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閑章 その頃の弟子たち
閑話 その頃の弟子たち2《二十ニ》

 村に戻り、方針を決める。

 といっても、今回の行商の旅で回る村はここで最後だった。

 あとは少しずつ戻りながら、今まで回った村から得た品などを宿場町などで売ったりしていく予定だったので、そこを大きく変える必要はない。

 ただ、アマポーラのことがあるので、寄る予定のなかった、近くにある少し大きな地方都市をとりあえず目指すことになった。

 マルトに戻っても良いのだが、そちらよりは近いため早めに全て片付けられるからだ。

 イザークは元々そこを目的地としていた、という体でついてくることになったが、ドロテアには特に不自然に思われてはいないようだ。

 むしろリナが大げさにイザークの実力を褒め称えたので、護衛が一人増えたくらいの感覚のようだ。

 ドロテアが護衛料を支払うという申し出もしたが、イザークは馬車に乗せてもらう乗車賃を無料にしてもらえればそれで十分だと言って断った。

 実際、金に不自由している訳もない彼にとっては不要なのだろう。

 地方都市まではそれほど時間がかからずに到着した。

 そこで兵士にアマポーラとガスターを引き渡し、事情を説明していく。

 イザークが何やら怪しげな目線で兵士たちを見ていたのをリナは目撃した。

 兵士たちはその後、少しばかり奇妙な動きをしていたが……あれには触れてはならない、ということで流すことにした。何をしていたかは大体想像がつくけれど。

 そして、その日のうちに簡易的な裁判が行われ、次の日には吸血鬼ヴァンパイアアマポーラが処刑された旨と、その消滅の際に変わった灰が、証明として引き渡された。ガスターについても鉱山労働が決まったと告げられる。

 通常ならそんなに迅速に裁判など行われるはずがないのだが……イザークが色々とどうにかしたのだろう、ということは察せられた。

 ドロテアもディーグも一日は聴取などで拘束されたが、たった一日で処刑の実行まで行われるとはと驚いていた。

 ただ、絶対にあり得ないというわけでもなく、それだけ早く対応すべき事案だった、ということだろうという話に落ち着いた。

 吸血鬼ヴァンパイアはさっさと滅ぼさないと逃げたり増えたり大変なのだから。

 

「……これが、アマポーラ、か……」


 瓶に入った灰を見ながら、ディーグがそう言った。


「結局、どういう知り合いだったの?」

 

 ドロテアが尋ねる。


「いや……記憶は曖昧なんだけど、なんとなく覚えているのは……路地裏で彼女が何かから隠れていてね。辛そうな顔をしていたから……とりあえず、うちに来ないかと誘って、食事をとったのが最初だったと……」


「何、ナンパなの?」


「……違うよ! そうじゃなくて……まぁでもそう見えるか。ともかく、そこから後はあんまりね」


「支配されてしまったというわけね……ともあれ、なんとか何の怪我もせずに終わって良かったわ。貴方も、私も」


「私はある意味大怪我だけどね……勘当されるに決まっているし、これからどうやって生きていけばいいものか……」


「決まったわけじゃないんだし、とりあえず貴方のお父様に説明してから考えれば良いじゃない。もしも家を追い出されたら……そのときはそのときよ」


「君は本当に前向きだな。私も見習ってみるか……」


 そんな会話をしていた二人だった。

 そんな中、イザークは少し端の方に寄りリナに言う。


「それでは、私はそろそろ離れますのでお二人によろしく言っておいてください。依頼は最後まで頑張ってくださいね」


「……アマポーラさんは結局どうなったんですか……?」


「もちろん、処刑されました(・・・・・・・)


 あぁ、嘘だな、と分かるような言い方だ。

 おそらく、どうにかして助け出したのだろう。

 そして公的には死んだことにしたのだ。

 吸血鬼狩りヴァンパイア・ハンターの問題があるし、そうしておいたほうが安全だという判断なのだろう。

 流石のニヴでももうすでに処刑した、灰になったので一部以外は埋めた、と言われたらもうどうしようもない。

 あの人物なら灰を掘り返して匂いを嗅ぎ、この匂いは吸血鬼ヴァンパイアじゃない!とか言い出しそうな気もするが、その辺りの対策くらいイザークはとっているはずだ。

 心配する必要はないだろう。

 実際、しばらくしてイザークは去った。

 いつの間にかいなくなったイザークに気づいたドロテアは、彼はどこにいったのかとリナに尋ねてきたが、


「急ぎの用があるみたいで、申し訳なさそうにしながら行っちゃいました。お二人によろしくだそうですよ」


 と言うと納得していた。

 ドロテアとディーグは結構話し込んでいたからだろう。

 気づかなくて申し訳なかったな、と呟いていた。

 

 それから、リナたちはしばらくかけて都市マルトへと戻った。

 往路のような問題は一切なく、安全で静かな旅だった。

 原因だったディーグはもう何もしないし、アマポーラもいない。

 そうなると、これだけ楽な旅になる、というわけで、ドロテアが何かショックを受けていた。


「……私、大分苦労していたのね……」


 こんなに平和な旅はこの二年で初めてのことらしい。

 ただ、それでもその苦労が無駄だったとは思わないようだ。


「良い経験になったわ」


 とそんなことを言っていた。

 そして、都市マルトに着くと、冒険者組合ギルドで意外な人物がドロテアとディーグを待っていた。


「……父さん!?」


「……父上……!」


 それは二人の父親であった。

 なぜそこにいるのか、と二人が視線で尋ねると、ディーグの父親が言った。


「……ディーグ。お前が妙なことに手を出していることに気づいてな。止めるためにやってきた。ドロテア殿の危機でもあるから、ルドー殿にも事情を伝えてな……二人でここまで来たというわけだ」


 ルドーとはドロテアの父の名である。

 ディーグの父はジュードだ。

 ジュードの言葉にディーグは顔を蒼白にしたが、しかしそれでもここまでの事情を二人の父親に丁寧に説明した。

 すべて聞き終えて、驚いた顔を浮かべる二人だったが、ジュードがまず、ルドーに言った。


「……こやつは本来、このような大事で嘘を言う人間ではありませぬ。ですから、本当のことだとは思いますが……それでもご息女を危険な目に遭わせたこと……誠に申し訳ない。しっかりと処分をしようと……」


 思います、と言いかけたところで、ルドーが首を横に振った。


「いや、それには及びませぬ。吸血鬼ヴァンパイアなどに操られれば、誰だとて抵抗など出来ぬもの。ましてや我々商人に抗う術はありませぬ。ですから特に処分などは……。それに、ある意味、彼のお陰で娘が成長した部分もあるようだ……ドロテア。随分と見ない間にたくましくなったな」


 娘を見てにやりと笑い、そう言うルドー。

 ドロテアの方は呆れて、


「それが久しぶりに会った娘に言う言葉なの? ……まぁ、いいけれど。そうね……私もご子息を処分して欲しいとは思いませんわ。ジュードおじさま。この二年、大変な目に遭ったけれど、どれだけ行商人の道が大変なのかも学べたと思いますもの」


「……しかしだ……それで本当に……」


 と、悩み始めたジュードであるが、そんな彼にディーグが勇気を振り絞ったように口を開く。


「あの、父上」


「……なんだ」


「私の処分については……商会を首にする、という形にしてください」


「何? 何故だ……ルドー殿もドロテア殿も、許してくださるとおっしゃっているのだぞ。もちろん、全く何の処分もなし、というのでは申し訳が立たないが、お二人の言うとおり、お前は操られていたのだ。首にするまでは……」


「いえ……今回のことは、元はといえば、私の甘さ、不用意な行動が招いたことですから。それでいいのです……それに、ふと思ったことがありまして」


「ふむ、それは?」


「私も、自分の腕一本で、ゼロから商人の道を進んでみたい、と。ドロテア殿のように……」


 ちらりとドロテアを見て、そう言ったディーグ。

 ドロテアは目を見開き、


「ディーグ……貴方、それでいいの?」


「いいのさ。それに、私が商会に残ってるとどこかから今回のことにかこつけて悪評が立つかもしれないからね。商会のためにもその方がいい。幸い、私には優秀な兄上がいる。私がいなくても何も問題はないさ」


「そう……そういうことなら、いいわ。ねぇ、ディーグ。それなら、私と組まない?」


「え?」


「ゼロから、っていうけど、行商人は大変なのよ。とりあえず、先輩について、基本から学んだ方がいいじゃない?」


「いや、確かにそうかもしれないけど……君はいいのか? 私はかなり君を危険な目に遭わせたんだが……」


「操られていただけでしょ。それに、ちょっと思ったことがあったのよね。貴方と、商売をしたら楽しそうだなって……二年前に少し」


「ドロテア……君がそう言うなら、お願いしようかな……父上、そういうことですので。ルドー殿も、どうかお許しいただけると……」


 これにルドーはなんとも言えない顔になった。

 一人娘に男がくっついて行商人をすると言い始めたから複雑なのだろう。

 しかし、以前に婚約話を進めていた男であるし、なんだか良い雰囲気であるのもなんとなく感じたのだろう。

 最後には、


「……まぁ、良いでしょう。ジュード殿。二年前に夢見たことが、何やらこれから叶いそうですな」


「運命というのは奇妙なものですな……まぁ、ディーグ、お前がそう言うなら、それでいいだろう。ミステラに戻り、そのように処理することにする」

 それから少し話をし、ドロテアはリナに依頼完遂を認め、リナはそれを冒険者組合ギルドに報告した。

 ドロテアはリナに、


「貴女のお陰で本当に助かった。もしも貴女がいなかったらと思うと、怖いわね……。それと、これからもマルトにいるときは依頼すると思うから、そのときはよろしくね」


 そう言っていた。

 リナも、


「こちらこそよろしくお願いします……。色々ありましたけど、楽しかったし、行商人の方のことも色々と学べて為になりました。次に依頼があっても今回ほどのことはないと思いますから、そのときはお安くしておきますね」


 と冗談を交えつつ話し、そして別れたのだった。

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