「……それにしても、ここ、さっきから誰も通らないね? こんなに静かで、綺麗な場所なのに」
僕が周囲を見ながらそう呟いた。
噴水のある中庭、周囲にはよく整えられた花畑や生垣があって、ベンチなどもいくつか設置してある。
もちろん、パーティー……厳密に言うなら、夜会に分類されるようなそれが開かれるような時間帯だからね。
当然、周囲は暗くあるべきだったけど、実際には仄かな光が辺りを照らしていた。
魔道具……《魔術灯》による明かりが取られているからだけど、それだと通常はもっと人工的な輝きであるのが普通だ。
けれど、ここは……なんというか、もっと柔らかな自然光に照らされていたんだ。
これは今なら分かるけど、《魔術灯》の中でもより高度なそれが使われていたのだろうね。
空を見つめると、そこには普通では見えないはずの星の光が瞬いていた。
自然光を強めて、人にとって快い環境を作ろうとしていたのだろうね。
相当な財力がなければできないことだ……まぁ、それはいいか。
そんな空間なのに、そこには人があまり……というか、少女が来てからずっと、人が来なかった。
だからこその台詞だったんだけど、これにノアがあっけらかんとした様子で言ったよ。
「そりゃあな。ここは通常、俺の家族と、護衛しか来れないようになってるんだ」
「え? じゃ、じゃあ僕は……?」
「お前は、お前の親父さんがまさに俺の護衛だろう。だから、お前も含めてここを使ってもいいと父上から伝えられてる。で、君の方は……」
「わ、私、大変なところに勝手に入り込んでしまったのかしら……?」
「いや。多分、君が会場で大変そうな思いをしていたのを見て、家族の誰かが……多分、母上あたりだろうが、護衛の誰かに伝えてここに来れるように取り計らったんだろうな。誰かに勧められなかったか?」
「あっ、そ、そういえば、会場で声をかけていただきました……すごく綺麗な方だったんですけど……もしかしてあの方が……」
「母上だな。なんだ、あの人名乗らなかったのか。まぁいつものことか……すまないな、うちの家族が変なことして」
「いえ、そんな……それに名乗らないといえば、私もまだ名乗っておりませんでした。私はリタ、と申します。家名は……」
その先をリタは言おうとしたけれど、ノアが止めた。
「そこから先を聞くと、変な遠慮がお互いに生まれそうだからな。あとで分かることとはいえ、ここでは名乗らないことにしよう。いいな?」
「え、ええ、構いませんが」
「お前もだぞ、クザン」
「僕についてはもう知ってるじゃないか」
「こっちのレディに言うなって話だ」
「まぁ、構わないけど。あとでどうせ分かることだしね」
「よし。じゃあ、そういうことで」
******
「この間は楽しかったね」
僕の言葉に、ノアが対面で頷いて、
「そうだな」
そう言った。
そんな彼に向かって、僕は続ける。
「あの子……リタも楽しそうだったし。ただ、あのあと、皆で挨拶した時はちょっとお互いに困惑しちゃったけどね」
「もうすでに散々、砕けた口調で話していながら、お互いに親たちの手前、形をつけて喋るのが大変だったもんな」
「むしろすんなり挨拶して、その場を凌げたことを褒めて欲しいよ」
「別に、すでに三人とも言わないだけで、大体の身分は分かってただろう。だから特に緊張しないで済んだ。それだけなんだから褒めるようなことじゃない」
「君とリタはしっかりと教育を受けているのだろうから、そうだろうけどさ。僕は教養の大してない身なんだけどね……」
「その割には、同年代よりもずっと頭も回る。それに加えて剣の腕もかなりのもの。これはもう、未来は俺の元に来ることは決まったようなものだな」
「……きっとそうなるだろうけど、いいのかい? 君はそれで」
「いいに決まってるだろう。ただ、俺に勝てないようじゃな。もっと腕を上げて、あとはしっかり周りを見られるようになることだ」
「……そのうち驚かせてやるからね。でも、その前にだ。どうして僕は馬車に乗っているのかな? そしてどこに向かってるんだい?」
「なんだ、気づいてなかったのか?」
「いや……父上から、君について行くようにと言われただけなんだけど……」
「あの人は……しっかり説明しておくように言ったんだけどな。まぁ、いい。この間、リタと話したろ? うちでパーティーやったけど、リタの家でも今度やるから来てくれって話になっただろうが。俺とお前が来たら、きっと楽しいだろうからって」
「あぁ……確かにそんなこと言ってたけど、社交辞令じゃ?」
「お前……そんなわけないだろ。あの場ではそんなものは無しだって、そういう前提で話してたんだから」
「そんなに呆れることないじゃないか……。そうか、本気だったのか。でも僕の立場だと……そうは受け取れなかったんだよ。それもわかってほしい」
「まぁ、な。でも俺も彼女も紛れもなく本気だったわけだ。で、これからまさにそのパーティー会場にな」
「……だからこの格好か。こんなの、初めて着たんだけど、いいのかい?」
この時、僕が着ていたのは、ノアからというか、ノアの家から貸し出された正装だった。
僕のような家の人間では着られないようなすごい品物だったけど、軽く貸してくれるんだから。
「別にいいさ。俺のものを仕立てるついでだったしな。今日のが終わったらやるから大切にしておけ」
「そうそう着る機会があるとも思えないけど? すぐに着れなくなっちゃいそうだし」
「大丈夫だ。俺が呼ぶからな」
「えぇ……」
けれど彼はこの日の後も僕を何度も呼ぶようになった。
もうお互いの正体がわかってしまったから、開き直ったんだと思う。
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