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閑章 その頃の弟子たち
閑話 その頃の弟子たち2《十五》

 行商の旅、三つ目の村でもドロテアは今までの村と同様に、子供たちから植物や鉱石などを買っていた。

 村長との取引は最初の村のようなことはなく、知識不足からの取引価格の齟齬があったくらいだが、これについてはむしろ感謝されていた。

 村長が提示した価格よりもドロテアの提示した価格の方が高額だったからだ。

 リナとしては、村長が先に安い価格を提示したのだからそっちで買えばいいのに、と吝嗇家の顔が出てきたが、ドロテアはやはりその点については、先々のことを考えるとあまり良くない、と説明した。

 その一回の取引については得するかもしれないが、今後、この辺りに他の行商人が入ってきたときにドロテアの不誠実を指摘されるかもしれないし、また、村人たちの誰かが街へ行ったときにそこで売買される商品の価格を見て、不審を抱くかもしれない。 

 そうならないためには、できるだけ誠実に取引を行い、村人たちと信頼関係をよく結んでおくべきだ、と。

 確かに、とリナは思う。

 レントも、商人ではないが、冒険者の心得として似たような話をリナにしていたことを思い出す。

 地方の村へ行ったときなどに、相手の無知につけ込んで一度きりの得に満足してはならないと。

 たとえば緑小鬼ゴブリン数匹の討伐依頼で金貨をせしめようとしてはならないと。

 これの立場を反対にすれば、ちょうど商人と村人の関係にも当てはまる。

 何事も人と人との間の関係性を築く根幹となるものは共通しているのだな、とリナは思った。


「……こっちだよ!」


 そんな風にドロテアの商売を手伝いながら色々と学ぶリナだったが、ドロテアが子供たちから素材を買っていると、ふと一つの植物を見て、真剣に考え始めた。

 そして、それを持ってきた子供に、それがどこで採取されたのかを尋ね始めた。

 可能なら場所を教えて欲しいとも。

 子供たちはそれに頷き、森の中を先導して歩き始めた。

 この辺りの森は比較的魔物が少なく、いても足が遅いものが多い。

 とはいえ、子供だけで歩けるようなところでもないのだが、リナが護衛をする、と村人たちに断り、さらに狩人を一人借り受けることで村人には納得してもらった。 

 冒険者一人の戦力というのは普通の人間からすればほとんど化け物であり、それは鉄級に過ぎないリナであっても変わらない。

 村の力自慢、程度ではどれだけ頑張ってもある程度の経験を積んだ鉄級冒険者には敵わない、ということもざらだ。

 そんな存在が護衛する、ということはこの辺りでの安全は完全に確保されたと言っても良いが、ただ、信用性という部分ではまだ問題があって、だからこその狩人が一人付き添いについた、というわけだ。

 戦力的にはあまり意味はないが、道案内という部分でも有用であり、これはドロテアとリナたちと、村人たち双方にメリットのある話だった。

 

「……しかし、あの草が、そんないいもんなんですかい? 俺たちも森でたまに見かけますが……」


 狩人の男……ザインが森を歩きながらそう尋ねてくる。

 ドロテアは言う。


「少し前までは何の価値もなかったのだけど……最近高騰しているのよ。新しい魔物避けに使えるらしくてね。もちろん、どうやって使うのかは公開されていなくて、錬金術師組合の方で管理されているのだけど、売れるのは間違いないわ。今までのものよりも効果が高いらしくてね。商人の間で結構話題なのよ。まぁ、完成品は私くらいのが気軽に使える値段じゃないんだけど」


「へぇ……やっぱり田舎だとそういうのは伝わってこないもんですねぇ。全然知りませんでしたよ」


「本当に最近の話だからね。どうも、マルトの錬金術師が開発したらしいんだけど、名前も公開されてなくて……レルムッド帝国の帝都で広まり始めて、最近やっとヤーラン王都でも徐々に広まり始めているくらいなの。知らなくても無理ないわ。でも、一応この辺りはマルト近郊だから伝わっててもいいのだけどね」


 リナはその会話を聞きながら、マルトとレルムッド帝国に縁が深い錬金術師のことをふと思い出した。

 そして彼女が少し前にレントの皮膚を培養したものを机におき、それに何か緑色の液体を振りかけて、


「リナ、見てみろ。面白いぞ。震えて逃げ回ってる」


 などと言っていたことも。

 レントの細胞はレントから離れても生きていると言うか、這い回るように動き、レントに再度くっつけると同化する性質がある。

 これはリナのものも、魔物化した段階で同様になったし、吸血鬼たちもそうであるらしいが、あまりにも細かいと長く体から離していれば徐々に動かなくなっていき、最後には灰のように崩れ落ちることになる。

 レントの細胞についてはそういうことがなく、かなり長い時間、灰にはならない。

 だから実験材料にするには面白い、ということらしいかった。

 ただ、それだけだと特殊すぎて一般性が確保できないからとリナのそれや、その辺の魔物のものも勿論使用しているようだったが……。

 そんな彼女がやっていた実験。

 レントの細胞は緑色の液体を嫌がるように机の上をずりずりと逃げ回っていた。

 それを見ながら、彼女が、


「……これで魔物避け作れるかもな……」


 などと言っていたのも聞いている。

 つまり、ドロテアが言っているのは……。

 だとすれば、一人で様々な国の経済に大きな影響を与えていることになる。

 まさかな……と思うが、おそらくそのまさかであろうとも思った。

 と、そこまで考えて、まぁ、あの人たちはちょっと自分では推し量れないほどの人たちなので考えるだけ無駄か、と思考を放棄する。


「……ここだよ!」


 森の中に子供の声が響く。

 どうやら目的地に着いたようだ。

 

「これは、凄いわね。一面がアフトグラスだらけだわ……」


 アフトグラス、というのはつまり、その魔物避けに使えるという植物だ。

 例の錬金術師の部屋にあった植木鉢にたくさん植えられていたことも思い出したのでリナにも分かる。

 花のように開いた緑の葉が特徴的で、葉脈が縦に入っている。

 近づくと独特の香りがして、リナには少しばかり不快に感じられた。

 しかし、ドロテアや狩人のザイン、それに子供たちは特段気にならないらしい、というか、香りを嗅いでも、


「良い匂いね。本当にこれで魔物除けなんて出来るとは思えないわ」


 などと言っている。

 なるほど、自分は除けられる側か……。

 と少しばかり落ち込むが、効果の間違いなさがわかったのでいいか、と自分を納得させる。

 そういえばこの辺りには魔物が少ないという話だったが、このアフトグラスが多く生えているがために近寄らないということなのかもしれなかった。


「じゃあ、とりあえず採取しましょうか。たくさん採ったらちゃんと買い取るから、みんなもよろしくね」


 連れてきた子供にそう言って、ドロテア自身も腕をまくって草刈りを始める。

 ザインがどうすべきか少し悩んでいる風だったので、


「私たちは見張りをしていることにしましょう」


 とリナは言う。

 ほとんど魔物がいないとはいえ、普通の動物はいるし、猪などが突っ込んでくれば子供たちにとっては魔物と危険性は変わらない。

 ザインはリナの言葉に頷き、周囲を警戒し始めたのだった。

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