した魔法使いたちを取り締まり、その後処理に奔走し続けた。
例のあの人の失脚によって、魔法界は暗黒時代より平和になった。暗黒時代であれば、もっと大規模な犯罪組織が、それこそ手におえない数英国内部に存在しただろう。
しかしたとえ平和になったとしても、需要と供給があるかぎりこの手の犯罪が無くなることはない。シリウスは容赦なく犯罪者を取り締まることで、激務のストレスから解放され休日を迎えていた。
このところ、ハリーはマグルの子供とも遊ぶようになった。良く笑い、日焼けしたハリーの姿は年相応の少年として健康そのもののように見えた。シリウスは、ユルゲン·スミルノフとその妻クリスティーナのお陰だと考えた。ハリーのなかの差別感情は限りなく小さくなったのだと誤解したのである。
(……よし。そろそろ次の段階に行くか)
シリウスは即座にハリーを教育すると決めた。今は小康状態にあるシリウスの仕事だが、すぐに次の犯罪組織との戦いがやってくる。時間があるときにハリーの教育をしておきたかった。子供は純粋で、ハリーの交遊関係には闇の誘惑も多い。ハリーに対して、純血主義に傾倒し闇の魔術や闇の組織と関わることの危険性を教えておきたかった。
シリウスはハリーを連れて、自らの実家があるグリモールド·プレイスに瞬間移動した。ハリーがこの場所を訪れるのは二回目だが、以前は屋敷の中に入ったことはなかった。
「……ねぇ、シリウス。この屋敷に入っても大丈夫なの?」
「いいや。大丈夫じゃあない」
シリウスの瞳には強い光が宿っていた。ハリーはシリウスのその瞳を見ると、なにも言えなくなった。ハリーはシリウスの強い信念と決意がある瞳に惹かれ、その願いに応えたいと思っていた。マグルを好きになること以外で。
「ハリー。今日は君に純血主義の負の側面を教えようと思う。純血主義のいいところは、スリザリンで聞いているだろう」
「うん。カロー先輩とかドラコは、魔法使いの伝統や文化を残すためだって言ってたよ。僕はあんまり良いとは思わなかったけど」
「そうなのか?」
シリウスは意外そうに言った。スリザリンにいながら、純血主義に染まらずにいられるのは難しいことだと従姉のアンドロメダから聞いていたからだ。
「……だって、学年でトップの魔女はマグル生まれだし。その子とは友達だし。僕はマグル生まれの母さんから産まれたし。これでどうやって純血主義になれっていうのさ」
「それでこそだ!いいぞジェームズ。そうやって、環境に流されずに自分の頭で考えて、しっかりと答えを出すことが重要なんだ」
(……え?)
シリウスはハリーを良く誉めた。自分がジェームズの名前を出したことには気がついていない。無意識だった。
(…………気のせい、だよね?)
ハリーは空耳だと思った。シリウスはそのあとすぐに、ハリーの名前を呼んで屋敷を案内したからだ。
「君の友達を侮辱するつもりはない。純血主義の全てが悪いとは……今は言えない」
シリウスは本音では純血主義の全てを否定したかったが、ハリーの友人のためにそれをこらえた。
「今から見せるのはあくまでも最悪のケースだ。……だが、純血主義を過激に信奉したものの末路は、ろくなものじゃない。私の実家はそうやって破滅した」
そしてシリウスは、一つの宗教に傾倒したことで滅びた家を見せてくれた。かつては栄華を極めだろう屋敷は、人が住まないことで見るも無惨に荒れ果てたごみ屋敷となっていた。ハリーは、シリウスが杖で無造作に荒れ果てた屋敷を修繕する後についていった。肖像画のかかった部屋に足を踏み入れると、恐ろしい老女の肖像画がハリーたちを思う存分罵倒した。
「何者だ!!」
女性は叫び声をあげたが、最初はハリーたちに恐ろしい視線を向けるだけだった。しかし、シリウスの姿を一目見るなり鬼のように恐ろしい形相になった。
「よくも顔を出せたなこの裏切り者め!!穢らわしいマグルの血に敷居を跨がせるとは恥を知れ!!出来損ないのー」
シリウスが杖をふると、肖像画は強制的に口を閉じさせられた。ハリーは嫌な気分になった。その女性の人を人とも思わないような数々の罵倒は、バーノンと重なって見えた。
「私の母親だ。血縁上のな」
シリウスの声は淡々としていた。ハリーは無言になった。なんと言えばいいのか分からなかった。
(ここは……ここは、ダーズリー家だ)
ハリーははっきりとそう感じた。シリウスにとって、この場所はダーズリー家と同じ監獄なのだとハリーは悟った。
ハリーは屋敷や、そこにあるものを見て純血主義に傾倒した人間の末路をシリウスから聞いた。元々純血主義に入信する気はなかったが、ハリーは一周回ってブラック家に同情する気持ちさえした。
(どうしてこんなにひどいことになったんだ?)
その答えはすぐに分かった。シリウスは、ハリーを自分の弟……デスイーターに加入して死んだ人間、レギュラス·ブラックの部屋に導こうとした。
シリウスが先に進もうとしたとき、ぶつぶつと不快な呟きが聞こえた。
「……アズカバン帰りがお屋敷をうろついている。見知らぬ子供を連れている。これはいったいどういうことだ?ご主人様とは似ても似つかない……」
ドビーと同じハウスエルフが、ドビーよりも不快な視線でなめまわすようにハリーの顔を見ていた。ハリーはその姿を見て、思わず後ずさった。
「クリーチャー。この子はハリー·ポッターだ。私の息子として丁重に扱え」
「畏まりましたご主人様」
クリーチャーは形ばかりのお辞儀のあと、ぶつぶつとシリウスへの怨み言を呟いて、レギュラスの部屋の前に立ちふさがっていた。
「あの……クリーチャーさん。はじめまして、ハリー·ポッターと言います。勝手にお屋敷を歩き回ってしまってすみません」
ハリーは何となく丁寧にクリーチャーに言った。クリーチャーはそんなハリーの態度に不快感を示し、ハリーを拒否した。一方で、ハリーが闇の帝王を退けたことに興味を持っているようだった。
「……相変わらず不快なやつだ。そこをどけクリーチャー。用がある」
するとクリーチャーは、自分を罰するふりをしてまでその命令に抵抗した。ハリーはその姿に、ドビーの姿を重ねてクリーチャーがかわいそうに思えた。
ハウスエルフは主人に従順な生き物だと、ハリーはアズラエルから教わっていた。それだけに、クリーチャーのその態度からはシリウスへの並々ならぬ敵意が感じ取れた。
「やめようシリウス。止めさせてあげてよ。僕は、この先に行きたくはないから……」
「……仕方ない。もうよせ、クリーチャー」
シリウスはクリーチャーが罰を止めると、杖でクリーチャーの傷を癒した。そのあと、シリウスはクリーチャーにドビーというハウスエルフについて知っているかと問いかけた。
「いいえ。クリーチャーめはそのハウスエルフを存じませんご主人様」
「……そうか。まあいい。相変わらず見上げた忠誠心だな、クリーチャー」
クリーチャーも、ドビーについての情報をハリーたちに提供してはくれなかった。シリウスはクリーチャーに質問し終えるや、もうここに用はないと言わんばかりに屋敷を出ようとした。
「え、待ってシリウス」
ハリーは思わずシリウスを止めた。
「クリーチャーはどうなるの?」
ハリーはクリーチャーが、この広い屋敷に一人だけ残されている光景を幻視した。不愉快すぎる上に失礼すぎる相手だったが、ハリーはクリーチャーをドビーと重ねて、ほんの少しだけ同情心が沸いていた。
(シリウスがこいつを嫌うのは当たり前なんだけど……)
ハリーも一目見てクリーチャーが嫌いになったが、それはそれとして、たった一人でこの屋敷に残されるのはかわいそうな気がした。
「ハウスエルフは屋敷に残るものだ。そういう生き物だ。お前はこの屋敷を守れ、クリーチャー。命令だ」
「仰せのままに、ご主人様」
クリーチャーはシリウスの曖昧な命令を受け入れ、そのあとぶつぶつとシリウスを罵倒した。家を守らぬ不忠者、貴族としての義務を果たさぬ男だと。
ハリーは、シリウスが結婚するかもしれないというアズラエルの話をクリーチャーに伝えるべきかどうか迷った。間違いなく一人でこの屋敷を守っていたのに、主人の小さな身の回りの話すら知らないというのは、あまりにもかわいそうだと思った。
最悪の末路を教わったことで、ハリーは純血主義を信仰することはないだろうと思った。一方で、友達がこうならないためにはどうすればいいのだろうかとハリーは思い悩むことになった。
ハリーは今年、この屋敷にもう一度訪れることになる。クリーチャーの驚愕した顔を見ることになるということを、ハリーはまだ知らなかった。
相談相手がロンやハーマイオニー→ド正論の説教でハリーと確定で大喧嘩になるがハリーを更正させようとしてくれた。
相談相手がドラコやダフネ→ハリーのマグルに対する憎しみを助長させて純血主義に入信させてくれた。地雷。
相談相手が同じ部屋の三人(実質オリキャラ)→とりあえず嫌いなのは分かったから相手がマグルだろうがまともに対応しろよという当然のアドバイスをする。