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第4章 旧アジール村にて
第119話 トラン侯爵

 辺境都市ミドローグ。

 ユリゼン連邦北部のアルタイル州、そのトラン侯爵領に含まれている中規模都市で、《煉獄の森》へと続く不便な位置に存在している。

 しかし、魔境と呼ばれる地域というのはその名前の通り、魔力などに満ちているが故に、豊かな実りも同時に約束してくれる。

 そのため、ミドローグは中央からは僻地と見られる位置にありながらも、それなりの大きさを持ち、そこそこに発展していると言えた。

 加えて、運がいい、というのもある。

 というのは、魔境近くの街や村というのは、魔境から外に出てきた魔物によって破壊されやすいものだからだ。

 魔境の魔物は魔境の濃密な魔力を好み、またそこでなければ生きられないような場合も少なくないため、滅多に出てくることはない。

 それでも歴史を遡ればそのようなイレギュラーなど、むしろ日常と言っていいほどに資料が出てくる。

 にも関わらず、ミドローグは少なくともここ数十年はそのような被害を受けていない。

 これはとても幸せなことだった。

 とはいえ、そろそろ危険ではある。

 これから先も安全な土地であるとはとてもではないが言えない。

 そもそも、この都市ではフォルネウス教団の間者も蠢いていると小耳に挟んでいた。

 それなのに……。


「ふっ。その間者を倒し、捕獲したか。しかも参事会のメンバーであり、あの子と敵対していた者だと。よくもまぁ、なんとかできたものだな。そうは思わんか、スレイ?」


 ミドローグに向かう馬車の中で、ユリゼン連邦、アルタイル州における重鎮、トラン侯爵パガウス・トランが、対面に座る執事風の男に話しかけた。

 彼の名前はスレイ・バートン。

 トラン侯爵の旅路につく執事にしてはかなり若く、二十歳ほどと言った感じだ。

 ただ、その顔立ちには怜悧な輝きがあり、切長の眼にさらりとした灰色の髪はしっかりと整えられて、まさに執事の見本、といった雰囲気である。

 実際、彼はトラン侯爵に使える数多くの執事の中でも優秀であり、トラン侯爵家の家宰であるグレッグがカタリナについていることにより、空席となった家宰の地位を、その補佐という名目で埋めている。

 それは彼が、グレッグの義理の息子であることとは完全に無関係とは言えないものの、その優秀さは他の者も認めるところで、ほとんど文句が上がっていないのがその証明だった。

 

「私には細かなことは分かりかねますが……それだけお嬢様が優秀でいらしたということではないでしょうか」


 そんな彼がパガウスに対し、当たり障りのない返答をすると、彼は笑って、


「本当にそう思っているのか? あの子は確かに親の欲目でなく、あの年齢にしては中々のものだとは思うが……流石に海千山千のあの街の重鎮たちとやりあえるほどではないぞ」


「……そこまで分かっておられながら、お嬢様にあの街で戦ってくるように命じられたのですか?」


 それは中々に厳しい話だ。

 竜は我が子を魔境に投げ込むとも言うが、まさにそのような所業である。

 スレイの記憶によれば、パガウスは政敵には苛烈で残酷であることは間違いないが、娘に対しては極めて優しく、それこそ甘やかす、という表現が最も適切だろうと思ってしまう程度の扱いをしていた。

 もちろん、教育に関してはしっかりと行い、それについては甘えを許さなかったからこそ、今のカタリナがあるわけだが、しかし危険な場所に、勝ち目もなさそうなのに派遣するようなことをするのは意外だった。

 そんなスレイの考えを読み取ったのか、パガウスは苦笑して、


「もちろん、私だとてそんなことはしたくはなかったさ。だが、親族どもが煩いからな。あの子にも何か一つ、功績があれば静まるだろうと考えてのことだった」


「それが、あの街の権力の掌握だと?」


「建前は。だが、本当はそこまでは要らなかった。少なくとも、あの街の重鎮たち、その半数程度を味方につけられるような器を見せてくれれば……まぁ十分だったのだ。そしてあの子はそれをやった。だからそろそろ呼び戻そうと、そう考えていた矢先だったのだが……まさか本当にフォルネウス教団の者どもがいるとはな。これについては私も完全に誤算だった。危うく、我が子を失うところだった……私は自分の選択を、後悔したよ」


 そう言いながら、パガウスの背中に見えるのは悲しみではなく、怒りの炎だった。

 犯人が明確ならば、どこまでも復讐をしてやろうという、そんな気持ちが見える。

 だが、実際にはその犯人はすでに自害していて、どんな背景があったのかとか、詳しいところは判明しなかったとすでにグレッグから伝えられている。

 だからこれ以上はどうしようもない。

 フォルネウス教団そのものに喧嘩を売ってもいいが、それをするにはあの教団は大きくなりすぎている。

 地方都市の、ただ一人の人間の自白だけでそれはできない。

 だからこれは恨みとして心の奥に置いておくしかない。

 そのことを分かっているパガウスはすぐにその怒りを沈め、


「……まぁ、あの子に実際に会えばこんな気もすぐに晴れるだろう。それに、どうも彼女は面白い人間と知り合ったようだ。私も会ってみたいのだよ……」


 そう言ったのだった。

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