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閑章 その頃の弟子たち
閑話 その頃の弟子たち2《十八》

 リナが何も答えず、しかし手に持っていた剣を鞘に収めると、女は笑みをさらに深くし、言う。


「意味を理解したようね……あなたは、ここで死ぬ。安心なさい。あの娘については生きていてもらわないとならないから、身の安全は保証するわ。少しばかり怪我はしてもらうけど、ねっ!」


 そう言って、女は手元から風の刃を放ってきた。

 無詠唱魔術であり、中々の練度だ。

 しかし、その魔術自体は下級のものである。

 それでも人を絶命させるには十分な殺傷力を秘めている。

 規模自体は大きくないため、リナはそれを横に飛ぶことで避ける。

 

「……やっぱり、中々腕はいいようね。でも、いつまでそうやっていられるかしら……!」


 女は次々にリナを狙って魔術を放つ。

 魔術師といえども、あまり魔術を放ちすぎれば疲労してしばらくはインターバルを置く必要があるのが普通なのだが、この女にはそれはあまり必要ないらしい。

 使っている魔術が、あまり強力すぎないというのも大きいだろう。

 疲労が蓄積しにくく、魔力消費も少ない。

 しかしそれでも人は殺せる。

 素早い運用はリナの逃げ場も徐々に削っていく。

 避けきれずに細かな傷がつくようになっていき、そして、ついに女の放った風の刃は、リナの足を大きく傷つけた。


「……あぁっ!」


 叫び、その場に崩れ落ちるリナ。

 女はその瞬間を見逃さず、リナと距離を詰める。

 そして、腰から短剣を引き抜き、リナに向かって振りかぶった。


「……それではね。中々楽しかったわ」


 しかし、女が振り下ろすよりも早く、リナが腰から剣を引き抜き、女に向かって突きを放った。


「うぐっ……貴女……!」


 まさか人質をとっているのに反撃されるとは思わなかったのか、リナの剣を避けることも出来ずに、その腹部に深く突き刺さる。

 明らかに致命傷だ。

 女の表情も苦しげで、憎しみのこもった視線でリナをにらみつけた。

 ただ、まだ絶命はしていない。

 リナはさらに傷を抉ろうと剣に力を込めるが……。


「……調子に乗るんじゃないわよっ!」


 女はそう叫んで、リナの体を蹴り飛ばした。 

 その力は魔術師の女のものとは思えないほど強力なもので、リナは数メートル吹き飛ばされる。

 ただ、無様に倒れることはなく、しっかりと着地することは出来た。

 イザークたちによるしごきの成果であり、あれがなければその辺の木にでもぶつかって崩れ落ちていたかもしれなかった。

 見れば、腹に大きな傷を作った女は、荒い息を吐いていた。

 女はその顔をもの凄い形相に染め上げて、リナに向かって叫ぶ。


「あんた……どうなるか分かってるんでしょうね! こっちは、最悪、あの娘を殺したって構わないんだからね……!」


 今、女の仲間、雇い主であるディーグと、ガスターはドロテアたちの元にいるのだ。

 いくらでも人質にとって、リナの前でむごたらしく殺すことが出来るのだと、そう言いたいのだろう。

 しかし、そう言われても、リナの表情は崩れない。

 それどころか、リナは奇妙なことを女に言った。


「……念のため尋ねますけど……」


「……何よッ!?」


「分からないんですね?」


 こてり、とその年頃の少女らしい可愛らしい仕草で首を傾げるリナに、女は異様なものを感じ、


「……は?」


 と呆けた。

 一体何を言っているのか、と思ったからだ。

 しかしそんな女の疑問には答えずに、リナは続けた。


「良かった。安心しました……それでは、今度はこっちから行きますね」


 そう言って、リナは地面を踏み切り、女に肉薄する。

 剣もしっかりと把持され、女の首を落とすべく振り抜かれた。

 剣は確かに女の首に命中し、その首を切り落とした……はずだったのだが、次の瞬間、首を落とされたはずの女の体が、その首を自分の手で掴み、そして大きく下がった。

 それから女は胴体から離れた首を、その切り口に当てる。

 すると、首の傷は綺麗に治癒し、完全な状態へと戻った。

 警戒を崩さず見つめるリナに、女は勝ち誇ったように笑って言う。


「……分かったでしょ? 私は人間じゃない……いくら殺そうと無駄なこと。貴方に勝ち目はないの」


「そう思うんですか……なるほど」


 リナはそっけなく頷き、再度、攻撃を続けた。

 何度となくその首を、腕を、足を落とし、女はそれを何度も再生させていく。

 それは確かに際限がないように思えた。

 知らなければ、途中で心が折れるような作業だろう。

 しかし、リナはそれをよく知っていた。

 知らないはずがないのだ。

 そして、崩壊はついに訪れる。


「……えっ……どうして……な、治れ! 治れっ……!」


 女はとうとうくっつかなくなった自らの右腕を見て、どんどん顔を青くしていく。

 推測するに、どんな生き方をしてきたかは分からないが、女にはこういう経験がなかったのだろう。

 相手が首を刎ねても死なない化け物だと分かれば、大抵の人間は怯えて逃げるか諦める。 首が飛び、死んだと油断したところを後ろから襲いかかる、ということも出来ただろうし、死んだふりをし続けて逃げるということも出来る。

 そういうことも利用しつつ、常に有利に立ち回ってきたのだろう。

 だが、今回ばかりは相手が悪かった。

 

「……どうしたんですか?」


 リナが微笑みながら尋ねると、女は絶望的な表情を浮かべ、


「私の体が……治らないの……!! どうして……こんなこと今まで一度も……!!」


「……ということは、あまりこういった戦いはしてこられなかったんですね?」


「それはどういう……」


「私たちの再生能力というのは、無限ではない、ということです。幾度となく致命傷を受ければ、徐々にそれは減衰していく……力が底をつけば、もう再生することは出来ませんよ。まぁ、ある程度休めばまた、再生できるようになるんですけどね……」


 話しながら、リナの傷が徐々に再生していく。

 足にあったはずの大きな傷も、いつの間にか完治していた。

 ここに至って、女はやっと理解する。


「……まさか、貴女も……吸血鬼ヴァンパイアなの……?」


「どうなんでしょう? 分かりませんけど……まぁ、もう貴女には関係ないことですね」


「えっ……?」


 呆けた顔で、そういった瞬間、女の首は飛んでいた。

 そしてその口が叫ぶ。


「いや……いや、死にたくない! 死にたくないっ! 私は……」


 もう首が離れても体とくっつけることは出来ない、と思い出したのだろう。

 リナは首から離れた体を剣で地面に縫い付け、頭をキャッチして地面に置く。

 そして尋ねた。


「……それで、一体何のためにディーグさんを操ってこんなことを?」


 吸血鬼ヴァンパイアには人を操る能力がある。

 リナがガスターにやった方法の他に、魅了チャームという洗脳に近い能力もあるのだ。

 ディーグはおそらくそれでどうこうされているのだろう、と予測しての質問だった。

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