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第15章 山積みな課題
閑話 城にて

「……何か、言い訳が、あるのかな?」


 一文節毎を強調するように区切り、穏やかな微笑みを顔に貼り付けながらそう尋ねたのは、玉座に座る少年だった。

 何の装飾も見られない石造りの玉座は漆黒に染まっていて、まるで一つの巨岩から削り出されたようにつなぎ目がない。

 《王》が座るにしてはあまりにも質素で、それは玉座のみならず、それが置かれている巨大な部屋の中全体がそうだった。

 何一つとして華美な装飾は存在せず、主に完全な黒と、鈍く黒ずんだ赤を基調とした陰鬱な色合いがその部屋の中全てを支配していた。

 玉座に座る少年の、抜けるように美しい白色の髪色だけが、日の光のように明るい。

 しかし、そんな少年の瞳の中に覗くものは、むしろ深い闇だった。

 彼が見つめているのは、玉座が置かれている壇上の遙か下、そこで震えながら膝をついている一人の男だった。

 特徴的な容姿の男で、ぴしりとした紳士服を纏い、地についた右手の横にはステッキとシルクハットが置かれている。

 もし彼のことをレントが見たら、きっとこう言うだろう。

 王都で俺を襲ってきたあいつだ、と。

 手も足も出なかったあいつだ、と。

 

 それなのに、そんな男が、自分よりも遙か年下にしか見えない少年の前に、震えながら膝をついている。

 声をかけられたというのに喉が言うことを聞かず、言葉になるかならないかの呻きのようなものだけを玉座の間の中に小さく響かせている。

 これは異常なことだった。

 

 玉座に座る少年は、そんな男を見て軽くため息を吐き、微笑みをさらに柔らかいものにして言う。


「……僕は、別に怒っているわけではないんだ。ただ、どうしてあんなところにいたのか聞いているだけなんだよ。それは、分かるかな?」


 いつの間にか、気配も感じさせずに少年は男の背後に移動して、男の肩に軽く右手を置く。

 びくり、と男は身を更に震わせるが、それ以上のことはやはり何も出来ない。

 そんな男のもう片方の肩に少年は左手も置き、そして耳元に軽く顔を近づけた。

 少年は、男に囁く。


「僕は今までずっと言ってきた。ヤーラン王国には僕の指示なく踏み込まないように、と。それは、君が《孫》であっても、知っているかな?」


 流石にこれについては返答しないわけにもいかず、男は答える。


「……は、はい……。《親》であるヤンシュフからそのように教えられ……ッ!」


 途中まで答えたところで、男は自分の頭部が空中を飛んでいることに気づいた。

 痛みはない。

 不死者アンデッドとして高位に位置する者は、自らの感覚をコントロールすることが出来る。

 特に痛覚に関しては完全な無にすることも可能で、いつ誰に攻撃されるか分からない以上、常に痛みは感じないようにしていた。

 それでも、何かされればそれなりの衝撃を感じるものだし、首を飛ばされるほどの攻撃が身に迫っていれば察知することも出来る。

 にもかかわらず、飛んだその瞬間まで、何も分からなかった。

 くるくると景色が回り、それがしばらく続いた後、ぽすり、と頭部を誰かにキャッチされる。

 誰がそうしたのかは言うまでもないだろう。

 先ほどまで玉座に座っていた少年だ。

 今、この部屋には彼と自分の二人しかいないのだから。

 

「教えられたことをなぜ、素直に出来ないのかな? こんな風に簡単に首を飛ばされるのも……ヤンシュフは痛覚を切れと教えたのかい? 痛みは危険を察知するために重要な感覚だよ……そんなことも守れないから君は今日ここで死ぬことになるんだ。分かっているかい?」


 嘆かわしい、と言った様子で、世間話のように始まった少年の言葉は、徐々に物騒な色を帯び始める。

 今日、ここで、自分が死ぬ?

 男は今聞いたことに酷く怯えた。

 この身を不死者のものへと変え、どれほどの年月が過ぎただろう。

 初めのうちは死を恐れていたが、徐々にそんな意識も薄れ、今ではほとんど感じないそれ。

 強くなったから、そういう存在になったから、危険が消えたから……。

 そんな理由で死への恐怖を克服できたのだとずっと思ってきた。

 けれど、今、気づいた。

 克服できたのではなく、眼前にそれが迫ることが少なくなったから意識する頻度が減っただけだったのだと。

 今、自分の頭を把持している少年は、確かにそれを自分に与えることが出来る。

 それも、大した労力もかけることなく、気軽かつ簡単に。

 それが伝わってくるのが何よりも恐ろしい。

 嫌だ。

 死にたくない……。

 男は混乱の最中、首だけで少年に言う。


「……も、申し訳なく存じます。しかしヤーランに足を踏み入れたのは、近年勢力を増す魔王たちに対して、我々も何かしなければならぬと思ってのことで……ヤーランでしたら、他の勢力もほとんど手をつけておりませぬし、何か出来ることがあるのではないかと思ったのです……」


 その必死の言葉が通じたのか、今まで反対に見えていた景色がぐるん、と正しい位置に戻り、それから、ぽん、と首が地面に置かれた。

 正面にはしゃがんでこちらを見る少年の姿がある。

 顔にはやはり、穏やかな微笑みが浮かんでいる。 

 浮かんでいるが……男はその表情に、先ほどまでよりも強い圧力を感じた。

 その理由は、次に少年の口から出てきた言葉から理解できた。


「魔王ね……あんな負け犬共のことなど気にすることはないのだけど……まぁ、君がそれなりに僕たちのことを考えて行動したと言うことは認めよう。君の個人的な趣味でそれが行われたというのなら、認めるべくもなかったが」


 どうやら、この人は魔王のことを好ましく思っていないらしい。

 その名前を出したこと自体が間違いだったようだ。

 さらに少年は続ける。


「……まぁ、罰は、死刑から、この城のオブジェになる、まで下げてあげることにしようか。良かったね。君のこれからの仕事は、城の出入り口で首だけで門番をすることだよ……あぁ、そうなると体の方はいらないか。では、君の体にさよならを言おうか? 記念すべき瞬間を一緒に見るかい?」


 少年は男の首の位置を丁寧に調整して、男の体が目に入るように置いた。

 それから、軽く手を掲げ、男の体に向かって何かを放とうとしている。

 魔術か、何かだろう。

 それによって、言葉通り、男の体を破壊する気なのだ。

 普通であればそんなことをしても男の体は即座に再生する。

 しかし、この人ならば……。

 本当に完全に消滅させてしまえる手法を持っていておかしくない。

 明らかに本気なのだ。


「や、やめっ……!」


「やめないよ。はい、それじゃあ、さようなら……」


 少年の手から、何か光が放たれる。

 男は何も出来ずに、それを見守るしかなかった。

 終わった。

 これで、これから、男は首だけで城の入り口の外を見るだけが仕事になる……。

 そう思ったのだが、光が収まったそのとき、そこにはまだ、男の体が存在していた。

 そして男の体の前には、一人の人物が立っていた。

 肩で息をしながら、恐ろしく強固なシールドを張っている人物が。

 ただ、そのシールドはすぐにボロボロと崩れ落ち、それを張っていたらしき人もまた膝をつく。

 美しい姿をした青年だった。

 額には汗が浮いているが、それでもその青年の美貌を少しも削いではいない。


「……ヤンシュフじゃないか。可愛い《子》のために体を張りに来たのかい?」


 そう、それはヤンシュフ・ファハラ。

 男の《親》であり、少年の《子》に当たる者。

 ヤンシュフは言う。


「……恐れながら申し上げます。どうか、罰についてはご再考下さい。その者は……タヴァスは、忠実なる臣下でございますれば……」


「おかしいな。忠実なら僕の指示に従うはずなんだけどな?」


「それは……私の監督不行き届きです。どうか……」


「じゃあ、君が代わりに死ぬかい?」


 少年の手が上がり、ヤンシュフに向けられる。

 これにヤンシュフは頭を下げ、


「どうぞ、ご随意に。この身は血の一滴までも貴方様に捧げられたもの。お望みとあれば……」


 一切抵抗するそぶりなくそう言った。

 これに少年はふっと微笑み、それから男ーータヴァスの首の方を見て、


「これが忠実というものだよ。分かったかな?」


「……は、ははっ……」


「本当に分かったのかな? まぁ……今回は、ヤンシュフに免じて許して上げることにしようか。でも、次はない……あぁ、そうだ。そんなに何かしたいなら君に任務でも上げようか? お望み通り、ヤーランでの仕事だよ」


 思いついたようにそう言った少年に、ヤンシュフが尋ねる。


「タヴァスに一体何をさせるおつもりで……? お分かりでしょうが、まだまだ未熟ものです」


「なに、そんな難しいことではないさ。今度、あの国の鉱山都市ウェルフィアで面白い出し物が二つ、行われる予定なんだ。一つは、銀級昇格試験。そしてもう一つは、鍛冶大会さ。前者の方は今回はどうでもいいんだけど、後者の方は僕らにとってそれなりに重要だ。血武器(サン・アルム)を作ることが出来る鍛冶師が減ってきているからね……そこで君には、鍛冶大会で有望な鍛冶師を見つけ、こちら側に引き込んでもらいたい。出来るかな?」


「そのくらいでしたら……」


 絞り出すように言ったタヴァスだが、そんな彼に《親》であるヤンシュフから注意が入る。


「この方は簡単な任務など出されない。油断して臨めば死ぬぞ」


「……分かりました。よくよく注意して参ります」


 色々とされて素直になったタヴァスはすぐにその言葉を受け入れて、そう言った。

 そんなタヴァスを見て満足したらしい少年は、いつの間にか玉座に戻って、


「よし、君も中々分かってきたみたいだね。それじゃあ、話はこれで終わりだ。期待しているよ」


 そう言ったので、タヴァスは自らの体を動かし、首を拾って頭に取り付けてから跪いて言った。


「……承知いたしました。アーク様」


 そして、ヤンシェフ、タヴァス共に玉座の間から完全に姿を消した。

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