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ヴェネト語について超個人的に思うこと

※すみません、私の超個人的な主観から少し愚痴を言っていますので、あまり楽しい文章ではないと思います。



ヴェネツィアに住んでいると、出会う人はほぼ祖父母の時代からヴェネツィアにいる人で、地元愛が強い。
ヴェネツィアは、物価や物件が他の町より高く、車も使えないため少し不便だが、生粋のヴェネツィア人はずっとこの町で過ごしていきたいという。

彼らの生まれ育った町への愛着や、アドリア海の女王と呼ばれ、ヨーロッパとアジアを繋いだ貿易国であった誇りを表すかのように、ヴェネツィアでの方言を使って話す。
私はトリノ、ミラノに住んだ経験があったが、方言は年配の方が話すときにたまに聞くぐらいであった。若者だと、方言を喋らない人がほとんどだった。
だがヴェネツィアでは、老若男女問わずイタリア語よりヴェネツィアの方言でコミュニケーションを取ることを大切にしている印象を受けた。ヴェネツィア人同士で話すときは勿論方言で話す。
ヴェネツィアに住んで5年ほどになるが、未だに方言には慣れない。少しの単語ならわかるが、会話全体の内容を掴もうとすると脳がかなりのカロリーを消化するらしく、10分後ぐらいから意識が違う方に行ってしまう。
時々ヴェネツィア人から、方言がわかるかと聞かれると、返答に困る。全く分からないわけではないが、会話の内容によっては聞き取れた単語から話を想像する必要があるからだ。

インターネットで調べてみると、日本語だとヴェネツィアで使われる方言はヴェネト語で一括りされるようだ。ヴェネトとは、ヴェネツィアが属する州の名前である。
ヴェネト語が話されているのはイタリアだけではなく、ヴェネツィア共和国時代の当時支配下であった、クロアチアやモンテネグロ等の国もある。
私が驚いたのは、ブラジルでもヴェネト語が話されていることだ。
ブラジルで生まれ、イタリアに移住した経験のある友人がそれについて教えてくれた。ブラジルにはイタリア系の移民も多く、その多くはポルトグルアーロという、ヴェネト州の町から来ていたそうだ。そのため、彼らの言語であったヴェネト語がブラジルの一部でも話されているという話だった。

このように、イタリアのみならず、国境を接していない国でも話されているヴェネト語だが、私は正直響きが美しい言葉だとは感じない。
個人的には、ズーズー弁だと思っている。
濁点が付くような発音が多く、発音するときに口の中で発せられるはずだった音が食べられているような響きがある。
最初聞いたときに、この人たちはわざとこのように発音しているのではないかと思ったが、当たり前だが自然とこのような発音になってしまうようだ。未だに慣れない。
響きがそこまで好きではない上に、意味がわからないとなると、精神的にかなり疲れる。イタリアの違う都市から来た人と話すと、心なしかリラックスする。

また、少し話はずれるが、小さな町のためか、会話の距離が遠く声の音量が大きい人が多い。ヴェネツィアの外の町に引っ越してから、ヴェネツィアに行くとこのような雰囲気が懐かしいし活気があるなと思うが、住んでいた当時は、毎日この様子で小さなストレスが溜まっていった。なぜ個人的な話をこんな大きな声でみんなに聞こえるようにできるんだろう、と卑屈な考えが頭を離れなかった。

方言を話すことは、肯定的な意味ではその地域の伝統を守るが、否定的に見ると、外部から来る人にとっては壁となる存在なのかもしれない。
ヴェネツィア人はそれを意識しているかはわからないが、彼らのみが完全に理解できる言葉で会話し、コミュニティを作りがちだと思う。ヴェネツィアに一時期住んでいたイタリア人の知り合いと話すと、ヴェネツィアの閉鎖的な雰囲気を皆大なり小なり感じていたことがわかる。

いつかヴェネツィアから遠く離れた場所に行くことになれば、ヴェネツィア人が話す言葉の響きが懐かしいと感じられる日が来るのだろうか。とりあえず私は日々の小さなストレスを解消するために、家では日本語のビデオを見るという向上心のない行動を取っている。

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イタリアのヴェネツィア辺りに住んでいる91年生まれのものです。イタリアでの何気ない生活をのんびり書けたらいいなと思っています。
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