「……ふう、これで最後ね」
執務机の上に置いてあった大量の書類、その最後の一枚にサインをして、ため息を吐いたのは、カタリナだった。
それを受け取ったのは、参事会に所属する役人の一人で、カタリナのサインと書類の内容をチラリと確認し、
「……確かに。では失礼いたします、カタリナ様」
そう言って部屋を出て行った。
部屋に残されたのは、カタリナと、トラン侯爵家の家宰であり、今はカタリナの補佐を主な任務としているグレッグだった。
彼は役人が去った後、すぐに部屋の端から茶器セットを持ってきて、流れるような仕草で紅茶を注ぐ。
「お疲れ様でございました、カタリナ様。どうぞ……」
そう言ってことり、と置かれたカップを、カタリナは少しばかり伸びをしてから手に取る。
かつてマナーの教師に学んだように、熱い茶を音も立てずに飲むと、その味に少し違和感を感じた。
と言っても、別にまずい、と言うわけではない。
「……茶葉を変えたかしら? 今までのものよりも少し、美味しいのだけれど」
すると、グレッグは首を横に降って、
「いいえ、変えてはおりませんが……おそらく、この街の流通が以前よりよくなったからではないかと。この茶葉の仕入れ先の商会は、ラグラ商会ですが……」
そう言われて、カタリナはピンとくる。
「なるほど、確かスケルトンに襲われていた商会の一つだったわね。魔物の危険が去ったから、良質の茶葉を仕入れやすくなったわけね……別にそのためにノアに依頼をしたわけではなかったのだけれど、これは意外な収穫だったわ」
「ええ。本当にあの少年には頭が下がりますな……しかしそれだけに、よろしかったのでしょうか?」
グレッグが首を傾げて、カタリナに尋ねてくる。
特段主語のない言葉で、普通ならなんの話か聞きたくなるだろうが、カタリナにはすぐに分かった。
というか、ノアについて聞くことで、このように聞かれる話題はひとつしかなかった。
「……別に新しい開拓村に開拓民を斡旋するくらい、おかしなことではないでしょう?」
言い訳じみているのはカタリナも自分でわかっていたが、そう言わざるを得なかった。
これにグレッグは厳しいツッコミを入れる。
「お分かりでしょう。やるにしても、彼に先に断りを入れるべきだったと」
「そうね……でも、私は
「それは……やはり?」
「ええ。私の技能、知っているでしょう」
「《直感》ですか……」
それはカタリナが持つ、かなり珍しい派生技能だった。
その内容は、「これを持つものは何か特別な出来事を、漠然とした予感で以て知ることができる」という役に立つのか立たないのかわからない技能である。
しかし、実際には思いのほか役に立っていて、カタリナの窮地を救ってきたものだ。
これの存在を知っているのは、グレッグを除けば、カタリナの父であるトラン侯爵だけだった。
そもそも侯爵自身もこれを持っていると言うから、おそらくはこの家系に発現しやすい技能なのだと思われた。
うまく活用すれば、かなり有用であるのも疑いがない。
実際、侯爵はそうしてきただろうから。
ただ、かなりそれが難しいのも言うまでもないことで、読み間違えると大変なことになるのは言うまでもない。
あの時、ノアに助けられた時もまさしくそうだった。
《直感》は街を出る前には働いていた。
けれど、それをカタリナはしっかりと意味を読むことが出来なかったのだ。
街にいることそれ自体が危険かもしれないと、そんな風に思ってしまった。
だからこそ、あんな事態に陥った。
結果として、ノアに出会えたのだから不幸中の幸いであったが、こう言う部分があるため、完全に信じ切るのも難しい技能であった。
ただ、今回については、判断を間違っていない、とカタリナは思っていた。
つまりそれは、ノアが村長となった新しい村、そこを発展させるべきだという《直感》についてだ。
その方法として、開拓民を送ること。
できる限り早く着手すべきだと感じ、ノアに許可を取る前に進めてしまった。
後である程度言い訳がつくよう、最初に送るのは職人など、村という共同体を作るために必ずどのタイミングでか必要になる人材だけにはしてある。
ただ、ノアが次にここに来た時には、もう少し範囲を広げて人を募集してみてはどうか、という話もするつもりでいた。
そのために必要な根回しは進んでいて、あとはノアの同意を得ればすぐにでも人を送れるくらいのところまでは来ている。
彼は怒るだろうか……そんな不安も感じるが、さほど強くない。
これはきっと《直感》が、何かを導いているからだ、とカタリナは信じていた。
もしくは、それだけ自分がノアに甘えている可能性もある。
まぁ、最悪、ダメだと言われてもそれで何がどうなるというほどでもない。
急な発展は諦めて、もっとゆっくりした計画を進めればいいだけの話だ……。
そんなことを考えていると、
ーーコンコン。
と、扉を叩く音がした。
「入って」
そう伝えると、そこから使用人が一人入ってくる。
だいぶ慌てた様子で思わず彼が何かを口にする前に、
「どうしたの?」
と尋ねる。
すると彼は言った。
「お、お館様が、お越しです!」
「えっ!?」
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