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閑章 その頃の弟子たち
閑話 その頃の弟子たち2《二十》

 今まで周囲に全く気配がなかったのに、いきなりその場に現れたことに一瞬驚くリナだったが、聞いたことのある声と、振り返ってみて目に入った姿に安心する。


「……イザークさん。驚かせないでくださいよ……」


「驚かせたつもりはなかったのですが、そうですね。少し突然過ぎたかもしれません。申し訳ない」


 そう、そこにいたのはラトゥール家の執事、イザークだった。

 いつも通りの涼やかな表情でそこに立っているが、状況的にどうなのだろうかと思わないでもないリナである。

 首なし死体を剣で地面に縫い付け、生首を地面に置いて笑顔で会話していた最中なのだ。

 もうどう見てもやばい奴にしか見えない。

 しかし、イザークからすれば慣れっこというか、日常なのかもしれない。

 さして気にした様子はなく、リナと生首の方に近づき、言う。


「それより、お困りだったのでしょう? 察して現れたのですが、迷惑でしたか?」


「……どうやって察したのかと尋ねたいところですが、聞いても無駄でしょうね……。そう、困ってはいます。この人、どうしたものかと……。あ、事情なんですけど……」


 もしかしたらほぼすべて把握しているのかもしれないが、改めて概ねの事情をイザークに説明すると、彼は頷く。


「そういうことでしたら、この方は私の方で預かりましょうか? 証言をさせた上で、適当なところで保護する形で」


「いいんですか? この人結構一杯悪いことしてそうですけど……」


 今回のことにしてもガスターの仲間はみんな死んでいる。

 今まで人を殺さなかったとは言えないだろうというのはなんとなく分かる。

 ただ、生きるために仕方なく、というのであったとは思われるが……。

 その辺りが扱いに悩む理由でもあった。

 これにイザークは苦笑して言う。


「私はそういった罪について、どうこう言えるような生き方をしてきた存在ではないのでなんとも言えませんが……少なくとも通常の“はぐれ吸血鬼ヴァンパイア”よりは善良な性質をしているのは確かなようですので、鍛えれば問題ないでしょうから」


 ……これで?

 と言いたくなったリナであるが、それをイザークは察して続けた。


「一般的に言って“はぐれ吸血鬼ヴァンパイア”となった場合、数日も経てば吸血衝動をまるで抑えられなくなり、無差別に人間の血を求め歩き、村一つくらいなら一週間もしないうちに滅ぼすものです。その結果、人間に容易に発見されて結果、討伐されてしまうわけですが……この方は“はぐれ”の状態で結構な年月を生きていらっしゃる。失礼ながら、おいくつですか?」


 生首に尋ねるイザーク。

 女は素直に答える。


「……七十をいくつか超えたわ……」


「おぉ、それはそれは。そのような年月、人に見つからずに生きてこられただけで勲章ものですよ。おそらくは、可能な限り吸血衝動に耐え、必要最低限の吸血に抑え、また人の社会に溶け込むように生きてきたはず……そうでなければすぐに吸血鬼狩りヴァンパイア・ハンターが高笑いしてやってきますからね。それはリナさんもご存じでしょう?」


「……ええ」


 そこまでたくさん話した、というわけではないにしろ、冒険者の中でもトップクラスにやばい奴、吸血鬼狩りヴァンパイア・ハンターニヴ・マリスの顔がすぐに頭に浮かんだ。

 あんなものに狙われたらとてもではないが七十年なんて生きられる気がしない。

 七日でも厳しそうである。

 

「つまり、こういう人は、極めて稀なのですよ、リナさん。人のままであれば、それこそ品行方正に生きた方でしょう。今回の顛末では立場上、リナさんには許せない人でしょうが、希有な人だと私は思います。ラトゥール家で引き取り、平穏な生活を与えれば無闇矢鱈に人を襲ったりもしない……そうですよね?」


 念を押すように、というか圧力をかけながら女の生首にそういったイザークである。

 これにのほほんとした顔で断りを入れられるような存在は彼の主と、それにレントくらいなものであろうとリナは思った。

 案の定、女は生首の状態で器用に冷や汗を流しつつ、


「え、ええ……それは勿論」


 と答え、それから困惑したような表情で、


「……でも、それでいいの? 私、死にたくはないけど……殺されても仕方がないとは思っていたわ……」


「まぁ、貴方の脛の傷の数より、私のそれに刻まれた数の方が多いですからね。チャンスくらい与えなければバチが当たるでしょう。それに、一番はここで消滅させるわけにはいかないから、というのが大きい。ディーグさんを貴方が操っていたこと、しっかりと証言してからでなければ、彼に気の毒です……ということですよね、リナさん?」


「はい。最悪、私が貴方の《親》となり、服従させるつもりだったんですけど……」


 リナは生首にそう言う。

 つまりそれは《親》の上書きだ。

 力業でそういうことが出来ることをイザークたちから教わっている。

 しかしこれにイザークは言う。


「まぁ、リナさんがこの方ほど長く生きた吸血鬼ヴァンパイアにそれをするのはまだ、やめておいた方が良いでしょうね。あれは自我と精神の争いですから、負ける可能性があります」


「もしかして、それでこうして姿を現してくれたわけですか?」


「そういうことです。さて……とりあえずは、私が貴女の《親》になりましょうか。とりあえず首をくっつけましょう」


 イザークはそう言って、生首をひっつかみ、体の方に突き刺さったリナの剣を抜いてリナに手渡し、生首を元の位置に置いてから、《分化》した闇の体で女の体全体を包んだ。

 そして数秒が経つと、女の傷は全て治癒していた。

 あんな方法で他の吸血鬼ヴァンパイアの傷を治せるんだ……とリナは感心する。

 通常の回復魔術でも治せないわけではないのだが、聖気による回復では浄化されてしまう吸血鬼ヴァンパイアである。

 欠損が存在するときにはどうやって、というのは疑問だったが、色々やりようがありそうだ。

 女は、


「な、治った……私の体が……ありがとうございます!」


 と涙を流して喜ぶ。

 リナは、死にたくなかったんだなぁとぼんやり考えたが、当たり前かと即座に自らのその思考に突っ込んだ。

 どうにも魔物になってから死ぬとか生きるとかの感覚に対してかなり鈍くなっていることを感じる。

 あんまり良い傾向とは思えない。

 もう少しその辺り真剣になることを忘れないようにしなければと思ったのだった。


「いいえ、礼には及びませんよ。しかし、仕事はしっかりとやってもらいます。いいですね?」


 イザークが念押しすると、女は頷く。


「はい! 生きる場所をいただけるのなら……」


「それについてはご心配なく、世界で一番安全な場所です。では、色々と打ち合わせをしましょう……」


 と言ったところで、女が不安そうな顔で、


「あ、でも……あの、ディーグとガスターのところは大丈夫なのかが……」


 と言ってきた。

 二人はドロテアのところで暴れているはず、というのが彼女の認識なのだろう。

 これについてイザークがリナに振り返り、


「どうですか?」


 と尋ねる。

 その顔は分かっているのだろう。

 リナは、


「問題ないですよ」


 何でもない顔でそう答えた。

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