「くそっ!! 何処だ!!」
敵機を見失い首をぐるりと回して、自分の目で銀朱のバルキリーを探すハヤテが悪態をついた。鋭角のターンで死角に入り込んできた敵機がペイント弾を放ち、その弾丸が綺麗にハヤテのVF-31Jに着弾する。
「沈め……」
銀朱のラインが入っているVF-31FがハヤテのVF-31Jを撃墜する。撃墜と言っても判定が入るだけであって実際に墜ちていくことはない。
「本日何度めの撃墜だ? ハヤテ准尉」
ハヤテを撃墜した男――シノブが機体をロールさせながら言った。
「……まだ、5回だ!!」
「もう、5回だ。帰投したら格納庫15周。もちろんEX-ギアを装着して、その出力を切ってからな」
「またかよ!!」
「基礎体力をなめるなよ。結局最後は俺達の体が耐えなきゃいけないんだぞ」
「それに、お前が昨日バルキリーを持ち出さなきゃ、俺だってこんな指示出さなくて済んだんだ」
側面モニターに映るハヤテの顔には明らかな不満の色があるが、シノブはそれを軽くあしらうと機首をマクロス・エリシオンの方角へと向け、機体を増速させた。
一か月後
ハヤテがフレイアと一緒にバルキリーを持ち出すという事件から一月以上が過ぎ、既に3度、ウィンダミア空中騎士団と戦闘を行っていた。だが、結果はすべて相手の勝ちである。
「惑星リスタニア、エーベル、そして今回のアンセムⅢ。既に3つの惑星がウィンダミアに占領された」
ホログラム表示された球状星団の星図を見ながらアーネストが言った。
「連戦連敗か……」
「なんの、逆転こそがゲームの醍醐味」
「アラド隊長。中央の新統合軍から援軍は来ないのですか?」
タブレットを胸に抱えたカナメがアラドに質問する。
「さぁな……。辺境の小競り合いと軽く見ているのか。まっ、色々と面倒が多いんだろうさ、政治って奴は」
アラドがホログラムを見つめながら言った。
「新統合軍のマヌケ共は簡単に動きませんからねぇ」
「動かしてくるとしても……銀河系外周艦隊の一部ですかね」
「ふっ……マヌケ共か……」
シノブの言葉を聞いていたアーネストが苦笑交じりに呟く。
終業時刻を完全に超過していた話し合いを終え、シノブ達はロッカールームで帰る準備をしている。いつも着用しているGジャンを羽織るシノブの横では、アラドがメッサ―に話しかけた。
「聞いたぞ。だいぶスパルタでやってるそうじゃないか」
「戦いで生き残るためです」
素っ気なく答えるメッサ―の姿を見ながらシノブは聞こえないようにため息をつく。
「へっ……お手柔らかに頼むぜ。で、お前の方はどうなんだ? 体の方は大丈夫なのか?」
「特に問題ありません」
「ならいいが、無理はするなよ」
シノブはメッサ―とアラドの会話に変な違和感を覚えたが、それに口を挟む事はしなかった。
「分かっています」
ロッカールームから出た3人は最寄りのエレベーターまでの距離を歩きだす。
「アラド隊長!! シノブさん!!」
カナメの声を聞いた3人が振り向く。
「あん?」
「ん?」
「こんなものが手に入ったんですけど」
手に持っているネコクラゲのスルメを見せびらかすようにカナメが言った。
「バレッタネコクラゲの‼」
「最高級品……!!」
声を揃えて吠えた上司と同僚にメッサーは頭に手をやった。
「食堂で1杯やっていきません?」
「いいですねぇ〜」
「是非ぜひ」
「メッサーくんもどう?」
「自分は明日の準備がありますので」
「メッサー、たまには飲もうぜ。パイロットが親睦を深めるのに酒は大切だぞ。な?」
カナメの誘いを断ったメッサーに対して、シノブはフロンティアやガイノス3で培ってきた技を繰り出す。
「分かりました。お供させていただきます」
後ろ手でアラドとカナメにサムズアップをするシノブは、メッサーの肩を抱きながら食堂へと引き返すのであった。
1時間半後
食堂のテーブルには、多数のビンと缶、つまみの袋が散乱している。テーブルをその状態にしたシノブとアラド、カナメはうつ伏せになって酔い潰れていた。
だが、相当飲んでいるというのにメッサーは潰れず、1人グラスを弄んでいる。
「カナメさん」
メッサーは、隣で寝息を立てているカナメに声をかけるが、カナメが起きる気配は無かった。
「シノブ中尉、起きて下さい」
カナメが起きないことを悟ったメッサーは、カナメを起こすことを諦め、向かい側で潰れているシノブを起こすのであった。
「……あ……潰れてたか?」
「……はい」
起こされたシノブはテーブルの状況を一瞥する。
「メッサー、カナメさんを寮に送ってやってくれ」
後片付けはしておく、とシノブは付け足し、自分達が呑んだビンや缶を手にした。
「どうやって行けば?」
「おんぶでもお姫様抱っこでもいいじゃないか」
数分程考えたメッサーがカナメを抱き上げる。所謂"お姫様抱っこ"と呼ばれる抱き方でカナメを抱きかかえたメッサーが食堂の入口へと向かっていった。
「お疲れ様でした」
おう、と返したシノブは帰って行く2人を微笑ましい目で眺めるのであった。
マクロス・エリシオンを出たメッサーはカナメを抱きながら、ケイオスの女子寮へと向かっていた。
「……むにゃ……メッサー……くん……」
カナメの寝言に返事をしかけたメッサーが苦笑いをしながら歩き続ける。
「貴女を護り続ける事が出来て……幸せです」
小さい声音で伝えた。
「……ありがとう……」
返ってきた言葉に普段、冷静沈着なメッサーの頬が紅く染まった。
「……起きてますか? カナメさん」
問いかけるが返ってこない。大丈夫だ、と自分に言い聞かせ、いつの間にか到着していたケイオスの瀟洒な女子寮のインターホンを押す。
「こんな時間にどちら様でしょうか?」
気の抜けたミラージュに自分の名前を名乗る。すぐにドアが開かれ、タオルを首にかけたままのミラージュが姿を見せた。
「ど、どうかしましたか? あ、カナメさんを送ってきたんですね……」
「知っていたのか?」
「シノブ中尉から電話を貰いました」
一瞬だけ顔を逸らしたメッサーに首を傾げるミラージュは、そのままの状態でカナメを抱いた。
「あとは頼むぞ」
「了解です」
両手が塞がっているミラージュに代わってドアを閉めたメッサーは、いつもよりゆっくり目に『裸喰娘娘』への道を歩き出したのであった。
翌日
惑星イオニデスにてヴァールが発生したと、新統合軍から援軍の要請が入った。
既に、イオニデスに駐留している新統合軍各隊はヴァールによって操られている、とまで伝えられる中、自身の愛機にスーパーパックと『ワルキューレ』の歌声をフォールドウェーブによって伝達するプロジェクションユニットが装備される様子を眺めていたシノブは、言い表せぬ何かを感じ取っていた。
三次元レーダーよりも、AIの反応速度よりも早いそれは、"カン"とか"背中がムズムズする"とか"背後霊"とか、パイロットたちの言い習わす非科学的な何かである。
根拠もなければ再現性もないそれではあるが、古来よりそうした気、ジンクスの事を侮って死んでいったパイロットたちのリストで、戦闘機乗りたちの墓場は一杯だ。
「何か来るな……」
「シノブ!! 連装集束ビームパック装着完了だ!!」
「おう!!」
シノブの搭乗するジークフリードの機付長であるイングがコクピットから降りてエアロックに退避していく。
「エアリエル起動完了。システムオールグリーン。Δ5より1へ」
テキパキと機体を作動させるシノブが無線機に対して言う。
「こちら、Δ1。どうした?」
「αとβの連中に伝えてください。その場に留まるな、動き続けろと」
「何故だ?」
「何か来ます」
シノブの力の入った言葉にアラドは否定しなかった。歴戦のパイロットであるアラドもカンや背後霊を信じる口である。
「そうか……。聞こえてたな? ハル大尉とエドガー大尉?」
『勿論聞こえていますよ』
『シノブ中尉がそう言うなら信じなきゃダメだな』
アラドの問いに、ベータ小隊隊長であるハルとアルファ小隊隊長が答えた。それぞれが、味方よりも己の腕を信じている猛者達である。
「ワルキューレの直掩頼みます」
シノブの機体がカタパルトに引きだされてく。
「……Δ5、発艦する」
アイテールのカタパルトが1機のジークフリードを虚空へと打ち出した。
『プロジェクションユニット接続、及びMMPブースターパック装着』
『デルタ小隊各機、発進カタパルトへ!!』
オペレーターの心地よい声が無線から流れる。
「Δ1より6へ。お前にとっては初の宇宙戦闘だ。大気圏内との軌道の違いや推進剤の残量に注意しろ!」
「了解!!」
アラドからの注意を肝に銘じたハヤテは、一足先に離艦していった銀朱のVF-31Fが曳く青い炎を複雑な思いで見つめるのであった。
どうもセメント暮らしです。
初のカナメ×メッサ―の描写です!!
ベタなシチュエーションではありますがお楽しみください。
感想や質問待ってます!!