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第16章 港湾都市
第572話 港湾都市と頼み事

「……息をしなくても平気な方法か?」


 俺は首を傾げてディエゴに尋ねる。

 まさか不死者(アンデッド)になることだ!

 なんて言われるわけもないだろうが……。

 ちなみに俺は息をする必要は無い。

 潜ろうと思えばいくらだって潜っていられる。

 にもかかわらず心配しているように話をしているのは、そう振る舞わないと不自然だからだ。

 加えて《海神の娘達の迷宮》には今、気絶している三人組の冒険者も一緒に連れて行くつもりであるから、それを知らなければ彼らには窒息死してもらうしかなくなる。

 彼らが俺に対してしようとした所業を考えればたとえそうされても文句など言えないだろうが、流石にそこまで残酷なことをするつもりはまだ、俺には無い。

 ……まだ、な。

 場合によっては考えないでもないけれど。


「まさか。そんな方法はどこにもにない。だが、水中で息を出来る方法なら存在する……こいつだよ」


 そう言ってディエゴは部屋にある棚から小さく、細長い、大体薬指くらいの太さのガラス管を持ってきた。

 色は濁っている……と思ったが、近くで見せてもらうと違った。

 びっしりと細かく、管の表面……というか裏面に魔術文字が描かれているのだ。

 明らかにこれは……。


「……魔道具か?」


「当たらずとも遠からずだな。こいつは呪具だよ」


「なに……」


 触れようと思ったが、触れると同時にまた吸い付かれてはたまらないと手を引っ込める。

 そんな俺をディエゴは笑い、


「大丈夫だ。呪具といっても色々あるからな……こいつは確かに呪具だが、いわゆるありがちな呪いにかかることはない」


「本当か?」


「嘘だったら俺だってこんな風に気軽には持っていないだろう」


「それは確かに……」

 

 だが仮に手に持っている人間がいるからと言って自分が絶対に呪われないとも限らない。

 実際、俺の仮面はリナが持ってきたものだが、リナの顔にはひっついていないのだ。

 まぁ、顔につけようとしない限り問題ない品だった、ということなのだろうが、そういう特定の行動をしたときに発動する呪具というのは普通にある。

 とはいえ、今そんなものをディエゴが持ってくる意味は無いことは流石に分かっているので、俺は尋ねる。


「これで水中で息が出来るようになるって……?」


「あぁ。それこそが、こいつの《呪い》だよ。だから間違っても陸上でつけるんじゃねぇぞ。息できなくなるからな」


「あぁ、そういうタイプの呪具か……」


 何かをなくす代わりに何かを付加する、そんなタイプの呪具は結構ある。

 たとえば、使用している最中は耳が聞こえなくなる代わりに視力が極端によくなる、とかその逆とかな。

 前者は遠見に活用できるし、後者は伝令なんかにも使えるだろう。

 逆に目くらましや耳くらましに使ったりすることも出来る。

 マルトではまず呪具は流通しないから、実際に使っている奴はいないが、他の町なんかで稀に使う奴がいるから知っておく必要はある。

 アリアナではもっと頻繁に活用されていると思っておいた方がいいだろうな。

 こうして呪物屋が……本人は雑貨屋と言っているが……あるのだ。

 それなりに知識としては理解しているが、実際に使われたことは少ないので、対応できるかは不安だがこういうのは経験だ。

 自分で使ってみれば使い勝手も分かるだろう。

 ただ、このガラス管は俺には意味がなさそうだが……。


「ちなみにだが、こいつはいくらする?」


「一つで金貨五枚だな」


「高っ……もっと安くならないのか?」


「これでも安い方なんだ。お前と値切り合戦するのも面倒だしな。ほぼ原価だぞ……あとで他の呪物屋を覗いてみるといい。俺が見た中で一番ぼったくり価格だったのは、金貨五十枚で売ってるとこだったな」


「……金貨五枚で、四本もらうよ」


 懐から財布を取り出し、金貨二十枚をディエゴに手渡す。

 ディエゴは、


「……お、いいのか? 性能の確認をしなくて」


「別にディエゴのことは疑ってないからな。もし問題があったら持ってくるが……そのときは交換してくれるだろ?」


「まぁ、普通はしないが、お前ならいいだろう。わざわざ自分でぶっ壊して難癖つけにくるってこともないだろうしな」


「……そういう奴もいるのか?」


「結構いるぜ。呪物を扱う奴ってのは、俺が言えたことじゃねぇが皆どっかおかしいからな。ライバルになる店には嫌がらせしまくることもそんなに珍しいことじゃねぇ」


「客じゃなくて同業者なのか……」


 まさに生き馬の目を抜くような世界なのかも知れない。

 金貨五枚のものを五十枚で売るような奴が普通にいるみたいだしな。

 いや、相手からしてみれば金貨五十枚でも売れるものを十分の一の値段で売る商売敵になるわけか。


「……参考までに、普段はいくらで売ってるんだ?」


「こいつか? まぁ、大体金貨十二、三枚ってとこだな」


「……大分値引いてくれたんだな」


「おぉ、感謝しろよ」


「するに決まってるだろう」


「じゃあ、俺の頼みも聞いてくれるか?」


 するり、と言った様子でそんなことを言ったディエゴ。

 大体そんな気はしていたが、やはりただで値引いてくれたというわけでもないようだ。

 呪物屋はくせ者揃い、とは本人の言だしな。

 ディエゴもまた、そのような者たちの一人なのだから。

 ただ、引き受けるかどうかはともかく、聞くだけならただだ。

 とりあえず俺は言う。


「……聞くだけ聞いてやる。受けるかどうかはまた別の話だ」


「それで十分だ。そんなに大変な話じゃないしな……簡単な頼みだよ。お前、あいつらと《海神の娘達の迷宮》に潜るわけだろう?」


「あぁ、そうだな」


「あの迷宮の特徴って知ってるか?」


「……いや。これから調べるつもりだからな」


「まぁ、後で調べりゃ簡単に分かることだから言うが、あの迷宮、よく呪物が出るんだよ。他の迷宮よりもずっとな」


 呪物は魔道具と同じく、迷宮でよく産出する品だ。

 マルトの迷宮だと滅多にみないし、ヤーランの迷宮でも呪物が出るところは少ないが、ないわけではない。

 反対に数多く出るところがあってもおかしくはない。


「それでこの街には呪物屋が多いわけか」


 そういう納得もあった。

 

「まぁ、そういうことだ。それでな。もし呪物が出たら、俺のところに持ってきちゃくれねぇか?」


「……ただで譲れと?」


「まさか。譲って欲しいものがあったら相応の対価を支払う。それに持ってきてくれたものは鑑定もただでしてやってもいいぞ」


「それは頼みになってるのか? 普通の取引で、しかも俺が得するばかりのような……」


「なら引き受けてくれるな?」


 そう言って笑うディエゴの顔には何か企みがあるようには見えない。

 まぁ、何かを隠してこんな話をしている可能性はあるだろうが……特に俺に損があるとも思えない。

 それくらい、いいか、と思った俺は、ディエゴに言う。


「……分かった。引き受けよう」

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