「……さて、この場に集まっていただいたのは他でもありません。皆様、準備はよろしくて?」
目を開くと、大きな薄暗い部屋にチロチロと燃える蝋燭の輝きと、その中に響く蠱惑的な少女の声が耳に届いた。
ここは……どこだ?
そう思って声の主の方へと視線を向けてみれば、そこにいたのは……。
「……ラウラ?」
「あら……レントさん。何かありまして?」
「いや……ええと、ここはどこだ……?」
「寝ぼけていらっしゃるのですか? ここは魔王城ですわよ。そしてここは作戦会議室。つい先日、勇者が現れたとの報を受け、我ら四天王で会議をし、対策せよと命を受けたではありませんか。お忘れ?」
「……四天王?」
四天王……そんなはずは。
いや、そうだったかも。
ラウラと……俺と……あとは誰だっけ……。
他にテーブルについているものを探してみると、見覚えのある顔がある。
一人は……ロレーヌ。
そしてもう一人は……げっ。ニヴがいる……いや、ニヴは四天王だからおかしくはない…か…?
「やれやれ。レントさんはどうも寝ぼけているようですね。ロレーヌさん、ニヴさん。お二人はそのようなことはありませんね?」
確認するようにそう言ったラウラに、まずロレーヌが言う。
「当然だ。事態については十分に分かっているとも。しかし、勇者については私はどうでもいいな。そんなことよりも魔術の研究をしていたい。ニヴはどうだ?」
「私ですか? そうですね……勇者というのが強いのであれば私が向かっても構わないのですが……正直今のところさほどでもないとの話。興味が湧きませんね」
関心の薄い二人に、ラウラがため息を吐く。
「はぁ……お二人は魔王軍の一員だという自覚が薄すぎますわ。人間を滅ぼす、そのためにあの方のもとに集まったのだというのに、最近はほとんどそのために働かず、部下に任せきりですし……。レントさんくらいですよ。真面目に働いているのは」
そう言って俺に目を向けたラウラは、何かを期待したような表情をしていた。
この話の流れで何を望まれているか、分からないわけではない。
「……俺が向かうよ。その勇者というのが本当にさほどでもないというのなら、だが。俺は四天王扱いされてるけど、実力の方は人並みなのを忘れないでくれ」
「もちろん。ですが、貴方も魔族の一員。出現したばかりの勇者くらい……なんとかなりますわよ」
「では、行ってくる」
「ええ、よろしくお願いします」
◆◇◆◇◆
「勇者、勇者……お、あいつかな?」
ラウラの部下であるイザークからあの後、正確な勇者の位置情報を得た俺はその場所へと向かった。
そして目視で探していると、それらしき人物を発見する。
「……あぁ。勇者なんてヤダなぁ……私、リリアン様のところにずっといたかったのに……」
そんなことをボヤきながら歩く年端もいかぬ少女の姿があった。
背中にはその身に似合わない大剣を差しており、あれが名高い聖剣という奴なのだろう、とはっきり分かる。
彼女の他に人はいないようで、どうやら不用心にも一人で魔王城に向かっているらしかった。
なるほど、これは好機だな、と理解した俺は、そろそろと少女の近くへと向かう。
殺すつもりはなかった。
敵であるとはいえ、子供である。
そんなものを手をかけるなど、俺には出来ない。
そもそも、俺には秘密がある。
四天王の他の者、魔王軍の者たちにも明らかにしていない、秘密が。
それが、人間を殺すことを躊躇わせるのだ……。
だから、戦闘力を奪えばそれでいい。
勇者が強力である理由のほとんどは、その武器である聖剣によるものだ、とは同僚のロレーヌから聞いていた。
聖なる武具絶対壊すウーマンのニヴもまた似たようなことを言っていた。
持って来さえしてくれれば何が何でもぶっ壊してやるとも。
普通の方法では壊すことが出来ない聖なる武具だが、執念でもってニヴは壊すことをその人生の楽しみとしているのだった。
二人のそんな話から、俺がここでなすべきことははっきりしている。
あの聖剣を奪って、ニヴの元へ持って行く。
それで終了だ。
そして俺は、聖剣に手を伸ばす。
気配ははっきり消していた。
俺の気配は極めて稀薄だ。
他の四天王のように強力な力を持たない代わりに、気配遮断に特化している俺。
魔力もほとんど持たないが故に、接近を感知できるものなどほぼいない……はずだった。
しかし、
――ギンッ!
と、少女は俺の方に振り返り、目にも留まらぬ早さで聖剣を抜き払い、そして斬りかかってきた。
あ……終わった。
そう思ったそのときにはすでに、俺は切られていた。
そのままバタり、とその場に倒れ伏し、そして俺は死んだ。
だから俺は弱いって言っただろ……。
心の底からそう思った。
◆◇◆◇◆
「あっ……れ? 魔物の気配かと思ったのに……おかしいな。これって……人間?」
少女がそんなことを呟くと、
「ヂュッ! ヂュヂュッ!」
と、彼女の肩にいつの間にか乗っている鼠が鳴いた。
どうも少女はその言葉が分かるらしく、鼠に話しかける。
「え? 確かにアリゼに襲いかかってきたから問題ない? 多分盗賊だろうって? そっかー……まぁ、仕方が無いよね。うん。でも、これどうしよう……このまま放置で良いのかな……」
「ヂュヂュッ」
「その辺の魔物が食べるから問題ない? そっか。そういうものなんだ……でも盗賊さん。ごめんなさい……もっと早く気付けば、捕まえるだけで済んだんだけど……あっ、そうだ。せめてもの手向けに、これを捧げるね。さっき街で怪しいおじさんにもらったんだけど、死者に捧げるものだって話だったから……」
そう言って少女……アリゼは懐から何かを取り出した。
それは仮面だった。
骸骨文様の、奇妙な仮面。
それをレントの顔にかぽりとはめる。
何も起こりはしないが、死に顔が晒されなくなったため、確かに手向けにはなるのかもしれなかった。
「じゃあ、私行くね……はぁ。これからもこんなことがあるのかなぁ……ヤダなぁ……」
そんなことを言いながら去って行くアリゼ。
そしてその後、レントは魔物に食われることになる……はずだった。
しかし。
夜も更けてきた頃。
空に浮かんだ月から僅かながらの光がレントの遺骸に差し込んだ。
すると……。
◆◇◆◇◆
「……ん? こ、これは一体……?」
確かに死んだはずの体に力が入ったのを感じた。
俺はゆっくりと起き上がり、切られた部分に触れてみる。
確かにそこには大きな刀傷が刻まれていた。
心臓も……動いていない。
だが、俺の体は動く。
これは……。
そして顔に何かがはめられているのに気付く。
仮面か……?
「と、とれ……取れないっ! なんだこれは!?」
一生懸命外そうと努力して見るも、一切それは外れない。
明らかに呪いの道具だった。
「……ふぅ。まぁ外れない以上、仕方が無い、か……だがとりあえず命拾いはしたのか? ともかく一旦城に戻ることにしよう……」
◆◇◆◇◆
「不死者になったな、お前」
城に戻り、まず俺が向かったのはロレーヌの研究室だった。
彼女は俺と同じ秘密を抱える身。
だからこそ、こうして素直に話すことが出来る。
俺はあのときあった一連の話をすると、彼女はそう言ったのだった。
「不死者……?」
「そうだ。一度死した者が、何らかの理由で蘇り、寿命のくびきから解き放たれた歩く死者となったもの。最近では魔族ですらそうなることは珍しい。不死神は誰も加護しなくなって久しいからな……だがお前は……」
「なぜそんなことに……?」
「おそらくはその仮面ではないか? 不死神の何かなのだろう。マーキングされているのかもしれん。しかし良かったではないか。これでお前はこの魔王軍で堂々と胸を張って歩けるぞ。人間だともう怪しまれることもあるまい」
「確かにそうだけど……」
そう、俺、そしてロレーヌが抱える秘密。
それは実のところ魔王軍に所属しながら人間であるということだった。
色々とそうなった理由はあるのだが、とりあえず割愛する。
俺はロレーヌに言う。
「俺はそれでいいが、ロレーヌはまだ危険なままだろう? 大丈夫なのか?」
「そうなのだが……うむ。お前に協力してもらえばおそらくはそのうちなんとかなる、と思う」
「というと?」
「魔術の中に不死化の秘術があってな。自らを不死者にするものなのだが……研究が行き詰まっている。お前が……不死者の協力がありさえすれば、その実現も可能になるだろう。そうすれば私も完全に魔族へとなれる……どうだろう、協力、してはくれまいか?」
ロレーヌの提案に、俺は頷く。
「もちろん構わない。そうすればお互いに完全に怪しまれることはなくなるからな。そして……魔王軍で活躍し続ければ……」
「そうさ。いずれ魔王陛下と二人きりで会うことも出来るようになるだろう。そのときこそが、チャンスだ」
「あぁ……復讐を、果たすんだな」
俺とロレーヌは、同じ村の出身で、幼なじみだ。
しかしかつて住んでいたその村は、魔王軍によって討ち滅ぼされ、しかし俺たちは生き残った。
その日に二人で誓ったのだ。
どんな方法でも、魔王軍を滅ぼすのだ、と。
魔王を殺すのだ、と。
だから……。
「その日まで、しっかりと牙は研いでおこう。どうやら、勇者は中々強力なようだしな。いずれ、協力出来る機会もあるだろうさ」
「あぁ……頑張ろう」
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