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閑章 その頃の弟子たち
閑話 その頃の弟子たち2《二十一》

 その瞬間、もう駄目だとドロテアは思った。

 ザインも狩人として腕は悪くないのだろうが、ガスターの動きの方がずっと素早く、短剣は確かにザインの喉元まで迫っていたのだから。

 しかし、次の瞬間聞こえたのは、


 ――キィン!


 という短剣の弾かれる音と、


「……ガハッ……!」


 ザインの放った矢が突き刺さり、崩れ落ちるガスターの姿だった。

 

「な、今のは一体……?」


 ディーグもまた、ドロテアと同様、起こったことがよく理解できないのかそんなことを呟く。

 ドロテアからは何か影のようなものがザインに迫った短剣を弾いたように見えた、ということと、避けようとしていたガスターの体が不自然に固まった、ということくらいだが、どちらもまた奇妙な話だ。

 とはいえ、ドロテアにとってどちらも僥倖であることには間違いない。

 ガスターはどうやら完全に気絶しているようだし、ディーグにはもう他に戦力はなさそうだ。

 ガスターが人質にとっていた子供もその手から離れて逃げ去り、今はドロテアとザインの後ろに隠れるようにいる。

 ザインが弓矢でディーグに狙いをつけ、これ以上動くなと視線で威圧している。

 立場は逆転したと言って良いだろう。

 ドロテアは言う。


「……ディーグ。もう諦めて」


「……駄目だ。私は君と結婚して、商会の主に……あるじ、に……」


 そこまで言いかけたところで、不思議なことにディーグは動力を失ったかのように固まり、そして崩れ落ちた。

 ザインが彼に矢を放ったのか、と思ってその顔を見てみるが、ザインもまたよく分からなそうな表情で首を横に振る。


「……とりあえず、本当に気を失ったのか、確認してみるわね……貴方は警戒を解かないで」

 

 そう言いながらドロテアがディーグに近づき、その顔を見てみる。

 やはり、明らかに気絶しているようで白目を剥いていた。

 これはどういうこと……?

 困惑で一杯になったところで、


「……ドロテアさーん!」


 と、言う声が響く。

 声の方向を見てみれば、そこにはリナがいた。

 加えて、もう二人、見ない顔がある。

 一体どういうことなのかと思いつつ、彼女がいればガスターが起きていようとどうにでも出来るだろうととりあえずほっとしたドロテアだった。


 ◆◇◆◇◆


「……そんなことが……じゃあ、ディーグは」


 ドロテアはことの詳細をリナに聞いて、やっと納得がいく。

 

「はい。この人……じゃないか、吸血鬼ヴァンパイアに操られていたみたいです。本当は悪い人ではない、のですよね?」


「ええ。ミステラの街にいた頃から、遣り手だけど好青年だって評判だったくらいだから。お兄さんがいるから商会を継ぐわけにはいかないみたいだったけど、お兄さんを支えるにしても自分で商会を立ち上げるにしても間違いなく成功するだろうと見られていたし。だからこそ、私との婚約でうちの父の商会を継ぐ話も進んでいたのよ」


「へー……。行商人をしていなければ、結婚しても良かったくらいですか?」


「……また随分とまっすぐ尋ねるわね……。まぁ、確かにそうね。顔を合わせてしっかりと話してみて、この人とならやっていけそうだとは思ったわ。でも、どうしても一人でやってみたい欲求の方が強くてね……本当に悪いことをしたと思っていたのよ」


「巡り合わせが悪かったんですねぇ……」


「こういうことはね。そういうものでしょう……でも、そういうことなら、ディーグはもう大丈夫なのかしら? 吸血鬼ヴァンパイアに支配されると、その人も不死者になってしまうって言うけど……」


 このドロテアの疑問に答えたのは、リナの師匠だという一人の青年だった。

 たまたまこの辺りで依頼を片付けていたらリナに遭遇したのだという。

 名前はイザーク、と言うらしく、動きに隙がなく、また気品を感じる。

 ドロテアは、どちらかと言えば後ろで腕を縛られて立っている女性よりも、こちらの青年の方が吸血鬼ヴァンパイアのイメージに近いと一瞬思ったが、流石にそれは失礼な話だろう、とすぐにそんな考えを打ち払う。


「それは吸血鬼ヴァンパイアに噛まれ、血を送り込まれた場合ですね。このディーグさんにはそのような傷跡は感じられませんし、大丈夫でしょう。お話によれば、こちらでこのアマポーラという女性を倒した段階で、気絶されたと言うことですし、それは一般的な吸血鬼ヴァンパイアの魅了にかかっていた者が、解除された場合に見せる反応です。不死者の仲間となってしまっている場合は従えている者を倒したところで気を失ったりはしませんから」


 ディーグ自身が不死者になってしまっていたら、いわば独立している状態にあるわけだから本体であるアマポーラがどうなろうと行動し続けられる、という話だった。

 しかし、単純な魅了の場合は、効果が解ければ一旦、意識を失い、目覚めれば通常の状態に戻るのだという。

 実際、しばらくして目覚めたディーグは、


「……う、ここ、は……君はドロテア? 一体私は……」


 と、状況を掴めていない様子だった。

 頭が徐々にはっきりしていくにつれ、自分がやったことを思い出したらしく、


「ドロテア……すまなかった。信じてもらえるかどうか分からないが、どうにも私は、いつからか気がおかしくなっていたようで……今回のことも、まるで本意ではなかったんだ……」


 と言いながら謝り始めた。

 それにドロテアは、


「いいのよ……分かってるから。それより、どこも痛まない? 貴方がどうにかなってしまったら、貴方のお父様とお兄様に怒られるわ」


「……はは。流石に今回のことで私は勘当だと思うが……ともあれ、どこもなんともないな。しかし、一体なぜ私はこんなことをしたのか……」


 困惑するディーグに、


「それはね……」


 とドロテアがことの詳細を説明するとディーグは目を見開いたが、同時に納得したように頷いて、


「そういうことだったか……確かに、アマポーラが近くに来てからだったな……だんだん、自分が分からなくなっていったのは。アマポーラ……君はなぜこんなことを……」


 尋ねるディーグの表情は、操られていいようにされていたにも関わらず、恨むようなものではなく、どちらかと言えば少し悲しそうなものだった。

 これにアマポーラも似たような表情を一瞬浮かべたが、何も答えることはなかった。

 無言がその場を支配する中、イザークが言う。


「ともかく、詳しい事情についてははっきりしました。ある程度大きな街まで連れて行き、彼女の罪を裁いてもらうべきと思いますが、それでいいですね?」


 これにその場にいる全員が頷き、とりあえず、子供たちもつれて村に戻ることになった。

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