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第1話 日本の現状 

「……いらっしゃいませー!」


 コンビニ店員のマニュアル音声が俺の入店と共に響く。

 俺はいつも通り、飲み物用の冷蔵庫、お惣菜、おにぎり……というルートで、とことこと店内を回り、食べたいものを手に取ると、無言でレジの列に並び、自分の番が来ると共に、


「……オネガイシマス」


 と言って商品を置いた。

 店員は手際よくバーコードを読み取っていき、


「こちら温めますか?」


 と尋ねてきたので、俺は首を横に振り、


「……アァ、イエ。ヒツヨウナイデス」


 と答えた。


「合計653円になります」


「……コレデ」


 俺はそこで、硬貨や紙幣ではなく、カードを袋から取り出して店員にそう言った。

 すると店員は慣れたもので、


「あぁ、ISEKAですね……はい、では確認の上、タッチお願いします!」


 俺は読み取り機がピカピカと光り出し、支払い金額が正しいことを確認すると、ISEKAをタッチした。

 しっかりと残金が残っていて、チャージはしばらくしなくてもいいなと思う。


「ありがとうございます。レシートはご利用ですか?」


「イヤ、イラナイデス」


「承知いたしました。またのご利用をお待ちしております」


 店員の台詞を最後まで聞き終わるか終わらないか、というところでレジ袋の取っ手をとり、俺は歩き出した。

 最後まで、いつも通りで……俺は酷く不思議な感じがした。

 一年前までは、こんなことはなかった。

 それなのに……また戻ってきて。

 普通の生活をしている。

 そう、もの凄く普通だ。


 コンビニを出る直前、ガラス窓に俺の姿が映った。

 夜だから、反射で見えるのだ。

 そこには、身長百二十センチほどの、肌が緑色の生物が映っていた。

 明らかに人間ではないが、身につけているものは普通の子供服だ。

 サイズがちょうどいいものがそれしかないので、最近では俺たちのような者に需要が高く、子供服会社はかなり儲かっているらしい。

 ただ、問題があるとすれば子供服であるから、かなり色彩が明るいというか……もうちょっとシックなものを着たいというのが本音だ。

 まぁ、売ってないわけではないのだが、そういうものは高かったりするし、安いものは売り切れていることが多いし……我慢だ。

 短期的な需要に生産が追いつかないのだろう。

 流石にもう一年か二年すれば、俺たちのような者の需要もしっかりと把握されて、よさげな服も生産されていくだろうし、今のところは文句は封印しておこうか……。


 コンビニの外に出ると、様々な人が道を歩いていた。

 夜、六時。

 冬であるために太陽の姿はもう見えないが、決して夜中というわけでもないこの時間帯は、多くの属性を持つ者たちが歩いている。


 これから夕飯を作るのであろう主婦、仕事から帰ってきたサラリーマン、学校を終えた女子高生に、遊びに出ようとしている若者、バイトに向かう中年や、夜の仕事なのだろう、色気過多な煌びやかな服装のお姉さん、土木工事に向かう筋骨隆々のオーガや、交通整理をしている小柄だが機敏なコボルトに、安全に作業できるために重宝されている、電気工事中のサンダースライム……。


 現代日本に於いて、明らかに奇妙な光景が一部混じっているはずなのだが、この一年ですっかり見慣れてしまった。

 それに……たまに武具を身に纏った者たちも普通に歩いている。

 ただ、銃を持っている者はいない。

 意味がないからだ。


「……お、ゲード。今日はコンビニ飯か?」


 自宅に変える道すがら、知り合いに声をかけられる。

 オークの……ブガ……いや、今は違うか。


『ゲード、じゃなくて、外部岩雄そとべいわおだって言ってるだろ。お前もブガ・バルグじゃなくて深田博ふかだひろしだし』


 そう言うと、博はその豚の顔そっくり……というかまんま豚の顔を器用に歪ませて笑い、


「あぁ、そうだったそうだった。どうも一年経っても名前だけは慣れねぇんだよな……でも、お前だってそれ、駄目だぞ」


『それ?』


「ほら、向こう(・・・)の言葉になってるぜ。もういい加減慣れろよ。俺なんてこの通り、日本語ペラペラなんだからよ」


「アァ……ソウダッタ、ナ。俺モ、ドウニモ慣レナクテ……」


「言葉遣いは完璧なんだが、発音がな……やっぱりゴブリンの声帯はこっちの言葉を喋るのには向いていないのかね?」


「イヤ、喋レル奴ハ喋レル。タダノ練習不足ダ」


 実際、こっちにも俺はそれなりに知り合いがいるが、同じゴブリンでも十分に会話できている奴はいる。

 俺も俺で、さっきのコンビニ店員とのやりとりで分かるだろうが、普通に意思疎通できているので日常会話には問題はない。

 だが、どうにも発音がカタコトになりがちというか……ゴブリンの声帯に慣れていないのだ。

 だから博のように流暢には聞こえない。

 博は言う。


「じゃあ練習しろって……ちゃんと喋れた方が就職にもいいんだぜ。こっちに飛ばされた奴はそこそこ重用されてるが、それでも不況ってもんのせいで仕事先はそこまで多くない。しっかり生活できるようになるまでは国が面倒見てくれてるけど……やっぱり自分で働かないと落ち着かねぇだろ」


 確かにその通りだが、オークの、豚が直立したそのままの見た目の奴にそれを言われると俺は何か間違えているのではないかという気がしてくる。

 ただ、博はこれでしっかりと早い段階で就職を決めた堅実派だ。

 向こうでは魔王軍に所属して、暴虐の限りを尽くしていたオーク族の大戦士だったから、こんな地球は日本の平和な社会でやっていけるものか疑問だったのに、しっかり馴染んでいる。

 彼曰く、あれはただの仕事で、戦闘なんてやらないで済むならその方が良い、ということらしい。

 戦闘大嫌い、というわけでもなかったようだが、金が稼げる仕事が他にあるならそちらを選ぶという感じだ。

 だからこっちでは戦闘系の職業には就かなかった。

 俺たちのような存在は、まず第一にそういう荒事系に需要があるのだが、それをあえて避けて就職した辺り、本当に博はオークには珍しく、戦いが好きではなかったのだろう。

 気持ちは分かる。

 俺も向こうでは博と同じように戦いの毎日だったが、こっちに来て随分と安楽な生活に慣れてしまった。

 毎月、政府から二十万弱の金が口座に振り込まれるので、最近では働こうという感じにもならなくなってしまっている。

 しかし、この振り込みもそろそろ打ち切りになるらしい。

 財源の問題が、とか、まずは国民に給付を、とか色々理由はあるようだが、そもそもの問題は、俺たちが意外にも大人しいということが知れ渡ったからだろう。

 それがゆえに、コンビニに普通に行っても普通に対応されるようになっている。

 休日のショッピングモールに行っても、もはや誰も奇異の目で見ることはない。

 完全に慣れられてしまっている。

 悪いことではないのだが……何か大きく間違っているんじゃないか、という気持ちは常にする。

 たまに子供に絡まれたり、高校生の不良っぽい奴にカツアゲされそうになったりはするが、前者は穏やかに対応すればその母親にもにこやかに見られるというか、「ゴブリンのお兄さんにばいばいしようね~」などと言われる始末だし、後者の奴は殴りかかっては来るのだが向こうの世界で散々、魔術で強化された弓や剣で攻撃され続けてきた俺のようなものにとってはそれこそ撫でられたような衝撃しか感じられない。

 日本人の受容力は際限がなかった。

 しかしそのお陰で、恐ろしく穏やかな生活を出来ている。

 俺はそんな生活を頭に思い浮かべつつ、博に言う。


「確カニ、ソレハ分カッテイルンダガ……斡旋所二行ッテモ、シックリ来ルモノガナクテ……」


 斡旋所、それはつまり職業斡旋所のことだが、人間用のものではない、俺たち用のものも市町村に一つは必ずある。

 これは差別というわけではなく、人間に出来る仕事と、俺たちに出来る仕事には大きく差があるからだ。

 人間用の方に行っても良いのだが、あくまでそこで紹介されるのは人間用の仕事だけ。

 しかし俺たち用の方に行くと、俺たちにしか出来ない仕事を斡旋してくれる。

 たとえば……ドラゴン族たちにはクレーンの仕事とかな。

 オーガたちにはかなり重いもの専門の引っ越し屋とか……。

 海棲系の奴らは漁師にひっぱりだこだ。 


「まぁ、お前みたいなゴブリン系だとそうなりがちなのは分かるよ。俺も似たようなもんだしな」


「博ハ、語学力ガアルカラ良イナァ。英語ト中国語、フランス語モ話セルンダロ?」


「あぁ。向こうで敵方と会話するためにスキルで《語学》身につけておいて良かったぜ。こっちじゃ、専門の道具がないと見られないが、それなりに能力に反映されるみたいだからな。レベルとかの概念はないみたいだから、あくまでも素質程度であって、向こうほど絶対的なものじゃないみたいだが」


「俺ノスキルハ攻撃系バッカリダッタカラ活カスノガナァ……」


「そういう奴も少なくないが、なんとかやってるだろ。お前も大丈夫だって。ただ、一番は迷宮ダンジョンに潜ることなのは変わらないけどな。こっちの世界にもあるんだから、意地を張らないで潜れよ。元々、お前、俺たちの中でも手練れだっただろ。剣鬼ゲードさんよ」


「ダカラ、岩雄ダッテ言ッテルダロ。コッチノ世界デ剣鬼トカ言ッテモサァ。タダノヤバイ奴ダロ……」


「迷宮がなければな。なんでそこまでお前が迷宮を避けるのか、俺には分からねぇぜ。まぁ、俺みたいに出来る限り戦いたくないってんなら分かるけどよ。お前はそうでもないだろ?」


「ウーン、マァ、考エテミル……」


「おう、その方が良いぜ。何せ、迷宮に潜ればお前なら進化できるかもしれねぇじゃねぇか。そうすりゃ、声帯の問題も解決するだろうし。そっから改めて仕事探しした方が効率もいいかもしれねぇぜ。ま、余計なお世話かも知れねぇけどよ」


「イヤ、コッチデモ、コウヤッテ話セル知リ合イガイルノハアリガタイ」


「なら、良かったぜ。ともかくお互い色々あるが……これからも頑張ろう。じゃあ、また今度な」


「分カッタ。ジャアナ」


 お互い、そう言って手を振り、別れた。

 俺はそのまま自宅のマンションまで歩いて、部屋の扉を開け、テーブルに買ったものを置いて、食事を始める。

 本当にいつも通りの日々。

 けれど……そろそろ、潮時なのかもしれない。

 そんな気がした。

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また、ブクマ・感想などもお待ちしております。


とりあえず毎日更新を目指しています。

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