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閑章 その頃の弟子たち
閑話 その頃の弟子たち2《九》

 絶好の機会のはずだった。

 ガスターたちは、マルトで女行商人……ドロテアが冒険者を雇ったところを確認し、冒険者組合ギルドで情報を集めた結果、その冒険者が鉄級であることを知った。

 しかもその実力を調べてみるに、ここ最近まで食うにも困る有様の駆け出しだったという話までついでに手に入った。

 とはいえ、そんな冒険者を一人だけ雇って安全を確保できたと考えるかどうか。

 ドロテアが鉄級冒険者の実力を理解すれば、もう一人くらい雇っておかなければと追加で募集をかける可能性もあった。

 だから、ガスターたちは慎重にドロテアの動静を見守った。

 

 結果として、ドロテアは鉄級冒険者一人だけ雇って満足したらしく、次の日にはマルトの町を出発して行商路へと向かった。

 これは極めて運が良いことで、最低でも銅級一人くらいは雇うだろう、と考えていたガスターたちからすれば最高の舞台を整えてくれたも同然だった。

 もちろん、銅級が二人以上いれば監視だけでも報酬を受け取って問題はなく、その方が楽と言えば楽だったかもしれない。

 けれど、ガスターたちは今後、こんな稼業は辞めてそれぞれの土地に引っ込むつもりだ。

 中途半端な仕事をして依頼者からおかしな恨みを買ってしまう可能性を残すよりは、指定された仕事を綺麗にすべて片付けて今後の憂いをなくした方が色々な心配をせずに済む。

 狙われた方からすれば堪ったものではない理屈だが、ガスターたちはガスターたちなりに自分の身の安全というものを考えた結果、そうせざるを得ないだけだ。

 世の中は厳しい。

 狙われるようなことになった自分の人生を恨んで欲しい、と少しだけ残った良心をもって標的に対し心の奥底で懺悔しつつ、森に潜んでいたガスターはそれと同時に木の上に上り、弓をつがえてそのときを待っていた弓術師に手振りで指示を出した。

 今、標的二人は食事中である。

 このときが最も周囲に対する警戒が疎かになり、熟練の弓術師の矢を避けることはそうそうできないものだ。

 それに、たとえ気づいて避けたとしても混乱している最中に六人ほどで襲いかかればたった一人の護衛など容易に押し込める。

 これは別になめているわけではなく、鉄級冒険者を何度か相手にしたときの経験則だ。

 銅級ならともかく、鉄級に長く留まり続けているような冒険者であれば、その実力は推して知るべし、である。

 ましてや食うに困るような腕となれば……自分たちを倒せるような腕であることはまず、ない。

 だからこそ、この計画に穴はないはずだった。

 弓術師の弓が引き絞られ、そして標的……女行商人の方を狙って打ち込まれた。

 狙いが冒険者の方でないのは、最悪でも標的として指定された相手をある程度傷つければそれでいいからだ。

 加えて、護衛対象が傷つけられればそれを守るために冒険者は防御に徹した動きに縛られる。

 攻め手としてかなり楽な状況に持って行けるわけだ。

 そう思っての行動だったが……。

 次の瞬間、


 ――キィン!


 という音がして、弓術師が放った矢が軽くはじかれた。

 誰にか、といえば言うまでもない。

 先ほどまで火の近くに腰掛けていたはずの冒険者によってだ。

 彼女はいつの間にか弓術師と標的の間に立っていて、矢の弾道を見切り、弾いたのだ。


「……ガスター! ……ぎゃっ!」


 弓術師がガスターにその事実を告げようとしたそのとき、おかしな叫び声を上げて彼は木の上から墜落してきた。

 見れば、その胸元には短剣が突き刺さっていて、一撃で絶命させられていた。

 

「……馬鹿な……この森の暗がりの中が見えてるのか……!」


 言いながら、そうでなければここまで正確に弓術師の胸元を狙えるわけがないと頭で理解していた。

 鉄級にそんな技術などあるはずがない、というのがガスターの常識に照らせば正しい。

 正しいが、目の前にある現実こそが事実であることをガスターはその厳しい人生の経験から理解していた。

 そうであるならば、即座に対応する必要がある。

 考えるよりも先に、すでにガスターは身振りで仲間たちにあの冒険者を倒すべく全員で取りかかれと指示を出していた。

 そんなことをすれば全員が無傷、などということはもう不可能だが、実際に弓術師はやられている。

 もうそんなことを言っている場合ではなかった。

 それに、そうしなければ勝てないような相手だろう、というのもなんとなく察していた。

 だからこその行動だったが、そう気づいたときにはもう遅かった。

 森の外にいたはずの女冒険者の姿が見えない。

 そして、周囲から次々に叫び声が上がっていく。

 一人ずつ、やられていっているのだ。

 剣を構えながら、一体どこから来るのかガスターは冷や汗を垂らしながらきょろきょろと辺りを見る。

 しかし、どこにもその姿は見えない。

 気配すら分からない。

 ここまで闇に同化するような存在と、ガスターは戦ったことがなく、一体自分は何を的としてしまったのかとここに来て始めて後悔した。

 だが、もう依頼を受ける前には戻れない。

 戻りようがない……。


「……あなたがリーダーっぽいですね」


 ふと、耳元でそんな声が聞こえ、振り返ろうとした瞬間、首筋に強力な打撃がたたき込まれ、ガスターは直後意識を失ったのだった。


 ◆◇◆◇◆


 何が起こっているのだろう。

 森の中からは断続的に悲鳴が響いていた。

 ここからは何も見えないが、リナは無事なのだろうか……。

 ドロテアはそんなことを考えながら、馬車の幌から森の中をひっそりと覗いていた。

 盗賊相手に、リナがどれだけのことが出来るのか、ドロテアには分からない。

 武術の心得など、せいぜいが簡単な護身術程度しかないドロテアには、リナの実力がいかほどなのかははっきりとは測れない。

 しかし、あれほど気軽に、盗賊だから行って来る、と言えてしまうということは、それを倒す自信があるということに他ならない。

 つまりは心配する必要はないと言うことだろうが……けれど、それにはリナの見た目が邪魔をする。

 本当にただの華奢な少女にしか見えないのだ。

 それも当然だ。

 だからこそ、しばらくして森の中から全く音が聞こえなくなったとき、もしかしたらリナがやられてしまったのかもしれない、とドロテアが少し考えたことは責められることではないだろう。

 もしも、盗賊が森から飛び出してきたら、即座に馬車を走らせなければならない。

 だからドロテアはじっと森の中を見つめていた。

 そして、しばらくして森から現れた存在に目を見開く。


「……あっ、ドロテアさん! 終わりましたよ!」


 そう言ってずるずると何かを引きずりながら現れたのは、紛うことなく、リナであった。 全くの無傷だが、頬に返り血が飛んでいて、どこか非現実的な光景のように思える。


「……大丈夫だったみたいね」

 

 喉から絞り出すようにそう言ったドロテアに、リナは全く気負うことなく、引きずってきたものを見ながら言った。


「ええ。それにリーダーっぽいのを捕まえました。何か事情がないか、これから少し移動してから聞いてみようと思うんですが、大丈夫ですか?」

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