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閑章 その頃の弟子たち
閑話 その頃の弟子たち2《十三》

「ドロテアお姉ちゃん、これ!」


 山奥の村で、みずぼらしい衣服を身に纏った子供が三人ほどでやってきて、そのうちの一人がドロテアに何かを差し出した。

 見れば、それは植物だった。

 都会の町の、一般的な人間であれば同じことをされてもおままごとでもしたいのかな、などと思ったかもしれない。

 しかし、ドロテアは違った。


「……へぇ、中々やるじゃない。これはズィマ草ね。こっちはポルトリンの花……どちらも買うわ。ただ、数が少ないからこれくらいだけど、いいかしら?」


 そう言って銅貨数枚を手渡すと、子供は喜んで受け取り、三人で一枚ずつ分けて去って行く。


「……確かにズィマ草とポルトリンの花ですね。しかし、この量ですと……少し銅貨三枚は割高なのでは? 露天で売ってても私なら銅貨一枚しか出しませんよ」


 リナがそう言った。意外と財布の紐が渋い少女である。

 本当に駆け出しの頃はその日の宿代にも困る有様だった、というからそのときに身についた感覚なのかもしれなかった。

 ちなみにズィマ草は傷の化膿止めに、ポルトリンの花は香水の材料などに使われることが多い植物であるが、この辺りでは比較的よく採取できるためにさほどの価値はない。

 これにドロテアは答える。


「まぁ、確かにそうでしょうね……でも王都まで行って売れば銀貨二枚くらいにはなるわ」


「それはドロテアさんがここから王都まで運んだ結果、付加価値がつくということであって、ここで買うのにわざわざ高い値段で買う必要はないと思うのですけど」


「そうね。私も大人たちから買うなら普通の値段で買うわよ。でもあの子たちの場合は、商売の面白さと、お金について教えておきたくて……それに、ちょっとしたお小遣いにもなるでしょう。こういう村でも、お金が必要なときはあるわ」


「商売の面白さ……それはドロテアさんが商人だからですか?」


「ある意味ではそうね……まず、価値のあるものを手に入れれば、それが高く売れることもあるっていうのを小さい頃から分かっていれば、ものを見る目が養われるじゃない。たとえばさっきのズィマ草とポルトリンは、以前私がこの村に来たときにどこかに生えていないか聞いたものだしね。それをあの子たちは覚えていて、探して採ってきてくれたのよ」


「いい子たちですね」


「そうよ、でもいい子たちだから採ってきてくれたわけじゃなくて、お金に変わると分かったから採ってきてくれた。彼らが大人になったとき、作る作物についても考える時が来るでしょう。どれがお金になるか、高く売れるか」


「あぁ、それは確かにそうでしょうね。小さな村ですと、作物は大抵、食べるためのものですけど、薬草とか、高値で売れるものを育てようと考えるかもしれません」


「そう、商品作物ね。まぁどこでも出来るって訳でもないけど、こういうところでしか育たないものとか結構あるしね。私も欲しいからたまに提案したりするんだけど、やっぱり大人って頭が固いからね。売れるって言っても頑固に今まで通りのものだけ作り続けることに固執するのよ。でも、小さな頃から擦り込んでいけば、そのうちなんとかなるかもしれないじゃない」


「また、気の長い計画ですね……」


 何年、何十年かかるかという話だ。

 ただ、将来的にそうなる可能性があるのなら、悪くはないのかもしれない。

 マルト周辺の植生は豊かだ。

 そして特別な植物が結構ある。

 他の地域では育てられない、しかし効力の高い薬草も。

 まだ見つかっていない、しかし有用な植物もたくさんあるだろう。

 そういったものをうまく大量に育て、仕入れることが出来ればあっという間に莫大な儲けを得ることも不可能ではないのかもしれない。

 宝くじに近いところはあるが、商人というのは毎日がそういうくじを引き続けて生きているようなところがある。

 特に、行商人となれば尚のこと。

 そして、ドロテアのやっていることは気が長い行動だが、元手はそれほど必要ない。

 やっておいて損はない行動、ということだろう。

 それに……。


「……ドロテアお姉ちゃん、色々見せて!」


 馬車の前に木造の台をいくつか並べ、その上に品物を並べていると村人たちがひっきりなしにやってきて、ものを購入していく。

 加えて、先ほどの子供たちと同じ年代の少年少女もやってきて、銅貨を握りしめて何かを買っていく。

 リナも元は貴族であり、それなりの教育は受けてきたので商品の売買に必要な計算くらいは普通に出来る。

 それを知ったドロテアはリナに店員としての仕事も求めた。

 追加で報酬を払っても構わない、と言っていたが、このくらいのことであれば護衛依頼の一部と見做しても問題ない。

 誠実であることに感謝しつつも、報酬の増額については断った。

 ドロテアはそんなリナに、


「むしり取れるときはむしり取っておいた方がいいわよ」


 と冗談交じりに言うが、これに対してリナは、


「あまりやり過ぎて恨みを買うのも勘弁して欲しいですからね。何事も加減というものが大事ではありませんか?」


「……それもまた、真理ね」


「だからこそ、先ほどの取引は見逃されたのでしょう?」


 リナが言及したのは、この村の村長との間の取引のことだ。

 いくばくかの穀物を買い付けたのだが、その際にドロテアは棹秤に細工されていることを見抜き、遠回しにそれを指摘して訂正させた。

 厳密に言えば、秤の紐と、目盛り部分に細工があったのだが非常に細かいもので、よく見抜けたものだなとリナは感心した。

 加えてワイン樽も数樽仕入れたのだが、その内容量についてもごまかしがあった。

 中を改めると不純物が沈められていて、体積が嵩増しされていることが分かったのだ。

 リナはその部屋に入ってから、村長や出納役の男から疚しいものを隠しているような匂いを魔物としての嗅覚から感じていたのだが、それが一体何なのかはっきりとは分からなかった。

 それは、彼らが麦の重さやワイン樽の細工などをしていたことに起因するのだとドロテアの指摘でやっと分かったくらいだ。


「まぁね。あのくらいのことはそれこそ日常茶飯事だから……」


「ドロテアさんもあの村長におっしゃってましたけど、はかりなんかに細工するのはかなり重い刑罰が科されていたと思いますが、良かったのですか?」


 はかりは、かなり厳密に管理されていて、細工することは許されない。

 国の経済の基礎を成しているもので、それを許せば大きな打撃が与えられることがはっきりしているからだ。

 バレれば縛り首すらあり得るほどである。

 それを見逃すのはまずいのではないか、ということだ。

 ワイン樽にしても一樽の容量は概ね指定されていて、天使の分け前による減少分の誤差しか許されない。

 これについてドロテアは、


「……こういう村の人たちは、その辺りをよく分かってないのよね……。さっき村長にその辺りを話したのも、自分がどれくらい危ない橋を渡ろうとしているか教えたかったの。多分、もうやらないでしょう。だから許してあげましょうっていうのも違うけど、許さないと言ってここに兵士を連れてきてこの者たちに刑罰を、なんて言ったところで誰も何の得もしないわ」


「うーん……グレーゾーンということですか」


「あはは。まぁね。でも続けるようならそのときは考えなければならないわ。とりあえずは様子見、というところよ」


 リナが思っているより、ドロテアは臨機応変に商人をやっているようである。

 やはり、今までの彼女の不遇は、大半は何者かの横やりに起因するのだろう。

 その何者か、がどうやら罠にかかったらしい、ということをリナは感知する。

 今まで把握していたガスターの位置が、大きく変わったからだ。

 噛みついた相手の位置は、かなり離れていてもある程度は分かるのである。

 そしてどうやらこちらに近づいている……。

 ドロテアはドロテアの仕事をしている。

 そろそろ、リナも自分の仕事をするときが迫ってきているようだった。

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