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閑章 その頃の弟子たち
閑話 その頃の弟子たち2《十》

 襲撃があった場所から少し移動し、リナはガスターをその場に転がした。


「……話を聞くって、尋問するってことよね。出来るの?」


 ドロテアがそう尋ねたのは、尋問というものにはそれなりの技術が必要だからだ。

 捕まったからと言って素直に口を割るような者は少ない。

 だからこそ拷問という手段があるわけだが、商人でしかないドロテアにはそんな技術も経験もない。

 ではリナにあるのか、と言えばありそうには見えない。

 見た目よりもずっと強く、したたかであることはもうはっきりしているが、かといって拷問などに精通しているとは思えないし、思いたくもない。

 この見た目と雰囲気で実はひどいサディストで拷問を得意としていてもはや生きがいなんですと言われたらちょっと怖い。

 とはいえ、出来るのであれば今、情報を得るのに極めて有用であるのは分かっているし、文句を言う筋合いなどないのだが。

 そんな色々な思いを含めた質問であった。

 これにリナは、


「この人の仲間たちはみんな今頃森の魔物の餌になってしまっているでしょうし、ここまで不利な状況で口を噤む理由もないでしょう。だから多分、素直に話してくれるでしょうし、大丈夫ですよ……流石に拷問なんて私もやったことがないですから、駄目そうな時はどこかの町の衛兵に引き渡すしかないですけどね。そうすれば代わりに色々と聞いてくれるでしょうし」


 と、極めてまっとうな意見を言った。

 これを聞いてドロテアは色んな意味で安心する。

 ただ勿論、リナに向かって直接、良かった、道を外したサディストじゃなくて、とは言えないし言わない。

 しかし素直に話してくれる、というのは流石に希望的観測過ぎる。

 ドロテアはそうも思った。

 ただ、それでもとりあえず話を聞くだけ聞いてみるしかない。

 リナは、気絶している男を揺さぶり、起こす。


「……起きてください……起きてください!」


 それほど乱暴なやり方でないのはリナの本来の性質がゆえか。

 あっという間に数人の盗賊を無力化した冒険者には見えない。

 

「……うぅ……こ、ここは……お前は……?」


 薄ぼんやりと目を開いた男は、リナの顔が目に入るとそう誰何した。

 これにリナは答える。


「私は冒険者のリナと言います。貴方の名前は?」


 とりあえず名前を明らかに、ということだろうが、こういう場合、それですら答えない者というのは少なくない。

 しかし意外にも男は素直に答えた。


「……俺は、俺の名前はガスターだ……」


 その目には靄がかかっているような、不思議な感じで、ドロテアはガスターが気絶から覚めたばかりであるがゆえに夢と現実の境が分からなくなっているのかもしれない、と思った。

 そうであるならば、完全に覚醒するうちに聞けることを聞いておいた方がいいだろうな、とも。

 実際、リナはガスターに次々と質問をしていき、ガスターから引き出せる情報をあらかた差し出させてしまった。

 そして、すべて話した後、ガスターはがくり、と首を落とし、再度気絶してしまった。


「……概ね、話は分かったわ。誰だか分からないけど、私を狙っていたみたいね。今日まで色々あったのも、そいつの差し金だったってこと……?」


 ドロテアが愕然としながらそう言うと、リナは頷く。


「おそらくはそうなんでしょうね。やっぱり普通はそんなに頻繁に危ないことは起こりませんよ。けれど、結局誰がこのガスターさんたちに依頼をしたのかは分かりませんでしたが……心当たりはないんですか?」


「そうね……私に商人を続けられては困る人物なわけでしょう?」


「そうですね」


「でも……自分でいうのもなんだけど私なんて大した商売もしてない駆け出しの行商人よ? わざわざどうこうしたい人間なんて……」


「お父様はどうですか? 行商人は女に向いていないって乗り気ではなかったというお話でしたじゃないですか」


 この言葉に、ドロテアは驚く。

 なぜと言って想像もしていなかったことだし、あり得ないことだからだ。

 ただ一番は、リナにそういう発想があることに驚いた。

 ドロテアは答える。


「いえ……流石にそれはないわ。確かに父は私が行商人になることには否定的だったけど……結局最後には認めてくれたから。そもそも本当に反対なら、意地でも家から出さなければ良かっただけだもの。はじめはそのつもりだったみたいで、縁談の準備まで進めていたくらいよ。結婚してしまえば家を出る理由もなくなるだろうって」


「それでも最後には認めてくれた? 喧嘩別れに近いっておっしゃってましたけど」


「それも本当だけどね……父は、私が家を出る準備をしているのを止めもしなかった。私は父に、絶対に父より大きな商会を作るって啖呵を切って、街を出た……でも、それだって父がその気になれば簡単に私を家に閉じ込めておけたし、街を出る前に捕まって終わりだったはずだわ。そうはしなかったのが……父が、消極的だけど認めてくれたってことだと思ってるの」


「言葉にしないでも想いは理解し合ってた、と……うーん、それが本当なら、確かにお父様ではなさそうですね……実際、ガスターさんたちみたいなのをけしかけるより、家にただ閉じ込めておく方が確実で穏当でしょうし……」


 うーんと考え込んでしまったリナ。

 しかし、少ししてから顔を上げて、


「まぁ、こうなるともう考えても分からなそうですね。とりあえず割り切りますか」


「えぇ、大丈夫なの!?」


「大丈夫ではないと思います。このまま進んでいけばまた何かあるかもしれません。でも……」


「でも?」


「ここからはドロテアさんの気持ちの問題になってきますから。とりあえず、次の宿場町の兵士にガスターさんを渡して、依頼した人物を探してもらうにしても……そうそう簡単に見つかるとも思えませんからね。ドロテアさんはこれからもそういう危険を負い続けなければならないわけでしょう? マルトに戻って、しばらくじっとしていてもそれは続きます……となると、ドロテアさんは二つに一つを選ぶしかないです。行商人を休業するか、続けるか」


 言われてみるとその通りだった。

 犯人が捕まらない限り、ドロテアはこれからも今までのような事件に巻き込まれる危険をこれからも負い続けなければならない。

 ただ、相手は行商人をやめさせたくてそんなことをしているらしいのだから、とりあえずは休業していれば何かしてくる可能性は下がる。

 だから犯人が捕まるまで、休業という選択肢が出てくる。

 だが、ドロテアにはそんなつもりはなかった。

 リナに言う。

「私は、続けるわ。だって、私が行かなければ生活必需品を手に入れるのにすら苦労する人たちが一杯いるのよ。確かに私は大したことない行商人だけど、仕事にはそれなりのプライドがあるの。だから……」

 守ってくれないか、と続けたかったが、今この状況では言いにくかった。

 ドロテアにとっても危険性が上がったこの旅であるが、それはリナにとっても同様だ。

 しかもリナには本来何の関わりもない事情が理由である。

 依頼料を上げる、と言っても嫌だと思うのが普通だ。

 しかしリナは、


「分かりました。そういうことなら、予定通り進みましょうか。何かあっても私が守ります」


 と何の気なしにそう言って、ガスターを簀巻きにし、馬車の中に放り込んで、自分も乗り込んだ。


「ほら、行きましょう、ドロテアさん」


 リナにとって、事情がどうとかそういうことはどうでもいいことらしい。

 それを行動をもって示してくれていることに気づき、ドロテアは心の中で感謝し、


「……分かったわ。これからもお願いね、リナ」


 そう言ったのだった。

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