「……ん? 誰だ!……子供?」
僕の登場にエルミドルが初め、焦るように叫んだ。
しかし、周囲を素早く観察して現れたのが僕一人と見るや、すぐに声をかけてきた。
声色は優しく、今誘拐をやらかそうとしている最中にあるとは全く感じられないような話し方だった。
「……どこから迷い込んだのかな? パーティー会場は向こうだよ。それとも、誰かとはぐれたかな……? であれば、誰かに送らせよう。お前たち……」
そんな風に言って、周囲の手下をつけようとする。
しかし僕は彼らを睨みつけたままで、叫ぶように言った。
「……僕は迷子なんかじゃない!」
「では一体?」
「……その
そう言った瞬間、エルミドルは被っていた仮面を即座に外し、残酷な本性が露わになったかのような、冷たい表情へと変わる。
それから、隣に立つ男に、
「……どうやら、全て彼にはお分かりらしい。ジュザ、彼も連れていくんだ。あぁ、顔には傷をつけない方がいいな」
そう言った。
ジュザ、と呼ばれた男は面倒くさそうな顔で、エルミドルに言う。
「あぁ? 別に殺っちまえばいいだろうがよ……あんなガキぐらい。その方が早いぜ?」
「馬鹿なことを言うな。ここで殺せば流石に目立つだろう。我々が去った後、あくまでもこの屋敷の住人にはしばらく、捜索でもなんでもしてもらった方が良い時間稼ぎになる。それに……あの少年の顔を見ろ。いい商品になりそうではないか」
「……なるほどなぁ。そう言われると……確かに殺っちまうのはもったいねぇか。だがな、金は弾んでもらうぜ? 俺の仕事はあくまでもこのガキを連れてく護衛ってところまでなんだからよ」
「仕方あるまい。私も商人なのでな。その辺りの契約については、たとえ口約束であってもしっかりと守るよ。あの少年を捕まえたら……金貨二十枚加算しよう」
「よし、決まったな……ってわけだ。ガキ、覚悟しやがれよ、とっ!」
直後、ジュザと呼ばれた男は、予備動作もなく地面を踏み切り、こちらに向かってきた。
その動きは恐ろしく早く、その時の僕には視認することも叶わなかった。
けれど、見えなくても、できることはある。
僕はそのことを父から教わっていた。
ノアから受け取った短剣を抜き放ち、構える。
そして、ジュザが来るであろう方へと突きを放つと、
「うおっと!」
そう言って、ジュザが一旦距離をとった。
「何をしている!?」
それはエルミドルにとって、予想外のことだったのだろう。
当然だ。
その時の僕は、まだ七歳の子供。
そんな子供に、おそらくは腕利きであろう戦士であるジュザが一度引くなど、普通ならありえない。
けれど、ジュザの方は真剣で、エルミドルに背中越しに言った。
「……おい、このガキ、なんかかじってやがるぞ。それも、格上相手と戦い慣れてやがる」
「貴様、まさかそのくらいのガキに負けると言うのか? そのために私は高い金を払ったわけじゃないぞ!」
エルミドルが怒りの声を上げる。
しかし、ジュザは笑って、
「バカ言ってんじゃねぇ。そんなわけはねぇ。ちょっと驚いただけだ……ガキ、無駄な抵抗は、するんじゃねぇ!」
そう言って、短剣を振ってきた。
彼もまた短剣で戦っているのは、長剣は持ち込めなかったか、元々短剣を得物としているからだろうと思われた。
動きからして、後者である可能性が高く、まるで獣のような短剣捌きだった。
けれど、不思議なことに……僕はその短剣を、一度ならず、二度、三度と弾くことに成功した。
極限状況における高い集中がなせる技か、それとも……。
「チッ。ガキなんかに使うもんじゃなかったが……」
ジュザは舌打ちをして少し下がり、そして魔力を集中させる。
まずい、と僕は思った。
あれは技能だ。
一般技能か派生技能かは分からないが、武術系の技能を何一つ使いこなせない僕に受けられるようなものじゃ……。
しかし、ジュザの動きは止まらず、
「いくぜ……《獣魔刃》!」
そう言って魔力を発散させる。
短剣に牙のようなギザギザとした魔力の刃が発生し、それが僕に向かって襲いかかってくる。
あぁ、これは流石にもうダメか……。
そう思った刹那。
ーーガキィン!!
と、ジュザの短剣が思い切り弾かれる音がした。
一体誰が……?
そう思って顔を上げると、そこには見覚えのある顔があった。
「……父上? どうしてここに」
そこにいたのは、僕の父だった。
けれど、今日はついてきていないと言う話だったのだが……。
「今はそんなことはいい。それよりも……はあっ!」
そう言って一言気合を入れると、父上は僕があれだけ苦戦していた相手を、たった一刀の元に斬り伏せてしまった。
「お、お前……」
エルミドルが怯えるようにこちらを見つめ、それからジュザが廊下の端に置いていたリタの元へと駆け寄ろうとする。
おそらく人質にしようと考えたのだろう。
けど、そんなことも父上はお見通しで……。
すぐにエルミドルとリタの間に立ち、その行動を阻んだ。
さらに他のエルミドルの手下たちを見つめつつ、
「……もう観念しろ。お前たちのことはすでに、皆の知るところになっている。ノア様が全てを伝えたが故にな。衛兵もすぐに来る……」
そう言うと、ついにエルミドルたちはがっくりと地に膝をつき、全てを諦めたように項垂れたのだった。
読んでいただきありがとうございます!
クザン編、もう一話だけ続きそうです。
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