鍛冶屋《三叉の銛》には今日も熱気が満ちている。
「……クロープ。クロープ、いるかー!?」
いつものようにルカに店に通された後、その奥の作業場に向かって声をかけると、
「おう、ちょっと待て!」
と、初めて聞いた人間には怒声にしか聞こえない音量の返事が返ってくる。
特に機嫌が悪いわけではなく、槌を叩き続ける中ではそれくらいでなければ聞こえないからだ。
しかし、珍しいことだ。
クロープと言えば一度鍛冶に打ち込み始めたらまず人の話など聞かなくなる男なのだが、今日はしっかりと返答してくれた。
その理由は、彼が鍛冶が一段落して顔を出した後に分かった。
「……おう、レント。早速来てくれたか。悪いな、依頼が終わったばかりだろうに呼び出したりして」
「いや、それは別に構わないが……それは今打ち終わった剣か?」
クロープは手に剣を持っている。
もちろん、本当に打ち終わったばかりではなく、冷やされて刃もつけられたものだ。
返事をされてからもそれなりに待たされたからな。
鍛冶に対する情熱はいつもと変わっていないようだとそれで分かるが、しかしクロープの表情は優れない。
クロープは言う。
「あぁ……まぁ、見てみろ」
剣を差し出されたので受け取って見てみる。
「……数打ちか? 言っちゃ悪いが、クロープにしては少し質が悪いな」
平均的な素材で標準的な威力と耐久性を出すことを目的とした剣だというのは見れば分かるが、それにしても出来が優れない。
それでも他の鍛冶師が作るものよりは余程良いものだが、いつものクロープなら数打ちと言ってもこれよりも二段は上のものを作るのだ。
それなのに、と不思議だった。
「やっぱりお前の目は誤魔化せねぇな……。そう、そいつはちょっといまいちなもんだ。売り物にはならねぇ……」
別にこれを売っても買い手は問題なくつく出来ではあるが、クロープが自分の店で出すにはプライドが許さないと言うことだろう。
そしてそういうものが出来たのには理由があるようだ。
「鍛冶の最中でも俺の声が聞こえてたみたいだったし……鍛冶にあんまり打ち込めていないのか?」
「あぁ、どうもな……人間長く生きてると鍛冶の最中に色々雑念がこびりついてくるもんだ。そいつが邪魔をしてな」
「やっぱり何かあったか」
「あぁ……とりあえず、奥へ来てくれ。今回の依頼にも関わる話でな。少し長くなるかもしれねぇ」
◆◇◆◇◆
奥に通され、クロープとテーブルにつく。
すると彼の妻であるルカがさりげなくお茶を持ってきくれたが、一緒にテーブルにはつかずに、店頭へとそそくさと去って行った。
「……大分込み入った話みたいだな」
ルカの気の遣い方からもそれは察せられる。
クロープは苦笑して、
「あいつには気を遣わせ過ぎて申し訳ないぜ……。まぁ、俺の中では微妙な話なんだが、客観的には大した話でもねぇよ。まぁ聞いてくれ」
「あぁ」
「まず、依頼の話からだな。今度、俺は鉱山都市ウェルフィアに行かなきゃならなくなった。だからお前にそこまで護衛依頼を受けて欲しいんだ。お前、あそこで銀級昇格試験を受けるんだろ? ついでにやってくれりゃ、ちょうど良いと思ってな」
「へぇ、クロープがウェルフィアに? まぁ……鍛冶師だもんな。別におかしくはないか……依頼については試験に間に合う日程なら受けても構わないぞ。そうじゃないなら流石に無理だが」
鉱山都市、と名がついているだけあって、ウェルフィアは鍛冶師には縁深い都市だ。
武具の材料となる鉱石類の多くが産出している上、そういう立地であるから鍛冶師自体が多い。
数多くの鍛冶屋が軒を連ね、ヤーラン王国において最も質の良い武具を手に入れたいのであればウェルフィアに行けと言われている。
だから、クロープがウェルフィアに行く、というのは自然な話だ。
たとえば素材を手に入れるためであるとか、知り合いの鍛冶師に会いに行くなんていう理由がすぐに思い浮かぶ。
それに、何か新しい技術を身につけに行く、ということもあり得るだろう。
「日程については銀級試験が始まる前にウェルフィアに着けりゃ、それでいい。当然、お前もそれまでに行くだろう? だから問題はないぜ」
「そういうことなら……しかし、何しに行くんだ?」
「今度、ウェルフィアで鍛冶大会が開かれるんでな。ちょっとそれに出場しなきゃならなくなったんだよ」
「あぁ……そういや、そんな時期か。しかし珍しいな。クロープは良い腕してるのは確かだし、出ればかなりのところまで行けるだろうが、そんなものに出てる暇があるなら鍛冶の腕を磨くって言ってほとんど興味がなかったじゃないか」
今まで一度たりとも出たことがない、というわけではないだろうが、少なくとも俺が知り合ってからクロープがそういうものに出たという話は聞いたことがないな。
クロープの腕なら出れば良いところまで行けるだろうし、そうなれば武具の製作依頼も多く舞い込んでくるはずだ。
鍛冶大会での入賞というのは鍛冶師にとって大きな宣伝になる。
だからこそ、出た方がいいと思うのだが、クロープはそういう宣伝で人を呼ぶよりも、武具自体の評判で人を惹きつけたいと考えるある種昔気質の職人だ。
だからこそ、今更鍛冶大会、なんていうのは意外な話である。
「俺も今頃になって出ることになるとは思ってもみなかった……実は昔一度出たことがあるんだけどな」
「ウェルフィアの鍛冶大会にか?」
「そうだ。若い頃にな……。ルカに……二度目に会ったときにはもう、俺はウェルフィアを出て流れの鍛冶師をやっていたが、元々俺はウェルフィアの工房で鍛冶師としての基本を身につけたんだ。だから、あそこの鍛冶大会には馴染みがある。出場できないような腕の鍛冶師見習いをしてたときも毎年見に行ってたくらいだ……」
クロープの経歴については本人があまり語りたがらないのでウェルフィアにいたというのは初めて知ったが、なるほど、と思った。
ヤーランにはウェルフィア出身の鍛冶師が多い。
鍛冶の本場だ。
当然である。
しかしクロープはどこかそういう者たちとは異なる空気感がある男なので少し意外だった。
まぁ、ウェルフィアを出て流れの鍛冶師をしていたという経歴がそうさせるのかもしれないが。
「それなのに今はマルトで鍛冶師、か。そのままウェルフィアにいたくはなかったのか?」
鍛冶を本気で極めようと思ったら、ヤーランではウェルフィアにいた方が環境的にはそちらの方がいいと考えられる。
だからこその質問だったが、これにクロープは首を横に振って答えた。
「……いられなかった。俺はあそこから逃げ出したんだよ。だから流れの鍛冶師になんてなったんだ……」
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