ラグナは今日も清々しい晴れの日であった。
出社してから中断していた報告書を書き上げ、アラドに提出したシノブは、続いて格納庫へと向かう。
「取り敢えずアクロバットの確認がまず最初だな。あぁ……ハヤテとミラージュの訓練もみてやんないといけないのか……」
タブレットに表示されたアクロバットの演目に目を通しながら格納庫へ入った。
シノブの目に、それぞれ青と赤の塗装が施されている2機のVF-1EXが映る。
「なんで2機も?」
「ミラージュ少尉も同じ機体に乗ってハヤテ候補生の訓練をするそうです」
シノブの疑問は近くにいた整備士によって解決された。
「何も、初心者に機体を合わせなくてもなぁ」
VF-1EXから離れ、自身の愛機の前に立つ。
「イング、こいつの整備はバッチリか?」
「あぁ、問題は無いけど、ARIELごと新しいジークフリードにコピーしてるから少しの間だけ待っててくれ」
VF-25Xの機付長が整備機器のキーボードを叩きながら言った。
「そういや、機体は在るってアラド隊長言ってたな。いつから乗れんのか……」
「今、マキナ姐さんとレイナさんが機体のチューニングしてるから……午後あたりから乗れると思うな」
「そのジークフリードはどこに置いてるんだ?」
「この格納庫の奥だ。行ってみな」
機付き長であるイングの言葉を頼りに、シノブはVF-25Xから離れて格納庫の奥へと進んだ。
可愛らしいウサギの掛札がかけられているワルキューレ・ワークスのドアを開けたシノブは、自身の新しい機体に心を躍らせた。
長方形の部屋の中に整備士達の姿は無く、部屋の中心に2機のVF-31 ジークフリードが縦列で置かれているだけであった。その2機のジークフリードは素の外装色であるグレーを晒している。
シノブは手前に置かれているジークフリードに近づき、その機種を撫でた。
「シノシノ、どしたの~?」
シノブの後ろから、桃色の髪を普段からしているツインテールではなく、ポニーテールに纏めているマキナがやってくる。
「ARIELのコピー待ち」
「あ、コピーしてる間は飛べないもんね。でも、後5分くらいで終わるよ~。でも、ジクフリちゃんのチューンはもう少しかかるから我慢してね?」
しゃがみこんだマキナは、前脚の後ろにあるカバーを外して中の状態を確認し始めた。
「それは大丈夫。で、こいつ……どこまで耐えられる?」
マキナと同じようにしゃがみ、機体を見上げたシノブが言う。
「……一応、シノシノが乗るこの子はエネルギー転換構造材が他のジクフリちゃん達より5パーセント程多いの。だから、確約は出来ないけど、42.4Gまでは、シミュレーションでも耐えれたから、この子は……シノシノの動きにも完璧に追従してくれるよ」
作業の手を止めたマキナは、シノブの目を見ながら普段より優しい声音で告げる。
「……まだまだ、強くなれる。ありがとう、マキナ……っって!!」
微笑みながら礼を言ったシノブは、後ろから誰かに両頬をつねられ、声を上げた。
「……私のマキナに何した……」
恐ろしく普段より抑揚の無い声で話すレイナの姿を見たシノブは、何もしていない、と弁解する。
「…………」
不審な行動に目を細める、所謂“ジト目”を向けられた。
「本当だ!! 頬から手を放してくれ!!」
小さい体の何処からこんな馬鹿力が出るのか、と想いながらシノブは両手を上げ、無実を証明した。
「ならいい。マキナ、ARIELのデータコピーが終わった。マキナ?」
予想外の攻撃を受けうずくまってるシノブに目もくれず、彼女は最愛の人であるマキナに声をかけるが、そのマキナは顔を赤らめて背を向けていた。
「……レイレイ……ちょっと待って……」
マキナに手を差し伸べようとしたが、その手を引いたレイナは、後ろからそっとマキナを抱きしめる。
「少しは加減し――」
体勢を直し、起き上がったシノブは言葉を飲み込んだ。
「レイレイ、私は大丈夫だよ」
振り向いたマキナはレイナの目を見つめ返す。
「ホント……?」
「ホントだよ」
今度は、マキナがレイナを抱きしめる。シノブは二人を邪魔しないように足音を立てずに部屋を出ようとするが、その努力が叶うことは無かった。
アラートが鳴ったのだ。
「……っ!!」
『衛星軌道上にデフォールド反応!! ゼントラーディ艦隊かと思われます。航空団各位、スーパーパックを装備の上出撃してください』
オペレーターの声が艦内に響き渡る。
シノブは、勢いよく部屋を飛び出した。既にパイロットスーツは着込んでいる。
「メサイアを出せ!! トルネードパックごとだ!!」
声を上げたシノブは、自身の機体に駆け寄り、ラダーを何段かすっとばし、コックピットシートへと体を沈めた。
手早く機体を起動させると同時に、トルネードパックが装着された。
機体が格納庫内から、甲板へと引きだされる。
『シノブ、こちらはもう少し時間が掛かる。済まんが、それまで耐えてくれ』
アラドからの無線に応えつつ、機体各部の動作を確認した。
「了解。Δ5、発艦する」
カタパルトによって機体が青い空へと放たれ、その先の
6機の熱核バーストエンジンが唸りを上げ、数十秒でシノブの機体を大気の無い宇宙へと押し上げた。
「大気圏離脱完了。エンゲージ」
大気圏を抜けた瞬間、機体上部に設置されている大型2連装MDEビーム砲が火を噴く。
発射されたMDEビームがゼントラーディの500m級斥候艦を艦の中心から消滅させた。
続いて、機体をバレルロールさせながら、新たに運ばれてきた両主翼端のマイクロミサイルポッドに装填されているマイクロミサイルを放ち、ダークグリーンのリガード数機をまとめて爆発の衝撃とその威力で破壊する。
「はぐれゼントランか。こんな危ない所に来るなんて、お前らは正真正銘の馬鹿どもだな」
縦横無尽に機体を動かし、変形させ、ピンポイントバリアを纏わせたアサルトナイフでバトルスーツの喉元を掻っ切り、死体を蹴り飛ばしながら、その反作用を用いてはぐれゼントラーディの旗艦と思われる1500m級の中型砲艦に肉薄する。そして、MDEビーム砲、マイクロミサイル、ガンポッドで各部の砲塔群を徹底的に破壊していく。
「次は艦橋だ」
艦橋の目前でバトロイドに変形させたシノブは、MDEビームを最大出力で放つと同時に、その膨大な推力で離脱する。
MDEビームの持つ微小のフォールド粒子によって、艦の様々な場所が転移させられ、その先の空間で破砕される。そして、艦は動きを停めた。
既に、次の目標へと攻撃を開始していたシノブは、その艦の最期を見守る事無く、ヌージャデル・ガーの中に入っているゼントランの顔面にガンポッドのバレル形の弾丸を遠慮なしに叩き込んだ。
『α、β、γ小隊は、対艦ミサイル発射。Δ小隊は、敵機動兵器の殲滅を』
アイテール、ヘーメラー両艦から発進してきた19機のVF-31が戦闘に加わり、それぞれが攻撃を開始した。
60発近い対艦ミサイルが、動きを停めた中型砲艦に突き刺さり、内部でその威力を解放する。ゼントラーディの中型砲艦は大小さまざまな瓦礫となって、その広大な宇宙を漂い始める。
アラドはスーパーパックを装備した己の愛機で、ゼントラーディのパワードスーツや戦闘ポッド15機程をあっという間に倒していた。
「たった1機で艦隊の旗艦とその随伴艦、機動兵器を壊滅させるとは……」
戦闘は20分と掛からずに終息する。
『全機、帰投してください』
オペレーターからの無線によって、編隊を組んだ各小隊は、それぞれ大気圏に再突入し、それぞれの母艦へと向けて飛んで行く。
「……荒鷲の名は……伊達じゃない」
シノブの後方に着いたミラージュが、宇宙の闇に溶け込んでいる漆黒のVF-25Xを見ながら零した。
「ミラージュ」
「な、何でしょうかシノブ中尉」
まさか、名前を呼ばれると思っていなかったミラージュは、狼狽しながらも反応する。
「ハヤテはどうしてる」
「……『俺も行く』と言っていましたが、戦闘の邪魔になると思って格納庫のハヤテと私の機体にロックを掛けておきました」
「賢明な判断だ。ミラージュ少尉」
数分後
アイテールの甲板へと着艦したシノブのVF-25Xの外装には、傷一つ付いていなかった。それでも多少は、ゼントラーディとの格闘によって、それの血が機首と左腕の辺りを汚してはいたが。
「イング、右腕の反応速度をコンマ5秒程上げておいてくれ」
コックピットの傍らで待機していた機付長にそれだけを伝え、シノブは艦内へと入っていった。
どうもセメント暮らしです。
今回の話は、もちろんIFです!!
実質YF-29と並ぶこの機体に目をつけられたらたまったもんじゃありませんね。
あと、感想ありがとうございます!!
感想と評価は作者の大事な養分となっておりますので、これからもどうぞよろしくお願い致します。