現在、参議院選挙の候補者が続々と開示されていますが、個人的に注目しているのは「表現の自由戦士たちの英雄」山田太郎氏の動向です。

 Twitterを見る限り、山田太郎に投票するぞ!と盛り上がっている人々は相当数見受けられます。彼らは純粋に、氏に投票することが表現の自由を守ることにつながると考えているようです。
 しかしながら、私の考えでは、氏に、というよりは氏に投票することを介して自民党へ投票することは、表現の自由の防衛戦線をむしろ後退させることになると危惧しています。

 自民党から出馬する山田太郎氏へ投票することは、
・山田太郎は表現の自由を守るうえで信頼できる
・山田太郎を自民党の議員にすれば、ほかの自民党議員も説得できるだろう
・自民党議員の多くが表現の自由の重要性を理解すれば、表現の自由は守られる
 という前提と期待に基づいています。

 氏のこれまでの言動を考えると、果たして彼に表現の自由を守るだけの力があるのか、第一の前提で既に疑問符が付きますが、ここではさておきましょう。この記事で指摘したいのは、仮に第一の前提、つまり山田太郎氏が表現の自由を守るために非常に信頼できる、それこそ英雄的な人物であることを事実であると仮定してもなお、氏への投票を通じて自民党へ投票することは表現の自由にとって危険であるということです。

 自民党は権利の敵
 まず考えるべきは、自民党が表現の自由、ひいては市民が有する種々の権利について極めて敵対的な立場をとっているということです。

 その最たる例が、自民党の憲法草案です。この草案では、権利を公共の福祉ではなく、公の福祉に反した場合に制限できると述べています。つまり他者の権利を侵害しなくとも、公の秩序を乱したと権力者や多くの国民が考えるような場合に、表現を規制できるということです。社会からあまり好意的にみられないことも多いオタク的な表現にとって、このような規定は大きな問題となるはずです。

 また、緊急事態条項も無視できません。政府が「緊急事態だ」と宣言すればそれだけで、そんなことやってる場合じゃないからとアニメや漫画を潰される可能性すらあるのです。

 重要なのは、実際にこの草案が現実になるかどうかというよりは、自民党がこのような草案を大真面目に作ってしまう程度の権利理解であるということです。

 東京都健全育成条例の戦犯は自民党
 表現の自由の問題でよく引き合いに出される、東京都の健全育成条例の改正を主導したのが自民党であったことも忘れてはいけません。例えば2010年に試みられ、非実在青少年というタームを大々的に広めた改正では、いったん否決されたものの、そのときに賛成起立したのは自民党と公明党でした。

 そもそも、当時の都知事であった石原慎太郎氏は元々自民党の国会議員であった経歴があり、その言動からも思想が自民党に近いことがはっきりとうかがえます。

 このような背景がありつつも、自民党がなぜが表現規制に反対しているかのような認識をされているのは、おそらく麻生太郎氏がマンガ好きであるという風説によるところが大きいでしょう。
 マンガ好きで知られ、オタクから強い支持を得ている麻生太郎副総理に、ネットで失望の声が上がっている。
 みんなの党の山田太郎参議院議員(45)が2013年5月8日の参議院予算委員会で、児童ポルノ規制法の改正について質問。実施されると、幼児の入浴シーンがある野球漫画「ドカベン」すら発禁になりかねない、として意見を求めたところ、副総理はマンガを擁護するどころか規制強化に賛成かのような回答をしたからだ。
   山田議員は昨今の児童ポルノの取締り強化について言及し、法律は児童を児童ポルノの写真や映像から守ろうという趣旨で、本来関係のないはずのマンガやアニメにまで解釈が拡大してしまった、と指摘。漫画やアニメの登場人物は全て非実在の空想の創造物だから誰も被害を受けないはずなのに、登場人物の肌が少しでも見えていたら問題視されるのは、クールジャパンとして世界に打ち出している日本の漫画やアニメが面白くなくなり、また廃れてしまう、と力説した。そして、2009年の国会に提出された児童ポルノ禁止法の改正案は廃案になったが、自民党内でまた提出の動きが出ていることについて、日本のマンガやアニメに詳しい副総理はどういう考えを持っているのか、と質問した。
   副総理は、児童ポルノ規制に手を付けたのは自分が一番最初だろうと記憶している、と答弁し、成人向けだとする表記を強化したり、子供の手に届かない高さの棚に置くようにしたり、出版社ともやりあった結果、
 「表現はかなり昔に比べれば良くなったんではないかとは思っております」
 と自画自賛した。
 「ローゼン閣下」麻生太郎副総理に失望の声 日本のマンガ、アニメを児童ポルノ禁止法から守ってくれそうにない!-J-CASTニュース
 しかしながら、かつての国会答弁で麻生氏は、規制を肯定するような発言をしています。まぁ、国際的に注目されている女性の権利ですら頓珍漢なことしか言えない人が(『麻生太郎のセクハラ擁護発言は「ネットの議論」の本質をついている』参照)、もっと些細に思われがちなオタク表現を擁護する発言をするわけがないですよね。
 ちなみに、この答弁を引き出したのはほかでもない山田太郎氏です。

 自民党を説得できるか
 このように、自民党は表現の自由について擁護するどころか積極的に規制しかねない立場であることは明白です。
 いやしかし、山田太郎はその自民党を説得するのだという反論が考えられます。しかし、山田太郎氏の説得能力に目をつむり、彼に「外交99」レベルの能力があったとしても、やはり自民党議員を説得することは不可能だろうと考えます。

 というのは、「縁なき衆生は度し難し」という言葉があるように、基本的に説得というのは聞く耳を持つ相手にしか通用しないものだからです。

 自民党議員が、人の話を聞く気がなさそうだということは種々の事例から明らかです。議論の土台となる記録を破棄し、統計を改ざんし、予算委員会は100日以上開かないという事態が常態化しています。

 国会における答弁の酷さは、安倍首相がよく引き合いに出されますが、ほかの議員も相当酷いものです。例えば『根本厚労相はパンプスパワハラを容認したのか、否定したのか #KuToo』で根本厚労相の答弁を取り上げましたが、簡単な質問にも原稿を読み上げるだけで正面から回答しないという有様です。

 国会という公式の場で、事前に通告されていることも多い質問に回答できないような人が、立場の異なる人の説得を多少なりとも聞くでしょうか。耳を傾けるだろうという想定は明らかに楽観的過ぎるといえます。

 説得できたとしても大問題
 しかし、いやいや、山田太郎はすごいからそういう困難も乗り越えられるだと頑張る支持者もいるでしょう。そこまで頑張られると呆れるほかありませんが、もういっそのことその主張を受け入れ、山田太郎大先生のおかげで自民党議員全員が表現の自由を守ってくれるようになったとしても、やはり表現の自由は脅かされると結論しなければいけません。

 というのも、仮に表現の自由を守るように自民党議員が翻意したとしても、人権を軽視するような態度が変容するわけではないからです。つまり極端な話、山田太郎の活躍によって表現の自由は守られたが、山田太郎と彼が引き寄せた票によって当選した自民党議員が頭数となって改憲が達成され、結局遠回りに表現の自由が木端微塵になるという笑うに笑えない事態が起こりえるというわけです。

 まぁ、改憲が達成されるというのは最悪のシナリオであってどこまで実現可能性があるかは不明ですが、少なくともその他の人権を締めつけるような政策を可決するための鉄砲玉として山田太郎氏がいいように利用されることは明白でしょう。
 それはまるで、冷蔵庫の中身が腐らないようにちまちまと管理した後でコンセントを盛大に引き抜くような間抜けな惨状を引き起こすことでしょう。

 じゃあどうすればいいのか
 では、表現の自由を守ることができるでしょうか。
 まず、今回は自民党から出馬するという決断がまずかったということで、山田太郎氏には涙を呑んでもらいましょう。だいたい、表現の自由の天敵から出馬ってどうしたらそうなるのかさっぱり。

 そして、素直に野党のどこかに投票し、自民党の勢力を削りましょう。
 山田太郎氏を応援する人々の中には、野党が気に食わないという人も多いでしょう。しかしよく考えてほしいのですが、「明らかに表現の自由を抑圧しそうだし、人の話を聞く気もない」政党と「気に食わないが、少なくとも人の話は聞きそう」な政党のどちらがましでしょうか。

 とりわけリベラル政党は、権利を守るという方向でなら比較的聞く耳を持ちやすい性質があります。先ほど例に挙げた東京都健全育成条例の改正の際に、反対の立場に立ったのは民主党や共産党のような左派政党であったことは忘れてはいけません。

 表現の自由を守るという目的があるのであれば、応援する人を間違えてはいけません。