「あれは……僕が剣を習い始めて、一年は経った頃かな。六歳くらいに始めたから……七歳の時になる。ノアは六歳だった」
僕がそう話し始めると、メリクーアは少し意外そうな顔で、
「随分と早いな? いや、親が戦士なら、おかしくはないのか? 私も鍛治について教わり始めたのは……そのくらいだ」
「何ごとも小さな頃から学んだ方が早いからね……さて、続きだ」
******
「おりゃああぁぁ!!!」
木剣を思い切り振りかぶっていた。
当時の年齢からすると、少しばかり重いけど、子供用に長さや重さを整えたもので、無理に扱わなければ体を痛めるようなものじゃなかった。
ただ、当然のことだけどそれが命中すれば、痛いことは間違いない。そういう武器だ。
けれど、僕はその時思い切りそれを振って、相手の少年の腹を狙った。
この戦いに勝つことは僕にとって必要不可欠なことで、そうでなければ立場を維持できないから当然のことだった。
それなのに、だ。
僕の振るった木剣は、さっと避けられ、そしてバランスを崩した僕の足を引っ掛けられて、僕は大きく倒れ込んだ。
そのまま地面に顔面を叩きつけられ、じわりと、目元が熱くなったのを感じた。
泣きたい。
そう思ったけれど、ここで泣くのもまた、威厳が失われる。
だからなんとか我慢して口を引き結んで、膝をついて起き上がった。
あの時は在らん限りの根性を注ぎ込んだのを覚えているよ。
今も、いくら辛いことがあっても、あの時ほどじゃない、と思うと自然と力が湧き出してくる。
いい思い出だね。
そして、そんな僕のところに、周囲から人が寄ってきた。
「お、おい、クザン、大丈夫か!?」
「怪我してないか!?」
「クザン!」
いずれも子供の声で、その理由は、ここが子供だけが知っている、いわゆる秘密基地であるからだった。
その時、僕の住んでいた街はとても広かった。
市街区の大半は美しく整えられていたけど、古い時代に作られた区画は入り組んでいて、名家ほどこの辺りに家を構えていることが多かった。
僕の家も同様で、同じような立場にある子供たちはこの辺りで遊ぶことが多かった。
ただ、それでもみんな仲良く、とは必ずしもならなくて、いくつかのグループに分かれて、常に勢力争いみたいなことをしてた。
もちろん、国や貴族がするような血生臭い戦争までは起こらないけど、代表者を出して模擬戦まがいのことをして決着をつけたり、なんてことも結構あった。
この時はまさにその模擬戦紛い、を行ってたところで……僕はその時の相手に敗北したんだ。
初めて見る相手だった。
黒目黒髪の少年で、どことなく気品が感じられる人だった。
彼は僕に戦いを挑んできて……それで。
こんな風に簡単に負けてしまったんだ。
この時の僕は、父から剣術を学んでいて、だからその場にいる同年代の誰よりも強かったというのに、ね。
「だ、大丈夫……それより……」
僕は顔をあげて、相手を睨みつけた。
僕に初めて土をつけた相手だ。
顔を絶対に覚えて、そして復讐をしなければならない。
もちろん、当時はそこまではっきり言葉にできたわけじゃないけど、思っていたことはまさしくそれだったよ。
でも、彼の方は全然そんな僕の気持ちを分かってなくてね。
むしろ笑顔で手を差し出してきて……。
「へぇ、泣かなかったのか。お前、偉いな。それにさっきの剣凄かったぞ」
そんなことを言ってきた。
僕はその言い草に何だか腹が経ったんだ。
簡単に避けたくせに、そして簡単に僕に勝ったくせに、僕を褒めるんだからさ。
だから僕は言った。
「……勝ったのは、君だ」
「それはそうだが。でもまともにやってたら俺が負けてたぞ」
「……まともにやってなかったの?」
「すごい勢いで向かってくるから、とにかく避けることを頑張ろうと思って。そしたら引っ掛けやすいところに足があったから、そのまま」
「ずるいよ!」
「えぇ? でも勝負ってそういうものだろ? お前だって今まで、ラッキーで勝ったことくらい、あるだろ?」
「……」
「ほらな。とにかく、今日は俺たちの勝ちだ。お前たちは出てくんだな」
そう言われて、僕たちはすごすごと秘密基地を後にした。
この時の戦いで何を争ってたって、この秘密基地の《場所》そのものだったんだよね。
土地の奪い合い、というのもまさに本当の戦争みたいだけど、負けても出ていくだけで済むから気楽なものだ。
でも僕の屈辱は、そんなものではなかったよ。
この日からだ。
僕が訓練に血の滲むような努力をし始めたのは。
訓練の日、僕は父から尋ねられるようになった。
「クザン、急にどうした? この間まで、素振りなんて疲れたらやめてただろうに」
「……絶対に勝ちたい奴がいるんだ! だから強くなる方法、教えてよ!」
「お前、負けたのか? 他の子供に?」
父は意外そうだった。
別に子煩悩な人とか、変な贔屓をするような人じゃなかったけど、その時の僕は結構なものだったからね。
あくまでも子供にしては、だけれど。
僕は父の言葉に、敗北の味を再度思い出して、少し涙ぐんでしまって、でも父はそんな僕を見て少し笑ったよ。
「どうして笑うの?」
そう尋ねた僕に、父は言った。
「その気持ちはお前を必ず強くするからだ。忘れるなよ」
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