メモリアルブックが着弾して改めてお気持ち語り

  さなのばくたん~ハロー・マイ・バースデイ~の事後物販が到着した。6月後半となりすっかり外は蒸し暑い。イベントは気づけばもう4か月近くも前になっている。
 イベント直後、取り合えずお気持ち雑文をしたためたが整理がつかなかった部分が時間を経て幾分纏まりを帯びてきた感じがする。メモリアルブックを読んであの時感じたこととか考えたことが思い起こされたので改めて文章にしておきたいなと思った。

 なぜこんなにも私の中で印象に残った出来事だったかを簡潔に纏める。つまるところ、生存するうえで避けられない苦しみや劣等感などを普遍化してくれた上で前向きにやっていこうというアンサーに深く共感できたからだ。

 少なくともここ数年、私は前向きとは程遠い感覚でいた。人生を着実に進めていく周囲の人、対して上手くいかない人生に対する劣等感や無力感。前を向くどころか床につくたびに後ろ向き脳内人生大反省会が始まる感じだ。
 インターネットでそういう境遇の人がお気持ちをしたためた文章を見ると大概彼氏や彼女が出てきて余計に落ち込んだ。私も誰かに肯定されたかったし辛さに共感してほしかったのだ。恥ずかしながら。
 
 劇中で様々な衣装の名取が出てきてコミカルに悩みを打ち明け、せんせえ達と共に解決していった。その中で出てきた悩みというのは私にとってどれも深く共感できるものだった。そして名取が常に最後は前向きだった。
 私は名取のことを尊敬していると思う。セルフプロデュース能力がめちゃデカで絵も上手いしやりたいことに真っすぐ取り組んでいる感じがとても素敵だなと。

 有体に言えばそんな名取が悩みに共感してくれて前向きだったということに救われたんだろうなと思う。
 自身の内面に近ければ近いほど表現をするのに勇気がいるし、それを演出するのは難しいと認識している。悩みというのは人には見せずらい内面の奥底にあるものだと思う。
 それを上手くミュージカルという形式で表現してくれたばくたんに携わってくれた全ての人に本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。

 ばくたん以後、私は心が幾分か軽くなった気がする。具体的には人と比べることを辞めるようにした。今の私ができないけどやりたかったこと・出来なかったことが出来るようにしたいなというように思考を持ち替えた。直近や少し先の楽しい事を出来るだけ考えるようにした。
 劇中で「本当は看護婦ではないし救われる側」だったと吐露していた。だからこそ私はばくたんを見て救われたと思ったからこそ、ちゃんと真っ当に頑張りたいなと思った。いつか元気になって自身を肯定できるようになったら改めてこんどこそちゃんと救われたと言えるのかなと考えているので。
 
 
 
 
 


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