「あ……」
馬車から降りた時、もうその時点で、僕は感じた。
旧アジール村入り口、木の杭で覆われた土地の切れ間に作られた、申し訳程度の門の前で待っている人の姿を見た時に。
あぁ、あの人は、僕が求めていた人だと心の底から、魂の淵から理解してしまった。
けれど、だからこそ、何も口にできなくて。
走り出すこともできなくて。
ただ、その場にしばらく立ち尽くすことになってしまって……。
「おい、どうしたんだよ、クザン。そんな惚けた顔して……なぁ!」
と、後から降りてきたメリクーアに言われてしまう始末だった。
僕は、
「いや、その……」
とハッとして返答するも、しかしその場から足を動かすことがなかなか出来ず、最後にはメリクーアに腕を引っ張られて、やっとのことで歩き出した。
僕たちより先に鍛治師組合長のカウスが既に先に行っていて、あの人と会話していた。
その様は、非常に仲良さげで、いっそ羨ましさすら感じたくらいだ。
僕もあんな風に話せたら。
そう思ったものの、彼を見捨てた、そう思っている手前、その近くに寄ることが中々、出来なかった。
けれど、そんな僕の気持ちなど全く知らない上、ただ僕が友人を探している。
それだけを理解しているメリクーアは全然気持ちが違っていて、すぐに彼の元に近寄り、
「おっ、もしかしてお前がノアか!?」
と単刀直入に話しかけた。
彼はそんなメリクーアの失礼極まりない声がけにも特に怒ることはなく、苦笑しながら返答する。
ドワーフという種族はそういうものだと、よく分かっているのだろう。
昔から、そういう人付き合いというか、種族を超えたやりとりというものを素直に受け入れられる人だった。
これは得難い性質で、オラクルムでは貴族というものは、亜人相手には高圧的に振る舞うのが通常だからだ。
勿論、オリピアージュ公爵家の人々はそのようなことはなかったが、それでも、学院などで毒されて、《常識》に毒される可能性はあった。
けれど彼は学院に行っても何も変わらず、亜人にも対等に接したのだ。
メリクーアに対しても勿論そうで、
「……あぁ、確かに俺がノアだが……なんだ、俺のことを知っているのか?」
と、少しばかり警戒した様子で尋ねた。
彼の警戒は、勿論アストラル教会に対するそれだろう。
教会が、彼の存在を察知して尋ねてきたのかも。
そんな不安が襲ったのだと思う。
けれどすぐにメリクーアが、
「あぁ、私は知らねぇけど、あんたをここまで探してた友達がいるんだ! すごく必死で、絶対に見つけるんだって言ってよ! 言葉を交わしてやってくれよ! あいつだ!」
そう言って僕のことを示す。
そこで初めて、彼の視線が、僕に向いた。
僕は、この瞬間がとても恐ろしかった。
彼のことを、あの日から探さない日は一日もなかった。
なぜ、彼ほどの人が異端視されなければならないのか。
約束された公爵位を諦めなければならないのか。
それどころか、命すらも危ぶまれて、《煉獄の森》などという魔境へと送られなければならないのか。
いずれについても全く納得のできることではなかった。
そんな目に彼が遭うというのなら、僕が必ずついていって、彼を命をかけて守るのだ。
僕の前に彼が死ぬことは、ない。
僕が彼の剣となり、盾となり、死ぬのだ。
そうも思っていた。
それなのに、父も、公爵閣下も、同僚たちも、そんな僕の行く手を阻んだ。
営倉にしばらくの間投げ込まれ、出てくることがしばらく出来なかった。
そしてやっと太陽を拝めるようになった頃には、彼は既に国から追い出され、父の手によって《煉獄の森》に捨てられていた。
僕は人生で初めて、父に反抗し、そして詰り、怒りをあらわにした。
そんな僕に対して父は非常に驚いていたが……同時に喜んでもいたように思う。
最後には僕に、お前は、お前だけはあの方の味方であってくれと、そんなことを言っていたから。
オリピアージュ家の人間は、全て彼に対して、あんな仕打ちをしたくなかったのだと、その時に深く理解した。
かといって、僕にできることは何もなくて……。
ここに辿り着くまで、どれくらいのワガママを言ったか。
どれだけの人々の力添えがあったか。
わからない。
けれど、そうであってもなお、僕は思った。
彼は、僕を受け入れないだろうと。
彼を見捨て、力になることもせず、ただ放置した僕を、オリピアージュ家に連なる僕を、ただの敵とみなすだろうと。
そう思った。思ってしまった。
だけど……。
「あいつ……? おっ? まさか……えっ!? お前、クザンか!? 嘘だろ!?」
僕の顔を確認すると同時に、嬉しげにそう叫んだ。
それから走り寄ってきて、僕のことを強く抱きしめる。
それから、
「お前どうしてこんなところに……いや、よく俺がいる場所が分かったな!? というか大丈夫だったのか!? 親父さんとか、俺と一切関わりを持たない!みたいな強硬な感じだったのに……いや勿論、本心だったとは思わないけどさ。オリピアージュ家にいる限り仕方ない態度だろう。お前だって従騎士になったばかりのはずだしさ。まさかこんなところまで会いにきてくれるなんて……!」
そんなことを言うのだ。
僕はつい、笑ってしまって。
「ノア様……怒っておられないのですか? 僕が、僕らが貴方様を見捨てたことを……」
そう尋ねてしまったのだが、彼は、ノア様は答えた。
「お前、馬鹿だな……あれは仕方ないことだったんだ。全く恨まなかったといえば嘘になるけど、すぐに消化したよ。それにこうしてお前に会う機会までくれたんだ。実家の気持ちもよく分かった。だから、もう恨みすらもないって。それより!なぁ、見ろよこの村。案内するからこっちこい! な!?」
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