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閑章 その頃の弟子たち
閑話 その頃の弟子たち2《十二》

 リナたちが立ち寄った宿場町。

 その小さな兵士詰め所の地下部分には似つかわしくないほど頑丈な石造りの区画が存在している。

 そして、そこには鉄格子に囲まれた牢屋があった。

 小さな宿場町である。

 普段であればその牢屋は滅多なことでは使われない。

 せいぜいが、酒場でのつまらない揉め事の解決に兵士が出張って行き、一日頭を冷やせと町人を入れるくらいが関の山だ。

 しかし、今日に限っては違った。

 今そこにいるのは、本物のならず者であり、つい先日、リナによって捕縛された盗賊、ガスターであった。

 あの後、宿場町に到着したリナとドロテアは、ガスターに襲われたこと、話を聞くと誰かに指示されてそういう行為に至ったらしいことを兵士たちに説明し、背後関係について調査を行って欲しい旨を伝えつつ、ガスターを引き渡したのだ。

 盗賊の出現すら希なこの辺りの地域において、そんな入り組んだ事情を持つ罪人など滅多になく、慌ててガスターを引き取った兵士たちだったが、彼らが肩すかしに思ったのは、引き渡されたガスターがあまりにも無抵抗であったためだ。

 いくら田舎とはいえ、年に二、三度くらいは強盗や殺人を犯す者が現れる。

 そしてそういう者たちが兵士に引き渡されるときは、必ず言って良いほど暴れるものだ。

 そうでないときも、その目には強い憎しみや怒り、反抗心が浮かぶ。

 しかし、である。

 今回引き渡されたガスターの目には、恐ろしいほどに何もなかった。

 いや……厳密に言うと、少し違うかもしれない。

 彼の目の中に浮かぶのは、どこか夢見るような雰囲気で……。


「……薬物患者に似ているな」


 かつて都会に勤務していて、酒席で上司のパワハラにぶち切れて左遷されてきた兵士の一人が、ふと思い出してそう言った。

 まぁ、ガスターは結局のところ、盗賊稼業に手を出した犯罪者である。

 確かに薬物くらい、やっていてもおかしくはないな、と皆納得し、違和感についてはそこで解決したのだった。

 それからガスターはそのまま地下の牢屋へと連れて行かれ、厳重な監視下に置かれることになった。

 本来であれば、この街では強盗や盗賊はある程度、罪科がはっきりした時点で斬首や磔刑などにすぐに処されてしまうものだ。

 ある程度、街道がしっかりと整備されていて、その辺りを治める地方領主により任命された裁判官の裁定を受けられるような街へ送致できる場合には、そのような扱いはされない。 しかし、ここは極めて田舎である。

 街道と呼べるものは一応あるが、安全に犯罪者を護送するなどほとんど不可能であり、実益もあまりない。

 そのため、犯罪者に対する裁定は兵士詰め所に勤務する兵士の中で最も地位が高い者に委任されており、そのため、この街の中で処分までが確定し、行われる。

 そういった事情からすれば、ガスターは即座に断首である。

 けれど、ガスターには色々と事情がある。

 誰かに指示された、というのであれば、それを調査する必要があり、すぐに、というわけにはいかなかった。

 そしてそのことが、原因で、その夜、事件が起こる……。


 ◆◇◆◇◆


「……う……ここは……」


 ガスターは、ぼんやりとした頭の中で、ゆっくりと目を開いた。

 すると、周囲に広がっている光景は、石造りの壁に、鉄格子、そしてその向こう側にいる、見張りと思しき兵士の姿だった。

 俺は、なんでこんなところにいるんだ?

 そう思って、今までのことを頭の中で思い出してみると、そうだった、と理解する。

 行商人を襲おうとして、冒険者に返り討ちにあったのだ、と。

 それでこんなところに転がされているのだろう。

 ふと、仲間たちの行く末が気になったが、こんな稼業をしている者の習いだ。

 もう、生きてはいまい。

 ここにいるのが自分だけ、ということは、仲間たちは重傷を負ったまま、あの森の中に放置されたということだ。

 あの辺りの森は、結構な数の魔物が跋扈しており、そんな血の匂いを充満させた状態で寝転がっていたら、まず間違いなくすぐに魔物がよってきて、その餌とされてしまう。

 せめて、死んだ後に食われたなら救われただろうが……生きたまま食われるなど、想像するだけでも恐ろしい。

 それにしても、なぜ自分だけ助かったのか……そういえば、リーダーっぽいですね、とか言う声が聞こえた覚えがある。

 つまり、自分から話を聞くためにそうしたということか……。

 なるほど、それは助かった、のだろうか?

 どうせこのまま行けば自分は死刑に違いない。

 それ以外の判決が下る可能性など、ゼロだ。

 盗賊というのはそれだけ重い罪だからだ。

 場合によっては鉱山などで一生重労働、というのもありうるが……それなら死んだ方がましかもしれない。

 何にせよ、仲間たちのように魔物に生きて食われないだけましか……。

 あぁ、しかし腹が減ったな。

 何か食いもんが欲しい……。


「……おい、おい!」


 鉄格子の外の兵士に呼びかけてみる。

 無駄かもしれないが、どうせ死ぬのだ。

 どうとでもなれ。


「……なんだ?」


 奇妙な表情で兵士が振り返ったので、ガスターは首を傾げた。

 苛ついた顔とか、不快そうな顔なら想像していたが、おかしなものを見るような目なのだ。

 ……俺の顔はそんなに変な顔なのか?

 まさに山賊、というようなひげ面である。

 それで二枚目だと思うほどうぬぼれてはいないが、しかしそこまで奇妙な顔でもないはずなのだが……。

 とはいえ、振り向いてくれたのだからありがたい。

 ガスターは続ける。


「……腹が減った。なんか食い物をくれねぇか……あと、水も」


「……頭がはっきりしてきたようだな。まぁ、お前には話を聞かなければならないし、いいだろう。ほれ」


 そう言って、兵士は横にあった机から固そうなパンと水をとり、鉄格子の隙間から渡してきた。

 伸びてきた手に、それを捉えて鍵を取れば逃げられるかも、と一瞬考えないでもなかったが、ここを出たところでおそらく、ここは地下だ。

 上にいるだろう他の兵士に捕まって終わりだろう。

 無駄なことをする気にはならなかった。


「すまねぇな……」


 素直に受け取り、飲み、食う。

 体力をつけておけば、そのうち何かのチャンスがあるかもしれない。

 鉱山労働だって……まぁ、死ぬよりはマシだ。

 心を入れ替えるのは流石にもう無理だが、生きれるところまで生きるかと思った。

 そして食べ終わってしばらく、牢屋の石壁に寄りかかり、体力の浪費をさけていると……。


『……お前は……あがっ!』


『下がれ! ……くそっ……げふっ……!』


 という叫び声が聞こえてきた。

 上の方からだ。

 牢屋の前を見張っていた兵士もそのことを奇妙に思って上へと走っていったが、帰ってくることはなかった。

 しばらくして階段を降りてくる音がした。

 誰かが、ここに来る。

 自分を助けに来てくれたのか……?

 いや、そんな相手など、いるはずもないが……。

 そう思って、緊張しながら待っていると、現れたのは意外な人物だった。


「……やぁ。元気そうだね」


 そう言ったのは、ガスターに依頼をした男だった。

 後ろにはもう一人、何者かがいる。

 杖を持っているところから、魔術師なのだろう。

「てめぇ……何しに来た。俺たちは失敗した。今更……あぁ、口封じか?」

 思いついて、全くどこまでもついていないと思った。

 つまりは監視されていたわけだ。

 しかし、男は首を少し傾げて、


「……まぁ、ある意味それも目的の一つだね。色々しゃべられてはたまらないから、その前にここに来た……と言っても、別に殺そうってわけじゃない。君には、もうひと頑張りしてもらおうと思ってね。それさえこなせば、誰にも見つからない土地に逃がしてあげてもいい。報酬も再度、出そう……」


 と意外なことを言った。


「悪くねぇ話だが、俺に何が出来るとも思えねぇぞ? あの冒険者、かなりの腕をしてたしな……何せ、六人いた全員がやられたんだ」


「だが、鉄級冒険者に過ぎないのだろう? こいつが見ていたが、あの冒険者は夜目がかなり利くようだ。それに対して、君たちはその点について丸腰に近かったと……つまり、そういう魔道具を持っていたのだろうさ。昼間に襲えば、難なく倒せた可能性が高い」


 どうやら、男の後ろの魔術師が戦いそのものも見ていたようだ。

 確かに、あの女冒険者は夜闇の中を自由に動き、ガスターたちを狩っていった。

 だから、そういうことだと言われれば納得がいく気もするが……違和感はある。

 だが、ガスターはそれについて口にするのをやめた。

 なぜと言って、そんなことを言えば、ここから出してくれなくなるかもしれないからだ。


「まぁ、話は分かった……それなら、最後にもうひと頑張り、させてもらうか……どうせこのままじゃ、死ぬのを待つだけだしな……」


「おぉ、それはありがたい。では……」


 男は懐から鍵束を取り出し、数回試して牢屋の鍵を取り当てる。

 がちゃり、と扉が開き、ガスターは自由になった。


「……上の兵士は?」


「夜だからね。ここの見張りも含め、三人しかいなかった。今は全員眠っているよ」


「そこの魔術師がやったのか?」


「あぁ、そういうことだね……ともあれ、ここに長居は無用だ。行こう」


 そして、ガスターたちは兵士詰め所をすぐに後にし、町からも離れた。

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