マクドナルドのある国の間で戦争は起きない――。
これは「マクドナルド理論」と呼ばれるもので、アメリカのコラムニスト、トーマス・フリードマンが1996年に唱えた説です。正確には「黄金のM型アーチ理論」といいます。彼はこの理論について、次のように述べています。
当理論では、ある国の経済が、マクドナルドのチェーン展開を支えられるくらい大勢の中流階級が現れるレベルまで発展すると、そこはマクドナルドの国になる、と規程する。マクドナルドの国の国民は、もはや戦争をしたがらない。むしろ、ハンバーガーを求めて列に並ぶほうを選ぶ。(『レクサスとオリーブの木』P.9)
この理論は、発表後にコソボ紛争(1998-1999年、NATO・セルビア)が発生したことで批判にさらされました。ただ、コソボ紛争は厳密には国家間の戦争ではないとして例外とする見方もあります。しかし、2008年の南オセチア紛争(ロシア・ジョージア間)という国家間紛争が起きたことによって完全に否定されてしまいました。さらに今年、ロシアがウクライナに侵攻したことに伴い、この言説は完全に過去のものと見なされるようになりました。
そんな中、3月にマクドナルドがロシアの店舗を閉鎖し、その後撤退を発表したことで、「マクドナルド理論」が再び注目を浴びています。実際、各所のコラムなどで多く取り上げられています。もちろん過去の理論として扱われているわけですが、マクドナルドというグローバル化の象徴的存在と国際紛争の関係を見る材料としては、今も興味深い説として捉えられているようです。
「マクドナルド理論」に対しては、マクドナルドの国同士は戦争をしない、という結論ばかりが注目されがちです。でも、中流階級が増えれば戦争をしたがらなくなる、という根拠の部分にも注目すべきでしょう。ロシアのウクライナ侵攻直後は、ロシア国民の戦争支持率は高いとされてきましたが、10月に部分動員令が発令されてからは低下傾向が見られます。まさに、軍隊の列に並ぶことよりもマクドナルドの列に並ぶ方を望む傾向が、顕在化してきたといえるでしょう。しかし、権威主義体制下ではこうした動きがそのまま戦争を止める力にはなりません。もしロシアが真の民主主義国家だったなら、そもそも戦争は起きなかったとも考えられます。
フリードマンは、著書の中で次のようにも述べています。「この主張は、文字どおりの意味合いで提唱したのではなかった。経済統合、インターネット、グローバル化全般が、地政学的にはっきりと影響を及ぼす時点を、マクドナルドを用いて例証したのだ」(同書P.9)。
国家間の経済的な結びつきが強まれば、戦争という非合理的な選択を避ける、という考え方も注目すべきところです。もっとも、これは「マクドナルド理論」を持ち出すまでもなく、広く言われていることでもあります。戦争に至るか否かの分岐点が、実際にはマクドナルドではなかったももの、フリードマンの考え自体には十分頷けるでしょう。
フリードマンは、後に「デル理論(デルの紛争回避理論)」という言葉で、「マクドナルド理論」を補強しています。「デル(Dell)」はアメリカのコンピューター企業で、世界に巨大なサプライチェーンを作り上げています。つまり、サプライチェーンに組み込まれている国は戦争を躊躇するという主張です。
この文脈で注目されるのが中国の動向です。昨今、中国が台湾を侵攻する可能性について、さまざまな見解が出されています。「デル理論」に基づいて考えれば、サプライチェーンで繋がる中国・台湾間で戦争が起こる可能性は高くないといえるでしょう。
2015年に習近平政権は、半導体自給率を2025年までに70%に引き上げる計画「中国製造2025」を打ち出しました。しかし、アメリカが対中規制を強めたことで、その実現は不可能になったと見られています。そうなると、中国が台湾に半導体を依存する傾向は今後も続くでしょう。TSMC(台湾積体電路製造)をはじめとする台湾の半導体産業は、中国にとっても欠かせない存在です。その工場を止めることは、自らの首を絞めることに繋がりかねません。半導体産業は「シリコンの盾」とも言われ、これがあることで台湾は中国の侵攻を防げるとする見解があります。ただ一方で、中国は台湾の半導体産業を手中に収めるために台湾統一を目論んでおり、いずれ侵攻するだろうという逆の見方もあります。
台湾を「国」と捉えるか否かはさておき、両国にはマクドナルドがあります。「マクドナルド理論」、そして「デル理論」をどう評価すべきか。それを確かめる舞台は、ロシアではなく台湾海峡にありそうです。