胸糞注意。
シリウスはダンブルドアの紹介を受けて、一人の知人と再会を果たしていた。その知人とは、シリウスの従姉妹にあたるアンドロメダ・トンクスであった。彼女は、かつてスリザリンで七年間を過ごして無事卒業した魔女だった。
「十年ぶりか、ドロメダ?」
シリウスは笑って言ったつもりだったが、アンドロメダからはそうは見えなかったようだ。彼女はブラック家特有の美貌に心配そうな顔を浮かべ、シリウスを気遣った。
「十二年よ。随分とやつれたわね、シリウス」
「ドロメダは昔と変わらんな」
「あら、いつの間にお世辞を覚えたのかしら?」
「ガキ扱いはやめてくれ。もう三十路のおっさんだ」
アンドロメダはくすりと笑った。魔法族の寿命はマグルと比較しても長いが、加齢による外見の変化は魔法使いにも訪れる。アンドロメダは年齢を重ねたことで、シリウスの知る姿よりも落ち着きと知性を得ていた。それは、彼女が良い年月を送ったことをシリウスに想像させ、シリウスを喜ばせた。シリウスにとって、アンドロメダは姉のような存在だった。
「……貴方を信じなかったことを謝罪するわ、シリウス。せめて私だけは、貴方を信じてあげるべきだった」
「あれは私の態度に問題があったんだ。過ぎたことだ。顔を上げてくれ、ドロメダ。今日は他に、聞きたいことがあるんだ」
シリウスはこのやり取りをもう何度したのか分からなかった。シリウスが投獄されたとき、アンドロメダは死食い人たちから逃れるため、英国魔法界のなかで身を隠していた。彼女の夫はマグル生まれのテッド・トンクスで、彼女は純血でありながら純血主義を否定した裏切り者として、夫と共に命を狙われていた。シリウスが投獄されたとき、まだヴォルデモード陣営の闇の魔法使いは残っており、自暴自棄になりながら殺戮を繰り返していた。彼女にシリウスを弁護するために出てくる余裕などあるはずもなく、また状況から言ってシリウスがシロである可能性はなかった。ポッター家を守っていた忠誠の魔法は、忠誠を尽くす秘密の守り人本人の意志でしか破棄できないからだ。
「……ドロメダに聞きたいのは、スリザリンについてだ。実は、ジェームズとリリーの息子が、スリザリンに組分けされた」
シリウスは、昔話もせず単刀直入に言った。これを聞いたアンドロメダは大いに驚いた。
「あのハリー・ポッターが?!なぜ?!」
「ゴッドファーザーとして恥ずかしいことだが、それは私にもわからない。……ただ私は、ハリーの後見人として、スリザリンが一体どういった環境なのか知っておく必要があると思ったんだ」
シリウスは静かにアンドロメダに頼み込んだ。彼女はしばらく悩んでいたが、やがて口を開いた。
「……あなたの心配は想像できるわ。シリウス、あなたはスリザリンが、レイシストや殺人鬼の巣窟だと思ってハリーを心配しているのでしょう」
アンドロメダは聡明な魔女だった。シリウスの表情から、シリウスの懸念を的確に読み取っていた。
無言で頷くシリウスに対して、アンドロメダが告げた言葉はシリウスを仰天させた。
「……そう思っているならあなたは正しいわ。スリザリンはクソよ。今すぐに滅ぼした方が良いわ」
「ドロメダ!?」
シリウスは、アンドロメダを止めたかったが、彼女は手でシリウスを制して言葉を続けた。
「……シリウス。私が入学したときは、例のあの人はまだ本性を表してはいなかった。だからスリザリンは、たぶんあなたが思っているほど他の寮に対して残酷ではなかったわ。大多数の生徒は、マグル生まれに対しては……自分達に友好的なら、見て見ぬふりをしていたけれど」
「暗黒時代の直前か?」
シリウスが聞くと、アンドロメダは杯を呷った。
「これからはスリザリンの時代だって皆が言って、スリザリンの卒業者たちにとってより良くなる。そんな風に思っていた子達が大半だった。でもその頃から、思い返せば火種はそこら中にあった」
「……」
シリウスは視線でアンドロメダに続きを促した。彼女は、深く息を吸い込んで言った。
「……私がスリザリンに入寮したとき、わたしはブラック家の令嬢としてのふるまいを強制されたわ。あそこでは、よその寮の誰かが隙を見せればそれを突いて、どれだけライバルを無様に失墜させられるかが全てだった。友達になろうとしてくれた相手は、ブラック家の権力が目当てで、親が権力のない子供は権力のある子供に近づかなければ生きていけなかった。そんな環境が、子供の教育に良いと本当に思うの?
だから私は、自分の娘にはスリザリンだけはやめろと暗に誘導したのよ。私が一族の裏切り者だから、というのももちろん娘にそう教育した理由にはなるけれど」
彼女の意見は、一人の母親として至極真っ当だった。自分自身の体験をもとに語られるスリザリンは、11歳の子供には過酷だった。然るべき教育を受けた子供でさえそうなのに、魔法界について無知なハリーが、そんな環境で生きていけるのだろうか。シリウスは、アンドロメダの話にますます不安を募らせた。
「……ただ、そうね。男子は少し違ったかもしれないわ」
「というと?」
シリウスは興味深そうにアンドロメダの話を聞いた。
「あの年頃の男子は、親の力よりもその本人の力を見たがる子も多かった。ハリーがスリザリン生らしく過ごしているのなら、そう悪いようにはしないと思うわ」
「……それが……ハリーはスリザリンらしくはないようだ。私にはそれが誇らしいが、ハリーが寮でどんな扱いを受けているかを想像すると……」
アンドロメダは、シリウスの言葉に絶句した。シリウスの言葉は、アンドロメダの胸中にスリザリンにおけるハリーの立場の危うさを感じさせた。それは、入学間近の比較的安定していた時期ではなく、卒業も近くになっての最悪の時期の記憶がアンドロメダの中に色濃く残っていたことも理由の一つだった。古き良きスリザリンの美点が残っているのか、残っていたとしても、ハリーがそれをはね除けてしまっているのではないかと危惧した。
実はアンドロメダには、まだシリウスにも明かしていない事実がある。彼女はテッド・トンクスと付き合うまでは、寮内の純血主義者たちとも交流があった。彼らは多くが半純血で、純血主義の総本山であるブラック家の令嬢と懇意にして、見返りに自分達に利益をもたらしてくれることを期待していた。アンドロメダの、正確にはその背後にいるブラック家の力を期待し、勝手に未来を想像して横暴なふるまいをしていた彼らは、アンドロメダがテッドと交流しはじめると立場を失い、多くが後に死食い人になり下がった。本人たちは成り上がったつもりだったのだろうが。
スリザリンの純血と半純血の生徒が互いを利用し合う関係であるという事実をアンドロメダはシリウスに告げられないでいた。それは深い絆となり本当の友情になることもあれば、打算的な付き合いの果てに悲劇的な破局を迎えることもある。アンドロメダは、シリウスにさらにスリザリンの実情を話し、ハリーに対して手紙を送るべきだと諭した。シリウスは、アンドロメダがスリザリンに対して時にはシリウス以上に批判的なことに驚いた。
「……あそこはね。恥知らずにならないと生きていけない場所なのよ」
アンドロメダはスリザリンについてそう言った。彼女は時と場を弁えて、先生の前ではマグル生まれに寛大な態度を取る一方で、同寮の生徒と共にいじめに荷担した経験もあったからだ。それは環境のせいだけではなく己のせいでもあり、それを指して彼女は自分を恥知らずと称した。
「……自分の家をそこまでこき下ろせるのか、という顔ね、シリウス」
「ああ、すまないドロメダ。顔に出ていたか」
「家だったからこそ、良くない部分も分かるのよ」
アンドロメダがここまでスリザリンについて語れる相手はシリウスを除くと、夫のテッドや娘のトンクス、そして信頼できるほんの数人の友人に限られた。アンドロメダはブラックではなくトンクスとなった後も、時にスリザリン出身者であり、死食い人の親戚として批判的な視線を受けることがあった。暗黒時代に、夫が惨殺される悪夢にうなされた彼女にとって、スリザリンに向ける憎悪はいっそシリウスよりも上かもしれなかった。
シリウスはスリザリンについて雄弁に語るアンドロメダの姿に、一つの確信を得た。
(……そうか、ドロメダは誰よりもスリザリンの魔女だったのか)
それを察することが出来るのは、シリウスが人として深い観察能力と、独自の視点を持って物事を判断する能力を備えていたからに他ならない。だからこそシリウスは、生まれてからずっと純血主義の親の教育を受けながら、それがなぜなのか、本当に正しいのか、正しくないのになぜそうするかを考え、批判し、純血主義に反発することが出来たのだから。
スリザリンを愛し、スリザリンの愛を受け、そしてそこから脱して一人の魔女となったからこそアンドロメダはスリザリンに対して批判的になることが出来る。愛があったからこそ、憎悪がある。過去のスリザリンについての精度の高い情報を得ることが出来るのはありがたいことだったが、シリウスが欲しい情報とは少し違った。シリウスはこの瞬間、自分が本当に知りたかった情報が、何であるのかを確信した。彼が知りたいのは今のアンドロメダ・トンクスの意見ではなかった。
(私が知りたかったのは、スリザリンに入った子供の気持ちだ)
シリウスは一つ確信を持ってアンドロメダに問いかけた。
「なぁドロメダ。君はスリザリンに組分けされた時……どう思った?」
続くアンドロメダの言葉を聞いて、シリウスは自分がハリーにかけてあげられる言葉を確信した。
「…………嬉しかったわ。とても」
アンドロメダの言葉は、長い沈黙の後だった。
***
ハリーのノートや教科書を盗んだ犯人はすぐに分かった。その犯人にハリーは驚愕し、どうか嘘であって欲しいと思った。ハリーは泣きそうになりながら、ブルーム・アズラエルの青い瞳を見ていた。
『俺は見てたぜ……そこの背の高いやつがハリーのノートを取ってくところをな……』
犯人を突き止めたのはハリーではなくて、ハリーの愛蛇であるアスクレピオスだった。ハリーはアスクレピオスの言葉を誰よりも信じていた。
「おいハリー、どうするよこいつを!?俺が代わりに呪ってやろうか!」
「やめてよザビニ!」
「どけファルカス!ハリーがやらねえなら俺がやる!」
最初、アズラエルはとぼけようとした。証言の信憑性はハリーの言葉だけだ。皆がハリーの言葉を信じなければ、アズラエルは罪を免れることができた。
意外なことに、ザビニはハリーの側についた。ザビニは最近、アズラエルの様子がおかしいことに気がついていた。顔色が悪く、口数が少なく、何よりもハリーを避けていた。ハリーに対して嫌悪感があったのではなく罪悪感から、ハリーを避けていたのだとザビニは感づいた。
ザビニの内心はハリーには知る由もないが、ザビニはハリーの行動力に賭けることにしていた。ザビニはシリウス・ブラックの一件で脳を焼かれたスリザリン生の一人で、友人が、自分に危害を加えたわけでもないのに、ひとつミスをしたというだけで自分が友人を見捨てるのは恥知らずだと心のどこかで思っていた。
対して、アズラエルは普通の少年だった。彼はシリウスの一件にほどほどに脳を焼かれ、そして自分はそこまで出来ないと思っていた。それでも彼は、己の出来る範囲で、自分に危害が及ばない限りは善良でありたいと思っていた。彼はザビニとハリーに詰められると、自分の中の罪悪感に耐えきれずに全てを白状した。
「僕は……僕だって本当はこんなことしたくなかったんです!ごめんなさい!ごめんなさいハリー!僕は最低の人間です!!」
アズラエルが嫌悪感を抱いていたのはハリーに対してではなかった。上級生に脅されてとはいえ、友を陥れた自分自身に対してだった。上級生に脅されていたと聞いて、ハリーはアズラエルに同情して喉を詰まらせた。とても怖かったはずだ。ハリーはダドリーに殴られたときのことを思い出していた。ハリーが時折、夢でダドリーやダーズリーたちに謝罪しているのを、この部屋の三人は知っていた。三人はこれを他人に話したことはなかった。
「どいつ?」
ハリーはほとんど魔力を爆発させそうになりながら、アズラエルに犯人を尋ねた。
「スリザリン四年生の、リカルド・マーセナスです」
「……聞いたことないね」
「会ったこともない。どうして僕を?」
「分かりません。僕はただ、彼に脅されたんです。ハリーのノートを奪って届けないと、僕の持ち物を全部奪うって……」
ハリーはアズラエルに対する怒りをなくしていた。ハリーは彼から、人当たりの良さや面倒見の良さを教わっていた。アズラエルはスリザリンの寮生たちと付き合いが良く、ザビニとハリーとの関係を取り持ってくれたのだ。ハリーは、同じ部屋の三人を信頼していたし、それをぶち壊した上級生に強い怒りを持った。
「それで許されると思ってんのか?!」
ザビニが持ち前の、弱い人間に対する残酷さを発揮しそうになったとき、ハリーはザビニを止めた。
ハリーはこの時、アズラエルのためにある提案をした。
「……ねえ皆。僕、ちょっと皆に提案があるんだ。悪いことをしない?この四人でさ」
それは、ハリーがスリザリンらしい悪事をしようと思っての提案だった。
***
スリザリンの談話室で、二人の男子生徒が友人の男子生徒と共に歩いていた。一人は色白の美男子、マクギリス・カロー。一人はその友で、茶髪の目立たない男子生徒の、リカルド・マーセナス。リカルドは授業のために、バッグに教科書やノートを入れていた。
「……ポッターは大丈夫かなあ……」
カローは友人のリカルドに、そう問いかけた。彼は親族にデスイーターを輩出して、その親族は監獄入りしている。実家の都合で、純血主義を教え込まれていた。
「もうそろそろ頃合いだよ」
一方のリカルドは、純血ではなかった。彼は歴史ある家のスクイブと魔女とのハーフで、スクイブは家系図から抹消されていた。母がリカルドに向ける期待は大きく、彼は徹底的に純血主義を教え込まれた。
リカルドは、スリザリンで生きていくために、より過激なグループと付き合おうとした。しかし、特に他人と比べて優秀な成績ではないリカルドのような半端者を引き立ててくれそうなのは、親族に犯罪者を出したとして世間から不遇を囲っていたカロー家の男子しかいなかった。カローはよその三つの寮生への反発から過激な言動を取ったり、闇の魔術を学ぼうとしたりしたが、幸いにして本人に闇の魔術の才能はなかった。
リカルドは四年生になって、純血主義に対して懐疑的になっていた。自分達が世間から白い目で見られるのは、もしかして純血主義のせいなんじゃないかと気づきはじめていた。リカルドとスリザリンに馴染むために純血主義に染まろうとして、他の寮の生徒に暴言を繰り返した。結果カローやリカルドに与えられたのは先生からの罰則とスリザリンへの減点だった。スリザリンの寮生たちはそんな二人であっても、温かく家族として扱い排斥しなかったが、他の三寮生からは嫌われていた。
そして四年生になって、ハリーが現れた。ハリーはスリザリンらしくない行動を繰り返しながら世間から称賛されていた。それがリカルドには面白くなかった。
「ハリーに純血主義を教えてやろう」
リカルドは悪意を持ってカローにそう提案した。カローはこれを喜んだ。
「そうだね。かれも寮に馴染めるようにしてあげないと」
(何が馴染むだバカめ)
リカルドは内心でカローにそう毒づいた。実家が純血主義で、純血主義をやめられず、純血主義に疑問を持つほどの知能もなかったカローとは違い、リカルドはスリザリンと、純血主義に染まったことを後悔していた。だから、ハリーに良からぬことを吹き込んでやろうとした。
リカルドに何か案があると言うので、カローはリカルドを信じてハリーにはなにもしなかった。
リカルドは、まずハリーの心を折ろうとした。ハリーの私物を奪わせ、周囲の人間に対して疑心暗鬼にさせ孤立させる。そうやって頃合いを見計らって親切な上級生のふりをして近づき、純血主義のなかでも過激な思想を吹き込もうとした。
かつて自分がそうだったように。
こういった手法は、マグルの犯罪者団体でも、そしてスリザリンの中でも使われる。最低の状態にして尊厳を破壊してから親切さを装って近づき、深みに嵌めて闇から抜け出せないようにするのである。
談話室でカローが女子生徒と談笑していると、三人の生徒がカローに接触してきた。その中の顔立ちのいい生徒は、糞爆弾をぶちこまれて異臭を発していた。
「すみません、ウィーズリーの双子に糞爆弾を投げつけられました……」
「監督生の方はいらっしゃいませんか?!」
みすぼらしい生徒と黒人の端正な顔立ちの生徒がそう言うので、カローは親切にスコージファイをし、監督生を呼んであげようとその場を離れた。彼は他の寮の生徒からは蛇蝎のごとく嫌われていたが、寮の仲間に対しては親切だった。
そうして一人になったリカルドだが、先ほどカローと話をしていた生徒はリカルドにはあまり友好的ではなかった。彼女はさっさとその場を離れようとして、眼鏡をかけた少年がリカルドのバッグに杖を向けているのに気がついた。彼女は先ほどの一年生たちとは違い、その少年には見覚えがあった。
「……ポッター?」
「ディフィンド(裂けろ)!!」
「きゃあ?!」
「何?!」
ハリーは切断魔法の威力を弱めて、バッグだけを切り裂いた。バッグの中には、リカルドのものと思わしきノートが散逸する。リカルドが杖を向ける前に、ハリーはノートの山に杖を向けてさらに呪文を唱えた。
「スペシアリス・レベリオ(化けの皮よ剥がれろ)!!」
リカルドの私物の中に、ハリーは見知ったノートを見つけた。ハリーがノートを拾い上げたとき、ノートにはしっかりとハリーの名前が刻まれていた。
「……僕の友達に頼んで、僕に断りなくノートを借りたそうですね、マーセナス」
ハリーはわざとらしく周囲に聞こえるように言った。興味深くやり取りを見守っていた中には、監督生の姿もあった。彼らの多くはハリーの味方についていた。なぜならハリーがレベリオした中に、他の誰かの私物があったからだ。マーセナスは同様の手口で、純血主義者を増やしていた。
「ポ、ポッター!!いきなり杖を向けるなんて何事だ!」
リカルドはまさか、自分がハリーに攻撃を受けるとは思っていなかった。彼は用心のために、盗んだものを持ち歩く癖がついていた。今回は、それが完全に仇となった。
「僕は一度も、マーセナスに杖を向けていません」
ハリーはぬけぬけと言った。
「マーセナスの鞄に向けました」
そのやり取りを見守っていた監督生のガーフィール・ガフガリオンは頃合いだなと思った。リカルドは弁明の言葉すら思い浮かばず、ハリーに杖を向けようとしていた。
(……誰かの入れ知恵かもしれねえが、取り巻きを呼び出してマーセナス一人にさせといたのは及第点だ。マーセナスはありゃあダメだな。バレた時点でノートや鞄をインセンディオすりゃあ口裏を合わせてやらんでもなかったが……)
ガフガリオンは、リカルドとハリーを天秤にかけ、ハリーを取った。ハリーの知恵を評価したというよりは、リカルドの軽率さを見て彼を見限ったと言った方が正しい。ハリーは明らかにスリザリン的ではないが、寮に得点をもたらしてはいるし、寮の評判も良くなってはいるからだ。ガフガリオンは面倒くさそうに仲裁に入った。
「そこまでだ。あー、俺たちは家族だ。大抵のことは笑って流すのが家族ってもんだろ?家族なんだから口論になることもあるだろうし、うっかり家族の持ち物に杖を向けちゃうなんて事もまぁあるかもなあ。だがよリカルド。お前、恥ずかしくねえのか?」
ガフガリオンは顎でカバンのあった方向を指した。そこには、他のスリザリン生の手に戻り少なくなったリカルドの私物があった。
その中に、露出が多い女性の写真があることに気が付き、ハリーは顔を赤くして目を逸らした。
「ハッ!!アンタ、そういう趣味だったのね。見損なったわマーセナス」
ハリーは、スリザリンの女子たちがマーセナスに向ける視線が凍るように冷たいことに気が付いた。何故だろうと思い返していると、写真が動いていないことに気が付いた。
魔法のカメラで写された写真は動く。しかしあの写真は動いてはいない。ということはマーセナスは、マグルの女性が写った雑誌を買っていたことになる。それがスリザリンの逆鱗に触れたのだろうかとハリーは何となく思った。
実際のところ、マーセナスの行動はスリザリン女子たちにとって軽蔑に値した。他人に純血主義を強要し、自分も純血主義を公言しながら、自分はマグルの女性を愛していたのだから!!
「……あ、ち、違うんだ、これは……」
「まぁ罰則はしねえよ。マーセナス、お前はこれから充分に罰を受けるからな。ポッター、見事なディフィンドとレベリオだったぜ。二点くれてやる」
その日、ハリーの私物は全て戻り、ハリーはアズラエルたち三人とハイタッチして、四人で蛙チョコレートやカボチャパイによるささやかなパーティをした。
***
その日の夜、寮のベッドでハリーは悩んだ。最近良く眠れていなかったアズラエルは、すやすやと寝息を立てていた。ハリーは、自分の行動が原因で、周囲に迷惑をかけていることに気がついていた。それはついにハリーの友人にまで及んだ。ハリーがこれ程悩んだのはホグワーツに来てはじめてだった。
(僕のせいでこうなった。それは、間違いなくそうだ。僕だっていつも正しい訳じゃない。今回の襲撃も、ザビニたちが案をリテイクしてくれたから辛うじて成功したんだ。でも)
(……ドラコの言葉を受け入れて、マグル生まれを見下すのは違う。それは魔法を否定することだ)
ドラコとは結局、仲直りは出来ていなかった。あれ以来クィディッチの練習はできず、ハリーは箒に乗ってもドラコという好敵手がいないことが寂しかった。その寂しさは、代償として受け入れなければならなかった。それでもハリーには、友達も、蛇も、魔法もあるのだから。スリザリンという家があるのだから。
ハリーは、魔法によってもたらされた奇跡を思い返していた。トロールの撃退、ピーターの暴露、そしてダーズリー家からの脱出。どれも、魔法なくしてはあり得なかった。
ハリーはこの魔法という力で、ハグリッドがしてくれたように自分や誰かを助けたかった。魔法が使える間は、ハリーは階段下の物置で一人で居るわけではない。
ハリーは、スリザリンを愛していた。寮を愛していた。だからこそ、誰よりもスリザリンで立派な魔法使いになろうと思った。ハリーの思う立派さを、いつかスリザリンの中でも誰かが分かってくれると信じた。そして、そのために自分や友達に何かがあれば、立ち向かおうと思った。それは怖かったが、同時にハリーはワクワクしてもいた。
ハリーはようするに、途轍もなく頑固だった。ハリーの一番の才能は、ハリー自身やザビニは蛇語だと思い込んでいたが、アズラエルはハリーの才能がそちらにあると見ていた。
***
次の日の朝、ハリー宛に一通の手紙が届きハリーは驚いた。
そこには、シリウス・ブラックという名前があった。
「おい、なんて書いてあるんだよハリー?」
ザビニたちが興味津々で聞くと、ハリーはにっこりと笑って言った。
「色々と難しいことが書いてあるけど……僕の事が大好きだってさ。
あと、スリザリンへの入学おめでとうって」
その手紙の言葉は、ハリーへの何よりの勲章になった。シリウスは、ハリーに愛を与えたのである。
自分の寮に対して愛を持っていたからこそ歪み、それを捨てたという皮肉。
まぁ自分の寮に対する愛着もないやつがホグワーツで生きてけるわけないんだが……
今回の話を思い付いたとき、最初、主犯はドラコの予定でした。でも後半ならともかく初期のドラコはこういう回りくどいやり方はしないタイプだと思ったので没になりました。