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短編小説「黄金の稲穂は揺れる」(5)
 チュチェ110(2021)年に出版された短編小説「黄金の稲穂は揺れる」
第5回


 パク・チンスは高鳴る胸を抑えながら総書記のいるところへ行った。
 心臓がどきどきした。間違いなくカンミョン里の被害復旧対策案についての教えがあるだろう。
 澄まないというか、いりこんだ考えが頭にこびりついて離れなかった。全力を尽くして立てた対策案が、こんなにも時間がかかるとは考えも及ばなかったのだ。何のためなのか。
 金正恩総書記はパク・チンスを喜んで迎え入れた。
 「ご苦労さん、余り早く呼んだのではないでしょうか」
 「そうではありません。このごろは夜も眠れないもんで・・・あれこれ考えていた所です」
 「そうですか」
 ふと、パク・チンスの目に大きな風景画が映った。農村の秋を描いたものだった。
 黄金の稲穂が波打つ田野・・・四方が黄金色の稲穂でぎっしりだった。今すぐにでも重い稲穂が手に掴まれ、穀物の香りが肌を刺すようだった。
 頭を重く垂らした稲穂が豊作をくれたありがたい大地にお辞儀でもするよう、体を左右に揺らしてじっとしていられない・・・
 「この絵が気に入りますか」
 「はい」
 パク・チンスはすぐさま答えた。
 「私もこの絵が好きです。これを見ると春も夏も土地を耕す農民の姿が浮かび、その努力が実を結ぶ黄金の稲穂を思い出すのです。あ、副部長の故郷が農村だったですってね」
 「そうです。軍隊に出る前まで農村で暮らしました。それなのか、農村に関するものを見ると独りでに故郷のことが思い出されて満ち足りた気持ちになります。いま考えてみますと蛍を手にして振り回したことや、庭の柿を突っついているカササギの目には故郷の村がどれだけ美しく見えるものかと天真らんまんな思に浸っていたことが忘れられません」
 「良いことです。故郷とは美しい思い出と大事な感情を抱かせるいとしいものです。そのような感情に欠けている人は仕事もよくできません」
 パク・チンスは、熱いものがこみ上げてくるのを感じた。そんなにも自分の気持ちをよく知ってくれるのかと思い、目頭が熱くなった。それで思ってもいなかったことを口走った。
 「この前、カンミョン里に行ったときですが、なんか故郷に行ったような思いでした。私の故郷みたいに畑より田んぼが多く、当たり一面に田野が広がっていて・・・」
 その瞬間、パク・チンスは言葉を続けられなかった。慎重に聞いてくれる総書記の顔を仰ぐと、何か表現しがたい世界が感じ取れたからだった。
 どうして、故郷の話を始めたのだろう、まさか故郷のことを聞きたくて呼んだはずではないだろう。
 総書記はパク・チンスを眺めた。
 「カンミョン里が・・・故郷のように思われたというのですね。でも、わたしには故郷に行ってきた人の気分だとは思えないんです。それで、カンミョン里の話をまた聞きたくて呼びました」
 「カンミョン里の・・・話ですか」
 パク・チンスは目が丸くなった。カンミョン里に行った話はすでにしたことだし、今、対策案が立てられて結論を待っている問題だったからだ。なのに、どうして再び、カンミョン里の話を聞きたがっているんだろう。
 不安と疑惑に包まれる中、パク・チンスはカンミョン里に行ってきた話をまたしなければならなかった。
 ・・・