「他よりも抜きん出てたのに、鍛冶師が向いてないって思うようになったのか?」
俺が尋ねると、クロープは頷く。
「あぁ……正確に言うとな、当時俺が修行していた工房で抜きん出ていたのは俺の他にも。もう一人いた。ハザラ・フェーブロって奴でな。俺と同じ時期に工房に入って……切磋琢磨してた」
「へぇ……ってことは、ライバルか?」
何事もそういう人間は必要だ。
というか、そういう者が近くにいると上達は早まる。
相手に負けたくないと思って、努力を重ねるようになるからだ。
「そうだな。ライバルだったし……親友でもあった。新しい技術をどちらが先に身につけるか競争したこともあったし、お互いの不得意なところを指摘し合ったり、面白そうな工夫を試しあったりな……あの頃は本当に楽しかった。毎日が進歩でよ」
出来ることがどんどん増えていく時期というのはどんなものでも楽しい。
俺も剣術や魔術を学び始めた頃は楽しかった。
一種の全能感みたいなものを感じるものだからな。
もちろん、俺の場合はすぐに才能が頭打ちになってしまったのでそんな時間は短かったが。
クロープの場合は大分長かったのだろう。
しかし、そんな風だったのにどうして……。
「そんな相手がいたなら尚のこと、クロープにウェルフィアを出る理由なんてなかったんじゃないか」
「そのときはな。だが……ある日、俺とハザラは工房の親方に呼び出された。二人とも、もう少しで鍛冶師として独り立ちできる。それくらいの腕になっていた頃でな……二人で期待したよ。いっぱしの鍛冶師として、親方に認められるんじゃないかとな」
そのときのことを思い出してか、クロープの目は輝く。
当時の気持ちを思いだして、胸の高鳴りを感じているのだろう。
けれど、すぐにその色は瞳から消え、代わりに暗い色が宿る。
その様子に俺も察して言う。
「でも、違った……ということか」
「期待とは少しな。俺とハザラは親方に言われた。『今度ウェルフィアで鍛冶大会が開かれる。二人ともそれに出場しろ。勝った方にいずれ、この工房を任せたい』とな」
「それは……」
「驚いたぜ。まだ親方は引退するような年じゃなかったからな。もちろん、いずれ、と言っているからにはまだ大分先の話を言っているのは予想がついたが……それでもここで俺とハザラの才能を見極めて、今のうちにどちらに相応しいか決めておきたいと、そういう話だった。他にも兄弟子達もたくさんいたから、俺もハザラも、分不相応だと断ったんだが……その兄弟子達も皆納得済みだとまで言われてしまってな。『お前達の才能は抜きん出ている。他のどの弟子達よりも。もちろん、この俺よりもだ』と……。そうまで言われたら、断りにくいだろう。それに……」
「それに?」
「俺もハザラも、工房の親方がどうとか言う前に、鍛冶大会に出場できるという事実の方に心が躍ってな」
「……細かい出場規定とかは知らないけど、あれってそんなに出場が難しいものなのか?」
流石に俺も鍛冶大会のそういうところについては知らない。
大まかに言って、鍛冶を初めて十年を超えない鍛冶師の部門と、それ以上の鍛冶師の部門とに分かれており、またそれぞれ作るものによっても部門が分かれているということくらいまでが一般知識だな。
クロープはそれについて説明してくれる。
「いや……そんなに難しくはねぇよ。お前が言うとおり、鍛冶歴で区別されるくらいで、申し込めば鍛冶師なら基本的に誰でも出場できる。ただ、俺やハザラみたいに工房で修行しているとなると、親方の許可がないとそういうのには出場できねぇからな。当時、俺たちは一度も許可されたことがなかった。俺たち以外の同期はちょろちょろ許可されてる奴らもいたんだがな……」
「うーん……才能ある弟子がそういうのに出場して、驕るのを嫌ったとか、かな? クロープとハザラが出場すれば、かなりいいところまで行けるのは分かっていても、そこで変に自信を持って成長に陰りが出たら問題だと思ったとか……」
「多分そういうことだったんだろうな。親方が出場を許してた奴の多くはそういう意味でしっかりしてる奴が多かった。技術はともかく、心が強いって言うか……負けても勝っても、結果を素直に受け入れた上で、今まで通りの努力を続けられるような奴が。だが俺はな……親方の目は正しかったよ」
「そこで何かあったのか?」
「ああ。そんなにややこしいことじゃねぇけどな。俺とハザラは鍛冶大会に出場した。そして……ハザラが勝ち、俺が負けた。それだけよ」
「それは……」
相当悔しかっただろうな、と思う。
同じだけの才能を持ち、同じように努力をしてきたはずのライバルに一歩及ばない。
俺にはそういう意味でのライバルがいたことはないが、それでも気持ちは想像できる。
しかしクロープは意外なことを言う。
「……悔しくはなかった。むしろ、完敗だと思った。俺はこいつには及ばないんだと、そのとき悟らされたんだ」
「……なんでだ? 鍛冶の腕は……そこまで開いてなかったんだろう?」
「俺はそう思っていたがな。それこそ根本的な勘違いだったんだとそのとき理解したよ。鍛冶大会まで、俺とハザラはそれぞれ努力した。お互いの仕事場に踏み込まないようにし、何を作るか、どういうことをするかも言わないようにした。ライバルだからな。大会の場で決着をつけたいと……そう思ってな」
気持ちは分かる。
ある意味、恐ろしいことだが、同時に楽しくもありそうな、そんな時間だろう。
「それで……?」
「さっきも言ったが、完膚なきまでに決着がついたよ。俺の完全敗北という形で。ハザラは、魔剣を作った。鍛冶師になって十年も経っていないガキが……魔剣だぜ? 当然、ハザラの優勝で決まった。俺は……まぁ、一応準優勝だったが、作ったものは平凡な剣だった。もちろん、当時の俺の技術の全てを注ぎ込んだもんだったが……魔剣なんてものを作られた日にはな……俺は思ったよ。こいつは天才だったんだなって。俺は一緒に成長してきたつもりだったが、そうじゃなくて、俺が足を引っ張りながら、こいつの成長を阻害していたんだろうなって。だからこそ、お互いが自分一人だけで修行を始めた途端にここまで差がついたんだろうってな」
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