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閑章 その頃の弟子たち
閑話 その頃の弟子たち2《十一》

 リナにとって、ドロテアとの行商の旅は中々に楽しいものだった。

 というのは、ドロテア自身がかなり話題豊富で様々な知識を身につけている人物であり、毎夜退屈しなかった。

 加えて、彼女は確かに冒険者組合ギルドで言われたように、初めて会ったときは少し気難しいところがありそうだ、と思えたが、実際に接して仲良くなってみるとそれは必ずしも彼女本来の性質に基づくものではないことも分かった。

 では何に起因するかと言えば、ドロテアの行商人になってからの種々の経験による。

 つまり彼女は通常では考えられないほどのもめ事や詐欺に毎度のごとく巻き込まれており、それは自分が未熟であり、かつ女であるからだ、と考えていた。

 そうであればこそ、周囲を見る目は厳しく、猜疑心に満ちていったことは別に責められることではないだろう。

 むしろ、そういう中にあってすら、人を信じようとする心を失っていなかったことは、リナという鉄級に過ぎない冒険者をとりあえずは雇おうとしてくれたことからも分かる。

 リナも、自分に自信を持つために、と受けた仕事だったが、それ以上にそんな厳しい状況で鉄級でしかないリナを快く雇ってくれたドロテアに対して、最大限いい仕事をしなければならない、と心に決めていた。

 だからこそ、使える技能は何でも使うことにした。

 リナの技能とは何か、と言えばそれは勿論、冒険者としてのもの、剣士としてのものが一番最初に上がる。

 加えて最近よく学んだ魔術師としてのそれもある。

 ただ、それらは普通の冒険者が持っている通常の技能に過ぎない。

 リナという特殊な存在が持つ、特別な力。

 その最たるものは、つまり魔物としてのそれだ。

 元々は、人の血や肉を口にすることによって、少量であっても長く動くことが出来、加えて量を増やせばそれに比例して体力や魔力も強まる、というくらいのものしかなかった。

 しかし、ラトゥール家において鍛えることにより、その技能は少しばかりではあるが、増えた。

 もちろん、アリゼの前でそれを学ぶわけにはいかないので、真夜中にこっそり教えてもらった。

 この体を得てからというもの、睡眠はリナにとって必須の行為ではなくなり、たとえ数日眠らずとも問題なく活動し続けることが出来る。

 人々が寝静まった時間帯に特訓を続けようとも、大した問題はなかった。

 その中で学んだことは数多く、通常の技能で言うなら多対一での立ち回り、というのがある。

 先日、盗賊が襲いかかってきたときも問題なく対処できたのは、その経験が大きい。

 ラトゥール家の戦力……イザークをはじめとする使用人たちが、その訓練相手を務めてくれた。

 これは思い出すのも恐ろしくなってくるくらいの厳しい訓練であり、全員が殺す気でリナに向かってくるというものだ。

 もちろん、本当にそうされることはなかっただろう、とは今なら思えるのだが、当時は殺気をビシバシ当ててくるので生きた心地はまるでしなかった。

 使用人たちの実力も、飛び抜けていた。

 おそらくだが、まともに戦えばリナなど一瞬で殺されるに決まっているような実力を全員が持っていたのは間違いない。

 どのような武器を持とうとも易々と使ってみせ、ありとあらゆる魔術を自由に放ってくる。

 傷がつこうとも一瞬で再生し、かといってそういう特別な力に頼らずにまっとうな戦い方で攻めてくる。

 こんな相手を複数相手にして一体どうやって勝てば良いのか、という話だが、あくまでこれは訓練で、リナでもなんとかなるような状況と加減で戦ってくれた。

 しかしそれは楽だったということではなく、リナが出来るか出来ないかギリギリを常に攻め、少しでも気を抜くとおしまいになるような加減で、ということに他ならなかった。

 今までの人生においてやってきたことの中で、最も辛く厳しい体験だった。

 けれど、そのお陰でリナの実力は飛躍的に上がったし、強そうな相手を前にしてもあからさまに慌てることはなくなった。

 イザークたちに比べれば、と思考にクッションが入るようになったからだ。

 あれを相手にするくらいなら、少し強そうなくらい何ほどのことかと……。

 盗賊たちに関してもその感覚だった。

 弓術師の隠匿はイザークたちのそれに比べてほぼ丸見えだったし、夜でもこの目ははっきりとものを見ることが出来る。

 他の者たちも森の中にいる限り、リナのようにものを見ることは出来ない。

 相手だけ目隠ししている中で戦っているようなものだったわけだ。

 そして、最後に捕まえた盗賊たちのリーダーと思しきものについては、その首筋にかみついておいた。

 レントであれば、それを意識的に行えば人や魔物を完全な従属下におき、またリナのような眷属とすることも出来るが、今のリナにはそこまでのことは出来ない。

 ただ、限定的にある程度の行動を制御することは出来るらしい。

 その方法を、リナはイザークに学んだ。

 教えてもらったときは、彼が捕まえてきた小さな魔物を相手に行っていたので、人間に対してやるのは初めてだったが、かなりうまくいったので良かったと思う。

 リナが尋ねる質問すべてに素直に答えさせることも出来たし、今後、数日の間はリナの指示に従うはずだ。

 ドロテアにはもうこちらから打つ手はなさそうだ、という話をしたが、まだ出来ることはあった。

 ただこれについてはドロテアに詳しく説明するわけにはいかない、というだけだ。

 それに、結果が出るかどうかは分からない。

 変にぬか喜びさせるよりは、彼女のこれからのためにはどうやって怪しげな輩を警戒し、見抜くことが出来るかを教えていく方がいいだろう。

 彼女も別に不用心というわけではないだろうが、冒険者や盗賊のような荒くれ者の手練手管に関してはリナの方が知っている。

 その辺りについて話していけば、ドロテアも今までほどひどい目には遭わないで済むようになるだろう……。


「……リナ。そろそろよ」


「あ、はーい!」


 ドロテアが御者席から幌の中のリナに話しかけたので、答える。

 そろそろ、とは次の宿場町までそろそろ、という意味だ。

 幌の中には多く積まれた品物と、リナ、そして捕まえた盗賊のリーダー……ガスターがいる。

 ガスターの目はリナを見つめているが、恨みとかこれからどう逃げ出したら良いかとかいう考えは浮かんでいない。

 リナが彼の思考を支配しているので、そのようなことは考えようがない。


「……ちゃんと働いてね。期待してる」


 リナがガスターに楽しげにそう笑いかけるも、やはりガスターは無反応だ。

 これをドロテアが見ればおびえたかもしれない。

 それくらいに異様な空気が満ちているが、リナがドロテアにそれを見せることはこれからもないだろう。

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