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閑章 その頃の弟子たち
閑話 その頃の弟子たち2《十七》

 リナが森を進んでいくと、突然、開けた場所に出た。

 円形の広場のような空間。

 周囲は高い樹木で囲まれているところから、どこか闘技場を想起させる。

 そこに一人で立っていたのは、怪しげなローブを身に纏った一人の魔術師然とした人物だった。

 彼女はリナを見ると、


「やっぱり、気づいてくれた」


 と蠱惑的な声で呟き、わずかにフードの隙間から覗く血のように赤い唇を三日月のように歪める。


「……わざとでしたか?」


 リナは素知らぬ顔でそう尋ねると、相手は答えた。


「ええ。ガスターと戦うところを見ていたけど、鉄級にしては中々の腕だったもの。あの闇の中であれほど鮮やかに相手を倒すには、魔道具を使っただけでは足りないわ。気配を敏感に察知できる、戦闘勘がなければ……。だから、ここで殺気を放っていれば、貴女はきっと来ると思ってたの」


 なるほど、と思う。

 確かにリナの目は人間だった頃と比べて遙かに夜目が利くし、昼間とほとんど変わらない視界を確保できるのは事実だが、それでも使いこなすにはそれなりの慣れがいる。

 同様に、夜に視界を確保できる魔道具があるとして、それをうまく使うには慣れが必要なのだろう。

 魔道具は魔力の消費なども考えながら使う必要があるから、まさにどのタイミングで使うのか、戦闘勘による調整をしなければならない。

 そしてつまり、そんなことを言うということは、この女は、リナがガスターたちを倒せたのは、魔道具によって視界を確保していたからだ、と考えているわけだ。

 当たらずとも遠からずだが、リナにはこの会話だけで分かったことが他にもある。


「貴女もドロテアさんを狙っているのですね?」


「ええ、勿論そう。あの娘にはさっさと実家に戻ってもらわなければならないのよ……貴女の方からも説得してくれる?」


「それは出来ませんが……そもそも、ガスターさんの雇い主は貴女なのですか? ガスターさんが言うには、若い男から依頼されたということでしたが……」


 この女が男装してガスターに依頼した、などということも考えられなくはない。

 しかし、おそらくそれはないだろう、とリナは思う。

 なぜと言って、女の持つ空気感はあまりにも女性的すぎる。

 男装してもおそらく女にしか見えない、そういうタイプに感じられた。

 実際、女は首を横に振り、言う。


「それは私じゃないわね。ガスターに依頼したのは、ディーグよ……」


「ディーグ?」


「ええ、そう。ディーグはミステラの街にある大商会の御曹司ね。次男だから、よっぽどのことがなければ後を継ぐわけにはいかないんだけど……そこに二年前、ドロテアちゃんとの縁談が持ち上がったの。知ってる? ドロテアちゃんのお父様の商会もミステラではとても大きな商会なのよ。つまり、ディーグはもう少しでドロテアちゃんのお父様の商会を継げる地位を手に入れるところだったのね……」


「それを信じるとして……ドロテアさんは今はただの行商人ですよ? 狙ったところでどうなるとも思えませんが」


「大丈夫よ。ドロテアちゃんが今すぐ行商人を辞めて、ミステラに戻り、ディーグと結婚すればそれでね。この二年でドロテアちゃんには弟が出来たけれど、もちろん、まだ小さいし……そのタイミングでお父様の身に何かあれば、自動的にディーグが商会を切り盛りすることになるわ」


「何かって……」


「もちろん、何かよ。きっと事故よね。命が危ぶまれるような……どうしてそんなことが起こるのかしらね……ふふっ」


 何を言いたいのかは明らかだった。

 この女はその事故を意図的に起こすつもりなのだろう。

 リナは女に言う。


「……そんなことをさせると思いますか?」


「貴女が止める?」


「そのつもりです。出来ないと思いますか?」


「そうね……どうかしら? でも、貴女はやらないと思うわ」


「それはどういう……」


「ディーグとガスターが今、どこいると思うの? なぜ、私が貴女をここに呼んだか、考えてみたら?」

 そう言って、女の口元は、強く引き上げられて歪んだ。


 ◆◇◆◇◆


「……やぁやぁ、久しぶりだね。ドロテア」


 アフトグラスが生い茂る空間で、大仰な仕草でそう話しかけてきたのは、ドロテアが見たことのある顔だった。

 育ちが良く、品のある空気、それでいながら抜け目のない目をした有能そうな男。

 

「ディーグ……まさか、貴方だったの? 私を狙ってたのは……」


 ディーグの隣には、リナが倒し、兵士に引き渡したはずの男、ガスターがいる。

 ガスターは子供たちの一人を人質にとり、首筋にナイフを突きつけていた。

 それがゆえに、狩人のザインも手出しが出来ず、事態は膠着していた。

 この状況から鑑みるに、ガスターには誰かが依頼したことも明らかになっていたが、それが目の前にいる男であることは間違いがなさそうだった。

 そもそも、ディーグがそんなことをするとはドロテアは考えもしなかったことだが、しかし、改めて考えてみれば動機についてはピンと来るものはある。

 つまり、ドロテアの父の商会、メロー商会の継嗣としての地位が欲しいのだろうと。

 適度にドロテアを傷つけ、行商人が出来ないようにしてしまえば、実家に戻るしかなくなる。

 その後は誰かに嫁ぐことになるだろうが、一番可能性が高いのはディーグだ。

 彼にはそれだけの能力があって、ドロテアの父も評価していたため、二年前には彼との縁談が進んでいた。

 結局、ドロテアが逃げ出したことで終わった話だが……ディーグの方ではそうではなかった、ということだろうか。

 

「狙っていた、と言われると心外だな。私はただ、君に実家に戻って欲しいだけだ。そして私と結婚して欲しい。なに、苦労はさせない。メロー商会を共に大きくしていこうじゃないか。こう見えて、私は君のことを評価しているんだよ。そのまま過ごしていれば何の不自由もなかったはずのメロー商会のご息女の地位を捨て、何も持たない行商人として、ゼロから始めるなど、普通の人間に出来ることじゃない。それだけの気概があれば、何だって出来るさ……だから、私の手を取ると良い」


「そんなことする気があるなら、二年前にそうしていたわよ。大体、そうやって脅しながら迫られて、誰がうん、と言うと思うの?」


「ほう……そうかい? じゃあ、私の覚悟を見せようかな。ガスター、今からドロテアに考える時間を与える。一分過ぎるごとに、その子の指を一つずつ、落としてくれるかい?」


「……あぁ……」


 指示されながらも、気分悪そうな表情でガスターは頷く。

 それを聞いたドロテアは叫んだ。


「なっ、や、やめなさい! 貴方、そんなことする人じゃなかったはずでしょ!」


「君が私の何を知っていると……うっ……そうだ、そんなことをして、何に……」


 ドロテアの言葉に激高しかけたディーグだったが、急に頭を抑え、何かを呟き始めた。

 その瞬間、全員の気が逸れた、と感じた狩人のザインは、弓を番え、ガスターを狙う。

 しかしそれよりも早くガスターの腰から短剣が抜かれ、ザインに向かって投げられた……。

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新作 「 《背教者》と認定され、実家を追放された貴族の少年は辺境の地で、スキル《聖王》の使い方に気づき、成り上がる。 」 を投稿しました。 ブクマ・評価・感想などお待ちしておりますので、どうぞよろしくお願いします!
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