「……本当にいいのかな」
ガタガタと旧アジール村に向かう馬車の中、そう呟いたクザン。
そんな彼にメリクーアは言う。
「別に嘘ついてるわけじゃねぇんだし、構わねぇだろ。なぁ、組合長?」
話しかけられたのは、馬車の御者である。
馬車に乗っているのはクザンとメリクーアを除くと彼しかおらず、極めて少数精鋭だった。
「あぁ、別になんの技術もねぇってんだろ? 別にメリクーアの嬢ちゃんくらいの腕のある奴が一人いれば問題ねぇよ。鍛冶場作りも基本は俺と嬢ちゃんの二人でやる。お前は指示通り動けばそれでいい。単純な力仕事くらいはできるだろ?」
そう言った御者は、実のところただの御者ではなく、ミドローグ鍛治師組合の組合長であるカウス・ディーフという、ドワーフの男だった。
こんな辺境にドワーフの鍛治師がいると言うのは珍しいことで、実際、ミドローグではドワーフは彼と彼の妻、それに子供しかいないらしかった。
それが故に、メリクーアが来た時にはだいぶ喜んだらしい。
細かいことは分からないが、ドワーフの鍛治師しか出来ないような加工技術というのはいくつもあり、メリクーアはどれもしっかりと身につけているらしいからだ。
メリクーアはコネだなんだと言っていたが、むしろ全く関係ないことがそれでよく分かる。
それなのになぜメリクーアは勘違いを、と思っていたのだが、その点についてもクザンはカウスから聞いていた。
どうも、メリクーアはオラクルム王国の鍛治組合でもかなりの重鎮らしく、そのために常に周囲に気を遣われることが多い人生を送ってきたらしかった。
腕よりもそちらの方を評価されている、という精神に陥ってしまっているわけだな。
それで色々とあって、奴隷商にまで捕まるような事態にまでなったようだが、そういうことならオラクルムじゃ、かなり心配されているのではないだろうか。
なんの連絡もここまでしていないが、大丈夫なのか心配になってくる。
まぁ、いずれ手紙を送るように、後で言っておこう、と思っているクザンだった。
そんなことを考えつつ、クザンはカウスに返答する。
「流石にそれくらいのことは出来ますけど……本当に良かったんですか? 他にも開拓村に行きたい鍛治師の方は結構いたみたいですのに」
事実、酒場ではそんな話で盛り上がっている者たちも少なくなかったのだ。
それなのに、職人的技能を何一つ持たないクザンがこうしてメリクーアの補助としてついてくることを許されてしまっている。
機会を不当に奪ったのではないか、そんな気がしてきて何か気が引けるものがあった。
「いいんだよ。そもそも、そういう奴らの大半は参事会に媚を売りたい、みたいな奴らばっかりだったからなぁ。そうじゃない奴らはむしろ今は自分の仕事で手一杯だと申し込みにこなかったし。そんな中、きてくれたいい腕持ってるメリクーアと、その連れのお前だ。むしろ適任だ」
「そう言ってもらえるとありがたいんですけど……まぁ、これ以上気にしても仕方がないですね。あの、旧アジール村について聞きたいんですけど、いいですか?」
「おぉ、お前にはあんまり話してなかったもんな。いいぜ。なんでも聞いてくれ」
「開拓村の村長の人のことなんですけど……」
「あぁ、ノアか。あいつは面白い奴だな。カタリナの嬢ちゃんと仲がいいのも勿論だが、それ以上にいい素材を結構頻繁に持ち込んでくれるしよ」
「そうなんですか? でも若い人だって聞きましたよ」
「それはな。ほぼガキだぞ。十四だって言ってたしな。ただ、一緒にいる獣人たちがいい腕してるんだよ。開拓村周辺で狩ったらしい魔物の素材の処理も完璧だしな。それに、どれも急所を一撃でやってるのが分かるんだ。冒険者組合に毎日納品される品と比べて、一段も二段も品質が上でよ。あいつらにだけは色つけて報酬払ってくるくらいだぜ」
「それほどですか……」
これを聞いて、クザンは果たしてあのノアと、同じ人物なのか全く確信が持てなかった。
そもそもノアはそれほど戦闘能力が高い人物ではなかった。
そのほかの能力だとて、非凡、という感じでもなかった。
ただ有ったのは、何かをするだろう、というカリスマ。
妙な期待を抱かせる雰囲気。
そういうものに過ぎなかった。
しかし、その開拓村のノアは……どうも本人自体の戦闘能力もかなり高そうに思える。
獣人というのは良くも悪くも力関係に敏感で、そのために自分より弱い相手にはあまり従わないからだ。
勿論、権力というか、自分が従うべき主人の娘とか、そういう相手には従うのだが、今回はそういう場合ではない。
ノア個人の戦力として動いているのだ。
つまりそれは、その獣人たちよりもノアが強いということで……。
よく分からなかった。
まぁ、会えば分かることだから、あまり気にしても仕方がないかもしれないが。
そんなことを考えつつ、色々と聞いていくが、やっぱりノアがノアなのかどうか、確信はあまり持てなかったクザンだった。
そしてしばらく。
「おっ、そろそろ旧アジール村に着くぜ。今はまだただの開拓村で名前はないが……これからしばらくは、お前たちはあそこで生活することになる。覚悟はいいか?」
「あぁ、問題ないぜ。な、クザン」
「はい。野宿とかには慣れてますし、開拓村でも大丈夫だと思います」
「頼もしいぜ。じゃあ行くぞ」
そして馬車はその村の入り口……らしきところに向かっていく。
読んでいただきありがとうございます!
ついに百話に到達しました!
こんなに長く続けるつもりはなかったんですが、書いてるうちに長くなりました……ここまで読んでくれて本当にありがとうございます!
できれば下の☆☆☆☆☆を全て★★★★★にしていただければ感無量です!
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